【第21話】蠢く執着、招かれざる招待状
薄暗い兵舎の執務室。重苦しい静寂が満ちるその空間で、第一王子リカルドは一通の手紙を手に、静かに言葉を紡いでいた。
「……というわけで、ロゼリアはルディアス殿下と正式に婚約したわけだ。こういうのもなんだが……これで君も、諦めがついただろう?」
机を挟んで佇むディアブロスは、直立不動のまま微動だにせず、リカルドの言葉を黙って静かに聞いていた。
一髪の乱れもなく整えられた軍服、深く伏せられた眼差し。やがて、彼は重く掠れた声でぽつりと呟いた。
「……そうですか。彼女は今、幸せなんですね」
その声には棘も怒りもなく、ただ己の過ちを噛み締めるような、あまりにも殊勝な態度であった。
荒れ果てていたかつての狂暴さが嘘のように影を潜めている様子に、リカルドはそっと胸を撫で下ろし、柔らかな声音で言葉を続けた。
「実はね、君のもとに他国の令嬢や貴族から、縁談の話がたくさん届いているんだ。君の将軍としての武功は本物だからね。……いい機会だ、リフレッシュも兼ねて、少し誰かと会ってみないか?」
「お気遣い……感謝いたします。ですが……今はとても、そのような気分にはなれません」
「そ、そうだよね。すまない、まだそんな気持ちになれるはずもないよな。余計なことを言って悪かったよ」
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、リカルドは「無理はしないように」と短く言い残し、静かに部屋を去っていった。
パタン、と扉が閉まり、足音が遠のいていく。
完全な孤独が部屋を支配した、その瞬間――。
「……ぐ、…………ッ!」
先ほどまでの殊勝な面構えは跡形もなく消え去り、ディアブロスの全身が激しい怒りと屈辱で抖擻するようにブルブルと震え始めた。
端正だった顔立ちは凄惨に歪み、額には太い青筋が何本も浮き上がる。鋭利な犬歯を剥き出しにし、まるで飢餓に狂う獣のように喉の奥から「グルルル……」と不穏な低音を響かせた。
ロゼリアが自分以外の男のものになった。その厳然たる事実が、彼の胸を灼熱の烙印のように焼き焦がす。
「……諦めない……。絶対に、諦めないぞ……ロゼリア……っ!」
血が滲むほど強く握りしめられた拳。狂気と執着に染まった瞳で、ディアブロスは暗闇のなか、絶望と渇望に満ちた言葉を吐き捨てるのだった。
◇
一方――サルベール王国の王宮。
ギルベール夫人の指導や侍女たちとの交流を通じ、ロゼリアが王宮での暮らしに慣れ始めていた、そんな折のことだった。
彼女のもとへ、一通の豪華な装飾が施された手紙が届けられた。
差出人の名を見た瞬間、ロゼリアは眉根を寄せ、思わず首をかしげた。
「クリスティーナ様からの……お茶会への招待状……?」
先日の謁見の際、あれほどあからさまに自分を排斥し、敵意を剥き出しにしていた彼女からの誘いだ。あまりの不自然さに、胸の中に小さな不安の影が落ちる。
夕刻、公務を終えて訪ねてきたルディアスに、ロゼリアはその手紙を見せながら相談を持ちかけた。
「……そういうわけなんだね」
手紙に目を通したルディアスは、途端に瞳を冷徹な光へと陰らせ、はっきりと首を横に振った。
「まだ応じる必要はないよ、ロゼリア。彼女が君に対して良い感情を抱いていないのは明白だ。他のお茶会と重なっているとか、体調が万全ではないとか理由をつけて、今回は見送ろう」
愛する者を危険に晒したくないルディアスの制止。しかし、ロゼリアは少しの間思案したのち、意を決したように真っ直ぐな瞳でルディアスを見つめ返した。
「いえ……お受けしようと思いますわ、ルディアス様」
「ロゼリア?」
「クリスティーナ様は、将来的に私の『身内』になられる方です。……最初から距離を置いて避けてしまっては、いつまでも溝が埋まりません。少しでもお話しして、お互いを知り、仲良くなりたいのです」
過去に縛られず、前を向いて歩むと決めたロゼリアなりの、誠実で勇敢な決断であった。
不安を押し殺して微笑む彼女の凛とした姿に、ルディアスは呆れたような、けれど心底愛おしそうな吐息を漏らし、フッと唇を綻ばせた。
「……本当に君は、どこまでも優しくて強い人だね。……わかったよ。君がそこまで言うなら、僕は反対しない。けれど、何かあったらすぐに僕を呼ぶと約束しておくれ」
「ええ、ありがとうございます!」
ルディアスの優しさに胸を熱くし、ロゼリアは心からの笑顔を咲かせた。
だが――この時のロゼリアは、まだ知る由もなかった。
この純粋で前向きな決意から臨むお茶会が、大きな波乱の幕開けとなることを。
最後までお読みいただきありがとうございます!
執着を燃やすディアブロス、そして次回は危険なお茶会へ……!?
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