【第15話】王太子の憂鬱と、赤き宝石の婚約者(リカルド視点)
僕には二人の友人がいる。
一人は、アスタリスタ王国が誇る黒狼将軍こと、ディアブロス。
そしてもう一人は――隣国サルベール王国の第二王子、ルディアス。
ちなみに、二人は互いの存在をまだ知らない。
……あ、ついでに自己紹介をしておこう。僕はアクアクリスタ王国の王太子、リカルド。金色の髪と黄金の瞳を持つ、自他ともに認める『美形でお茶目で、ちょっとだけ有能な王子様』だ。
さて。今、僕の頭を悩ませているのは、彼らを巡る実に複雑な人間関係である。
なんやかんやあって、健気で愛らしいロゼリア嬢。――いや、失礼。気取るのはやめよう。ロゼリアは国を去ってしまった。そして元夫であるディアブロスは地獄のような後悔に苛まれており、一方でルディアスは、サルベール王国で密かにロゼリアへ深い恋心を抱いているらしい。
うーん、なんという複雑骨折。
ロゼリアには、個人的にも絶対に幸せになってほしい。だが、僕としてはディアブロスにもルディアスにも、どちらか一方の肩を持つわけにはいかない。だって、二人とも大切な友人なのだから。
ここは中立の立場で、静かに見守るのが聡明な王太子としての嗜みというものだろう。
……と、前置きはこのくらいにしておこう。
現在、ディアブロスは『傷心旅行』という名の長期休養に入っていて、不在だ。これで少しは頭を冷やし、落ち着いて帰ってきてくれればいいのだが。
なにしろ、王国の防衛を担う将軍の職務は山積みだし、僕の書類仕事も増える一方だから、早く戻ってきてほしいのが本音である。
そんなことを考えて溜息をついていた、その時だった。
コンコンッ。
執務室の扉から軽やかなノックの音が響き、従者の声が通る。
「リカルド殿下。アベルマリア様が取り次ぎを希望されておられます。入室を許可されますか?」
「いいよ、すぐに通して」
僕がペンを置くと同時に、扉が静かに開いた。
足音を忍ばせて入ってきた女性は、優雅にドレスの裾をつまむと、洗練された動作で綺麗な淑女の礼をとってみせた。
「お忙しいところ、お時間をいただき感謝いたしますわ、リカルド殿下」
彼女の名は、アベルマリア・ド・クリスタ。
この国の筆頭公爵家の令嬢であり、そして――僕の最愛の婚約者だ。
燃えるような赤い髪に、同色の情熱的な瞳。そして何より、その華やかな容姿に見合う気高さと苛烈さを備えた性格が、僕には堪らなく愛おしい。
「二人きりにしてくれ」
僕がそう告げると、従者たちは一礼して退室した。
そして、扉が閉まったその瞬間。
さっきまでの淑女の仮面が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
「リカルド! あのバカ黒狼が『傷心旅行』に出ただなんて本当かしら!? 何を被害者面して落ち込んでいらっしゃいますの!? さっさと将軍職を解任して、国外へ叩き出せばよろしいわ!」
仁王立ちでプンプンと怒りを爆発させる彼女に、僕は苦笑いを浮かべた。
「あ~……アベルマリア? いくらなんでも、我が国の英雄である将軍を『バカ黒狼』呼ばわりするのはいかがなものかと……」
そう、アベルマリアはディアブロスのことが大嫌いなのだ。
それというのも、アベルマリアとロゼリアは、ロゼリアがディアブロスと結婚して王宮へ出入りするようになってからの親友同士。貴族社会のしがらみの中でも気さくに心を通わせ合っていたロゼリアを『代わり』として扱い、酷い冷遇を重ねてきたディアブロスを、彼女は出会った頃から激しく毛嫌いしていた。
ロゼリアがこの国を去る際も、二人は人目を憚らず涙を流して抱き合い、別れを惜しんでいたほどだ。
「だって! あのバカ黒狼の愚行のせいで、ロゼリアはサルベール王国まで行く羽目になったのよ!? 前々から『あんな奴とはさっさと離婚しなさい』と言ってはいたけれど、国を出る必要なんてなかったわ! 追放されるべきはロゼリアではなく、あの愚鈍なバカでしょう!?」
(ついに『愚鈍なバカ』まで追加された……)
僕は肩をすくめつつ、興奮する彼女の腰に手を回して引き寄せた。
「しかしね、アベルマリア。新天地でやり直すというのは、彼女自身が望んだことでもあるんだよ。過去を断ち切り、静かに暮らしたいという彼女の選択を尊重してあげるのも、親友としての友情というものではないかい?」
「……っ、分かっていますわ。そんなこと、分かっていますけれど……」
僕の言葉に毒気を抜かれたアベルマリアは、キュッと唇を噛み締めると、大きな瞳からポロポロと涙を零し始めた。
「……寂しいんですもの。私の大切なロゼリアがいなくなって、すごく、寂しいの……っ」
さっきまでの猛虎のような勢いはどこへやら。しおしおとベソをかく姿がたまらなく愛くるしい。
僕は愛おしさに胸を締め付けられながら、彼女の額に優しくキスを落とした。
「泣かないで、僕のルビー。事態が落ち着いたら、また二人で密かに会えるように、僕が完璧に手配してみせるから」
アベルマリアは涙を浮かべた瞳で僕を見上げ、コクリと頷いた。
「……ありがとう、リカルド」
上目遣いでお礼を言ってくる婚約者に、内心で(あー可愛いな、僕のルビーは!)と叫ばずにはいられない。
しかし、次の瞬間。アベルマリアはハッと何かを思い出したように、表情を険しくさせた。
「……でも、あのバカ黒狼が『傷心旅行』なんて柄に合わない真似をするかしら? もしかして、反省した顔をしてロゼリアの後を追っていたりしないでしょうね!? もしそうなら、今度こそ私がこの手で国外追放にしてやりますわ!」
腕を捲り上げんばかりの勢いで怒りを露わにする彼女を見て、僕は苦笑した。
(まさか……ね? でも、あの執念深いディアブロスのことだ。案外ありそうだな……)
「はは、まさかそれはないと思うけれど……。でも、もし万が一、それでもロゼリアがディアブロスを許して復縁するようなことがあったら、それはそれで二人――」
「ぜ~ったいに、認めませんわ!」
僕の言葉を遮り、アベルマリアはびしっと指を突きつけて宣言した。
「もしそんな展開になって、リカルドがそれを許すような甘い対応をしたら……私、あなたとの婚約を破棄しますわ!」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、僕の笑顔がすっと消えた。
胸の奥から湧き上がる冷たい独占欲を隠さず、僕は少しだけ瞳の光を濁らせて、彼女の細い顎を指先で持ち上げた。
「……アベルマリア。そんな冗談でも、僕の前で『去る』なんて言葉を使わないでほしいな。もし君が僕の元から逃げ出そうとしたら……僕は君を籠の鳥にして、王宮の最深部に閉じ込めてしまうかもしれないよ?」
低く囁いた僕の脅しに、しかしアベルマリアは怖がるどころか、フフンと鼻で笑ってみせた。
「そんなこと、絶対に無理ですわ! だってリカルドは私のことが大好きでしょう? 私が嫌がるような強引なことを、あなたが本気でするはずありませんもの!」
迷いなくキッパリと言い切った彼女に、僕は思わずパチクリと目を丸くさせた。
そして次の瞬間、腹の底からこみ上げてくる愛おしさに負けて、大爆笑してしまった。
「……ははっ! 本気のつもりだったんだけどねぇ。……いや、参ったな。それでこそ僕のルビーだ」
僕は降参するように両手を上げると、そのまま愛しい婚約者を強く抱きしめ、その熱い唇に深い口づけを贈った。
正直、ロゼリアたちの未来がどう転ぶかは、誰にも分からない。
けれど――この腕に抱く最高のルビーだけは絶対に手放さないよう、僕は王太子として、一人の男として、あらゆる最善を尽くすつもりだ。
【第15話】をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は王太子リカルド視点のお話でした。
ロゼリアを思う情熱的な親友アベルマリアと、彼女にメロメロなリカルドのやり取りを楽しんでいただけていたら嬉しいです!
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