【第3話】手遅れの懇願と、新たな陽だまり
「殿下……! なぜロゼリアとの離婚を、勝手に認められたのですか……っ!?」
王城の執務室。ディアブロスは深々と頭を下げつつも、抑えきれない焦燥と血吐くような声を絞り出した。
激痛の末に『番消しの霊薬』を飲み干し、身体中に鞭打ちの痛々しい傷を負ったまま、彼は真っ先に友人でもある王太子リカルドのもとへ怒鳴り込んだのだ。
書類に目を通していたリカルドは、ゆっくりとペンを置くと、心底呆れたように溜息を吐いた。
「これでも、僕なりに相当寛大な処置をしたつもりだけれど? 将軍の地位は剥奪されずに済んだし、あの不快な女狐との縁も切れた。……それにね、ディアブロス。離婚は僕が勝手に決めたことじゃない。ロゼリア自身の強い希望だよ」
「ロゼリアの……?」
「ああ。『もう疲れました。私を解放してください』と、彼女は涙すら流さずに言っていたよ。……彼女を想うなら、これ以上彼女を探して苦しめるべきじゃないね」
リカルドの冷徹な正論が、ディアブロスの胸を鋭く穿つ。
ぐうの音も出ない。自分が彼女に言った暴言、冷酷な扱い、そして不倫。すべては自分が引き起こした自業自得なのだ。
「……ですが! チャンスがほしいのです! 彼女に……やり直すチャンスを! 膝をつき、真実の愛を伝え、心の底から謝罪したいのです……っ!」
必死に縋り付く将軍の姿に、リカルドはフムと口元に手を当て、冷ややかな視線を向けた。
「あんまり期待しない方がいいと思うよ。それに、今の君に居場所を教えるつもりはない。すべては、これからの君の姿勢次第だね」
「殿下……っ!」
すぐにでも馬を飛ばしてロゼリアを追いかけたいディアブロスだったが、リカルドは固く口を閉ざし、絶対に居場所を明かそうとしなかった。
こうして、ディアブロスは地獄のような焦燥感を抱えながらも、信頼を取り戻すために必死で職務に励むこととなった。死に物狂いで武勲を挙げ、ロゼリアの居場所を教えてもらうためだけに、彼はかつてないほど真摯に、泥臭く王国に奉仕し始めたのだった。
◇
一方――隣国サルベール王国。
のどかな街外れにある、小さな孤児院では――。
「ロゼリア先生ー! 見て見て、綺麗な花が咲いてたよ!」
「まあ、本当ですね。とっても素敵。一緒にお部屋に飾りましょうか」
柔らかい日差しが差し込む孤児院の庭で、私は子供たちに囲まれていた。
アクアクリスタ王国を去ってから、少しずつ時が流れた。
最初は傷ついた心が疼く夜もあったけれど、無邪気に抱きついてくる子供たちの笑顔と、「先生!」と私を頼ってくれる温もりによって、私の心は少しずつ癒やされていった。
ここには、「代わり」と私を蔑む人は誰もいない。
私が私として存在することを、みんなが喜んでくれるのだ。
探していた場所を見つけられた安らぎ。そして――この穏やかな日々に、もうひとつ大きな存在があった。
「こんにちは、ロゼリアさん。今日も子供たちは元気そうですね」
透き通るような穏やかな声に振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
白い肌に、さらりと揺れる銀色の髪。そして吸い込まれるようなエメラルドの瞳。
獣人であるディアブロス様のような野性的な雄々しさはないが、貴族のような上品さと優しさを纏った、恐ろしいほどに美しい男性だ。
「ルディアス様! お越しくださっていたのですね」
彼の名前はルディアス。この孤児院に多額の寄付をしてくれている人物だった。
どのような身分の方なのかは教えてくれないけれど、ロゼリアがこの孤児院にやって来てからというもの、彼は頻繁に足を運んでくれるようになった。
「ここでの生活には、もう慣れましたか? 何か困ったことや、足りないものは届いていませんか?」
「ふふ、はい。いつもお気遣いいただいて、本当に感謝しております。ルディアス様のおかげで、子供たちも温かい服で過ごせています」
私が微笑むと、ルディアス様は少し照れたようにエメラルドの瞳を和ませ、優しく目を細めた。
「よかったです。……貴女がここで見せてくれる笑顔が、僕にとって何よりの励みなんですよ」
「え……?」
ふと彼に見つめられ、胸の奥がトクンと小さく跳ねた。
(もう、恋なんてしないと決めていたのに……)
ディアブロス様に傷つけられ、二度と誰かを好きになることはないと思っていたはずの心が、彼の温かい眼差しに触れるたび、ゆっくりと解かされていくのを感じていた。
明日も18時に投稿予定です。
よろしくお願いします。




