森で猫を拾ったよ
5歳を過ぎてから、タウラとリフレインは森の中を駆け回り、大木の枝から枝へと飛び移っていた。大森林は、すっかり二人の遊び場と化していた。
「リフ!10時の方向、およそ3キロ。大王鹿よ!」
森の中を獣のように走りながら索敵するタウラは、さながらベテラン冒険者の斥候のようだ。
「大王鹿?う〜ん、あっ、見つけた!」
「あっ、逃げられたわ!」
「えっーー!またなの?」
最近、二人の狩りの効率がめっきりと落ちていた。
「獲物がいないね。タウ、この辺り、狩り尽くしたかな」
「あーー、私、今頃気づいた……マヌケだわ」
「えっ、どういうこと?」
二人は大木の枝に座り、しばしの休憩を取った。マリアの作ったお弁当を食べながら、タウラが話し出す。
「私たちは、獲物の魔力を探して狩りをしているよね」
「うん、ミゼル様に教わった索敵魔法だね」
「魔力持ち同士は、何となく相手の魔力がわかるものでしょう」
「そうだね」
「ってことは、獲物として追いかけている魔物も、私たちの魔力を見つけることができると思わない?」
「へっ?」
タウラはムスッとして僕を睨んだ。なんで?
「アンタが馬鹿でかい魔力を垂れ流すから、先に見つかってんのよ!」
バッコーン!
「いてっ!」
「あまりの鈍チンに、頭を張り倒してしまったじゃない」
「え、ごめんタウ……僕が謝るところ?」
リフレインの話を無視して、タウラはさらに続ける。
「いい、私をよく見ていて……ふん!」
タウラは魔力を全開にした。
ゴォーーーッ!
タウラの身体から、暴風のような魔力が吹き出す。
「うわーーっ!」
リフレインは吹き飛ばされないよう大木にしがみついたが、木の幹に指先をめり込ませるのがやっとだった。
一瞬でも気を抜けば、森の奥まで飛ばされそうだ!
「タウ、分かったーー!」
ふっと魔力が消えた。
「今の魔力、分かるかなぁ」
「えっ!すごいよ、魔力なんて全く感じないよ」
「じゃ、今から特訓ね。魔力の放出をゼロにして、身体の内側で巡らせるのよ」
「うん、分かった。やってみるよ」
「じゃ、始め!」
僕は魔力を引っ込めるイメージでやってみたが、失敗するたびに、丸太のような木の枝で頭を容赦なく殴りつけられた。
「引っ込めるんじゃなくて、身体の皮膚の所で殻を作るようにしなさいよ」
ちょっとでも失敗すると容赦なく殴りつける。タウラこそ、脳筋ではないかと僕は思った。
僕の頭がオオハチに刺されたようにボコボコになった頃、タウラの許可がやっと降りた。
「僕はやり切ったのだー!」
「じゃ、最終試験ね」
「えー!まだあるの?」
「当たり前でしょう。実際に使いこなせなきゃ意味ないでしょ」
うん、その通りなんだけど……タウラの方がセシリー様より脳筋だよ、絶対!
「最終試験は、角兎を魔法なしで10羽、素手で捕まえるでどうかしら?」
「う〜ん、分からないけどやってみるよ」
「最終試験、開始ね。失敗したらその都度指摘してあげるからね」
「ありがとうございます、タウラさん」
「よろしい。頑張れよ、リフ」
イメージ、イメージ。
僕は落ちている木の小枝……
僕は風に飛ばされ落ちた枯れ葉……
僕は道端に転がっている石コロ……
生き物ではない、ただの物だ……。
ゆっくりと歩いていると、目の前に角兎がいた。
僕は気まぐれに手を伸ばし、角兎の首根っこを押さえ込んだ。
「いきなりやるではないか、リフよ」
「なんか、出来ちゃったね」
「あと9羽!張り切って行こう!」
「おーー!」
つい乗せられて、右手を空に突き出してしまった。
顔を赤らめ、気配を消し、さらに角兎を捕まえていく。
コツを覚えるとすごく簡単で、すぐに残りの9羽を捕まえて試験は終了した。
「さすが、リフね。角兎は警戒心が半端ないから、気配断ちも完璧だね。ミゼル様に姿を消す魔法を教えてもらえれば、どこへでも行けるわね」
「そうか、どこへでも入れると思えば何故か嬉しいな」
「ドスケベ」
「……」
「それじゃ、続きの大王鹿を捕まえよーー!」
「おーー!」
なんか、タウに上手いこと乗せられている気がするけど、気のせいかなぁ?
「見つけた!正面5キロ!」
「分かった!」
あれ?魔力の放出をなくしたら、身体能力が上がったぞ。マジ、これも有りだな。タウに感謝!
森が途切れ、草原が広がる一帯に出る。
「ほう、中々の景色ですなぁ」
「そうね。いい所だわ」
大王鹿の群れが、のんびりと草を食している。
「沢山いるね。ここから狙うの?」
「今日はこれを使うわ」
ミゼル様が食事の時にたまに使う、異界のご飯を食べる道具の『箸』に似ている。
「これを四本作り、高速で回転させると安定して制御できるのよ」
「あ、分かったよタウ。四方向から一気に頭を狙うんだね。で、正面は囮で遅めに、まっすぐ飛ばすんだろ?避けた途端に三方からズドドドって仕留めるんだね」
「さすがは脳筋だわ。リフの言った通りよ」
「エヘッ、褒められちゃった」
「……さすが脳筋」
雑談しながら魔法を行使して、大王鹿を仕留めた。
すぐさま血抜きをして解体し、二人の空間収納に入れる。一人ではまだ、大王鹿の大きさは入りきらない。
帰り道、森の中をウロウロしている小さな影が目に入った。
「ほ〜、こんな所を一人で歩いているなんて、自分から魔獣の餌になりたいのかしらね」
「多分、違うと思うよ」
「とりあえず近づくわよ。油断しないように」
「分かっている。油断した奴から死んでいくだろ。セシリー様の教えだね」
「そう言うこと」
「ねえ、貴方、どこから来たの?」
スタスタと歩み寄り、いきなり声をかけるタウラにリフレインは驚いた。
「鉄の心臓だ!すげぇな、タウは」
「私……どこから……」
灰色の汚れたローブを着たその子は、フードを深くかぶっていて顔がよく見えない。
「多分、私らと同じ歳くらい。あと……」
「……私は……私は……」
ぶつぶつと言葉を紡ぎ出す。
「気持ち悪い魔力……この子の魔力ではないわね」
「タウ、なんかヤバそうだな」
「リフレイン、この子を無力化するわ。そしたら暴れないよう手を押さえて」
「うん、分かった」
目を見開き、ニコッと笑うタウラを、リフレインは少しだけ怖いと思った。
次の瞬間、タウラの姿が消えた。
いや、僕には見えていた。
タウが腰を落とした瞬間に相手の懐へ飛び込み、顎の先を軽く突いただけだった。
「リフ」
僕の名を呼び、崩れ落ちるその子を僕に向かって軽く押し出す。
僕は優しく受け止めて地面にゆっくりと寝かせ、素早く首に足を絡め、腕を捻って身動きを封じた。
「拘束完了!」
「相変わらず、アンタは紳士なのか鬼畜なのか分からないわね」
「僕は、どこから見ても紳士だろ!」
「そうね」
タウラは笑いながらその子の腹の上に座り、胸に魔力を流し込んでいる。
「あ、これね。見つけたわ……ぷっ!チンケな魔術ね」
タウラは魔法陣に向かって、魔力を逆流させた。
「ああああああああああああああああああああ!」
「暴れても無駄さ。ガッチリホールドが決まってるからね……」
もがいているうちにフードが外れ、現れたのは女の子の顔だった。
思わず僕は叫んでしまう。
「タウ!これ見てよ、猫耳だよー!」
「あら、本当ね……ぐふふ、可愛いわ」
「ぐっあああああああああああああああああ!」
「なんか、苦しそうだけど大丈夫だよね」
「当たり前じゃない。もう終わるよ」
一瞬、女の子の身体が光ったと思うと、スーッと光が引いていき、穏やかな顔で寝息を立て始めた。
「ふう。これを掛けた相手に百倍返しをしようと思ったけど、今の私じゃ無理ね」
「へえ、さすがタウだ」
「十倍くらいしか戻らなかったわ」
「えっ?」
僕の聞き違いだろうか。十分、十倍返しに成功していた気がするのだが……。
その後、目を覚ました女の子・エルザとお菓子やサンドイッチを食べながら、屋敷へと向かった。
道中、色々な話をしながら歩く。
「へえ〜、エルザの村が人族に襲われて、多くの人が殺されて、女子供が人族の街に連れて行かれたんだ」
「エルザの両親は?」
「……」
「あ、ごめん、余計なこと聞いちゃったね」
エルザは首を横に振った。
「いいのよ……お父さんは、私達を守ろうとして人間に殺された。生き残った私とお母さん、何人かの女の人と子供達は檻の中に入れられ、馬車でどこかに連れて行かれたの」
僕とタウラは、何も言えなかった。
「……途中でお母さんともう一人の女の人が、人族の男に毎日毎日酷いことをされて……街に着く頃には、お母さん、おかしくなっていた……」
エルザの大きな瞳から涙が溢れ出し、耐え切れなくなってしゃがみ込み、両手で顔を覆って泣き出した。
「うっぐ、うっぐ……お母さん……お母さん……!」
「……エルザ」
「うぇーーん!お母さん!お父さん!エルザ、一人になってしまったよーー!」
僕達は、ただ見ていることしかできなかった。
「エルザ、落ち着いた?」
「ひっく、ひっく……うん」
僕たちは、エルザの両脇に座り背中を摩ったり手を握る事しか出来なかった。
「エルザは決して一人じゃないよ」
「……どうしてなの」
「だって、今日僕達と知り合って、僕達と家族になるんだもの」
言い終わってから、僕は急に恥ずかしくなった。
タウラが僕をニヤニヤしながら見ているんだもの。
「そうよ、エルザ。今から私達は家族なのよ」
だから、僕を見て言うなよ!
「……タウラ」
「それじゃ、お家に帰って温かいご飯を一緒に食べようよ」
「温かいご飯……美味しそう」
誰かのお腹が、キュ〜と鳴った。
タウラだった。
笑いそうになったが、根性で我慢した。
だって、鬼のような顔で睨まれたから。
「さっき大王鹿を捕まえたんだよ」
「大王鹿?」
「すんごく美味しいお肉だよ。エルザも食べるよね」
「私も食べていいの?」
「当たり前でしょう。エルザも家族なんだから」
「えへ、楽しみ」
そろそろ日も傾いてきたので、僕がエルザをおぶり、タウラが先頭を走る。
本当はタウラの方が力持ちだと思うけれど、僕は男の子だからカッコつけた方がモテるとマリアさんが言っていたので、カッコつけたのだ。
モテるとどうなるのかは分からないけれど。
「うひゃー!リフ、すごく速い!」
「大丈夫、怖かったらもう少しゆっくり走るけど」
「ううん、大丈夫……リフがすごいなと思って」
「え、そうなの?じゃ、もっと速く走るね」
森の中を矢のごとく走り抜けるタウラとリフレイン。巨木の間をスイスイと抜けていく。
お日様の色が赤みがかった頃、森の奥の屋敷に着いた。
「えっ?本当にここなの?」
周りを見渡すが、鬱蒼と繁った森の中としか思えなかった。
しかしタウラは空間に人差し指と中指を揃えて横に振り、巨木の中へと消えて行った。
「行くよ、エルザ。タウの後を追うんだ」
「……うん」
「えっ!」
急に視界が開けると、そこには広がる芝生と、奥には畑や果樹園。そして真ん中には、木造の立派な屋敷が佇んでいた。
「……うそ、こんなの、誰もたどり着けないよ」
「でしょう」
自慢げに胸を張るタウラだが、ここはミゼル様の屋敷なのだ。
「「ただいま戻りました」」
重厚な木製のドアが開きマリアさんが迎え入れてくれる。
「マリアさん!ただいま!」
「タウとリフもお帰りなさい。それと、そちらの貴方もね」
マリアの優しい笑顔に、エルザはドギマギする。
「あ、あのう……エルザです」
「エルザ、いい名前ね。私はマリアよ。よろしくね」
「よろしくお願いしますー!」
きっちりと頭を下げるエルザに、皆の顔がほころぶ。
「マリアさん、ミゼル様は?」
「ミゼル様は研究室よ。お食事の用意ができたから、呼んできてくれないかしら」
「分かった。みんな行こ!」
タウラの後を追うリフレインとエルザ。
(あの子の首輪……もしかして、奴隷なのでしょうか?)
マリアはここに来てから毎日、驚愕と唖然の繰り返しで、多少のことでは驚かなくなっていたが、少し心配そうな目を向ける。
「ミゼル様、タウラでございます」
ドアをノックすると、中から返事が返ってきた。
「タウラか、開いておるぞ」
手を伸ばし、自分の頭の位置にあるドアノブを回して身体を潜り込ませるように研究室に入るタウラ。
彼女はまだ、5歳になったばかりなのだ。
「ミゼル様、お食事の用意ができましたわ」
「おお、そうか。わざわざすまんなぁ」
ミゼルが机上の書類を整理し、席を立った。
「それとですね……」
タウラは息を飲み込み、行動に出た。
「ミゼル様〜!」
タウラはミゼルの腰に抱きつき、上目遣いで見上げる。もちろん、目はキラキラと輝かせている。
「ミゼル様〜!タウラ、森の中で猫を拾ったんです!その猫がすごく賢くて可愛いんですよ!」
タウラ、あざとい。
ドアの隙間から覗く四つの瞳。リフレインとエルザだ。
さらにその上で、もう一人のエルフであるセシリーが覗いていることに、彼らは気づいていない。
彼らもまだ、5歳なのだから。
「猫か……」
「ミゼル様〜!その猫、すごく頭が良くて話すこともできるんです!だからお願いします、ミゼル様〜!飼っていいですよねぇ!お世話もキチンとやりますから〜!リフが……」
えっ!僕が……
「言葉を話すのか?」
「そりゃもう、流暢に喋りますわ」
そう言ってタウラはドアに向かって声をかける。
「エルザ!ミゼル様にご挨拶をしなさい!」
「は、はいっ!」
灰色の汚れたローブを着た、黒髪と金の瞳を持つ女の子。確かに、頭には黒い猫耳がついている。
「ミゼル様、エルザと申します。よろしくお願いします!」
「獣人の子か……その首輪、お主、奴隷なのか?」
「「「どれい?」」」
「その首輪は、どこでつけられたのじゃ?」
「街に連れて行かれた……ときです」
「そうか。その首輪、我に見せてみろ」
「はい……」
首輪をじっと見るミゼル。そして、首輪に手をかざすと――。
「なんじゃ?効力が消えておるぞ」
「ミゼル様、多分タウラが吹き飛ばしたと思われます」
リフレインが一歩前に出て証言する。
「あ、あの気持ち悪い魔力ね。持ち主に全部返してあげたわよ」
「呪詛返しか?」
「本人が百倍返しをしようとしたけど、まだ子供だから十倍しか返せなかったと悔しがっていました」
まあ、余計なことをペラペラと……。
リフレインを鋭く睨みつけるタウラだった。
(なんと、5歳で呪詛返し十倍とな……簡単に言ってくれるわい。我でも十倍くらいしかできんぞ!)
ククククク、とミゼルは心の中で笑う。
改めて子供たちを見る。
成長が目に見えてきた。
自分たちで考え、行動するようになっている。
ミゼルは純粋に嬉しかった。
実験は順調に進んでいる。
「良かろう。エルザを迎え入れようではないか」
「えっ!本当ですか?」
「ありがとうございます、ミゼル様!」
「やったね、タウラ、エルザ!」
「セシリーよ。そこにいるのだろう、首輪を外してやりなさい。術はタウラが解いておる」
「へ〜、すごいですねぇ、タウラは。他の二人も頑張るのですよぉ」
「「は〜い」」
セシリーがエルザに近寄り、首輪に手をかけて軽く引くと、パキンと音を立てて首輪が外れた。
何年もつけられていた首輪。
外すこともできず、言うことを聞かないと首がもの凄く痛くなる。
首輪をつけられた者たちが、どれほど辛い目に遭ってきたことか。
――やっと、自由になったんだ。
「エルザ、どうしたんだ?涙なんか流して。よほどセシリー様が怖かったんだな」
ゴツン!
「いってー!」
セシリーはエルザの前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
「セシリーよ、エルザよろしくね」
ニコッと笑うエルフスマイルは反則だと思う。
「エルザと申します。セシリー様、よろしくお願いします」
セシリーは立ち上がり、言い放った。
「腹が減った!飯にしよう、マリアが待っている」
全員が食堂へと向かう。
新しく加わったエルザ。
誰もが、最初からそこにいたかのように彼女に接している。
エルザも、とても楽しそうだ。
明日からの勉強と訓練も、エルザならきっと大丈夫だろう。
たぶん……。




