【第14話】明かされる正体と、王子の誓い
異母姉エリスが裏で黒い陰謀を張り巡らせているとは露知らず、ロゼリアはいつものように孤児院の買い出しのため、街の市場へと足を運んでいた。
子供たちに作る夕食の食材を籠いっぱいに買い込み、朗らかな気持ちで人通りの少ない裏道を歩いていた、その時だった。
「――んっ!?」
突如、背後の路地裏から現れた数人の男たちに、背後からガッチリと身体を押さえつけられた。
口元を湿った布で強く覆われ、ツンとする薬品の匂いが鼻腔を突く。
(な、なに……っ!?)
抵抗しようと暴れるものの、視界が急速に歪み、意識が暗転していった。落ちた買い出し用の籠が、石畳の上でカラカラと空しい音を立てた。
◇
それからどれほどの時間が経っただろうか。
冷たい水滴の弾ける音で目が覚めた時、ロゼリアはサルベール王国の郊外にひっそりと佇む、公爵家の別邸の地下室にいた。
手足を縄で固く縛り上げられ、冷ややかな石畳の上に転がされている。
「ふふふ……お目覚めかしら、ロゼリア?」
暗闇の向こうから高笑いとともに姿を現したのは、身なりだけは豪華なドレスで飾った異母姉――エリスだった。その瞳には、抑えきれない嫉妬と憎悪が渦巻いている。
「私を捨てて貧民街へ追いやったあのアスタリスタ王国も許せないけれど……何より許せないのは、あなたが聖女気取りで幸せそうに笑っていることよ! だから届けてあげるわ。娼館へね。あなたが二度と立ち上がれないよう、その高潔なプライドごと泥に塗れさせてあげますわ!」
「エリスお姉様……どうして……っ」
ロゼリアは震える声で息をのんだ。すべては自分への勝手な逆恨みによる陰謀だったのだ。
「さあ、言い残すことはあるかしら? 私の後ろ盾はこの国の公爵様よ。誰もお前なんかを助けに――」
勝ち誇るエリスの言葉が、突如として遮られた。
バァンッ――――!!
大きな地下室の扉が、凄まじい衝撃音とともに吹き飛んだのだ。
煙塵が舞う中、鉄の甲冑を身に纏った王宮近衛兵たちが雪崩れ込んでくる。そして、その中央から現れたのは――。
「ロゼリアっ……!!」
冷酷なまでに整った美貌に、激しい怒気と焦燥を滲ませた青年――ルディアスだった。
買い出しに出たきり戻らないロゼリアを心配したルディアスは、残された籠と足跡から異変を察知した。
そして、王宮の情報網を使って周辺を捜索させたところ、ロゼリアを連れ去った男たちの足取りが、以前から王家が内密に監視していた公爵家の別邸へと繋がっていることが判明したのだ。
公爵家には以前から、裏で人身売買に関わっているという疑いがあった。
そのためルディアスは、今回の件を偶然の誘拐事件として片づけず、王宮の調査官と近衛兵を動かし、別邸への突入を決断したのだった。
「ル、ルディアス様……!?」
驚愕に瞳を見開くロゼリア。ルディアスは疾風のごとく駆け寄ると、すぐさまロゼリアを縛る縄を剣で切り裂き、その細い身体を壊れ物のように強く抱きしめた。
「無事でよかった……! 傷はないかい? 怖い思いをさせてごめんね……っ」
「ルディアス様……私……っ」
安堵の涙が、ロゼリアの頬を伝い落ちる。
だが、その光景を目にしたエリスは、顔を真っ赤にして叫び散らした。
「な、なによアンタは!? 何の権限があって公爵家の館に立ち入っているのよ! 私の後ろ盾は公爵様なのよ!? 今すぐ兵を引き揚げさせないと、ただじゃ――」
「黙れ、不敬者」
ルディアスの氷のように冷ややかな一言が、地下室の空気を一瞬で凍りつかせた。
彼はロゼリアを背後にかばうと、胸元から黄金の紋章が刻まれた印章を取り出し、エリスの前に突きつけた。
「我が名はルディアス・ファン・サルベール。――このサルベール王国の第二王子だ」
「な……っ!?」
エリスの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「お、王子……様……? そ、そんな……嘘よ……!」
ガタガタと膝を震わせ、絶望のあまりその場に腰を抜かすエリス。
ロゼリアもまた、あまりの事実に息を止めて硬直していた。
(ルディアス様が……王家のご子息……第二王子殿下……!?)
「公爵家が裏で人身売買に関わっているという疑いは、以前から王家が追っていた。そして今夜、その証拠を押さえた」
ルディアスの声が、冷たく響く。
「王家の権威を笠に着て悪事を重ねていた反逆者どもろとも公爵家は本日をもって改易・取り潰しだ。……この女を連行しろ」
「いやぁぁぁ! 助けて! 許してください殿下ぁぁっ!」
見苦しく叫び散らすエリスは、近衛兵たちによって引きずられるように去っていった。
◇
静けさを取り戻した孤児院の医務室で、ロゼリアはベッドに腰掛け、手元の温かいお茶を見つめていた。
事件はあっという間に解決し、公爵家とエリスには厳しい処罰が下されることになった。
部屋の扉が開き、ルディアスが入ってくる。
彼は王子としての威厳に満ちた衣装ではなく、いつもの穏やかな雰囲気を纏っていた。
「ロゼリア……気分はどうだい?」
「はい……すっかり落ち着きました。あの、ルディアス様……助けていただき、本当にありがとうございました」
頭を下げるロゼリアの前に、ルディアスは静かに膝をついた。王子である彼が、自分のような平民同然の女の前に膝をつく。その光景にロゼリアの胸が跳ねた。
「今まで正体を隠していて、本当にすまなかった。……前夫との過去で深く傷ついていた君に、王族という立場を押し付けて身構えさせたくなかったんだ。何より、王族の肩書ではなく……ただ一人の『ルディアス』という男として君に見つめられたかった。僕の勝手な都合で、騙すような真似をしてしまってごめんね」
ルディアスは真摯なエメラルドの瞳でロゼリアを見つめ、彼女の手を優しく包み込んだ。
「でも、これだけは本当だ。僕の君への想いに、ひとつも偽りはない。……ロゼリア、愛している。君がどんな過去を抱えていようと、僕のすべてをかけて君を幸せにしたい」
「っ……!」
真っ直ぐに注がれる情熱的な愛の言葉。
胸が苦しくなるほどの愛おしさと、激しい胸騒ぎがロゼリアの身体を駆け巡る。
(嬉しい……ルディアス様のお気持ちが、こんなにも温かい……)
けれど、それと同時に――ロゼリアの胸の奥で、冷たい不安が頭をもたげた。
自分は、アスタリスタ王国の将軍に捨てられた元妻。対するルディアスは、この国の尊い第二王子殿下。
(私なんかが……この方の隣に立って、本当によいのだろうか……?)
高鳴る鼓動と眩暈のなかで、ロゼリアは幸福と気後れの狭間に揺れるのだった。




