【第23話】氷解する心、芽生える絆
お茶会から数日が過ぎた、ある午後のこと。
王宮内に与えられた自室でゆったりと過ごしていたロゼリアのもとに、思わぬ訪問者が告げられた。
「……シルビア様と、クリスティーナ様が……?」
侍女からの報告を受け、ロゼリアは思わず眉根を寄せて首を傾げた。
先日の東屋での出来事を思えば、気まずさに顔を合わせづらいはずの二人である。特にクリスティーナにとっては、自尊心を傷つけられた直後のはずだった。
(いったい、何のご用でしょう……?)
胸の中に小さな疑問を抱きつつも、ロゼリアは「すぐにお通しして」と侍女に指示を出した。
扉が開かれ、部屋へと姿を現した二人。
先頭を歩くシルビアは、相変わらず背筋を真っ直ぐに伸ばし、気品に満ちた立ち振る舞いを見せている。しかし、そのすぐ後ろをついてくるクリスティーナは、どこか居心地悪そうに身を縮め、視線をあちこちに泳がせていた。先日の高圧的な態度は見る影もない。
「突然の訪問をお許しくださいませ、ロゼリア様」
「いいえ、ようこそお越しくださいました。シルビア様、クリスティーナ様。どうぞお掛けになって」
ロゼリアは穏やかな笑顔で二人を招き入れると、ソファーへと促した。侍女に紅茶を用意させ、三人分のカップがテーブルに並ぶ。
――カチャン。
静かな部屋に、磁器のカップと皿が触れ合う微かな音が響いた。
ロゼリア、シルビア、そしてクリスティーナ。三人がテーブルを囲み、静かに紅茶を口に運ぶものの、そこに会話はなく、居心地の悪い沈黙だけが流れていた。
クリスティーナはカップを手にしたまま、ちらちらとロゼリアの顔色をうかがっては、気まずそうに視線を落としている。
先日の東屋で、自分が口にした言葉が脳裏をよぎる。
あのときは、ロゼリアを言い負かしてやりたいという気持ちでいっぱいだった。けれど、彼女に正面から反論されて以来、クリスティーナの胸には、別の思いが居座っていた。
――自分は、ルディアスが選んだ人を、噂だけで決めつけていたのではないか。
そう考えるたびに、恥ずかしさと悔しさが込み上げてくる。謝らなければならないとわかっていても、いまさらどんな顔をして言葉をかければいいのか、わからなかったのだ。
その沈黙を破ったのは、シルビアだった。
彼女は静かにカップを置くと、ロゼリアへと向き直った。そして、これまでロゼリアが見たこともないほど、柔らかく温かな笑みを浮かべた。
「……先日の東屋でのお茶会、誠に見事でしたわ」
「え……?」
思いがけない言葉に、ロゼリアは目を丸くした。
「周囲の臆測や無礼な言葉に惑わされず、ご自身の誇りとルディアス殿下への誠意を貫いたお姿……心から感服いたしましたわ」
シルビアは一度言葉を切り、まっすぐにロゼリアを見つめた。
「ロゼリア様。私、貴方様と本当の意味で友人になりたいのです」
あまりにも真っ直ぐな告白だった。
氷のように冷徹だと思っていたシルビアが見せた心からの笑みに、ロゼリアだけでなく、隣に座っていたクリスティーナまでもが「えっ……!?」と驚きで目を見開いた。
一拍おいて、シルビアはゆっくりと隣のクリスティーナへ視線を向けた。その紫水晶の瞳には、厳しくも温かい、姉のような光が宿っている。
「クリスティーナ。……何か、ロゼリア様に申し上げるべきことがあるのではありませんこと?」
「っ……! あ、う……」
促されたクリスティーナは、顔を真っ赤にして身じろぎした。
扇子をぎゅっと握りしめ、何かを言いかけては口をつぐむ。何度もためらった末、彼女はロゼリアの顔をそっと見た。
責められるかもしれない。冷たく拒絶されるかもしれない。
それでも、自分の非を認めずに逃げ続けるのは、もっと嫌だった。
クリスティーナは意を決したように、勢いよく頭を下げた。
「……い、今までの無礼な態度……ご、ごめんなさい……ッ!」
蚊の泣くような声だった。それでも、その言葉には彼女なりの精いっぱいの勇気が込められていた。
「私、貴女がどんな人かも知らないで……勝手に悔しくて、嫉妬して……酷いことばかり言いましたわ。……もう、認めますわ。貴女がルディアスお兄様の正妃にふさわしいお方だということを……!」
消え入りそうな声で、けれど懸命に謝罪の言葉を吐き出すクリスティーナ。
ロゼリアはすぐには答えず、頭を下げたままの彼女を静かに見つめた。
先日の侮辱は、決して忘れられるものではない。けれど、目の前のクリスティーナが、恥を忍んで謝罪しようとしていることも伝わってきた。
やがてロゼリアは、ふっと表情を和らげた。
「……謝ってくださって、ありがとうございます、クリスティーナ様」
その言葉に、クリスティーナが恐る恐る顔を上げる。
ロゼリアは、彼女の目を見て微笑んだ。
「私も、これからはお互いを知っていけたら嬉しいですわ。過去のことをなかったことにはできませんけれど……今日から、少しずつ仲良くなれたらと思います」
「ロゼリア様……!」
クリスティーナの瞳が揺れた。拒絶されることを覚悟していた彼女にとって、その言葉は思いがけないものだったのだろう。
隣で見守っていたシルビアも、ほっとしたように微笑んだ。
「無理に許す必要はありませんのよ、ロゼリア様。彼女のしたことは、決して褒められたものではありませんから。……けれど、もし叶うなら、これからも私どもと仲良くしていただけませんかしら?」
ロゼリアは、差し伸べられたシルビアの手をそっと取った。
「ええ、もちろんですわ。シルビア様とも、クリスティーナ様とも、もっとお話ししてみたいと思っておりましたの」
そして、少し照れたように微笑む。
「実は、他国の王宮で一人きりで過ごすのは、少し退屈で寂しいと思っていましたの。お二人とお友達になれたら、とても心強いですわ」
その言葉を聞いた瞬間――。
「――っ!!」
それまで不安げにしていたクリスティーナの顔が、ぱっと明るくなった。
「あ、ありがとうございます……っ! ロゼリアお姉様……ッ!」
「えっ、お、お姉様……?」
思わず目を丸くするロゼリアに、クリスティーナはますます頬を赤くした。
「だ、だって……! お兄様の大切な方ですし、私もこれから、もっと仲良くなりたいんですもの!」
先ほどまでの沈んだ様子はどこへやら。クリスティーナは感激のあまり椅子から立ち上がり、そのままロゼリアに抱きつきそうな勢いだった。
「これ、クリスティーナ。淑女として少々品格に欠けますわよ」
すかさずシルビアが、楽しそうに笑いながら彼女の袖をそっと引いて窘める。
「だってシルビア様! ロゼリアお姉様が、これから仲良くしてくださるとおっしゃったのですもの!」
「だからといって、お部屋で取り乱してよい理由にはなりませんでしょう? 落ち着きなさいな」
「もうっ、お堅いですわ、シルビア様!」
賑やかに言い合う二人の姿に、ロゼリアは思わず「ふふっ」と声を漏らした。
つい数日前まで、彼女たちとこんなふうに笑い合える日が来るとは思ってもいなかった。
異国の地。頼れる人もいないと思っていた王宮で、ロゼリアの胸に、温かく頼もしい友情の芽がそっと顔を出したのだった。




