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タウラとリフレイン〜古の大英雄はマジで勇者を再現したい〜  作者: 2nd kanta


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20/24

激痛ポーション

 流れの冒険者たちとの模擬戦が始まった。


 ギルドの訓練場に集まった野次馬たちが、ざわざわと騒ぎ始める。


 その中央に立つのは、僕たち三人。


 そして――最初に戦うのはエルザだった。


「どうしてエルザからなんだよ……」


「あんたジャンケンに負けたからでしょ」


 タウラが平然と言う。


「また僕がビリだったんだけど」


「リフはジャンケン弱すぎ」


「……反論できない」


 なぜか僕は、こういう勝負になると最後まで残れない。


 そしてエルザだけ異様に強い。


 運まで味方につけているのかもしれない。


 そんなエルザの向かいに立つのは、細身の男だった。


 軽装で、腰にはロングソード。


 いかにも斥候上がりといった風貌だ。


 男はエルザを頭の先から足元まで眺めると、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「……女のガキ一人かよ」


「そうみたいね」


 エルザは興味なさそうに答えた。


 その態度が気に障ったのか、男の眉がピクリと動く。


 僕は思わず口を挟んでしまった。


「ねぇ、三人でかかれば?エルザだって一発くらい食らうかもしれないのに……」


 エルザがゆっくり振り返った。


 無言。


 ただ、ものすごく冷たい目で僕を見ている。


 そして――中指を立てた。


「……」


(ヤバい)


 背中を冷たい汗が伝う。


(余計なこと言った!)


 エルザの仕返しが怖い。


 僕は固く心に誓った。


 ――もう余計なことは言わない。


「それじゃあ、いつでも始めてぇ」


 セシリー様が、のんびりとした声を響かせた。


 その瞬間だった。


「おおー! ビビってるのが丸わかりだぜ!」


 男が黄色い歯を剥き出しにして、エルザを威嚇する。


(ビビってる?誰が?)


 僕はエルザを見る。


 微動だにしていない。


 表情もいつも通り。


「……普段と変わらないじゃないか」


 タウラが呆れた目で僕を見る。


「……」


 僕は黙った。


 ――余計なことは言わない。


 そう決めたばかりなのだから。


「死ね、クソガキィッ!」


 男が地面を蹴った。


 ロングソードを両手で握り、頭上まで振りかぶる。


 そのままエルザへ一直線に突っ込んだ。


 剣が振り下ろされる。


 だが――。


 エルザは一歩も下がらなかった。


 ほんのわずかに身体を捻る。


 斬撃が髪をかすめて空を切った。


 次の瞬間。


 エルザの左手が、男の手首を捉えた。


「なっ――」


 そのまま胸倉を掴む。


 男自身の突進力。


 そして、エルザの怪力。


 二つの力が重なった。


「え?」


 男の両足が地面から離れた。


「お、おい――」


 世界が反転する。


 そして。


 ――ドォンッ!!


「ぐぇっ!」


 男の背中が地面に叩きつけられ、さらに一度大きく跳ねた。


 そのまま白目を剥いて動かなくなる。


「……」


 訓練場が静まり返った。


 エルザは倒れた男を見下ろす。


「次」


 残りの二人に向かってエルザは言った。


「エルザ、楽しそう……」


「私もそう思う」


 タウラまで頷いた。


「ガキがぁっ! ぶっ殺してやる!」


 今度は別の男が飛び出してきた。


 開始の合図など、完全に無視している。


 分厚い盾を構えた大男だ。


 盾だけで人一人を隠せそうなほど巨大だった。


「期待外れもいいところね」


 エルザが小さく呟く。


 男が雄叫びを上げながら突進する。


「潰れろぉっ!」


 真正面から盾ごとエルザへ突っ込んだ。


 ――だが。


 エルザの右足が、静かに前へ出た。


 次の瞬間。


 ドゴォンッ!!


 前蹴りが盾の中央を捉えた。


 分厚い盾が――


 ベコッ。


 嫌な音を立てて大きくへこむ。


「なっ――」


 そのまま盾ごと男が吹き飛んだ。


 数十メートル先まで転がり、最後には地面に突っ伏した。


「…………」


 誰も声を出さない。


 やがて野次馬の一人が、震える声で呟いた。


「……あの女の子、一蹴りで終わらせたぞ」


 その言葉を合図に、周囲がざわめき始める。


「何者だ、あの子……」


「子どもだよな?」


「本当に?」


 そんな声をよそに、エルザは淡々と告げた。


「次」


 僕は思った。


 ――もう試合じゃない。


 処理だ。


「テメェ!……もう許さねぇぞぉっ!」


 最後に残った男が剣を抜いた。


 どうやら、この男がリーダーらしい。


「殺すぞ! メスガキがぁ!」


 エルザが深々と溜息を吐いた。


「……うるさい」


 男が斬りかかる。


 横薙ぎ。


 エルザは身体を傾けただけで躱した。


 続けざまに二撃、三撃。


 それらすべてを紙一重で避ける。


 そして――。


 拳が、男の顔面に吸い込まれた。


 ゴッ!!


「プギャァァァッ!!」


 男が吹き飛んだ。


 血と前歯を撒き散らしながら、数十メートル先まで転がっていく。


 そこでようやく、動かなくなった。


「……」


 完全な沈黙。


 エルザは三人を見回した。


「終わり?」


 誰も答えない。


 セシリー様が倒れた三人を確認する。


「えーっとぉ……まだ二戦あるんだけどぉ?」


「……」


「……」


「……」


 三人とも聞いていない。


 というより、聞ける状態ではない。


 そのときだった。


「ふふふ……」


 タウラが一歩前へ出た。


「私の出番ね」


 その顔には、妙な自信が満ちていた。


 僕の背中を、冷たい汗が伝う。


「タウラ……何をするつもり?」


「これよ」

 


 タウラが取り出したのは、小さな瓶だった。


「タウラちゃん特製、激痛ポーション」


「……激痛ポーション?」


 僕は嫌な予感しかしなかった。


 セシリー様が瓶を覗き込む。


「効果はぁ?」


「傷の治癒効果は最高級ポーションと同等です」


「おお、それなら良いポーションじゃない」


「ただし」


 タウラがニッコリ笑う。


「治癒中、猛烈な痛みに襲われます」


「副作用かい?」


「違います」


 タウラは胸を張った。


「私が意図的に激痛成分を混ぜています」


「…………」


 セシリー様の目が細くなった。


 そして――口元が、ほんの少しだけ吊り上がった。


「ほう」


(まずい)


 僕には分かる。


 セシリー様がこういう顔をしたときは、大抵ろくなことにならない。


「さあ、お飲みなさい」


「いやだぁぁぁ!」


「やめろぉぉぉ!」


「助けてくれぇぇぇ!」


 抵抗むなしく、三人はポーションを飲まされた。


 そして――。


「ウギャァァァァ!!」


「グワァァァァッ!!」


「痛い痛い痛い痛い! もう嫌だぁぁぁ!!」


 三人が地面を転げ回った。


 涙。


 鼻水。


 汗。


 男たちの顔は、見る見るうちに酷い有様になっていく。


 周囲の野次馬たちは、誰も口を開かなかった。


 さっきまで笑っていた者も、今では完全に引いている。


 やがて誰かが、小さく呟いた。


「……鬼畜だ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 僕は反射的に両手を広げて叫んでいた。


「そうです! 奴は鬼畜です!」


「え?」


 タウラが振り返る。


「鬼畜外道魔導師なんですー!!」


「…………」


 タウラの目が細くなる。


(ふふふ……言い切った)


 僕は心の中でガッツポーズをした。


 ところが――。


「……ん?」


 鼻を刺激する異臭が漂ってきた。


「……なんだ、この臭い」


 僕の鼻が一瞬で危険信号を発した。


 酸っぱいような。


 腐ったような。


 そして、誰もが知っている、あの臭い。


「……まさか」


 タウラがニヤリと笑った。


「ウンコの実」


「やっぱりかぁぁぁ!!」


 強烈な臭気が僕の鼻を直撃した。


「グェェェェ!!」


 僕はその場に転がった。


「臭い臭い臭い臭い臭い臭い!」


 鼻を押さえても意味がない。


 臭いは容赦なく襲ってくる。


「リフレイン君!」


「チャチャさん! あれは近づいちゃダメです!」


 エルザが止める。


「え?」


「ウンコの実です。近づくだけで臭いが移ります」


「……」


 チャチャは一歩踏み出しかけた足を、静かに戻した。


「……近寄らないでおきます」


「賢明です」


 僕は地面を転げ回りながら思った。


(タウラ……絶対に怒らせないようにしよう……)




「……飽きた」


 タウラが、ぽつりと呟いた。


「え?」


「あんたたち、まだやる気あるの?」


 三人の男たちは、涙と鼻水を流しながら首を横に振った。


「……ないです」


「そう」


 タウラは満足そうに頷いた。


「じゃあ、セシリー様に土下座して謝罪するなら、これで勘弁してあげる」


「……分かりました」


 三人は即座に土下座した。


 さっきまでの威勢は、もう見る影もない。


 しかもエルザに叩きのめされた傷は、ポーションの効果ですっかり消えている。


「よし」


 タウラが頷く。


「じゃあ仕上げ」


「え?」


「ウンコの実を鼻の穴に詰めさせてもらうわ」


「えぇぇぇ!?」


「やめろぉぉぉ!!」


「くせぇぇぇ!!」


「だってウンコの実だもの」


「理由になってねぇ!」


 男たちは泣き叫ぶ。


「これ……取れない!」


「あああああ!」


 タウラは平然と言った。


「半日くらいで自然に溶けるから、安心して」


「安心できるかぁぁぁ!」


「半日もかよ!」


「…………」


 絶望の沈黙。


 そこでタウラが止めの一言。


「……リフで実験した結果。効果は一週間ね」


タウラは可愛く微笑むが、三人の男達の絶望感がヒシヒシと伝わってくる。



 結局、その後。


 三人はセシリー様に土下座して謝罪し、ようやく解放された。


 ただし――。


「リフレイン。今日一日は結界を解いたらダメだからねぇ」


「そうよ。臭いが漏れるから」


「……分かりました」


 僕には別の罰が待っていた。


 正座である。


「リフ、正座」


「はい……」


「反省してる?」


「しています……」


「本当に?」


「……しています」


 タウラとエルザが僕を見下ろしている。


 当然、それだけで済むはずもなかった。


「ぷっ……」


 エルザが吹き出した。


「リフの頭、開拓中の畑みたい」


「ボコボコね」


「誰のせいだよ……」


 タウラが丸太を担いだ。


「じゃあ、もう少し整地しましょうか」


「え?」


 ――ゴンッ!


「痛っ!」


 ――ゴンッ!


「ちょっ、待っ――!」


 ――ゴンッ!


「だから僕、もう反省してるって!」


「知ってる」


「じゃあ何で!?」


「反省と制裁は別だから」


「理不尽だぁぁぁ!」


 ちなみに、ウンコの実は僕が遠くの山へ転送しておいた。


 


「う~ん、スッキリしたぁ」


 セシリー様が大きく伸びをする。


「じゃあ、ミゼル様のところへ行きましょうかぁ」


「「「は~い」」」


 僕たちはギルドを後にした。


 その途中。


「ウッド君、今日はありがとうねぇ」


「いえいえ」


 セシリー様がギルドマスターとチャチャさんに礼を言う。


「この子たちの実力なら、最短でBランク試験まで進めるでしょう」


「はい。幾つか依頼を達成しましたら、すぐにでもBランク試験を申し込ませていただきます」


 チャチャさんも補足する。


「また来るわねぇ」


「「お待ちしております」」


 ギルドマスターとチャチャさんの声が綺麗に重なった。


「セシリーさん、お疲れ様でした」


「君たちも怪我には気をつけてねぇ」


「「「「「はい! ありがとうございました!」」」」」


 僕たちはそのまま、ミゼル様とマリアさんが待つ『食事処・魔王の胃袋』へ向かった。


     


 ――その日の夕方。


 冒険者ギルド、ギルドマスター執務室。


「今日の報告書です」


 チャチャが書類を机の上へ置く。


「ご苦労さん」


 ウッドは書類を受け取り――ふと、机の上に置かれていた手鏡を覗き込んだ。


「……」


 ニヤッ。


「……」


 チャチャの眉がわずかに動く。


「何か?」


「いやぁ……」


 ウッドは鏡を見ながら、嬉しそうに顎を撫でた。


「今日、あの子たちに三回くらい顎の骨を砕かれただろ?」


「……はい」


 普通なら、しばらく顔面崩壊していてもおかしくない。


「それで、大英雄ミゼル様のポーションで治療してもらったじゃないか」


「ええ」


「その効果だと思うんだけどさ」


 ウッドは自分の頬を撫でる。


「顔の歪みも、昔の傷跡も、シワまで消えたんだよ」


「……言われてみれば」


「髪も見ろよ。昔みたいにボリュームが戻ってる!」


 ウッドが頭を撫でる。


 明らかに機嫌がいい。


「それに歯も!」


 ニカッ。


「ほら!」


「……綺麗ですね」


「だろ?」


「ええ」


「しかも――」


 ウッドが、さらに笑う。


「口臭まで消えた!」


「……それは良かったですね」


 チャチャは心からそう思った。


 以前は、執務室で話すだけで少しだけ息を止める必要があったからだ。


「なあ、チャチャ君」


「はい」


「僕ってさ……」


 ウッドは髪を整え、鏡の角度まで調整する。


「ちょっとイケてない?」


「……」


「どう思う?」


「以前に比べれば、かなり若返ったと思います」


 ウッドの目が輝く。


「だろ!?」


「ただ――」


「ただ?」


「仕事中に鏡ばかり見ているギルドマスターは、少々どうかと思います」


「……」


 ウッドの笑顔が固まった。


「それより、仕事が終わったら飯でもどうだ?」


「お断りします」


「即答!?」


 ウッドが肩を落とす。


 チャチャは淡々と書類を整理した。


「用事がありますので」


「そっか……」


 しかし、チャチャは少しだけ考えてから付け加えた。


「でも……」


「!」


「以前より、確かに格好良くなったとは思います」


 ウッドが顔を上げた。


「多分、他の女性たちも放っておかないんじゃないでしょうか」


「……!」


 チャチャはニコリと笑う。


「ギルドマスター。よかったですね」


「そうか……!」


 ウッドは満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、また今度誘うよ!」


「…………」


 チャチャは何も言わず、執務室を出ていった。


 扉が閉まる。


 そして――。


「……今、断ったんだけど」


 誰も答える者はいなかった。


     


 その頃。


 食事処『魔王の胃袋』。


 店の隅のテーブルでは、セシリーたちとミゼルがエールを片手に盛り上がっていた。


「アハハハハハハ!」


「ブァハハハハハ!」


 普段は寡黙な美女――大英雄ミゼルが、腹を抱えて笑っている。


「何じゃ、その激痛ポーションというのは!」


「最高傑作ですわぁ!」


「これは研究する価値がある!」


 店内の客たちが、ちらちらとこちらを見る。


「……大英雄様が笑ってる」


「あのミゼル様が……」


「何があったんだ?」


 誰も理解できない。


 ただ一つ分かることがある。


 ――今日のミゼルは、ものすごく楽しそうだ。


「ミゼル様、帰ったらポーションとレシピをお持ちします」


「うむ。タウラ楽しみにしておる」


 ミゼルがエールを一口飲む。


「それで、リフレインは例の実を鼻に詰められ、結界を纏っておるのじゃな?」


「はい。今日は絶対に結界を解くなと厳命されました」


「うむ。良い心がけじゃ」


「…………」


 僕は黙って俯いた。


 マリアさんが静かに口を開く。


「リフレイン」


「はい」


「口は災いの元、とよく言います」


「……はい」


「これに懲りて、これからは一度考えてから発言するようにしましょうね」


「はい……申し訳ありませんでした」


 僕は深々と頭を下げた。


 その隣で、タウラがニヤリと笑っている。


(ザマァ。マリアさんに言われてる)


 そんな顔だった。


 エルザも笑いを堪えている。


 ミゼルは三人を眺めながら、静かにジョッキを置いた。


「……しかし」


 ミゼルの表情から、笑みが消える。


「この子らの成長速度は、想定以上じゃな」


 タウラ。


 リフレイン。


 エルザ。


 三人とも、まだ八歳。


 それにもかかわらず、すでに並の冒険者では相手にならない。


「このまま成長を続ければ――」


 ミゼルは、百年前に共に戦った少年を思い出していた。


 異世界から召喚された、あの少年。


 彼が持っていた力。


 そして――。


「近いうちに、勇者の領域へ届くやもしれぬ」


 ミゼルの瞳に、研究者としての光が宿る。


 自分の仮説を証明するため。


 あの日から百年間、追い続けてきた答えを得るため。


 この子たちがどこまで成長するのか。


 ミゼルには、まだ分からない。


 ただ一つ確かなことがある。


 ――三人の成長は、すでにミゼルの想定を大きく超えていた。


 そして彼女は、まだ知らない。


 この子たちがやがて辿り着く場所が、彼女の想像する「勇者」のさらに先――。


 遥か斜め上であることを。


「ううう、ウンコの臭いで味が分からない……」

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