↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/41

【番外編】初夜――甘やかな誓いと溶ける夜

 数々の苦難を乗り越え、晴れて挙式と宴席を終えたロゼリア。


 ドレスから解放された彼女は今、侍女たちの手によって丁寧に全身を磨き上げられていた。


 肌に滑り込むのは、うっとりするほど甘い花々の香油(こうゆ)。手入れを施されたあと、身にまとったのは、ほんのりと肌を透かす桜色の薄絹のネグリジェだった。


 広大な王族の寝室。その天蓋付きのベッドの縁に腰を下ろし、ロゼリアは一人、愛する人の訪れを待っていた。


 形式ばかりで冷ややかだった、かつての結婚生活。


 けれど今、胸の奥で早鐘を打つ鼓動は、あの頃とはまるで違う熱を孕んでいる。


(……私は今夜、本当の意味でルディアス様の妻になるのね)


 こみ上げる愛おしさと緊張に、ロゼリアは胸の前で細い両手を握りしめた。


 ふと思い立ち、首から下げていた細い鎖を外す。


 そこについていたのは、かつて元夫ディアブロスから手渡された、冷たい誓いの指輪。


 ロゼリアはそれをサイドテーブルの隅へとそっと置いた。


 もう、過去に縛られなくていい。


 あの日、どれほど愛を求めても届かなかった手を、今は自分から伸ばせる相手がいる。


 その事実に、胸がじんわりと温かくなった。


 静寂の中、扉が静かに開く。


「……ロゼリア」


 低く、優しい声が部屋の空気を揺らした。


 歩み寄ってきたルディアスを見て、ロゼリアは思わず息を呑む。


 湯浴みを終えたばかりなのか、銀色の髪はまだ少し湿っていた。素肌に軽くガウンを羽織った彼の姿は、いつもよりずっと近く感じられて、ロゼリアの頬をたちまち熱くする。


 エメラルドの瞳が彼女を見つめた。


「……綺麗だ。君をこうして私の妻として迎える日を、ずっと夢見ていた」


 ルディアスは隣に腰を下ろし、熱を帯びた指先で彼女の頬をそっと撫でた。


「わたしも……ずっと、この日をお待ちしていました。でも……ルディアス様が素敵すぎて、どうしたらいいのかわかりません」


 恥ずかしさに伏し目になるロゼリアを見て、彼は愛おしそうに微笑んだ。


「私も緊張しているよ」


「えっ?」


「君を大切にしたいと思うほど、どうすれば君に私の気持ちが伝わるのか、わからなくなるんだ」


 意外な言葉に、ロゼリアは目を丸くした。


 いつも頼もしく、何があっても揺るがないように見える彼も、今夜は同じなのだ。


 そのことが嬉しくて、ロゼリアはそっと彼の手を握った。


「……でしたら、私のお願いを聞いてくださいますか?」


「もちろん。何でも言って」


「今夜は、たくさん抱きしめてください。……そして、あなたの愛を、もっと近くで感じさせてください」


 一瞬、ルディアスの瞳が揺れた。


 次の瞬間、彼はロゼリアをそっと抱き寄せた。


「喜んで。君が望むなら、何度だって愛を伝えるよ」


 額に、髪に、頬に、優しい口づけが落ちる。


 ロゼリアはくすぐったさに目を細め、それから自分から彼の頬に唇を寄せた。


「……私からも、していいですか?」


「もちろんだよ」


 答えを聞くなり、ロゼリアは彼の唇にそっと口づけた。


 ほんの一瞬触れるだけの、控えめなキス。


 けれど離れようとした彼女の腰に、ルディアスの腕が優しく回った。


「……もう一度、いいかな?」


「……はい」


 二度目の口づけは、さっきよりも長かった。


 触れ合う唇から、彼の温もりが伝わってくる。ロゼリアもまた彼の首に腕を回し、自分の気持ちを伝えるように応えた。


 唇が離れると、二人は額を寄せ合った。


「ロゼリア。君を愛している」


「……私も、愛しています」


「君がこれまでどんな思いをしてきたか、すべてを知ることはできないかもしれない。けれど、これから先、君が寂しいときも、不安なときも、私はそばにいたい」


 ルディアスの声は、どこまでも真摯だった。


「君が私を頼ってくれることが嬉しい。君が笑ってくれることが嬉しい。君が私を選んでくれたことが、何よりも幸せなんだ」


 ロゼリアの瞳に、熱い涙が浮かんだ。


 誰かの代わりではなく、自分自身を選んでくれた人。


 愛されるために無理をする必要も、捨てられないように我慢する必要もない。


 彼は、ありのままの自分を愛してくれている。


「……ルディアス様」


 ロゼリアは彼の胸に頬を寄せた。


「今夜は、あなたの腕の中で、あなたの妻として眠りたいです」


「眠るまで、ずっと抱きしめているよ」


「……眠るまで、ですか?」


 少しだけいたずらっぽく尋ねると、ルディアスは目を見開いたあと、照れたように笑った。


「それでは、眠るのが惜しくなってしまうね」


「ふふ……私もです」


 再び重なった唇は、もうためらいを帯びていなかった。


 ルディアスは彼女の様子を確かめながら、ネグリジェの肩にそっと指を添えた。


「……ロゼリア。大丈夫?」


 その問いに、彼女は頬を染めながらもうなずいた。


「はい。あなたになら……すべてを預けたいです」


 彼は彼女の手を取り、その指先に口づけた。


「ありがとう。君の気持ちを、何よりも大切にする」


 桜色の薄絹が、二人の間で静かに揺れる。


 ロゼリアは少し恥ずかしそうに目を伏せながらも、自分から彼の胸へと身を寄せた。


 ルディアスの腕が、壊れやすい宝物を包むように彼女を抱きしめる。


 額へ、頬へ、そして唇へ。


 幾度も交わす口づけのたび、二人の間にあったわずかな緊張が、甘い幸福へと変わっていった。


「……ルディアス様、愛しています」


「ああ。私もだ、ロゼリア。心から、君を愛している」


 囁き合う声も、触れ合う手も、互いを求める気持ちも、もう何ひとつ隠す必要はなかった。


 やがて二人は、夫婦として初めての夜を迎えた。


 重ねた手を離すことなく、何度も愛を伝え合いながら、二人だけの時間をゆっくりと過ごしていく。


 ロゼリアは、彼の腕の中で初めて知る安らぎに身を委ねた。


 過去の結婚で与えられなかったものを、今夜すべて埋め合わせてもらう必要はない。


 これから先、二人で過ごす日々の中で、愛を何度でも確かめ合えばいいのだから。


 窓の外では、月が静かに西へと傾いていく。


 朝の光が差し込む頃、ロゼリアはルディアスの胸に頬を寄せたまま、幸せそうな微笑みを浮かべていた。


「……幸せです」


 小さく囁くと、彼は彼女の髪に口づけた。


「私もだ。明日も、その先も、ずっと君を愛しているよ」


 ロゼリアは彼の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きついた。


 もう、愛を乞うために自分を押し殺さなくていい。


 ここには、彼女自身を選び、彼女の想いを受け止めてくれる人がいる。


 首元から外された指輪は、サイドテーブルの上で静かに朝日を浴びていた。


 その隣で、二人の新しい人生が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。