【第38話(最終話)】世界で一番幸せな花嫁
雲ひとつない爽快な青空が、サルベール王国の城下を祝福するようにどこまでも広がっていた。
澄み渡る風が街を吹き抜け、王宮の至る所には絢爛たる祝福の花々が飾り立てられている。
今日は、サルベール王国第二王子ルディアスと、かつて悲運の渦中にいた少女ロゼリアの、待ちに待った婚礼の日であった。
控え室の大きな鏡の前。そこには、言葉を失うほど美しく着飾られたロゼリアの姿があった。
純白のシルクに繊細な銀糸の刺繍が施されたドレスは、彼女が動くたびに陽の光を受けて繊細に煌めく。
柔らかな茶髪は美しく結い上げられ、頭上には細工の細かい翡翠のティアラが戴かれていた。
そして――彼女の胸元には、純白のドレスの上で静かに輝く銀細工の指輪を通した首飾りが光っていた。
あの日、ディアブロスから託された大切な指輪。
過去を隠さず、そのすべてを受け止めるルディアスもまた、彼女がこの首飾りを身につけることを穏やかに許し、温かく見守っていたのだった。
「はぁ……なんてお美しいのでしょう……」
「まるで舞い降りた女神様のようですわ……」
彼女の身支度を整えていた侍女たちが、ため息混じりに感嘆の声を漏らす。
そんなロゼリアを取り囲むようにして立っていたのは、これまで彼女を温かく支え続けてきた大切な女性たち――アベルマリア、クリスティーナ、アンド――シルビアだった。
気高くドレスを着こなしたアベルマリアは、どこか胸を熱くしたように瞳を潤ませながら、ロゼリアの手を優しく握りしめた。
「ロゼリア! 本当に、すごく綺麗よ……! 今度こそ……ううん、これから先はずっと、絶対に幸せになってね」
「アベルマリア様……」
「……本当に、強くなったわね、ロゼリア」
アベルマリアは手にした扇をそっと置き、感極まったようにロゼリアの細い肩を抱き寄せた。かつて屋敷で傷つき、悲しみに耐えながら下を向いていた少女の面影は、もうどこにもない。
「貴女がこうして心から笑ってくれていて……私、本当に嬉しいのよ」
「っ……アベルマリア様……ありがとうございます……っ」
普段は気高く厳しい彼女が見せた一筋の涙と温かな抱擁に、ロゼリアの胸も温かい感謝の思いでいっぱいになる。
「お姉様、美しすぎますわ〜〜っ♡」
感激のあまり声を上げたのは、クリスティーナだった。彼女はロゼリアのドレスの裾を愛おしそうに見つめながら、頬を染めて拳を握りしめる。
「私も早く、お姉様のように素敵な殿方と巡り会って、憧れの婚姻をしてみたいですわ!」
「まあまあ、クリスティーナ。まずは良い方を見つけて、順序良く婚約からでしょう? 本当に気が早い子ね」
クスクスと上品に微笑みながら諭したのは、シルビアだった。彼女は穏やかな眼差しでロゼリアに向き直ると、深くお辞儀をした。
「ロゼリア様、本当にお美しいですわ。……どうか、世界で一番お幸せになってくださいね」
温かい祝福の言葉の数々に、ロゼリアの胸は熱い感動で満たされていく。
かつて孤独と絶望の中にいた自分が、今こうして心から信頼できる友人たちに囲まれ、祝福されている。
ロゼリアは溢れ出そうになる嬉し涙をぐっと堪え、太陽のような輝かしい笑顔を咲かせた。
「皆様……本当にありがとうございます。私、絶対に幸せになります!」
◇
荘厳なパイプオルガンの音色が聖堂内に響き渡り、いよいよ婚礼の儀が始まった。
大きな木製の扉が開かれ、白い絨毯が敷き詰められた聖堂の中央を、ロゼリアは一歩一歩踏みしめるように進んでいく。
両脇に参列した貴族や列席者たちから、次々と感嘆と祝福の吐息が漏れ聞こえた。
その視線の先には――洗練された白い礼服に身を包み、歓喜と愛おしさに満ちた表情で彼女を待つ、ルディアスの姿があった。
壇上に辿り着き、ロゼリアがそっとルディアスと向き合う。
ルディアスは彼女の可憐な姿に深く息を飲み、吸い込まれるような眼差しで見つめた。
「……綺麗だ、ロゼリア。息もできないくらい、本当に美しい……。君を妻に迎えられるなんて、僕は世界一幸せな男だよ」
耳元で囁かれた甘く誠実な言葉に、ロゼリアの頬が一気に朱く染まる。
「ルディアス様も、とても素敵です……。私も……今、すごく幸せです。……私を選んでくださって、本当にありがとうございます」
二人は厳格な神官の前で誓いの言葉を交わし、指輪を交換した。
ルディアスがそっとロゼリアの薄絹のベールを押し上げると、吸い寄せられるように優しく、深い口づけを重ねた。
『――ワーーッ!!!』
その瞬間、聖堂内を割れんばかりの万雷の拍手と歓声が埋め尽くした。
歓声が鳴り響く中、ルディアスはロゼリアの腰をそっと抱き寄せ、耳元で温かな吐息を漏らす。
「僕の愛するお姫様、準備はいいかい?」
「ふふ、はい……! ルディアス様となら、どこへでも」
二人は顔を見合わせて柔らかく微笑み合うと、眩しい光の射すバルコニーへと歩みを進めたのだった。
誓いを終えた二人が聖堂のバルコニーへと姿を現すと、広場を埋め尽くしていた無数の民衆から、大地を揺るがすほどの大歓声が沸き起こった。
「ルディアス殿下! ロゼリア様! おめでとうございます!!」
「サルベール王国に栄光あれ! お二人にお祝いを!!」
空には色とりどりの祝祭の花弁が舞い散り、二人は晴れやかな笑顔で民衆へと手を振り、祝福に応えた。
その時だった――。
歓声に包まれる広場の喧騒の遥か先、陽の光が届かぬ古い時計塔の木陰に、ロゼリアの視線がふと吸い寄せられた。
そこに立っていたのは――漆黒の佇まいを残した、あの懐かしい男の影だった。
(……ディアブロス様……!)
幻だったのかもしれない。
だが、その影は、純白のドレスを纏って眩しく輝くロゼリアの姿を、どこまでも優しく、どこか満足そうに穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。
彼女の幸せな姿をその目に焼き付けた影は、静かに背を向けると、爽やかな風に溶け込むようにスッと消え去っていったのだった。
切なさと溢れ出す様々な感情に、ロゼリアの瞳からポロポロと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「ロゼリア……? どうしたんだい、大丈夫か?」
涙に気づいたルディアスが、心配そうに彼女の顔を覗き込み、大きな手で優しく涙を拭う。
ロゼリアは涙をぬぐい、ルディアスの腕にしっかりと抱きつくと、弾けるような笑顔で彼を見上げた。
「はい……! 大丈夫です、私……今、すごく幸せです……! 世界で一番、幸せです……!」
「……ああ。僕もだよ、ロゼリア」
満足そうに頷いたルディアスは、彼女の額に愛おしそうに誓いのキスを落とした。
こうして、様々な困難と苦難を乗り越えた二人は、永久の愛を固く結び合ったのだった。
◇
――それから、数年の月日が流れた。
サルベール王国の王宮の中庭には、暖かな陽光が降り注ぎ、色とりどりの花々が咲き誇っていた。
「あははっ! お兄ちゃん、待ってよー!」
「ははっ、ここまでおいでー!」
青々とした芝生の上を、元気に追いかけっこをする幼い二人の子供たちの歓声が響く。
ロゼリアとルディアスの間に生まれた、男の子と女の子の双子だった。
男の子はルディアスに似た凛々しい顔立ちをし、女の子はロゼリア譲りの愛らしい茶髪をなびかせている。
「二人とも、転んだら危ないから走りすぎてはダメですよ」
ベンチに腰掛けたロゼリアが優しく声をかけると、ふわりと温かな腕が後ろから彼女の肩を包み込んだ。
「いいじゃないか。二人とも元気に育ってくれて、僕は嬉しいよ」
「ルディアス様……ふふ、甘やかしすぎですわ」
ルディアスはロゼリアの隣に腰を下ろすと、彼女の肩に頭を預け、愛おしそうにその手を握りしめた。
「こうして君と子供たちと共に過ごす毎日が、僕にとって最高の宝物だ」
「私もです。ルディアス様と出会えて、本当に良かった……」
「そのうち、あの子たちにも弟か妹ができるかもしれないね」
ルディアスが少し悪戯っぽく耳元で囁くと、ロゼリアはぽっと頬を赤く染めた。
「もう、ルディアス様ったら……気が早すぎますわ」
「ふふ、そうかな? でも、君と紡いでいく未来なら、いくらあっても足りないくらいだよ」
互いに優しく微笑み合い、重ねた手と手を強く握り直す。
子供たちの元気な笑顔、愛する夫の溢れる体温。
かつて傷つき、冷え切っていたロゼリアの心は、今や溢れんばかりの温かな愛で満たされていた。
風がやさしく頬を撫で、色とりどりの花びらが舞い上がる。
かつて孤独の暗闇にいたロゼリアの手を、今はルディアスの温かな手がしっかりと握り締めていた。
二度と解けることのない強い絆と、溢れんばかりの愛を感じながら、ロゼリアは深く息を吸い込む。
過去の傷も、忘れ得ぬ思い出も、すべてを包み込んで歩んできた道。
ロゼリアが手にした本当の幸せは、これからも続いていくのだった――。
(【本編・完結】)
最終話をお読みいただき、ありがとうございます!
ロゼリアとルディアスの物語を、最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。
たくさんの苦難を乗り越え、ようやく結ばれた二人。ロゼリアが愛する人と子供たちに囲まれ、幸せな未来を手に入れることができました。
ここまで応援してくださった皆様に、心から感謝申し上げます。
そして……物語はここで終わりません!
今後は番外編として、ロゼリアとルディアスの甘い初夜編や、リカルドとアベルマリアの結婚式などもお届けする予定です。
本編では描ききれなかった二人の甘い時間や、あのカップルの幸せな姿も、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです!
「番外編も読みたい!」「二人の甘い新婚生活が気になる!」と思ってくださった方は、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。
★明日11/3(火・祝)18時より、ふたりの甘い夜を描いた【番外編1】初夜――甘やかな誓いと溶ける夜を更新いたします!
これからも、ロゼリアたちの物語をよろしくお願いいたします!




