↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/41

【第36話】凱歌の残響と、受け継がれし指輪

 血と硝煙の匂いが充満する荒野に、重々しい沈黙が降り立とうとしていた。


 膝をつき、二度と動かなくなった黒狼――ディアブロスの亡骸を抱きかかえたまま、ルディアスはゆっくりと立ち上がった。


 手のひらの中にある、血に塗れた小さな銀の指輪。

 そして、己の命と引き換えにこの国の未来を守り抜いた、一人の男の凄絶な散り様。


 ルディアスは漆黒の兜を脱ぎ捨てると、残された全軍に向かって、胸の底から絞り出すような怒号を響かせた。


「全軍、聞け――!! ここに、我らが友であり、凄絶なる武勇を示した黒狼将軍――ディアブロス殿が散った!!」


 地響きのような声が、戦場を支配していた兵士たちの鼓膜を震わせる。


 動揺と驚愕が広がりかけたその瞬間、ルディアスは剣を高く掲げ、蒼天を仰いだ。


「彼は我が命を救い、サルベール王国の未来を担う者を守るため、その身を投げ打った! 悔しくないのか! 打ちひしがれている暇などない! 彼の命懸けの覚悟に報いるため、我らの手で勝利(しょうり)を掴み取るのだ!! 彼への最高の手向けとして――ガラント帝国を撃ち破れーーっ!!」


『――オオオオオオオオオオッ!!!』


 その叫びは、全軍の魂に火をつけた。


 悲痛な怒号は凄まじい歓声(かんせい)と士気へと変わり、サルベール王国軍は怒涛(どとう)の勢いで押し寄せた。


 指揮官を討ち取られ、さらに覚醒した王国軍の鬼神の如き反撃に、ガラント帝国軍の陣形(じんけい)はひとたまりもなく瓦解していったのだった。


◇


 数日後――サルベール王国の王都は、勝利の歓喜に包まれていた。


 だが、王宮の一室で戦況の報せを待っていたロゼリアにとって、その歓声は遠い世界の出来事のように聞こえていた。


 重々しい足音が廊下に響き、扉が開かれる。


 そこに立っていたのは――鎧に無数の傷を刻みながらも、無事に生きて帰還したルディアスの姿だった。


「ルディアス……様……っ!」


 ロゼリアの目から、溢れ出す涙が頬を伝った。


 駆け寄り、その頑丈な胸へと飛び込む。彼の体温と、生きて戻ってきてくれたという実感が、張り詰めていた胸をゆっくりと解かしていく。


「よかった……っ、本当に……無事で、よかった……!」


「ロゼリア……ただいま。心配をかけてごめんね」


 ルディアスは彼女の背中を優しく包み込み、愛おしそうにその髪を撫でた。


 しかし、その瞳の奥には、どこか静かな覚悟と哀愁が漂っていた。


(この指輪を……渡すべきだろうか……)


 懐にある、冷たい銀の指輪。


 これを渡せば、せっかく過去を乗り越えようとしているロゼリアの心に、消えない傷と枷を残してしまうかもしれない。黙って胸の奥にしまい込むことだってできた。


 だが――あの日、自分の腕の中で息絶えた男の眼差しが、ルディアスの脳裏をかすめる。


(いいや……隠すことなんてできない。僕が嫉妬で押し込めていいような、軽い命でも、軽い想いでもなかったはずだ)


 同じ一人の女性を愛した男として。そして、命を救われた武人として。


 ルディアスはロゼリアの肩を優しく抱き直し、まっすぐに見つめ返した。


「ロゼリア。……君に、伝えなければならないことがあるんだ」


「……え?」


 ルディアスは静かに懐から包みを取り出し、彼女の手のひらにそっと乗せた。


 包みが開かれ、中に収められていた、血を拭い取られた指輪が陽の光に反射した瞬間、ロゼリアの息が止まった。


「これは……ディアブロス様の……?」


「ああ。……彼は、今回の戦に極秘で参加していたんだ」


 ルディアスは誤魔化すことなく、戦場での出来事をすべて語り始めた。


 ディアブロスがサルベール王国のために前線で戦っていたこと。

 敵の暗殺者の狙いを見抜き、身を挺してルディアスを庇い、矢を受けたこと。

 そして――最期までロゼリアの幸せだけを願い、この指輪を託して息絶えたこと。


「彼は……私を庇って死んだんだ。君の愛する人を守ることが、彼の最後の償いだと……そう言わんばかりに」


 ルディアスの言葉を聞くにつれ、ロゼリアの頭の中に、かつて彼と過ごした数々の記憶が溢れ出してきた。


 冷酷な言葉を投げかけられながらも、どこかで必死に孤独と戦っていた彼の背中。

 薬の呪縛が解けた後、必死に自分を追いかけて手紙を送り届けてくれた日々。

 そして、自らの過去に向き合い、最後は愛する人の幸せのために命を投げ出した彼の生き様――。


(……どうして……どうしてそこまで……っ)


 堰を切ったように溢れ出す記憶と、手のひらの中にある指輪の冷たさに、ロゼリアの胸は裂けんばかりに痛んだ。


 指輪を胸に抱きしめ、ボロボロと大粒の涙を床にこぼす。


「……ルディアス様……ごめんなさい……っ!」


 ロゼリアは涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、絞り出すような声で訴えた。


「私……っ、貴方が無事に帰ってきてくれて……本当に、心から嬉しいんです……! 貴方を愛しています……! だけど……だけど私、ディアブロス様のことを……きっと一生、忘れられません……っ! 過去の傷も、彼の最期も……胸から消すことなんてできません……っ!」


 ルディアスが無事に帰ってきてくれた喜びは、本物だった。


 それなのに、指輪を握りしめる手が震え、涙が止まらない。


 今、愛しているのはルディアスだ。それでも、かつて愛した人の死を悲しまずにはいられなかった。


 だが――ルディアスは怒ることも、悲しむこともなかった。


 彼はどこまでも温かい眼差しでロゼリアを見つめると、膝をついて彼女と目を合わせ、涙に濡れた頬を大きな手で優しく包み込んだ。


「……うん、分かっているよ」


「ルディアス様……?」


「忘れる必要なんてないさ。……君が愛した男は、誇り高く、素晴らしい男だった。彼が命をかけて守った君の笑顔を、僕は一生守り続ける」


「――っ、あぁぁ……っ!!」


 包み込むような深い愛に、ロゼリアはルディアスの胸に顔をうずめ、子供のように声を上げて泣き明かした。


 過去の傷が、悲しみと共にゆっくりと昇華されていく。


 冷たい指輪の感触と、目の前の男の温もりを感じながら――ロゼリアは本当の意味で、過去に向き合い、未来へ歩み出す決意を固めるのだった。

第36話をお読みいただき、ありがとうございます!


命を賭してルディアスを守り、ロゼリアへの愛を託して散ったディアブロス。

そして、その想いごとロゼリアを包み込むルディアスの深すぎる愛に、胸が熱くなる回となりました……。


「ルディアスの包容力が最高!」「泣けた!」「完結まで応援したい!」と思ってくださった方は、ページ下部の評価★やブックマークで応援していただけると大きな活力になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。