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二柱の天照~邪馬台国の謎と千八百年の約束~  作者: 三島 ひみか
五章*高良神と安曇磯良神
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33話 龍神・安曇磯良

 弥沙は胸の鼓動が速まるのを感じた。どれもが真実であって、真実では無い。


──それは、根っこが同じと言うことではないのか?


「海国から召されたのは、安曇磯良神……。志賀海神社は『龍宮』。……龍宮は海の底」


 弾かれたように顔を上げる。視線の先には、悠久の時を生きる銀色の龍。

 確信が、熱を持って喉の奥までせり上がってくる。


「志賀明神って、志賀島の志賀海神社の神だし、勝馬明神って……」


 脳裏に、ここに来る前に行った潮風に洗われるあの浜の記憶が蘇った。あれは……勝間(勝馬)ではなかったか。そこには──。


「志賀海神社の、奥宮がある」


 潮が満ちれば道はとざされ、引けば現れる、海の中の聖域。


「二柱も、……安曇磯良神も、すべてはこの志賀海神社の神……?」


 不意に、波音が遠のいた。眼前にわだかまる銀の龍が、わずかに首をもたげる。その巨大な瞳に、朝の光と弥沙の姿が静かに映り込んでいた。


「それが、龍宮の龍神?」


 鼓動が耳の奥でうるさいほどに鳴り響いている。


 そうだ。社は『当地が龍宮』だと、されていたではないか。ずっと前から。それは、『海の底』の話では無くて……。 

 心臓の震えが、確信へと変わっていく。


 合わせ鏡の中に閉じ込められた、たった一つの核心。


「……この社が『龍宮』。……伝承の神々はすべて、たった一柱の……同じ存在?」


 名前を替え、役割を替え、少しずつ物語の形を歪めて……。でも、核にあるのはたった一つの真実だけだったの?


 弥沙がその核心に触れた瞬間、隣に立つクナドの気配が、鋭い刃のように研ぎ澄まされた。彼は弥沙を背に庇うようにして、銀の龍を真っ向から見据える。


「龍宮なんてのは、地図に載る場所じゃねェ。この世の理が反転する『(きわ)』のことだ。安曇の奴ら、ここでずっとその門番をやってたってわけか」


 クナドの言葉は、まるで龍神への挑戦状のようにも、あるいは深い敬意のようにも響いた。


 弥沙は、射抜かれたように銀の威容を見据えた。そこには、ただ静寂をまとい、悠久の時を体現する銀色の龍が鎮座している。

 問いかけるようにかの神を見たが、ハルがさらにホログラムを操作する。


「弥沙、これを見て」


 青白い光の中に、古びた書物の一ページが浮かび上がる。


「『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』の写しだよ。ここに安曇氏の始祖の名がある。――『|海神綿積豊玉彦神子穂高見命《わたつみわたつみとよたまひこみこほたかみのみこと》』。……社家の始祖の名そのものに、綿津見神、そして豊玉彦の名が刻まれているんだ」


 ハルが掲げたホログラムの青白い光が、龍神の周囲に漂う古の霧を切り裂いていく。未来の知恵が、過去の隠し事を容赦なく暴き出す光景は、どこか冒涜的でさえあった。


「それって……祭神そのものが、一族の始祖ということ?」


「そう! 安曇氏って高良大社から分かれた『神部物部』だったよね。そしたら、彼らが祀る祖神は、必然的に高良の神へ行きつくんだ」


 弥沙は息を呑み、高く座す龍神を見上げた。


「じゃあ、神功皇后に珠を授けたのは、安曇磯良……。それが綿津見神であり、その正体こそが、高良神だったということなの?」


 弥沙の意識がふっと遠のき、自身の深いところから、染み出すような声が響いた。


<< 安曇磯良神(あずみいそらしん)と申すは、筑前国にては志賀大明神―― >>


「……そうだ。これだったんだ」

『神秘書』の一節が、今、目の前の情景と完全に重なる。


「高良神こそが、安曇磯良だったのね……」


 銀色の鱗が、肯定するように静かに波打った。

『大儀じゃ。……綿津見神とは高良神、かの神こそが安曇磯良神(あずみいそらしん)よ』


 その言葉が落ちた瞬間、周囲の空気が密度を増した。弥沙はたまらず、龍神の銀色の瞳を見つめ返した。


「……けれど、なぜこれほどまでに伝承を分けたのですか? 同じ社でありながら、少しずつ違う。……これほどまでに名を引き裂き、物語を分けて……」


『守るためだ』

 龍神の声は、波の底から響くように静かだった。


『一つの名が消されたとき、すべてが消える。ゆえに、無数の名に分けたのじゃ。どれか一つが残れば、いつか必ず、繋がりは戻せる。伝承を違えたのも同じこと。そうして、神を隠し、守り抜いたのじゃ』


 龍神は、遠い青い海の境界線を見つめた。

 その言葉を聞いたクナドの顔から、不遜な笑みが消える。


「……フン。人間ってのは、神様以上に往生際が悪いな。自分たちの信じるものを守るためなら、歴史さえも迷宮に作り変えるか」


『微妙に違う欠片を撒いておけば、人はどれが真実か測りかねる。

 末にはその伝承自体、ただのまがいものとして打ち捨てられるだろう。……それこそが、隠世(かくりよ)の知恵よ。……合わせ鏡と、お主は申したな?』


「はい」


『鏡に映るものは、どれほど姿を変えようと、本源はただ一つ。……いつか、この迷宮に気づく者が現れるまで、神も伝承も、(なが)き時をただ待っておったのじゃよ』


 弥沙の胸の奥が、熱いもので満たされる。

「人が……神を守るために」


 彼女の独白をなぞるように、ツキが翡翠色のドレスの裾を揺らしながら、龍神に歩み寄った。

『ねえ、龍神様。その珠に隠された『力』も、人間が守りたかったものなの?』


 龍神は、わずかに沈黙を守った。


干珠満珠(かんじゅまんじゅ)。潮を満ちさせる珠と、潮を干かせる珠だ。満ちる力と、引く力。その二つが揃って初めて、海という巨大な(ことわり)を制することができる』


「神功皇后はそれで、大陸への道を切り拓いた」

 弥沙は、あらゆる幻影の彼女をなぞる。


『そう伝わっているな』

 龍神の姿が、陽光に透けて淡くなっていく。


『だが、干珠満珠とは、ただ海を操る力だけを指すのではない』


「どういう意味だ?」

 クナドが鋭く問いかけたが、銀色の鱗はすでに光の粒子へと変わり始めていた。


『それは、お主たちが辿る道の先にある……達者での』


 不意に、波音が一段と高く響いた。

 玄界灘の荒波が、志賀の岩肌を噛む音が。


 龍神の威容は、白く砕ける波飛沫とまばゆい海の光の中に溶ける。

 あとに残されたのは、いつまでも止まぬ潮鳴りだけだった。


 ふいに、遠くで車の走行音が聞こえ、弥沙は弾かれたように瞬きをした。

足元には、先ほどまでの湿った岩場ではなく、乾いたアスファルトの照り返しが広がっている。


 潮の香りは初夏の風に薄れ、銀色の龍も、荒々しい玄界灘の幻影も、霧が晴れるように消え去っていた。


 そこにあるのは、ただ静かに陽光を浴びる、いつもの志賀海神社の風景だった。




お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも、面白い、続きが気になる!と思っていただけたら、お気軽にコメントもいただけると、執筆の大きな励みになります!


*参考・引用文献

・志賀海神社『志賀海神社について』(公開日不明)http://www.shikaumi-jinja.jp/about/index.html ,(参照2025-06-11)

・志賀海神社の亀石、今宮神社の案内板。

・万多親王『新撰姓氏録』[2],刊,刊年不明. 国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/2553145/,(参照 2025-06-11)

・荒木尚ほか編『高良玉垂宮神秘書同紙背』高良大社,1972,

※本書における引用の現代語訳および内容解釈は、筆者が原典に鑑み、独自に行ったものである。


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