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タウラとリフレイン〜古の大英雄はマジで勇者を再現したい〜  作者: 2nd kanta


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治癒魔法

「それじゃあ――始めましょう!」


 セシリー様が、にっこりと笑った。


 ……笑顔なのに、怖い。


 僕たちは、その笑顔を合図に一斉に動いた。


「全員――散開!」


 次の瞬間、僕たちは岩山から飛び降りた。


「うおおおおおおっ!」


「静かに!」


「痛っ!」


 隣を飛んでいたエルザに、頭を叩かれた。


「叫んでどうするのよ!」


「だって、こういう時は気合いが……!」


「盗賊に気づかれるでしょうが!」


「……はい」


 僕は素直に口を閉じた。


 地面に着地すると同時に、僕は決められていた場所へ走る。


 視界の端で、タウラとエルザが別々の方向へ駆けていくのが見えた。


 僕の役目は別にある。


 そして――。


 タウラとエルザは、拠点中央に建つ宿泊施設へ向かっていた。


 木造の大きな建物。


 窓は少なく、正面には見張りが二人。


 その奥からは、酒を飲み交わす声が聞こえてくる。


「タウラ、正面は任せるわ」


 エルザが身を低くした。


「分かった」


 タウラは腰の袋から、二つのシビレ煙玉を取り出す。


「合図したら投げる。煙が広がったら突入」


「了解」


 エルザが建物の側面へ回り込む。


 タウラは一人、堂々と正面へ歩いていった。


 見張りの一人が眉をひそめる。


「おい、そこのガキ! ここは子供の来る場所じゃねえぞ!」


「そうね」


 タウラは淡々と答えた。


「だから、あなたたちが出てきて」


「……あ?」


 盗賊が怪訝そうに顔をしかめる。


 次の瞬間。


 タウラが煙玉を投げた。


 同時に――。


 反対側の窓から、エルザが煙玉を放り込む。


 ポンッ!


 ポンッ!


 二つの煙玉が、ほとんど同時に黄色い煙を噴き出した。


「な、なんだ!?」


「煙だ! 窓を開けろ!」


「げほっ!」


「身体が……!」


 建物の中から、次々と悲鳴が上がる。


 黄色い煙が、あっという間に室内へ広がっていく。


 タウラは扉の前で煙の流れを確認した。


「風はない。濃度も十分」


「確認してる場合じゃないでしょう!」


 エルザが扉を蹴り開ける。


「突入するわよ!」


「ええ」


 二人は煙の中へ飛び込んだ。


 室内は、すでに混乱の渦だった。


 盗賊たちは机や椅子にぶつかりながら、出口を探している。


「くそっ! 何をしやがった!」


「足が動かねえ!」


「外へ出ろ!」


 しかし、煙を吸い込んだ者から次々と膝をついていく。


 タウラは倒れた盗賊を避けながら、奥へ進む。


「右に三人」


「見えてる!」


 エルザが飛び出した。


 蹴りが一人の腹へめり込む。


「ぐあっ!」


 男が壁へ叩きつけられた。


 その横から、別の盗賊が剣を振り上げる。


「死ねえっ!」


 エルザは身を低くして剣をかわした。


 そのまま懐へ入り込み、腕を取る。


「遅い!」


 身体をひねる。


 盗賊の身体が宙を舞い――。


 ドンッ!


 床へ叩きつけられた。


「次!」


 タウラの前にも、一人の男が立ちはだかった。


 手には斧。


「このガキが!」


 斧が振り下ろされる。


 タウラは、ほんの半歩だけ横へずれた。


 斧が床板を叩き割る。


「遅い」


 タウラはそのまま懐へ入り込む。


 肘が男の腹へ突き刺さった。


「ぐっ……!」


 男が膝をつく。


 タウラは男の腰の短剣を抜き取り、遠くへ放った。


「武器を持っていると危ないわね」


「今さら!?」


 エルザが叫びながら、別の盗賊を蹴り飛ばす。


「それより、奥にまだいるわ!」


「分かってる」


 二人はさらに奥へ進んだ。


 煙の効果で、盗賊たちの動きは鈍い。


 それでも、完全に動けなくなる前に反撃しようとする者はいた。


「囲め!」


「子供二人だ! まとめて捕まえろ!」


 四人の盗賊が、二人を取り囲んだ。


 エルザが背中合わせになる。


「タウラ」


「ええ」


「私が左」


「私は右」


「三――」


「二――」


「一!」


 二人が同時に動いた。


 エルザは正面の男の懐へ入り、足を払う。


 タウラは横から迫った男の腕を掴み、そのまま別の男へ投げ飛ばした。


「ぐわっ!」


「なっ――!」


 残った二人が怯む。


 その一瞬を、エルザは逃さなかった。


「遅い!」


 拳が顎を打ち抜く。


 タウラも、もう一人の腹へ拳を叩き込む。


「ぐふっ!」


 四人が、ほとんど同時に床へ倒れた。


「……終わりね」


 エルザが息を整える。


「まだよ」


 タウラが部屋の奥を見る。


 そこには、一人だけ立っている男がいた。


 他の盗賊とは明らかに違う。


 白い布で口元を覆い、片手には杖。


「煙を吸ってない?」


 エルザが目を細める。


「違う」


 タウラが男の足元を見る。


「魔法陣」


 床には、小さな風の魔法陣が描かれていた。


「風魔法で煙を避けている」


「なるほど……」


 男が杖を掲げる。


「ガキども! よくも俺の仲間を!」


 杖の先から風が巻き起こった。


 室内に漂っていた黄色い煙が、大きく渦を巻く。


「タウラ!」


「分かってる!」


 タウラは腰の袋へ手を入れた。


 取り出したのは――最後の煙玉。


「まだ持ってたの!?」


「予備よ」


 タウラが床へ叩きつける。


 ポンッ!


 新たな煙が男の足元から広がった。


「なにっ!」


 男が慌てて杖を振る。


 風が煙を吹き飛ばす。


 だが――。


「一つじゃないわ」


 タウラが笑った。


 男の背後でも、煙が広がった。


「なっ……!」


「挟み撃ち」


 前後から煙が押し寄せる。


 男は必死に風を操る。


 しかし、二方向から押し寄せる煙に魔法の制御が追いつかない。


「今よ!」


 エルザが叫ぶ。


「これで終わりよ、おじさん」


 タウラが一歩踏み込む。


 男が振り返った。


 ――遅い。


 ドンッ!


「がっ……!」


 男は床へ崩れ落ちた。


 静寂が戻る。


「さすがね」


 エルザが息を吐いた。


「煙に紛れて魔力を叩き込むなんて」


「でも、リフとエルなら避けるでしょう」


「そうね」


 エルザが苦笑する。


「でも、タウならその先を読んで五手も六手も仕掛けてくるでしょうね」


「でも、当たらなかったじゃない」


「当たったら痛いでしょう」


 エルザは笑った。


「だから余計に怖いのよ」


     ◇ ◇ ◇


 宿泊施設に、ようやく静けさが戻った。


 床には、十人以上の盗賊が倒れている。


「……制圧完了ね」


 エルザが周囲を見回した。


「ええ」


 タウラも頷く。


 そして――。


 ふと、倒れている盗賊たちを見つめた。


「……ねえ、エル」


「何?」


「昔、ミゼル様に連れられて、大森林でゴブリンを狩ったわよね」


「昔って……六歳の時でしょう?」


 エルザが苦笑する。


「二年前よ」


「そうだったわね」


 タウラは少し遠い目をした。


「あの頃は、毎日のように解剖させられたっけ」


「……思い出したくない」


「身体の構造を覚えるまで徹底的に」


「屋敷へ帰ってからも、絵を描かされたわ」


「それが終わったら、今度はセシリー様の授業」


「急所の位置と、攻め方……」


「少しでも外すと――」


「セシリー様に実演されたわね」


 エルザが遠い目をした。


「……痛かった」


「おかげで狩りは楽になったわ」


「ミゼル様もセシリー様も、口を揃えて言ってたわね」


 エルザがため息をつく。


「『ゴブリンも人間も、身体の構造は大して変わらない』って」


 タウラは、倒れている盗賊を見た。


「……そうね」


 その表情が変わる。


「なら――」


「タウ?」


「もし家族が襲われたら?」


「……」


「大怪我をしたら?」


 タウラは拳を握った。


「私は、本当に助けられる?」


「治癒魔法なら、今まで散々練習したでしょう?」


「ゴブリンでね」


「……そうね」


「でも、ゴブリンと家族は違う」


 タウラの声が低くなる。


「リフレインが死にかけたら?」


 エルザの表情が固まる。


「マリアさんは?」


「……」


「ミゼル様は? セシリー様は?」


 タウラがエルザを見る。


「家族が目の前で傷ついているのに、何もできない自分を許せる?」


「……」


「私は嫌」


 タウラは倒れた盗賊たちを見た。


「だから、今やる」


「でも……」


「盗賊は殺しても構わない、とギルドからも言われている」


 タウラは静かに告げた。


「だったら――練習台になってもらうわ」


「……タウ」


 エルザはしばらく黙っていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……分かった」


「エル?」


「私もやる」


 エルザは拳を握った。


「家族を守れるようになるためなら……やるわ」


 タウラが笑う。


「そうこなくちゃ」


     


 そして――。


 数十分後。


「……あれ?」


 エルザが首を傾げた。


「右手と左手、間違えた」


「また?」


「まあ、いいわ。また切れば大丈夫よ」


 タウラは真剣な顔で治療を続ける。


「こうして……血管を繋いで……」


「エルザ」


「何?」


「これ、さっきより上手くなってる」


「本当?」


「うん」


 タウラが感心したように頷く。


「じゃあ次」


「待って」


「何?」


「もう少し丁寧に」


「分かった」


 二人は倒れた盗賊を相手に、治癒魔法の練習を繰り返していく。


 失敗しては考える。


 考えては試す。


 そしてまた成功する。


「……なるほど」


 タウラが目を輝かせた。


「傷の周囲を一時的に結界で覆えば、出血を抑えられる」


「本当だ!」


「これならもっと早く治療できる」


「すごいわ、タウ!」


「エルもよ」


 二人は完全に夢中だった。


 本人たちは、ただひたすら真面目に治癒魔法を研究している。


 ――ただし。


 周囲から見れば、そこはどう見ても地獄だった。


 床には血が飛び散り、倒れた盗賊たちは青ざめている。


 生き残った盗賊たちは、二人から少しでも距離を取ろうとしていた。


 だが、身体が痺れて動けない。


「ふう……」


 タウラが額の汗を拭う。


「だいぶ上達したわね」


「うん」


 エルザも嬉しそうに笑った。


「これなら……家族を助けられる」


「そうね」


 二人は満足そうに頷いた。


 その時だった。


「タウラ! エルザ!」


 扉の向こうから、リフレインの声が響いた。


 二人が振り返る。


「こっちは任せて!」


 僕は勢いよく扉を開けた。


 そして――。


 止まった。


「…………」


 目の前に広がっていたのは。


 倒れた盗賊。


 血で汚れた床。


 治療途中の男たち。


 そして――。


 血まみれのナイフを持ったタウラとエルザ。


「…………」


 僕は、ゆっくりと後ずさった。


「……何してるの?」


 タウラが不思議そうに首を傾げる。


「練習よ」


「……れ、練習?」


「ええ」


 タウラは真面目な顔で頷いた。


「さっき、シビレ煙玉が魔法で無効化されたでしょう?」


「うん……」


「だから、煙だけに頼るのは危険だと分かったの」


「う、うん……」


「それでエルと二人で制圧したんだけど――」


 タウラは倒れている盗賊を見る。


「相手は人殺しに慣れている盗賊でしょう?」


「……うん」


「私たちは八歳よ」


「……そうだね」


「だったら、どちらかが大怪我をする可能性もある」


 タウラの目が真剣になる。


「その時、治せなかったら?」


「…………」


「だから練習しているの」


 僕は倒れている盗賊を見る。


 盗賊も僕を見る。


 その目は――。


 明らかに怯えていた。


 僕は、盗賊の気持ちが初めて分かった。


 ――怖いよね。


 僕も怖い。


「……人体実験はやめようよ」


「人体実験?」


 タウラが首を傾げる。


「違うわ」


「違う?」


「これは――」


 タウラは、倒れている盗賊を見下ろした。


「人の形をしたゴブリンよ」


「ゴブリン……」


「そう」


 エルザまで頷いた。


「リフレイン、諦めなさい」


「エルまで!?」


「タウラは間違ってないわ」


「いやいやいや!」


 僕は思わず叫んだ。


「どう見ても人間だよ!」


「でも盗賊でしょう?」


「そうだけど!」


「人を襲って、殺して、奪う」


 タウラは淡々と言った。


「なら、ゴブリンと変わらないわ」


「理屈が怖い!」


 僕は、ふとエルザを見る。


 その両手も血で汚れていた。


「…………」


「どうしたの?」


「ひぃっ!」


 僕は反射的に一歩下がった。


 エルザが不思議そうな顔をする。


「何よ?」


「その手!」


「これ?」


 エルザが自分の手を見る。


「治療してたから」


「そうじゃなくて!」


 僕は頭を抱えた。


 ――ミゼル様は怖い。


 それは僕も知っている。


 あの人は、平然と恐ろしい実験をする。


 セシリー様も怖い。


 常識というものを筋肉で粉砕する人だ。


 でも。


 今日、僕は初めて理解した。


 タウラが怖い理由は――。


 ミゼル様の弟子だからじゃない。


 ミゼル様の教えを受けたタウラが、その教えを自分なりに発展させてしまうこと。


 そして――。


 その先に、僕たちの想像を超えた何かが待っていること。


 それが、一番怖い。


「…………」


 僕はそっと距離を取った。


「リフ?」


「何でもない」


「そう?」


「うん」


 僕は笑った。


 たぶん、引きつっていたと思う。


 そして心の底から願った。


 どうか。


 次の実験台が――。


 僕になりませんように。


 ……たぶん。


 無理だと思う。

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