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【第25話】爛漫の茶会と、待ち切れぬ恋心

サルベール王国の王宮に流れる時間は、どこまでも穏やかで、そして光に満ちあふれていた。


色とりどりのバラが咲き誇る庭園(ガーデン)の東屋で、ロゼリアはシルビア、そしてクリスティーナとともに優雅なティータイムを楽しんでいた。


「ふふ、今日の紅茶も素晴らしい香りですわね。ロゼリア様がお淹れになるお茶は、どうしてこんなにも心が解けるのかしら」


「本当に! お兄様が『ロゼリアが淹れてくれるお茶以外は飲みたくない』とおっしゃっていた理由が、今なら痛いほど理解できますわ!」


白磁のカップを手に、楽しげに笑い声をあげる二人。


そんな三人のお茶会で、今一番の話題となっているのは――あと一週間後に迫った、大きな慶事についてであった。


「……それにしても、王太子ハロルド殿下とジョアンナ様の結婚式まで、いよいよあと一週間ですのね。城の中も、日増しに活気を帯びてまいりましたわ」


シルビアが焼き菓子を口に運びながら、静かに目を細める。


ロゼリアの脳裏に、先日初めて紹介されたジョアンナ様の姿が浮かんだ。


サルベール王国屈指の侯爵家(こうしゃくけ)の令嬢でありながら、威張る素振りなど微塵も見せず、ロゼリアの前で丁寧に膝を折り、淑女(しゅくじょ)の礼を執ってくれた方だ。


(深緑の美しい髪に、澄んだ瞳……。華やかさで目を引くタイプではないけれど、お話ししているだけで心が洗われるような、本当に素敵な方……)


『これからもよろしくお願いいたしますね、ロゼリア様』


そう言って優しく微笑んでくれたジョアンナ様には、控えめでありながらも、決して揺るがない品格と温かな包容力(ほうようりょく)があった。


王太子ハロルド殿下が彼女を深く溺愛(できあい)し、宝物のように慈しんでいる理由も、ロゼリアにはよく理解できた。


凛とした芯の強さと、周囲を包み込むような温かさを併せ持つジョアンナ。それは、ルディアスが心を奪われたロゼリアにも通じる魅力だった。


誠実で聡明な王家の兄弟は、奇しくもよく似た美点を持つ女性を、生涯の伴侶に選んだのだ。普段は王族としての気品と落ち着きを備えながら、愛する女性の前では驚くほど情熱的で一途になるところまで、二人はよく似ている。


どうやら、女性の好みに関しても、兄弟の間には共通するものがあるらしい。


「……王太子殿下方の結婚式が終われば、次は間違いなくロゼリア様たちの番ですわね。ルディアス様も、今からその日を首を長くして心待ちにしていらっしゃいますわ」


シルビアが笑みを浮かべると、クリスティーナが身を乗り出して同調した。


「そうなのよ! お兄様ったら、執務の合間にも『ロゼリアにどんなドレスを着せようか』なんておっしゃって、全然集中できていらっしゃらないの! ロゼリアお姉様、お召しになるお召し物は、絶対に私とシルビア様にも選ばせてくださいましね!」


興奮気味に語る二人の言葉に、ロゼリアの頬は瞬く間に朱(あか)く染まっていく。


「も、もう……二人とも、気が早すぎますわ……っ! 今はまず、王太子殿下とジョアンナ様の最高のお式を成功させることに集中いたしましょう?」


両手を頬に当て、恥ずかしそうに俯(うつむ)くロゼリア。


その可憐で健気な反応に、シルビアもクリスティーナも思わず顔を見合わせ、微笑(ほほえ)ましそうに目を細めるのだった。


◇


「――やあ、女性同士の楽しいお茶会に割り込んでしまって、申し訳ないね」


「「「……っ!?」」」


突如、東屋の入り口から響いた低く甘い声に、三人は同時に振り返った。


そこに立っていたのは、公務を終えたばかりのルディアスだった。上着を脱ぎ、胸元を少し緩めた姿は、いつにも増して洗練(せんれん)された色香を纏っている。


「ル、ルディアス様……!? お仕事は……?」


驚いて目を丸くするロゼリアに、ルディアスは困ったように眉を下げ、照れくさそうに片手で項(うなじ)をかいた。


「……ああ。ひと区切りついたところだよ。けれど……今日は朝からまだロゼリアの顔を見られていなかっただろう? 恋しくて、どうしても我慢できなくなって駆けつけてしまったんだ」


周囲の目も憚(はばか)らず、ストレートに放たれた甘い愛の言葉。


「きゃあぁっ……!!」


クリスティーナは興奮のあまりパタパタと扇子を仰ぎ、シルビアも驚きとともに「まあ……」と紫水晶の瞳を輝かせている。


「〜〜〜〜っっ!?」


一方、当事者であるロゼリアの頬は、みるみるうちに真っ赤に染まった。


「ル、ルディアス様……っ! み、みなさんの前で、そんな恥ずかしいことをおっしゃらないでください……っ」


恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で訴え、両手で顔を覆ってしまうロゼリア。


するとルディアスは、彼女の前に静かに膝(ひざ)をついた。王子である彼が地面に膝をつき、覆われた小さな手を優しく包み込んで、下から覗き込んでくる。


「ごめんね、ロゼリア。でも、嘘はつけないんだ。……どうやら僕は、君が僕の婚約者(こんやくしゃ)になってくれたことが嬉しくて、浮かれて仕方がないみたいだ」


エメラルドの瞳に満ちる、溢れんばかりの情熱と慈愛。


至近距離で見つめられ、ロゼリアはもう息をすることすら忘れ、完全に言葉を失って固まってしまった。


そんな二人の濃厚(のうこう)な世界観を前に、シルビアがすっと立ち上がった。


「……ふふ。ルディアス殿下、私どもはそろそろお暇(おいとま)させていただくことにいたしますわ」


「えぇ〜!? もう少し見ていたいですわ、シルビア様!」


「これ以上長居をしては、お二人の邪魔になってしまいますでしょう? さあ、行きましょうクリスティーナ」


「あぅ……分かったわ……っ」


まだ未練たっぷりに振り返ろうとするクリスティーナの手をしっかりと引き、シルビアは穏やかな微笑みを残して、優雅に東屋を辞していった。


静まり返った東屋に、二人の呼吸音だけが残される。


「……僕のせいで、二人にお気遣いをさせてしまったかな?」


苦笑しながら立ち上がり、ロゼリアの隣の椅子へと腰掛け直すルディアス。


ロゼリアは小さく息を吐き出すと、赤みが引かない頬に手を添えながら、ぽつりと呟いた。


「……本当にそうですよ、ルディアス様。みなさん、気を利かせて行ってしまわれたではありませんか……」


「……嫌だったかい?」


少し不安そうに眉を寄せるルディアス。


ロゼリアはそっと顔を上げると、彼の温かな手に自身の手を重ね、恥ずかしそうに、けれど幸せいっぱいの笑顔を咲かせた。


「……いいえ。……とっても、嬉しかったです」


そのあまりにも愛くるしい微笑みに、ルディアスはハッと息を呑んだ。


二人の視線が、吸い寄せられるように交差する。


言葉など、もう必要なかった。どちらからともなく顔を近づけ――木漏れ日が降り注ぐ静かな東屋で、二人は深く、甘い口づけ(くちづけ)を重ね合わせるのだった。

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