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【第16話】虚飾の揺さぶりと、穿たれる愛

エリスが起こした誘拐事件と、その裏に潜んでいた公爵家の改易(かいえき)劇。

ロゼリアは文通相手であるディアブロスを余計に心配させまいと、月に一度の手紙の中でその件について一切触れていなかった。

だが――事(こと)が事(こと)であった。

隣国の重臣(じゅうしん)が関わった重大な陰謀(いんぼう)は、瞬く間(またたくま)にアクアクリスタ王国へも届くこととなったのだ。

そして、その報せは黒狼将軍ディアブロスの元にももたらされた。

「……エリスが……またロゼリアを……?」

報告書を読み進めるディアブロスの顔から、血の気が失(う)せていく。

あの浅はか(あさはか)な女が、自分を狂わせた挙句、今度は貧民街(ひんみんがい)から這い上がり、ロゼリアを娼館(しょうかん)へ売り払おうとしていたという事実。

(あのクソ女……! 俺があの時、この手で息の根を止めておけば……っ!)

激しい後悔(こうかい)と怒りで、握り締めた紙が激しく破れる。

だが、報告書に書かれていた更なる(さらなる)衝撃が、ディアブロスの思考(しこう)を完全に停止させた。

危機一髪のロゼリアを救い出し、公爵家を即座に取り潰(つぶ)したあの銀髪の男――『ルディアス』。

彼の正体は、サルベール王国の第二王子(だいにおうじ)――ルディアス・ファン・サルベール殿下であると記されていたのだ。

「王子……? あの男が……サルベール王国の皇族だと……!?」

突如として突きつけられた、圧倒的な身分の壁。

しかし、激しい動揺(どうよう)の直後、ディアブロスの胸の中に、どこか仄暗い(ほのくらい)歪(ゆが)んだ希望が芽生え始めた。

(……待てよ。いくらあの男がロゼリアを恋い慕(こいした)っていようと……相手は一国の王子だぞ?)

ロゼリアは一度他国の将軍に嫁ぎ、そして捨てられた身だ。身分も高くなければ、傷物とみなされる過去もある。

一国の王家が、そんな傷(きず)のある元妻を快く(こころよく)正妻(せいさい)として受け入れるはずがない。周囲からの激しい反対や、貴族社会からの冷眼(れいがん)に晒されるに決まっているのだ。

(ロゼリアがそんな苛烈(かれつ)な環境に耐えられるはずがない……。あいつは繊細で、傷つきやすいんだ……)

己の都合の良いように思考を巡らせ(めぐらせ)たディアブロスは、すぐに羊皮紙を広げ、震える手でペンを走らせた。

ロゼリアを本気で心配する振りを装いながら――その胸の奥に潜む(ひそむ)歪んだ(ゆがんだ)欲を滑り込ませるために。

◇

数日後。

孤児院の小さな部屋で、届いたばかりの手紙を開封したロゼリアは、息を詰まらせてその場に硬直(こうちょく)した。

便箋に躍っていたのは、ディアブロスからの言葉だった。

『ロゼリア、事件の件を聞いた。無事で本当によかった。だが……あの銀髪の男がサルベール王国の第二王子だというのは本当か?

頼むから冷静になってほしい。一国の王家が、一度他国で冷遇され離婚した君を、快く(こころよく)受け入れてくれると思うかい? 王族の妻となる重圧に、君が耐えられるとは思えない。

きっと君は、また傷つくことになる。

……ロゼリア、戻ってきてくれないか。俺なら君の傷も、過去も、すべてを受け止める。今度こそ、俺が君を死ぬ気で幸せにしてみせるから――』

「あ……あぁ……っ」

指先が猛烈に震え、手紙が視界から零れ落ち(こぼれおち)、石畳(いしだたみ)の上へと舞い降りた。

顔面からサーッと血の気が引き、ロゼリアは膝から崩れ落ちそうになる。

そこに書かれていたのは、まさにロゼリア自身がずっと胸の奥底で恐れ、苛まれて(さいなまれて)いた呪縛(じゅばく)そのものだったのだ。

(やっぱり……そうよね……。私なんかが、王子の隣に立てるはずがない……)

冷たい絶望が脳裏を支配しかけた、その時。

「……ロゼリア? 大丈夫かい?」

部屋の扉の傍らから、静かな声が響いた。

そこに立っていたのは、いつものように文通の日に寄り添ってくれていたルディアスだった。

彼は青ざめるロゼリアと、床に落ちた手紙を交互(こうご)に見つめると、優しく腰を落とした。

「読んでも……いいかな?」

真摯なエメラルドの瞳。

ロゼリアは眩暈(めまい)を覚えながらも、迷い(まよい)の末にコクンと小さく頷いた。

許可を得たルディアスは、静かな手つきで手紙を拾い上げた。

そして、そこに書かれた文字を一つひとつ、静かに読み進めていく。

読み進めるにつれ、彼の気品あふれる美貌から、温もり(ぬくもり)という温もりが削ぎ落と(そぎおと)されていった。

言葉を読み終えた瞬間――。

クシャッ! と、激しい不快感を叩きつけるような音とともに、手紙がルディアスの掌の中で無惨(むざん)に握り潰された。

「っ!?」

ロゼリアはビクリと肩を跳ねさせ、身体を縮こまらせた。

普段、絶対に感情を荒らさないルディアスから放たれた、氷(こおり)のように凄絶(せいぜつ)な殺気。

だが、ルディアスはすぐに深呼吸をすると、握り潰した手紙をサイドテーブルの上に置き、心底呆れた(あきれた)ように吐き捨て(はきすて)た。

「……なんて浅はか(あさはか)な男だろうね。君の心配を装って、わざと不安を煽るなんて」

ルディアスは膝をつき、怯えるロゼリアと視線を合わせると、慈愛に満ちた眼差しで彼女の震える手を包み込んだ。

「ごめんね、ロゼリア。驚かせてしまったね? ……でも、安心してほしい。この手紙に書かれているようなくだらない懸念は、絶対に大丈夫だから」

けれど、一度穿たれた不安の毒は、簡単には消えてくれなかった。

ロゼリアはポロポロと大粒の涙を零しながら、切なく首を振った。

「ですが……! 私は一度離婚(りこん)していて……大した身分も、誇れるものもありません……っ。ルディアス様に相応しくないのではと……私、怖くて……っ!」

ロゼリアの慟哭が、部屋に虚しく響く。

その涙を見た瞬間、ルディアスの瞳に溢れんばかりの情熱が灯った。

彼は堪らず、彼女の華奢な身体を力強く、引き寄せるように抱きしめた。

「そんなこと、絶対にない……っ! 大丈夫だ、ロゼリア!」

耳元で、彼の一途な熱情(ねつじょう)が爆発(ばくはつ)するように紡がれる。

「君を悪く言う家族なんて、僕の家には誰一人としていない! 父上も母上も、兄上でさえ『君を早く連れて来い』と楽しみにしているんだ! 君さえ承諾(しょうだく)してくれれば……僕はいつだって君を妻(つま)にする準備が整っているんだよ!」

ルディアスは抱擁を少しだけ緩め、涙に濡れるロゼリアの頬を両手で挟み込んだ。

そのエメラルドの瞳には、かつて見たこともないほど切実(せつじつ)で、縋(すが)るような色が宿っていた。

「だから……僕を受け入れてほしい。僕を、信じて……っ」

その言葉が、ロゼリアの胸の奥深くを力強く貫いた。

これまで『代わり』として扱われ、誰からも必要とされなかった自分。

そんな自分を、一国の王子という尊い身分でありながら、ここまで全身全霊で求めてくれる人がいる。

しかもその人は――今、自分が世界で一番愛おしく、大切に思っている男性なのだ。

(……私、逃げたくない……っ! この人の手を、離したくない……!)

迷いは、完全に消え去っていた。

ロゼリアは溢れ出る涙もそのままに、震える腕を伸ばすと、ルディアスの広い背中をぎゅっと抱き返し、その胸へと顔を埋めた。

「……私も……っ! 私も……ルディアス様を、愛しています……っ!!」

初めて自分の口から発せられた、真実(しんじつ)の愛の告白。

その言葉を聞いた瞬間、ルディアスはまるで夢でも見ているかのように大きく目を見開いた。

「ロゼリア……本当かい……? 僕を……選んでくれるのかい……っ?」

「はい……っ! 貴方様と一緒に……歩んでいきたいです……!」

感極まったルディアスは、愛おしさに満ちた吐息を漏らすと、彼女の身体を慈しむように抱き締め直した。

そして、どちらからともなく顔を近づけ――。

月明かりが差し込む静かな部屋で、二人は深く、甘く、永遠を誓うような口づけを重ね合わせるのだった。

~あとがき~

【第16話】をお読みいただきありがとうございます!

元夫ディアブロスの浅はかな揺さぶりを乗り越え、ついにロゼリアとルディアスが想いを通わせ合いました!

どんな妨害があろうとも揺るがないルディアスの圧倒的な愛と、覚悟を決めたロゼリアの告白を楽しんでいただけたら嬉しいです。

もし「スッキリした!」「二人が結ばれてよかった!」と思っていただけましたら、ぜひブックマーク、評価(★)で応援していただけると執筆の大きな励みになります!

次回(第17話)もお楽しみに!

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