奴隷解放
息のある者、息のない者も関係なく、僕は片っ端から拘束した。
だって死んだふりをされて、後から襲いかかられては後手に回ってしまう。
僕はいつだって油断しない男なのだ。
「セシリー様の所へ向かうわよ」
エルザの一言を合図に、僕たちは駆け出した。
屋敷と言えるその建物は、裏手の奥にひっそりと建っていた。周囲は頑丈な塀に囲まれ、さらに分厚い結界魔法が掛けられていた――痕跡を見るまでは。
「正面の門が、粉々に吹っ飛ばされている」
「間違いなくセシリー様だね」
「結構厚い結界なんだけどなぁ」
タウラが振り返り、僕たちをジッと見る。
「リフとエル、コレできる?」
「じっくり構えれば出来ると思う」
「私もよ、タウ」
「タウの無駄にでかい魔力なら、もっと簡単だろ?」
「何で私だけよ! みんな同じでしょ!」
「さあ、行くわよ」
「あ、エルが誤魔化した」
「うるさいわね、リフ!」
ゴッ!
「痛い……」
頑丈そうな玄関ホールも無惨に破壊され、ところどころの壁や廊下に生々しい赤いシミが飛び散っている。
「セシリー様、よっぽどブチ切れてるわね」
「だよねー」
「一体何を見つけたのかなぁ……」
「そう言えば、エルフの奴隷も倉庫に結構いたけど」
「それでしょうね!」
2階の奥の部屋から、いかにもそれらしい不穏な気配が漂ってくる。
そっと覗き込むと、セシリー様が椅子に深く腰掛け、足を組んで座っていた。
「お前たち、やっと来たか」
振り返りもせずに、冷徹な声が飛ぶ。
「申し訳ございません。遅くなりました」
「いや、遅れてはいない。タウラ、自白剤を持っているか?」
「勿論です、セシリー様!」
タウラの顔にパッと笑みが浮かんだが、なぜかその笑顔は酷く歪んで見えた。
ひっ! 僕とエルザはタウラの狂気に恐れをなし、思わずお互いに抱きつく。
部屋の隅には、手足があらぬ方向に曲がり、顔の原型が分からぬほど腫れ上がった男が転がっていた。
元は恰幅の良いおじさんだったのだろうか? 高そうな服はボロボロになり、血が滲んでいる。
(あの顔は、セシリー様のビンタだな)
(リフも昔、よくあんな顔をされていたわね。クスッ)
(…………)
「おじさん。私、天才美少女魔導師のタウラちゃんよ。よろしくねー!」
(鬼畜外道の間違いだろ。ひっ、睨まれた!)
折れ曲がったおじさんの手を取り、無理やり握手するタウラ。
だが、彼女は少々潔癖症の傾向があり、決して素手では触ろうとしない。
「あー、魔力の手だ」
「魔力の手で握手しているわね。でも、折れた腕をあんなに振り回したら、もげちゃわないかしら」
「あ、もげた……」
「おじさん、私からのプレゼントよ!」
ニコニコ笑顔のタウラの手にあるのは――。
「げっ、激痛ポーション!」
「治りも劇的だけど、痛みも劇的よ……」
エルザの瞳からスーッと光が消えていく。
(飲んだことあるんだ……)
嫌がるおじさんの口に、容赦なくポーションをねじ込み無理やり飲ませる。
もちろん、タウラの手ではなく、便利な魔力の手で。
「ぐっががががっ、ぐわーーっ!!」
凄まじい絶叫を上げ、のたうち回るおじさん。
しかし、その体では折れ曲がった手足がバリバリと音を立てて真っ直ぐに繋がり、千切れた腕もくっ付き、ボコボコだった顔の腫れがみるみる引いていくのが見て取れた。
「すげぇ効き目のポーション……」
「なぜ激痛成分をわざわざブレンドしたのか分からないけどねぇ」
「それはもう、タウラだからとしか……」
それを聞いて、妙に納得してしまうセシリーとリフレインだった。
そんなことなど露知らず、タウラの瞳はキラッキラと嬉しそうに輝いている。
「はぁ、はぁ……嘘だろ? 痛みが消えて、怪我が……」
「テレッテレ〜! タウラちゃん特製・未認可自白剤『秋の夜長は朝まで語ろう』だよ! はよ飲め糞オヤジ!」
「未認可だって……これ、ミゼル様に見せてないやつだろ」
「余計な効果が入っているから、絶対に見せられないんだよ」
「何種類か、使用禁止に指定されているしね」
「恐ろしい子……」
「ぐっ、ぐぐぐ……!」
男は白目を剥き、完全に気絶したように大人しくなった。
「お待たせしました、セシリー様どうぞ!」
「タウラ、激痛ポーションを追加であと10本な」
「承りました!」
「さて、貴様は何者だ?」
「わたくしは、ゲドラ商会商会長のゲドラでございます……」
「うふっ、薬がよく効いているわ」
「白目を剥いたまま話すおじさん、キモっ!」
(エルの気持ちも分かる。本当にキモイ)
「ゲドラよ。貴様の雇い主は誰だ?」
「ゲフ子爵様でございます」
(ゲフ子爵? ……どこかで聞いたような)
「マリアさんの婚約者を語る、喋るオークの人だよ、リフ」
「ああ、あのオークね」
「ここで何をしていた?」
「依頼された商品を仕分けして、ご注文先へ送り出しておりました」
(おお、何でもペラペラ喋るな。どんな副作用か気にはなるが……)
「そのリストはどこにある?」
「はい、わたくしの背後の壁、その隠し部屋にございます」
ドッガッ!
セシリー様が軽やかに蹴り飛ばすと、壁にポッカリと穴が開き、隠し部屋が姿を現した。
「リフ! リストを探すわよ。ついでに部屋の中の物、全部持ち帰るから」
「分かった、エル」
リストはすぐに見つかった。
「隠し部屋だからって、油断して机の上にポンと置いてあったよ」
「……そう」
「じゃあ、後はすべて収納!」
ん? 奥にまだ部屋がある。
ドアを開けると、溜め込んだお宝が山のように積み重なっていた。
「セシリー様! お宝が山のようです!」
お宝の響きに釣られて、みんながぞろぞろとやって来る。
「ほう、これ程ため込んでいたとはな」
「すごい量の金貨だわ!」
タウラの目が完全に金貨の形になっている。
「リフレイン、すべて回収よぉ。あとで連れ去られた人たちに分けてあげるんだから」
「ですよねー、セシリー様!」
その横で、じっとリストに目を通していたエルザが顔を上げた。
「セシリー様、送り先は王都周辺の貴族どもがほとんどです」
「やっぱりねぇ」
「ご禁制の武器や薬物に加え、人身売買も……」
「行商人の馬車を襲ったのは、荷物を隠すためのカモフラージュと、人手不足を補うためだと思われます」
「ああ、だから倉庫にあんなに大量の荷箱があったのか」
納得したように、リフレインが頷く。
「タウラ、この後こやつはどうなるぅ?」
「お話はもう終わりですか? あとは体が痺れるとともに、激痛が一日中続くだけですわ」
(うわー、タウラらしい……)
「あうっ、うううううっ、がぁあああああ!」
「始まったようね」
「あ、そうだタウラ。捕まった人たちの隷属の呪いを解除しないと、あのままでは不味いだろ」
「そうね、セシリー様……」
「おっ、ちょっと待ってねぇ」
言いながら、セシリー様はゴロゴロと転がる男の手足を踏み潰し、顔面に追撃の蹴りを叩き込む。
「どうせなら、もっと痛みを味わわせてあげないと、他人の痛みも理解できないでしょ」
「さすがセシリー様!」
証拠品と金目のものを綺麗に回収し、私たちは奴隷にされた人たちがいる倉庫へと向かった。
「……リフレイン、最近しっかりと仕事をこなしているわねぇ」
「はい、下手に手間取って命令一つで殺しにかかられると面倒ですからね……安全確保ですよ」
少しドヤ顔のリフレインである。
(私は、やり過ぎだと思うけど……)
エルザは、三つの檻に入れられ、後ろ手に縛られた人々を見て複雑そうな顔をしていた。
「じゃあ、ここは私とエルで解呪するわ。リフは他の部屋の解呪をしてきて。まだ他にも囚われた人がいるでしょ」
「うん、分かった。今の僕なら、百倍返しも華麗に決められそうだよタウラ」
「ねぇタウ、百倍返しを受けたら人間どうなるの?」
「う〜ん、たぶん体が耐え切れなくなって、ボンッ! ってはじけるかな」
「ボン?」
「そう、ボンッ!」
「分かったわ、ありがとうタウ」
「なんもなんも」
(へぇ〜。今のこの子たちの成長を見たら、ミゼル様も小躍りして喜ぶわねぇ。踊るとこなんて見たことないけどさぁ)
「ほ、本当に……助けてくれてありがとうございます……」
エルフの女性が、代表して深々と頭を下げてくれた。
「あら、まだ少し麻痺が残っているわね。それじゃあ、タウラちゃん特製ポーションをお配りいたしますわ!」
「なっ、ポーション!?」
「まさか、また激痛ポーションを飲ませる気じゃないだろうね、タウラ!」
セシリー様も僕たちも、思わず冷や汗をかいて焦る。
(コイツなら本当にやりかねない!)
「嫌だなあ、セシリー様まで。今回はちゃんと蜂蜜入りの普通のポーションですよ」
「タウラが、普通のポーションを……?」
「リフ、またお鼻に詰めてほしいのね?」
「なっ、ウンコの実だけは嫌だー!」
「た、大変申し訳ございませんでした、タウラ様!」
反射的に直角でお辞儀をし、全力で許しを乞うリフレインだった。
「あ、このポーションすごく美味しいわ」
「本当だ、体にじんわり力がみなぎってくるよ……」
「う〜ん、もう一本おかわり!」
その後、拘束した盗賊も、気絶している盗賊も、死体もひとまとめにして檻の中に放り込む。
一人ずつ運ぶ必要はない。魔力で丸ごと包み込んで運べば、手間もかからず楽ちんだった。
「セシリー様、この施設はどうします?」
「残しておいて、また別の盗賊に使われても面倒だし……綺麗に更地にして、周りの崖ごと崩すわよ」
「いつものゴブリンの巣の処理と同じですね」
「そうよぉ」
その言葉を聞きながら、タウラはジッととある宿泊所を見つめていた。
(これ、使えそう。ここに置いておくより、収納しておいた方が便利よね)
「入るかどうか分からないけど……えいっ!」
「あっ、入った」
目の前にあった盗賊の宿泊所が、音もなくスッと消え去る。タウラの広大な収納スペースに丸ごと収まってしまったのだ。
「相変わらず凄まじい魔力量ね……丸ごと入っちゃったわよ」
感心するセシリー様に、タウラは得意げに胸を張る。
「お馬さんも馬車もたくさんあるから、使い放題だね」
タウラが回復させた馬を、僕とエルザが手際よく馬車に繋いでいく。
「準備が整い次第、出発するよぉ!」
セシリー様の合図に、子どもたちは力強く頷く。
「「「は〜い!」」」
車列は、前方の3台が救出された人たち用、後方の3台が盗賊たちを詰め込んだ檻を積んだ馬車という編成だ。最後尾の馬車には残りの馬を紐で繋ぎ、すべて残さず持ち帰る。
「この辺でいいでしょう。それじゃ、盗賊の拠点ごと吹き飛ばすわよぉ」
セシリー様が、とびきりの笑顔を浮かべた。
(うほー、エルフスマイル最高!)
「いでぇっ!」
「両脇をタウとエルにつねられたっ!」
「はいっ! 天才美少女魔導師のタウラちゃんがやりま〜す!」
(鬼畜外道が……あ、また睨まれた)
タウラは左足を引き、半身になって右手をゆっくりと盗賊の拠点に向ける。
その口角が、徐々に引きつったような笑みへと吊り上がっていくのが最高に怖かった。
彼女の右手のすぐ先に、眩い光を放つ白熱の球体が現れる。
タウラの掌から離れたそれは、雲ひとつない青い空へと吸い込まれるように、勢いよく高く舞い上がっていった。
「タウ、あれって……?」
「普通のファイアボールだよ」
「「ファイアボール!?」」
「そ。そろそろ落ちてくる頃かな」
はるか上空から、まばゆい光を放ちながら急降下してくる物体。
それはまるで、美しくも残酷な流れ星のようだった。
「リフ! 馬車とお馬さんを頑丈な結界で守って!」
「えっ、分かった! はっ!」
「――着弾」
拠点のど真ん中に落ちた瞬間、目の前が真っ白な光に包まれた。
「うっ、目が……!」
「なんだこの地鳴りは……地面が割れる!」
ドゴオォォォォォォォォォーン!!
「うわー、なんちゅう衝撃波だーーっ!」
凄まじい暴風とともに、周囲の木々が根こそぎ吹き飛ばされていく。
「タウ、やり過ぎよ!」
エルザさえも青ざめて叫んだ。
「へへ、ちょっと魔力が入りすぎちゃった」
ペロッと舌を出すタウラは、一切可愛くなかった。
(恐ろしい子!)
「ほう、ここまでの威力とはなぁ……」
(ニヤニヤしているセシリー様も、やっぱり怖い……)
かつて盗賊の拠点だった場所は、巨大なクレーターへと変貌し、底ではドロドロに溶け出した岩や土がグツグツと煮え返っていた。
ドドドドドドドドド……!
揺れに耐えかねた周囲の山肌が崩れ落ち、大量の土砂がそのままクレーターへと流れ込んでいく。
圧倒的な光景の前に、救出された人々も、生き残った盗賊たちも、ただ口をポカンと開けて唖然とするしかなかった。
「まあ、こうなるよね。僕たちも大概だけどさ」
セシリー様が何食わぬ顔で振り返り、僕たちに問いかけた。
「ねぇ、リフレインやエルザも、あんな風に出来るのぉ?」
少し考えてから、僕は答えた。
「たぶん、コツさえ掴めば……。今度タウに教えてもらいます」
続いてエルザが続けた。
「総魔力量には多少の差がありますけど、タウラの発想力は常人をはるかに超えていますから。その分、勉強や研究も陰でしていますし」
「それじゃなければ、あんな凶悪な激痛ポーションなんて思いつきませんよ」
「だねぇ」
呆れつつも感心するセシリー様は、早く帰ってこの大成果をミゼル様に報告したくて、尻尾が見えそうなほどウズウズしている。
(セシリー様って、本当に分かりやすいよな……)
「じゃあ、帰るわよぉ!」
「「「は〜い!」」」
馬を従えた6台の車列は、商会のキャラバンのように賑やかに街道を下っていく。
すれ違う馬車や旅人たちは、檻に詰め込まれた男たちを見てギョッとしていたが、その様子を眺めているだけでもなかなか面白かった。
「おっ、ナッツの街が見えてきたぞ!」
救出された人たちからも、「やっと帰れる……」と安堵の笑顔がこぼれる。
その時、エルザがスッとセシリー様に歩み寄り、耳打ちをした。
……何かあったのだろうか?
ナッツの正門の手前には、なぜか多数の騎士や兵士たちが厳戒態勢で待ち構えているのが、遠目からもハッキリと見えてきた。
あんなに速攻で制圧して帰ってきたというのに、一体なぜ、もう情報が漏れているのだろうか――?




