【第26話】深淵の悔恨と、捨て身の哀願
ロゼリアとルディアスが幸せな時間を過ごしている頃。
ディアブロスは、自室の執務机に座ったまま、身じろぎひとつできずにいた。
脳裏に蘇るのは、友人であるリカルドから浴びせられた、冷徹な言葉だった。
『最低だな、ディアブロス。ロゼリアを愛する資格は、今の君にはない』
その言葉が、何度も胸の奥に突き刺さる。
ロゼリアによく似た面影を持つ侍女に、無理やり縋ろうとした自分。
彼女を失った寂しさを埋めるために、別の女性を利用しようとした自分。
なんと愚かで、身勝手な振る舞いだったのだろう。
ロゼリアが自分を愛してくれることを、当たり前だと思っていた。
どれほど冷たく突き放しても、どれほど傷つけても、彼女だけは自分のそばにいてくれると信じていたのだ。
だが、そんな都合のいい願いが、いつまでも通用するはずがなかった。
「……俺は、本当に最低な男だ」
ディアブロスは顔を覆った。
今さら悔やんでも、彼女が受けた傷が消えるわけではない。
自分の犯した過ちをなかったことにできるわけでもない。
それでも――。
「せめて……直接、謝罪したい」
ロゼリアに許してもらいたいからではない。
もう一度、自分のもとへ戻ってきてほしいからでもない。
自分がどれほど彼女を傷つけたのかを認め、その痛みに向き合いたかった。
探していた温もりを自ら捨てていたのだと悟り、そして、彼女が選んだ未来を、今度こそ尊重したかった。
ロゼリアが自分のいない場所で幸せになれるのなら、それを妨げる権利など、自分にはない。
たとえ、その隣にいるのが自分ではなく、ルディアスであったとしても。
「……ロゼリアの幸せを、心から願いたい」
口にした途端、胸が引き裂かれるように痛んだ。
まだ、愛している。
失いたくないと思う気持ちが、完全に消えたわけではない。
それでも、もう彼女を自分のものにしようとするのはやめなければならない。
自分の想いを押しつけることが、どれほど彼女を苦しめてきたのか。
今度こそ、その事実から目を背けてはならないのだ。
ディアブロスはゆっくりと顔を上げた。
せめて最後に、謝罪を。
そして、彼女が選んだ未来を祝福し、二度とその幸せを脅かさないと誓おう。
それが、今の自分にできる、最後の償いだった。
◇
翌日。
ディアブロスは、王太子リカルドの執務室を訪ねた。
「リカルド殿下にお目通りを願いたい」
「申し訳ございません。ただいま殿下はお忙しく、面会はお断りしております」
取り次ぎの侍従は、丁重ながらもきっぱりと告げた。
「……そうか。では、また日を改めて伺う」
ディアブロスはそれ以上食い下がることなく、踵を返した。
翌日も、その翌日も。
彼は毎日、リカルドの執務室を訪れた。
だが、返ってくる答えはいつも同じだった。
それでも、ディアブロスは声を荒らげることも、相手を責めることもしなかった。
ただ静かに頭を下げ、翌日また訪ねる。
それを七日間、繰り返した。
そして八日目。
「……入れ」
ついに、執務室の奥からリカルドの声がした。
ディアブロスは扉をくぐると、机の前まで進み、深々と頭を下げた。
「リカルド殿下。お時間をいただき、ありがとうございます」
「……用件は?」
リカルドの声は、まだ冷たかった。
ディアブロスは顔を上げずに答えた。
「ロゼリアのことです。俺は……彼女を諦めます。今後、二度と彼女の人生に干渉しないと誓います」
「……それを、私に伝えに来たのか?」
「はい」
「なぜ私に?」
問いかけられ、ディアブロスは一度、唇を引き結んだ。
「これまで、俺はロゼリアを傷つけ続けてきました。謝罪したいと思っています。ですが……彼女が俺に会いたくないのであれば、それも当然のことです」
握り締めた拳が、小さく震えた。
「それでも、どうか一度だけ、謝罪の機会をいただけないでしょうか」
リカルドは黙って彼を見据えていた。
やがて、ディアブロスは覚悟を決めたように顔を上げた。
「それから……サルベール王国で執り行われる、ハロルド殿下のご結婚式に同行させていただきたいのです」
「……ロゼリアに会うためか?」
「はい。ただし、彼女が面会を拒むのであれば、決して無理強いはいたしません」
ディアブロスは、再び深く頭を下げた。
「そして……ロゼリアが幸せに暮らしていることを知りたいのです。俺が立ち入ることなく、彼女の幸せを願いたい。彼女が選んだ未来を、心から祝福したいのです」
その言葉に、リカルドの眉がわずかに動いた。
「……君が、そんなことを言うようになるとはな」
「今さらだということは、分かっています」
ディアブロスは苦しげに目を伏せた。
「俺が何を言おうと、どれほど後悔しようと、ロゼリアが受けた傷は消えません。許されるとも思っていません。ただ……自分の過ちから逃げずに、彼女に謝罪したいのです」
長い沈黙が落ちた。
やがてリカルドは、静かに口を開いた。
「いいか、ディアブロス。ロゼリアの傷は、君が思っている以上に深い。君が謝りたいからといって、彼女がそれを受け入れる義務はないんだ」
「……はい」
「私から彼女に、君との面会を打診してみよう。だが、断られたら諦めること。彼女が会いたくないと言うのなら、君はその意思を尊重し、二度と追いすがってはいけない」
「承知しました」
ディアブロスは、迷いなく答えた。
「……ありがとうございます、リカルド殿下」
再び深く頭を下げる彼を見つめながら、リカルドは小さく息を吐いた。
(遅すぎるんだよ、ディアブロス。……だが)
目の前の男は、まだロゼリアを愛しているのだろう。
その想いが消えたわけではない。だからこそ、彼女を手放す決意は、決して容易なものではなかったはずだ。
それでも今のディアブロスは、自分の願いを叶えることよりも、ロゼリアの意思を尊重しようとしている。
それが本当の変化なのかどうか。
答えを出すのは、まだ早い。
リカルドは、窓の向こうへと視線を向けた。
ロゼリアが、今度こそ心から笑っていられるように。
その願いだけは、ディアブロスと同じだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第24話でどん底まで落ちたディアブロスですが、親友リカルドの言葉でようやく自分の愚かさに真に気づきました。
執着を手放し、ただ「謝罪と祝福」のために立ち上がろうとする彼の決意、皆様はどう感じられたでしょうか?
物語はここからさらに大きく動いていきます!
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