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二柱の天照~邪馬台国の謎と千八百年の約束~  作者: 三島 ひみか
五章*高良神と安曇磯良神
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34話 志式神社と志賀海神社の『志』


『ほんとに、そっくりだね』


 ツキは、志式神社の亀石の案内板を、興味深げに見ている。

 龍神の来訪を受けた後、弥沙がこの社の『亀石』を思い出したのだ。


 案内板には、やはり、神功皇后の伝承があった。

 弥沙は、ハルを抱きあげる。


「……ハル、これ見て」


 案内板の文字を指でなぞった。

 そこには、志賀海神社との『奇妙な一致』どころか、もはや一つのパズルが完成するかのような内容が記されている。


「この亀石、打昇浜(うちあげはま)の亀が池から出土したってあるのよ。これ、海の中道にある浜のことなの。

 志賀海神社の伝承では、打昇浜は、神功皇后が祈っていて、後に亀を放した場所」


 弥沙は、篝火の中、神楽を舞う皇后の姿を思い出した。


「あれ? 亀に乗ってたのは二柱の神なのに、推測では『亀に乗ってたのは、安曇磯良』なんだね」


 ハルが首を傾げると、その動きに合わせて小さな鈴の音がしたような気がした。弥沙はハルの柔らかい毛並みに指を沈め、その温もりに安堵しながら、看板の文字をじっと見つめる。

 そうだ。同じ案内板の中に、三つのストーリーがある。だが、それは一つに繋がるのだ。


 「それがねぇ。どうも、色々と意図的に別に書いてるのでは? って思える文なのよね」 


 弥沙の声が、静かな境内の空気に波紋のように広がっていく。初夏の陽光が、彼女の背後に広がる松林を濃い影で縁取っていた。


「ここに『神功皇后、三韓出征の折、軍議を凝らしていると、雄、雌の亀に乗った志賀神と勝間神が干珠、満珠の宝を持って現れ、皇后に渡された』ってあるでしょう。


 これじゃあ、偶然現れた感じだけど、志賀海神社では皇后と武内宿禰が神楽をして、わざわざ神を呼んだみたいな書き方だったよね」

 

──人が異常なほどに少ない。これも人払いだろうか。境内はシンと静まり返っていた。


「これ、大きな違いなのよ。これだけ近い神社だとね。伝承をそのまま持ってきたはずだから。……それに、後半には『その後皇后出征の折、安曇の磯良神、龍宮より現れた』ってあるの。それと推測という形で、『亀石は、安曇磯良神が乗ってきたものでは』と記されている」


 弥沙は一度言葉を切って、かすかな潮騒に耳を澄ませた。境内は砂浜に繋がっている。目の前の石が、今にも動き出し、太古の海へと這い出していくような錯覚に(とら)われる。


「つまり、志賀海神社の伝承と重ねると、見えてくるものがあるの。亀に乗ってやって来た志賀神と勝間神と、安曇磯良は同じ神だと分かってたでしょう。龍宮は志賀海神社だったから、それらの神は祭神の綿津見神」


 弥沙は、案内板の端にわずかに積もった松葉を、払うともなく指先でなぞった。


「ここで、わざわざ三つの話に分けたのは、どちらの話も『捨てられない』からではないかな?」


 その言葉に応えるように、ツキが小さく頷く。彼女の纏う翡翠色のドレスが、風もないのにさざ波のように揺れた。


『志賀海神社も、同じ社でありながら、三つの話があったよ』


「そうなの。だからこそ、意図的なのでは? って思うのよね」


 ツキは案内板の影からひょいと顔を出し、黄金の瞳を輝かせた。


『あ! ここでは安曇磯良、神扱いになってない? 向こうでは普通の人扱いだったでしょう?』


 ツキはドレスをふわりと翻し、案内板の陰から覗き込む。彼女の瞳には、現代の看板ではなく、そこに刻まれた文字が放つ、古い海の記憶が映っているようだった。


「私もこの案内板がずっと気になってたの。志賀海神社では、磯良丸を通じて祈願したとか、海国から召したとか、書いてたよね。でも、ここでは『神』なのよ」 


 抱きしめる腕の中のハルを見た。歴史という巨大な織物の、ほつれた糸の端をようやく掴んだような、期待と怖れが混じった震えが指先に伝わっていく。


「これね、意図的じゃないかな。『別の神の名前を書いてるけど、すべて正体は同じですよ』って、気づく人にだけ分かるように。一柱の神――安曇磯良、綿津見神に行き着くように。でも、一見それが分からないように、分けてるの」


 クナドは鼻で笑うと、組んでいた腕を解き、目の前の巨大な亀石に、その長い指先を軽く触れさせた。


「へっ、安曇の連中、とんだ策士だな。名前を小出しにして、正体を煙に巻こうって魂胆か。だが、この『志式』って名前にまでその『(こころざし)』を残しちまったのが運の尽きだぜ」


「そう! それなのよ! クナド。ここ、志式神社でしょう。向こうは志賀海神社」


 珍しく、クナドがはっと驚く顔をした。


「……どちらも『志』の字を冠している。志賀の『志』、志式の『志』。場所を分けても、名前の頭文字にだけは、消せない指紋みたいに同じ印を残したんだわ」


 弥沙は、案内板から視線を外し、ひっそりと静まる社殿を見上げた。


 その時、頭上の深い木々の隙間から、鮮烈な陽光がこぼれ落ちた。光の粒がまるで意志を持って乱舞するように社殿を包み込み、弥沙の視界を白く染め上げる。


「クナド、ここにはね、志賀海神社にはいない『神様』が祀られているの。……天火明命あめのほあかりのみこと


 弥沙はこの名を呼ぶ時、必ずあの光景が蘇るようになった。

 想念の海で見た彼ら。胸が痛いほど(うず)く。


「彼は、饒速日命(ニギハヤヒ)とされてるわ」


 ツキが身を乗り出す。

『……あ! それって、奈良湖の……』


「そう。ここで繋がるのよ。しかもね、二つの神社で、祭神を分け合ってるような構造になってるの。……ハル、『福岡県神社誌』の二つの社のページ見せてくれる?」


 弥沙がハルをそっと下ろすと、鏡に手をかざした。青白い光の粒が空中で結び目を造る。二つの社の祭神を記したホログラムの曼荼羅を浮かび上がらせた。


「ここは、火明神、火酢芹神(ほすせりのかみ)、豊玉姫、十城別神(とおきわけのかみ)、雅武王、葉山姫神。

志賀海神社は、綿津見三神、玉依姫、神功皇后、応神天皇」


 ハルの瑠璃色の瞳に、金の光が走る。


「志式神社の十城別神(とおきわけのかみ)は仲哀天皇の弟で、神功皇后と一緒に戦った将軍。

 そして、この雅武王も……ヤマトタケルの子で、仲哀天皇とは兄弟にあたるはずだよ」


 弥沙がハルの言葉を継いだ。

「彼らは皇后と関わりある者なのに、彼女は志賀海神社にしか祀られていないの」


「二つの神社で、補完し合ってるみたいだな」

 クナドは不敵に目を細め、並び立つ社殿の奥を見透かすように呟いた。


「そうでしょう。それを言うとね、二つの社に祀られていない神がいるのよ」


 弥沙がそう言ったとき、足元でざっざっと乾いた音が響いた。


 見れば、志賀海神社の幻影からそのまま抜け出してきたかのような、小さな二匹の金の亀が、志式神社の砂利を一生懸命に掻いている。


『あ! 志賀島からずっとついてきてたの?』

 ツキが驚いて声を上げると、一匹の亀がハルの足元に擦り寄った。


「ちょっ……ハルに乗らないでってば!」

 困り顔のハルをよそに、亀の甲羅が初夏の陽光を反射して、眩いばかりの金色の光を放つ。


「なんで、毎回、神社ごとに神使が現れるのかな?」


 弥沙は、輝く亀を見ながら、(ひと)()ちる。そうだ。あちこちに神使がくるのは、なぜ? 一人で来てた時はこんなことなかった。

 

 ふいに風が止まり、境内の蝉の声さえ遠のいた。

 ハルの背にいる金の亀が、ちろちろと赤い舌を覗かせて(くう)を舐める。


 その小さな瞳に、弥沙たちが立っている現代の景色ではなく、幾千年も繰り返されてきた『神々の(とき)』が映り込んでいるように見えた。


『……これが『神事(かみごと)』だからよ、弥沙。神々が、後押しをしてくれてるの』


 弥沙は、ハルの背中で満足そうに首を振る金の亀を見つめ、確信を深めた。


 亀石、金の亀、そして不在の神々。すべては一つの答えに向かって動いている。





*****************


お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも、面白い、続きが気になる!と思っていただけたら、★★★★★、お気軽にコメントもいただけると、執筆の大きな励みになります!




*参考・引用文献

・志賀海神社『志賀海神社について』(公開日不明)http://www.shikaumi-jinja.jp/about/index.html ,(参照2025-06-11)

・志賀海神社の亀石、今宮神社の案内板。

・志式神社の亀石の案内板。

・大日本神祇会『福岡県神社誌上巻』大日本神祇会福岡県支部,1945, 国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/1040130/(参照2025-06-11)

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