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【第10話】崩れ落ちる残影(ディアブロス視点)

孤児院での失敗以来、俺は物陰に身を潜め、じっとその時を待っていた。

怒りに任せて詰め寄っても、彼女をさらに怯えさせるだけだ。その反省を生かし、姿を消して密かにロゼリアの様子を観察していた。

だが、影から見守る俺の心は、日に日に焦燥感で焼き尽くされそうになっていた。

あの銀髪の男――ルディアスだ。

彼が孤児院を訪れる頻度は増し、ロゼリアと笑い合う距離は着実に縮まっている。そしてある日、二人が週末の街の祭り(まつり)へ一緒に行くという約束を交わしているのを聞きつけ、俺の焦りはピークに達した。

(行かせるものか……。彼女は俺の……俺の妻だった女だぞ!)

祭り当日。俺は孤児院の陰に潜み、息を殺して出行を待っていた。

やがて、敷地内に一台の上等な馬車が停まり、建物の中から姿を現した『彼女』を見た瞬間――俺は息を呑み、言葉を失って驚愕(きょうがく)した。

「……っ!?」

そこにいたのは、俺の知る『地味で控えめな妻』ではなかった。

薄桃色の愛らしい口紅(くちべに)を差し、優美に纏い上げられた茶髪。繊細な飾りのついたドレスに身を包んだロゼリアは、息を呑むほどに華やかで、そして直視できないほどに美しかった。

(……あぁ……俺は、今まで何を見ていたんだ……?)

後悔の念が、鋭い刃となって胸を抉る。

妻だった頃、俺は彼女にまともなドレス一枚買ってやったことがあっただろうか。髪飾りひとつ、口紅ひとつ贈ったことがあっただろうか。常に番の女ばかりを追いかけ、身を粉にして支えてくれた彼女を顧みることすらしてこなかった。

(そんな綺麗な姿を……そんな特別な姿で、他の男の手を取らないでくれ……っ!)

駆け出したい衝動を必死で抑え、俺は走り出した馬車の後を影から追った。獣人(じゅうじん)としての卓越した身体能力があれば、馬車を引く馬の速度に合わせることなど容易かった。

だが、辿り着いた賑やかな街で俺が目にしたのは、さらに酷な光景だった。

人混みの中、銀髪の男と楽しそうに手を取り合い、舞踏の輪の中で楽し気にステップを踏むロゼリア。

その顔に咲いていたのは、俺の前では一度も見せたことのない、太陽のように弾(はじ)ける輝かしい笑顔だった。

(あんな顔で……あんな風に笑うのか、ロゼリアは……)

胸が締め付けられるように痛む。俺が彼女に与えていたのは冷遇と孤独だけだった。あの笑顔を引き出したのは、俺ではなく、あの男なのだ。

夜が更け、二人は祭りの喧騒を離れた静かな街かどへと向かった。

月明かりの下で腰を下ろし、親しげに談笑する二人。暗闇からその様子を睨みつける俺の血管は、悔しさと嫉妬で爆発しそうだった。

だが次の瞬間、俺の思考は完全に停止した。

銀髪の男がロゼリアの頬に優しく手を添え、ゆっくりと顔を近づける。そして――二人の唇が、自然と重ね合わされた。

「……っ!!」

頭に血が上り、身体が勝手に動きかけた。あの男を殴り倒し、彼女を奪い返そうと踏み出しかけたその足が、直後に響いたロゼリアの小さな呟きによって、まるで氷漬けにされたように固まった。

「……キス、なんて……はじめて……です……」

「……ディアブロスとは?」

男の問いかけに、ロゼリアは居心地悪そうに俯き、消え入りそうな声で絞り出した。

「……ディアブロス様は……閨(ねや)の時……キスはしてくれませんでした。一度も……」

――ガァン、と。

脳内で何かが激しく粉砕される音がした。

(……な……にを……言っている……?)

俺は……俺はなんてことを……!!

打ちのめされた脳裏に、かつて夜の閨(ねや)で過ごした記憶が、残酷な鮮明さで蘇ってくる。

俺は一度たりとも彼女の顔を見ず、唇を重ねることもなく、ただ機械的に身体を重ねていただけだった。恐怖と悲しみに耐え、涙を流しながらじっと応じていた彼女の姿。

それでも……それでもロゼリアは、必死に俺の背中にその細い腕を回し、すがりつくように抱きしめてくれていたのだ。愛を乞うように、必死で俺を受け入れようとしてくれていたのだ。

それを俺は――ただの不器用な『身代わり』だと決めつけ、冷たく突き放し続けた。

(俺は……なんて醜い獣なんだ……。自分勝手で、冷酷で……愛をくれた彼女を傷つけ、人生を壊した、最低の愚か者だ……!)

いかに己が残酷で、取り返しのつかない罪を犯したか。その事実が巨大な絶望となって襲いかかり、膝から崩れ落ちた。

「は……っ、あ……っ」

フラフラと立ち上がることすらできず、俺はその場に泥のように座り込んだ。

月明かりの下、温かな愛を確かめ合う二人を背景に。

俺はただただ己の愚かさに打ちひしがれ、力なく、影の中を這うようにして去っていくことしかできなかったのだった。

【第10話】をお読みいただきありがとうございます!

今回はディアブロス視点でお送りしました。

幸せそうなロゼリアとルディアスの姿、そして自分の犯した冷酷な過ちにようやく気づき、絶望して崩れ落ちるディアブロス……。自業自得とはいえ、彼の遅すぎる後悔を楽しんでいただけたら幸いです!

今回は、ロゼリアが過去の呪縛から一歩前へ進む姿を描きました。

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― 新着の感想 ―
会話聞こえる距離とかどんだけ至近距離の尾行よ(;´Д`) 近いし怖いわ
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