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二柱の天照~邪馬台国の謎と千八百年の約束~  作者: 三島 ひみか
五章*高良神と安曇磯良神
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28話 神話の綻びと『神秘書』の設計図

「源じい~!」


 安徳台の開けた空に、ハルの明るい声がこだまする。


 あの日、高良山の東屋で目を開けた時、弥沙たちは息を呑んだ。

 想念の海での永い邂逅。けれど、現実の秒針は、一目盛りすら進んでいなかったのだ。

 クナドによれば、あの場所は純粋な意識の世界だからだという。


 脳裏に焼き付くのは、姫の最後の言葉。


『その神について、もっと深く探して、どこまでも追って。……それが、この地獄を終わらせる唯一の近道なのよ』


──高良神を知ること。それが、すべての円環を断ち切る鍵になる。


 弥沙はしばらく、姫の言葉を胸の内で反芻しながら、東屋の静寂に座っていた。


 その時、あのカラスがまた、どこからともなく飛んできた。

 側の一本木の枝に止まって、一行を見下ろす。


『一皮むけたようじゃな、クナド神』

「……うるせェよ、真っ黒。相変わらず、使い走りか。さっさと用件を言いやがれ」


 クナドが鼻を鳴らして吐き捨てると、カラスは羽を整えながら、くっくっと喉の奥で笑った。


『ほっほ。相変わらず口の悪い男よ。その減らず口、三つ足で蹴り飛ばしてやろうか?』


「ああん!? やってみろよ、その焼き鳥みたいな羽、全部むしってやるぜ」


 火花が散りそうな二人の間に、ツキが呆れたように割って入った。


『そこまでにしなさいよ、二人とも。……それで、伝令って何?』


『ツキよ。(ぬし)さまより伝令じゃ。この者らと共に行動せよとな』


『言われなくとも、そのつもりよ。ここまで関わったもの、最後まで毒食わば皿まで付き合うわ』


 ツキの言葉に、弥沙はカラスの琥珀色の瞳をじっと見つめた。

 この瞳を、どこかで知っている気がする。

 そんな予感すら、今は確信に近い重みを持って胸に沈んでいた。


 それから数日後の今日。これまでに分かった数々の「断片」を携え、弥沙たちは再び安徳台にいる。

 一人暮らしの弥沙の部屋に居候を始めたハルとツキを連れて。


 クナドは既に、見慣れた台地の縁で鼻を鳴らしていた。

 

「おう!」 


 わざわざここへ足を運んだのは、ハルの解析結果を報告するためだけではない。

 今、弥沙と共にやって来たツキが、どうしても源じいに会いたいと言い出したからだ。


『源じい……懐かしい匂いがするわ。前に何度か会ったことがあるの。……少し、顔を見せてちょうだい』


 そんなツキの言葉に押されるようにして、弥沙たちは再びこの台地へとやってきたのだった。


『おう、ハルにクナド神。息災だのう』


 木の枝に止まったカケスの源じいは、弥沙と並ぶ年のころ16ほどの少女を見て、一瞬だけ目を見開いた。

『……なんだ、その娘は』


 カケスは首を傾げて文字通りハッとする。ツキはパタパタと尻尾を振った。


『ツキか! 何千年ぶりかのお。……なんじゃ、随分と可愛らしい姿になりおって』

『もお。そんなに経ってないわよ。せっかく筑紫に来たから会いに来たの』


 ツキが鈴を転がすような声で応じると、源じいはガハハと笑って、羽で頭を器用にかいた。


 今のツキは、少女の姿をしている。薄い茶色の長い髪を高い位置で一つに結び、歩くたびに翡翠色のレースが軽やかに踊る、童話の挿絵から抜け出したようなドレスを(まと)っている。

 だが、その腰からは猫のような長い尻尾が伸びて、機嫌よさそうにゆらゆらと揺れていた。


『……しかしお主、動物型はウサギなのに、なんでその姿だと尻尾がそんなに長いんじゃ?』 

 

 源じいの遠慮のない問いに、ツキはふいっと顔をそらした。

『……知らないわよ。自分でも分からないんだから、放っておいて』


 ツキはぷいっと顔をそらしたが、その隣でハルが「あはは、源じい、それは禁句だよ!」と元気よく割って入った。


 幻視の世界で、饒速日命と、あんな悲しい別れをしたことが、ハルには相当なショックだったらしい。しばらくは部屋の隅で暗く沈んでいたが、ようやくこうして、いつもの明るい声を出せるまでになっていた。


 ハルが事の顛末を手短に伝えると、源じいは羽をひと揺すりして、深く頷いた。


『ふむ。高良の神が物部の神で、饒速日命と見て、その世界まで踏み込んだか。……大儀だったのお』


「源じいさん。高良大社の『神秘書』の系図を一緒に見てもらおうと思って」

 弥沙は鏡を取り出し、テーブルに置いた。


「ハル、もう一度出せる? 源じいさんにも見てほしいの」

「了解。最新の解析データを上書きして展開するよ」


 ハルが前足を置くと、かつて東屋で見たあの光の曼荼羅が、安徳台の風の中でいっそう鮮明に弾けた。


 空中に浮かぶのは、記紀神話の巨大な家系図。

「まずは、みんなが知ってる神話の『バグ』を見て」


 弥沙が指をさすと、ハルが光の粒子を操作する。神話の神々のシルエットが、チェスの駒のように動き出した。


「ここ、神武天皇のお父さんのウガヤフキアエズ。彼が結婚したのは叔母の玉依姫よね? でも、ホログラムの階層を見て」


 ハルが鏡を叩くと、空中に光のピラミッドが浮かび上がった。


「これが一般的に地神五代と言われている神」


【第1世代】(高祖父世代・ひいひいお爺ちゃん)

イザナギの禊で生まれた、天照、住吉、綿津見。

【第2世代】(曾祖父世代)

天忍穂耳(あめのおしほみみ)ここに玉依姫と豊玉姫(綿津見の娘)

【第3世代】(祖父世代)

ニニギ尊

【第4世代】(父世代)

山幸彦(彦火火出見尊)と豊玉姫が夫婦。

【第5世代】(本人)ウガヤフキアエズと玉依姫が夫婦。


「一番上の世代が、イザナギの禊で生まれた天照や住吉神、そして綿津見神。

 そのすぐ下の世代に、綿津見神の娘である玉依姫たちがいるわ。

 でも、ウガヤフキアエズはもっと下……ニニギ尊や山幸彦を経て、ようやく生まれてくる」


 弥沙の指先が、光の家系図の「一番上の段」と「一番下の段」を交互に指す。


「つまり、ウガヤフキアエズは、自分のひいおじいちゃんと同じ世代の女性と結婚したことになっているの。世代を数えると、三つもズレてる」


 ホログラムの光の線が、無理やり繋がろうとして激しく火花を散らし、プツリと途切れた。

「これが神話の呪縛……あり得ないパズルだわ」


「そして、これが『神秘書』が提示する設計図だよ」


 暗転した空中に、ハルの放つ透き通るような青い光だけが残る。


 それは、記紀神話の綻びを埋め、矛盾をすべて解消した――あまりにも鮮やかな、真実の幾何学模様。


 その光の線が結ぶ『答え』を見た瞬間、弥沙は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

 神々が隠し、記紀が塗り替えた、神の姿がそこにあった。






お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも、面白い、続きが気になる!と思っていただけたら、★★★★★、お気軽にコメントもいただけると、執筆の大きな励みになります!



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