↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/42

【第28話】交錯する視線と、最後の対峙

 隣国サルベール王国の王都は、爛漫(らんまん)たる祝福の熱気に包まれていた。


 大聖堂では、王太子ハロルド殿下とジョアンナの盛大な結婚式が執り行われていた。天から降り注ぐ鐘の音と白薔薇(しろばら)の花吹雪の中、各国から招かれた要人たちが惜しみない拍手を送っている。


 その豪華絢爛(ごうかけんらん)な列席者の中には、アクアクリスタ王国の王太子リカルド殿下と、その婚約者アデルマリアの姿もあった。


 そして、二人の後ろに静かに控えているのは、黒狼将軍ディアブロスだった。


 式典の最中、対照的な二つの視線が交錯していた。


 心からの喜びを瞳に宿し、新郎新婦の幸せを優しく見つめるロゼリア。


 その一方で、ディアブロスは結婚式どころではなかった。人々の隙間からひたすらにロゼリアの姿を探し出し、見つけては目を離せずにいた。


 その瞳に宿っていたのは、かつてのような攻撃的な殺気ではない。


 彼女の隣に立つ男を羨み、もう自分には向けられない笑顔を見つめる、痛々しいほどの悔恨だった。


 ロゼリアに向けられた重い視線に気づいたルディアスは、何気ない所作でそっと彼女の隣に立った。


 そして、ディアブロスからの視線を遮るように、自然にその身を寄せる。


(……くっ!)


 愛しい女(ひと)の姿を遮られ、ディアブロスは奥歯を強く噛みしめた。


 かつては当たり前のように隣にいた彼女が、今は別の男に守られている。


 その現実が、何よりも彼の胸をえぐっていた。


 やがて、誰もが羨むような素晴らしい式典は滞りなく終わり、舞台は華やかな宴席へと移った。


 各国の要人たちが王太子夫妻に祝辞を述べようと列をなす。その挨拶を終えたリカルド殿下とアベルマリアは、すぐさまロゼリアたちのもとへと向かった。


 その側には、ディアブロスも静かに控えていた。


「ロゼリア! ああ、会いたかったわ! まあ……なんて美しくなって! 幸せなのね!」


 ロゼリアの姿を見た途端、アベルマリアは満面の笑みで彼女に抱きついた。


 突然の抱擁にロゼリアは目を丸くしたものの、すぐに嬉しそうに微笑み返す。


 その微笑ましい様子に、リカルド殿下は苦笑を浮かべた。


「アベルマリア……。君は一応、僕の婚約者だからね? 皆も見ている。もう少し抑えようか」


「まあ、いいじゃない。久しぶりに会えたのよ?」


 アベルマリアはそう言って、名残惜しそうにロゼリアから身を離した。


 その間も、ディアブロスは一言も発さなかった。


 ただ、切なさを帯びた瞳で、ロゼリアを真っ直ぐに見つめている。


 その視線に気づいたロゼリアの胸が、かすかに揺れた。


 けれど、隣に立つルディアスの温もりを感じると、すぐに穏やかな気持ちを取り戻した。


 もう、あの人の視線に怯える必要はない。


 自分が誰と生きていきたいのか、ロゼリアはもう知っているのだから。


「アベルマリア様、お久しぶりでございます。私もお会いしたかったです」


 ロゼリアは柔らかな笑みを浮かべ、そう答えた。


 その隣で、ルディアスはそっと彼女の肩を抱き寄せる。


「来てくれてありがとう、リカルド。僕たちの結婚式にも、ぜひ来てくれ。もちろん、君たちの結婚式にもロゼリアと参加する予定だよ」


 未来を当然のように語るルディアスの言葉に、ロゼリアの頬がほんのりと染まった。


 その一方で、ディアブロスは拳を強く握りしめた。


 彼女と共に歩む未来を語ることができるのは、もう自分ではない。


 その事実を、改めて突きつけられた気がした。


 そんなディアブロスを横目に、リカルド殿下が静かに切り出した。


「ありがとう、ルディアス。……それで、ひとつ頼みがある。このあと、ディアブロスとロゼリアが話をする時間をもらえないだろうか?」


 その言葉に、場の空気がわずかに張り詰めた。


 ルディアスはロゼリアの様子を一度確かめてから、穏やかながらも毅然とした態度で答えた。


「……ああ。ただし、僕も同席させてもらう。それが条件だ」


 ディアブロスは静かに頭を下げた。


「……感謝します」


 その殊勝な態度に、ロゼリアも、アベルマリアも、リカルドも、ルディアスも驚いた。


 かつての彼ならば、こんなふうに頭を下げることなどなかっただろう。


 ディアブロスは顔を上げると、再び口を開いた。


「どうか、よろしくお願いいたします」


 ルディアスは小さく頷いた。


「では、宴席が終わったあと、僕たちの部屋に来てくれ」


「かしこまりました」


 ディアブロスはもう一度、深く頭を下げた。


 その姿を見つめながら、ロゼリアは静かに息を吐いた。


 かつて愛した人と、最後に向き合う時が来たのだ。


 もう、過去に囚われることはない。


 これから先の未来を、自分自身の意思で選ぶために。


 ――こうして、ロゼリアとディアブロスが過去に決着をつける時が、刻一刻と近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。