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【第30話】静寂を破る暗雲と、王たる決断

 昨夜の宴の熱気が嘘のように引き、王城には静かな朝が訪れていた。


 ロゼリアとルディアスが、ようやく互いの愛を確かめ合った余韻も束の間。サルベール王国の中枢である玉座の間には、尋常ではない緊張感が張り詰めていた。


 玉座に座すのは、この国の頂点に立つ国王――アスラン・ファン・サルベール。


 威厳に満ちた鋭い眼光(がんこう)が、ひざまずく密偵の報告書へと注がれていた。


「……信じがたい。北方国境で不審な商隊の出入りが増え、我が国の巡回兵が相次いで消息を絶っていたのは、単なる山賊の仕業ではなかったというのか」


 国王アスランの低く重い声が、静まり返った広間に響く。


「……はっ。国境の潜入調査を行っていた密偵より、緊急の伝書(でんしょ)が届きました。我が国の索敵部隊が捉えたのは、山賊などではございません。仮面で顔を隠し、息を潜めながら、我が国への侵攻ルートを確保していた敵の先鋒部隊です」


 その報告に、玉座の傍らに控えていた王太子ハロルドが息を呑み、愕然(がくぜん)として目を見開いた。


「な……っ!? まさか、あの北方の超大国……ガラント帝国か!?」


「左様でございます。すでに帝国の本隊も、我が国の北方国境へ向けて進軍を開始した模様にございます……!」


 広間に集まった重臣たちの間に、波紋のように動揺が広がった。


「なぜ今なのだ!」

「先月まで不干渉条約の打診(だしん)を行っていたはずでは……!?」


 大臣たちの狼狽する声が相次ぐ。


 あまりにも急な侵攻。しかし、これまでの動きを振り返れば、すべては計算され尽くした不意打ちだったのだろう。


「静粛に」


 アスランが一言告げただけで、広間の喧噪(けんそう)は一瞬にして静まり返った。


 国王は報告書に目を落としたまま、静かに思考を巡らせる。


「……奴らは最初から、我が国を油断させるつもりだったのだな。不干渉の姿勢を装いながら、その裏では着々と兵を国境へ集めていたというわけか。……不覚を取ったな」


「父上……! 我が軍も直ちに総動員をかけねばなりません!」


 ハロルドが進み出て、焦燥を露わにする。


 しかし、アスランは厳しい表情のまま首を横に振った。


「焦るな、ハロルド。今回の敵は、冷酷無比で知られるガラント帝国だ。……さらに、同盟国であるアクアクリスタ王国からも、帝国の不穏な動きを察知したとの急報が入っている。彼らも直ちに援軍を向かわせると言ってくれているが、問題は我が国の指揮系統だ」


 アスランの視線が、我が子であるハロルドへと向けられる。


「ハロルド。お前が陣頭で指揮を執りたい気持ちはわかる。だが、お前は我が国の世継ぎだ。もしこの戦で王太子であるお前の身に万が一のことがあれば、軍の士気は瓦解し、国そのものが傾きかねん。……軽はずみな出陣は許さん」


「しかし、父上! 国の危機に私が引くわけには――」


「――父上。その指揮、僕に執らせていただけないでしょうか」


 ハロルドの言葉を遮るように、広間の後方から声が上がった。


 一歩前へと踏み出したのは、ルディアスだった。


 美しい銀髪と澄んだ翠(みどり)の瞳。その表情には、一片の動揺も恐怖も浮かんでいなかった。


 アスランは眉根(まゆね)を寄せ、我が子を見据える。


「ルディアスか。……お前が自ら立つというのだな」


「はい、父上。今この局面で全軍の士気を鼓舞し、勝利を手繰り寄せるためには、皇族として軍を率いる覚悟を示す者が必要です。兄上には王都に残り、国内の防衛と統制を担っていただきたい。僕が前線で全軍を指揮し、アクアクリスタ王国の援軍とも連携を取ります」


 ルディアスは一度言葉を切り、父王をまっすぐに見つめた。


「これまで培ってきた経験を、今こそ国のために役立てたいのです」


 その声に迷いはなかった。


 王族としての責務を理解し、戦場に立つ覚悟を決めた息子。その静かな気迫に、広間にいた者たちは息を呑んだ。


 アスランはしばらく無言でルディアスを見つめていたが、やがて重々しく頷いた。


「……相分かった。ルディアス。我が国の全軍の指揮権を、お前に委ねる。必ずや、この不当な侵略を打ち払ってみせよ」


「御意に」


 ルディアスは深く頭を下げた。


 その胸には、国を守るという揺るぎない覚悟が宿っていた。


 ◇


 軍議を終え、静まり返った回廊を歩くルディアスの足取りは重かった。


 自らの決断に後悔はない。


 しかし、これからその事実を告げなければならない相手――ロゼリアのことを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。


 昨夜の温かな愛の余韻も束の間、二人の未来に戦争の影が忍び寄っていた。


 自室の扉を開けると、そこには彼の帰りを静かに待っていたロゼリアの姿があった。


 彼女はルディアスの表情を見た瞬間、ただならぬ気配を感じ取ったのか、すっと顔色を変えた。


「……ルディアス様? 何か……あったのですか……?」


 ルディアスはゆっくりと歩み寄り、彼女の華奢な両肩にそっと手を置いた。


「ロゼリア……驚かずに聞いてほしい。北方国境で異変が起きた。ガラント帝国が……我が国へ向けて侵攻を開始した」


「――っ!?」


 ロゼリアの息が止まった。


 昨夜、あれほどまでに愛を誓い合い、ようやく過去の傷を乗り越えて掴み取った平穏。それが、こんなにも早く非情な現実によって脅かされようとしている。


 あまりの衝撃に足元が崩れそうになるのを、ロゼリアは必死にこらえた。


(ダメ……ここで私が取り乱して、ルディアス様の足を引っ張るわけにはいかない……!)


 ロゼリアはぎゅっと拳を握りしめ、溢れ出しそうになる涙をこらえた。そして、ルディアスの瞳をまっすぐに見つめ返す。


「……お願いです。どうか……どうか、ご無事で。……必ず、私の元へ帰ってきてください。愛しています!」


 恐怖に震えながらも、懸命に想いを伝えるロゼリア。


 ルディアスはその健気な姿に胸を打たれ、彼女を強く抱きしめた。けれど、その腕は壊れ物を扱うかのように優しかった。


「ああ……約束するよ、ロゼリア。必ず生きて戻り、君を正式に僕の妻に迎える」


 二人は静かに唇を重ね合わせた。


 それは、迫り来る戦火の暗雲の中で、互いの愛を確かめ、未来を誓う口づけだった。


 このとき、ロゼリアはまだ知る由もなかった。


 これから始まる戦いが、彼女の過去と未来を再び交錯させることになるとは。


 そして、ルディアスもまた、戦場で待ち受ける運命のすべてを知っているわけではなかった。


 運命の歯車は、凄絶なる戦火の渦の中で、再び大きく動き出そうとしていた。

いつも『番の絆を奪われた黒狼将軍の遅すぎる後悔』をお読みいただき、本当にありがとうございます!


本日投稿の第30話より、ついに【第3章】へと突入いたしました!


物語はいよいよクライマックスへ。フィナーレに向けて、ここから一気に加速していきます。


迫り来る戦火の中で、ルディアスとロゼリアの愛の行方はどうなるのか。そして、それぞれの運命はどのような結末を迎えるのか――ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです!


「続きが気になる!」「ルディアス頑張れ!」と思ってくださった方は、ページ下部の【★★★★★】評価やブックマーク登録で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!


明日も8時と18時に更新予定です。

これからもどうぞよろしくお願いいたします!

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