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タウラとリフレイン〜古の大英雄はマジで勇者を再現したい〜  作者: 2nd kanta


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11/24

家族になって一か月

 エルザが、この家の家族になって一か月が経った。


 最初の頃に比べれば、ずいぶんと表情も柔らかくなった。


 食事の時には笑うようになったし、セシリーの訓練では悔しそうな顔をしながらも食らいついていく。


 マリアの手伝いだって、頼まれる前に動こうとする。


 一見すれば、順調にこの家へ馴染んでいるように見える。


 ――ただ一つ。


 どうにも、エルザは頑張りすぎていた。


「エルザ、ちょっと頑張りすぎじゃない?」


 昼下がり。


 座学を終えたタウラが、隣で魔導書を閉じながら呟いた。


「僕もそう思う」


 リフレインも頷く。


「最近のエルザ、ずっと肩に力が入ってるんだよね」


 訓練でもそうだった。


 以前なら休憩と言われれば素直に休んでいたのに、最近では誰よりも先に立ち上がる。


 魔力制御の訓練でも、失敗するとすぐにやり直そうとする。


 座学でも、分からない問題が一つあるだけで、まるで自分を責めるように何度も解き直している。


「このままだと、怪我しちゃうんじゃないかな」


「うん」


 二人の意見は一致していた。


 エルザが、何に焦っているのか。


 二人には分かっている。


 ――自分たちとの圧倒的な差だ。


 リフレインとタウラは、生まれた時からミゼルの教育を受けてきた。


 いや。


 教育という言葉だけでは、少々足りない。


 赤子の頃から身体能力を鍛えられ、魔力を鍛えられ、知識を詰め込まれ、本人たちが覚えていないほど幼い時から様々な実験――もとい、指導を受けてきた。


 五年。


 たった五年。


 だが、その差はあまりにも大きい。


「エルザ。そんなに無理をしなくてもいいんだよ」


 リフレインが優しく声を掛ける。


「でも……」


 エルザは俯いた。


「私……早く、みんなに追いつきたい……」


「大丈夫よ」


 タウラが胸を張る。


「エルなら、すぐ追いつくわ」


「本当に……?」


「ええ。だってエルは頑張り屋さんだもの」


 タウラはそう言って笑った。


 けれど――エルザの表情から、不安が完全に消えることはなかった。


(魔力も身体能力も、知力も……)


 エルザは二人を見る。


(私の知っている五歳児とは、到底思えない)


 リフレインもタウラも、自分と同じ五歳なのに、まるで高ランク冒険者のような身体能力を持っている。


 魔力制御だって異常なほど精密だ。


 知識量も、自分とは比較にならない。


(これも全部……ミゼル様の力なんだよね)


 だからこそ。


 エルザは焦っていた。


 自分も、もっと頑張らなければならない。


 早く強くならなければ。


 ――この家の家族として、認めてもらうために。


 ☆


 その日の夜。


 屋敷が静寂に包まれた頃。


 マリアはいつものように、子供たちの部屋を順番に回っていた。


「タウラもリフレインもぐっすり寝ているわね」


 二人の寝顔を確認して、マリアは小さく笑う。


 次にエルザの部屋へ向かう。


 そっと扉を開けると――。


 ベッドの上で、エルザが目を開けていた。


「……エルザ?」


「……マリアさん」


「眠れないの?」


「……うん」


 エルザは小さく頷いた。


「色々考えてたら……眠れなくなっちゃった」


「そう……」


 マリアには、その気持ちが痛いほど分かった。


 自分も幼い頃、同じだった。


 兄や姉と比べられ、もっと頑張れと言われ続けた。


 努力しても、努力しても認めてもらえなかった。


 貴族の家に生まれながら魔力が少なく、魔法を使えなかった自分は、無能だと扱われた。


 やがて家を出され、奉公に出された。


 それでも――。


(魔法は駄目だったけど……私は私にできることを、全部頑張った)


 学問。


 礼儀作法。


 料理。


 裁縫。


 掃除。


 貴族社会で女性に求められることを、一つずつ身につけていった。


 いつか認めてもらえると信じて。


 けれど。


 最後まで、父が自分を認めることはなかった。


 そんな自分を拾ってくれたのが、あの公爵家だった。


(努力は……無駄じゃなかった)


 だからこそ。


 今、目の前にいる少女に、自分と同じ思いをさせたくなかった。


「ねえ、エルザ」


「はい」


「今日は、私と一緒に寝ない?」


「……え?」


「私のベッドで、一緒に寝ましょう」


 エルザが目を丸くする。


「お布団の中で、色々お話しましょう?」


「…………」


「それとも……私と一緒に寝るのは嫌かな?」


「そ、そんなことないです!」


 慌てて起き上がったエルザを見て、マリアは思わず微笑んだ。


「じゃあ決まりね」


 マリアはエルザをそっと抱き上げる。


「わっ……」


 腕の中に収まったエルザは、思っていた以上に軽かった。


(……こんなに軽かったんだ)


 今まで、この小さな身体でどれだけ頑張ってきたのだろう。


「じゃあ、このまま抱っこして行きましょう」


「……はい」


 エルザは抵抗しなかった。


 マリアの肩に顔を預ける。


「…………お母さん」


「え?」


 エルザがハッとした。


「あっ……!」


 顔を真っ赤にする。


「い、今のは違うんです! ちょっと間違えただけで……ごめんなさい!」


「うふふ」


 マリアは笑った。


「謝らなくていいのよ」


「でも……」


「あの子たちも、たまに私のことを『お母さん』って呼ぶのよ」


「タウとリフが……?」


「ええ」


 マリアは歩きながら、少しだけ遠い目をした。


「あの子たちは、本当に小さな赤ちゃんの頃にここへ来たから……本当のお母さんのことは覚えていないんだけどね」


「……そうなんだ」


「だから、今の話は二人には内緒よ?」


「うん」


 エルザはマリアの首に腕を回した。


「分かった……お母さん」


「……ええ」


 マリアは優しく笑った。


「それでいいのよ」


 ☆


 マリアの部屋。


 窓から差し込む青白い月明かりが、部屋を淡く照らしていた。


 マリアはエルザをベッドへ寝かせ、その隣に腰を下ろす。


「それでね、エルザ」


「はい」


「リフレインたちがあんなに凄いのは、ミゼル様が色々と――」


 マリアは一瞬、言葉を止めた。


「……実験……」


「?」


「いえ、指導した結果なのよ」


 危ない。


 今のは危なかった。


「だから、エルザもミゼル様に相談してみるといいわ」


「相談……?」


「ええ。今、困っていること。辛いこと。どうなりたいのか。全部、正直に話してみるの」


「全部……?」


「そうよ」


 マリアは微笑む。


「ミゼル様は古の大英雄で、伝説の大魔導師なんだから」


 そして、少しだけ胸を張った。


「ミゼル様の研究ノートには――不可能という文字はないんだからね」


「…………!」


 エルザの目が輝いた。


「ミゼル様、凄ーい!」


「そう。ミゼル様は凄いのよ」


「うん!」


 エルザは嬉しそうに笑った。


「明日、話してみる!」


「ええ。それがいいわ」


 マリアはエルザをぎゅっと抱きしめた。


 その夜。


 二人は遅くまで話をした。


 好きな食べ物。


 好きな遊び。


 楽しかったこと。


 これからやってみたいこと。


 行ってみたい場所。


 そんな他愛もない話をしているうちに――。


「……すぅ……」


「あら」


 いつの間にか、エルザは眠っていた。


 その寝顔には、昼間まで張り詰めていたものがない。


 ただの五歳の少女。


 未来への不安よりも、これから訪れる明日への期待を抱いた、穏やかな寝顔だった。


 マリアは、その髪を優しく撫でる。


「……おやすみ、エルザ」


 この夜から――。


 夜の添い寝相談会が始まった。


 そしてそれは、子供たちが成人した後も、不定期ながら続いていくことになる。


 ただし――。


 リフレインだけは七歳を境に、参加資格を失った。


 理由は単純。


「なんで僕だけ駄目なの!?」


反対するタウラとエルザ。


「汚物を見るような目でこっちを見るなよ!」


 タウラとエルザの視線に耐えられなかったからである。


「僕だって悩みくらいあるよ!」


「リフは……」


「何!?」


「……乙女の秘密を聞こうとするから」


「聞いてないよ!」


「聞いてるじゃない!」


「聞いてない!」


「聞いてる!スケベ!」


 結果。


 リフレインは夜の相談会から永久追放された。


 なお、日中の空き時間にマリアへ相談することは許されている。


 本人としては、それで十分――らしい。


 ☆


 翌朝。


 エルザは意を決して、ミゼルの研究室の前に立っていた。


 小さな拳を握りしめる。


 そして――。


 コン、コン。


「ミゼル様! エルザです! 今、お時間よろしいでしょうか!」


 昨夜、マリアに教えてもらった言葉を、そのまま口にした。


「……ん?」


 部屋の中から声が返ってくる。


「エルザか。開いておるぞ。入るがよい」


「し、失礼します!」


 エルザは背伸びをして、頭上にあるドアノブへ手を伸ばす。


 何とかノブを回して、研究室へ入った。


 そこには大量の魔導書と研究資料。


 怪しげな薬品。


 用途不明の魔道具。


 そして、何に使うのか絶対に知りたくない謎の装置。


 そんな混沌とした研究室の中央で、ミゼルは書類を整理していた。


「どうしたのじゃ?」


 ミゼルがエルザを見る。


 エルザは一度だけ深呼吸した。


 そして――。


「ミゼル様!」


「うむ」


「私、もっと強くなりたいんです!」


「……ほう?」


 ミゼルは眼鏡を押し上げた。


「二、三年もすれば、今より遥かに強くなっていると思うがの」


「二、三年じゃ駄目なんです!」


 エルザは拳を握る。


「今すぐにでも、強くなりたいんです!」


 その瞳は真剣だった。


「なぜじゃ?」


「私……」


 エルザは一度だけ唇を噛んだ。


「リフとタウの……足手まといになりたくないんです!」


 ミゼルは黙った。


 もちろん知っていた。


 エルザが二人との力の差に悩んでいることくらい、最初から把握している。


 問題は――。


(これ以上の強化となると……)


 ミゼルの脳裏に、いくつかの研究成果が浮かぶ。


 これまで以上の禁術。


 肉体そのものへの干渉。


 身体能力を強制的に引き上げるための処置。


 成功すれば、飛躍的な成長が期待できる。


 ただし――。


 身体への負担は凄まじい。


「エルザよ」


「はい!」


「一つだけ、方法がないこともない」


「……!」


 エルザの目が見開かれた。


「ただし――」


 ミゼルは、あえて低い声を出した。


「物凄い激痛が、身体中を駆け巡るぞ」


「…………」


 エルザは黙った。


 ほんの一瞬だけ迷う。


 しかし――。


「平気です!」


 即答だった。


「私、痛いのには強いですから!」


「…………ほう」


 ミゼルの目が細くなる。


(なるほど)


 この子は、思った以上に覚悟がある。


 あれを使うのは、さすがに躊躇していた。


 だが――。


 本人が望むというのなら。


(魔改造……開始じゃな)


 ミゼルの口元が僅かに吊り上がった。


「よかろう」


「本当ですか!」


「一週間――」


 ミゼルは少し考えた。


「……いや、三日間耐えられたら、エルザ専用のサプリメントを用意してやろう」


「ありがとうございます!」


 エルザの顔が一気に輝く。


「頑張ります!」


「うむ。精進するがよい」


「はい!」


 エルザは満面の笑みを浮かべると、研究室を飛び出していった。


「これで……!」


 廊下を駆けながら、エルザは拳を握る。


「これで、リフとタウについていける!」


 その小さな背中を見送ったミゼルは――。


「…………」


 ゆっくりと机の引き出しを開いた。


 そこには、厳重に封印された一本の瓶があった。


 瓶の中で、紫色の液体が禍々しく揺れている。


「ふふふ……」


 ミゼルは楽しそうに笑った。


「さて……久しぶりに本気を出すとするかの」


 その時。


「ミゼル様~」


 研究室の扉が開いた。


 セシリーだった。


「本当にアレを使うんですかぁ?」


「うむ」


「アレですよねぇ?」


「うむ」


「過去に実験した動物が、ことごとく狂い死んだアレですよねぇ?」


「…………」


 ミゼルは瓶を眺める。


「そのまま使うわけではない」


「ですよねー!」


「まずは様子を見ながら、少しずつ量を増やしていけばよい」


「さすがミゼル様~!」


 セシリーは感心したように頷いた。


「…………」


 だが。


 その笑顔が、僅かに引きつる。


「……でも、大丈夫かしらぁ」


 セシリーは、エルザが消えていった廊下を見る。


 ミゼルは何も答えなかった。


 ただ――。


 机の上には、いつの間にか新しい研究計画書が置かれていた。


 その題名は。


 ――『エルザ強化計画』


 だった。

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