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テルラ一行は国境を護る城壁の外に出た。
軍事用拠点なので石壁は分厚く、門は鉄扉だった。
門の外は山麓のキャンプ場の様な光景が広がっていた。
鉄鎧の騎士と皮鎧の兵士がいくつものグループを作っており、談笑したり軽いトレーニングをしたりしていた。
雰囲気は和やかだが、意識は常に隣国の方に向いている。
「本来はここまで警戒はしないのですが、赤い肌の魔物が予告無く襲って来るので、常に警戒しないといけないのです」
案内役の青年騎士が、そう言いながらテントのひとつに近付いた。
見慣れない細長い剣を腰に下げた剣士がぼんやりと佇んでいる。
何か思い悩んでいる様な重苦しい雰囲気を纏っている。
「アレが赤い肌の魔物を倒せるハンターです。おーい、カワモト! こっちに来てくれ!」
青年騎士に呼ばれた黒髪の剣士は、一人で居た時とはまるで違う、ひょうひょうとした足取りで一行の元に来た。
プリシゥアやカレンと同い年くらいの若い男だった。
「おおう、街の外に女が居るなんて珍しい。しかも美女揃いだ」
カワモトと呼ばれた少年は、若いのにおっさん臭い事を言った。
女性陣は彼にマイナスの印象を受けたが、他人を悪く思う事がないテルラはにこやかに応えた。
「そちらも細身で珍しい剣をお持ちですね」
「これは日本刀だよ。切れ味に特化してるから、鬼が切れるんだ」
「オニ?」
「襲って来る魔物の事だよ。身体が赤くて頭に小さな角が生えてるから、俺の国の昔話に出て来る鬼っぽいなって」
「なるほど。ではこれからは赤い肌の魔物をオニと呼びましょう。名称が有れば呼び易いですし」
「そうですわね。混乱の無いように、他の方達にも伝えてください」
テルラに賛同したレイは、青年騎士に視線を向けた。
真面目な騎士は恭しく腰を折った。
「皆にそう伝えます」
「カワモトさん。これからする行動は安全確認の魔法みたいな物ですから、気にしないでください」
テルラは、指の輪を覗いてハンターの潜在能力を見た。
彼だけがオニを簡単に倒せると言う話だったので、きっと特別な能力を持っているだろうとテルラは思っていた。
「――え? 潜在能力が、無い?」
驚くテルラを訝しげに見るカワモト。
「何が無いって?」
「魔物を倒すために、女神が僕達に授けてくれた能力です。人間なら必ず持っているはずなのですが」
「潜在能力が無いなんて事は有りますの?」
レイも訝し気な顔になり、グレイは黒コートの下で拳銃を握った。
「持っていないのは動物か不死じゃない魔物って話じゃなかったか? それとも、全く新しい存在か?」
この場に居る全員が緊張したが、カワモトはあっけらかんと答えた。
「ああ、この世界の常識が通用しないって事? それ多分、俺がこの世界の人間じゃないからだよ」
黒髪の少年が変な事を言い出したので、場の緊張が少し緩んだ。
「この世界の人間じゃないとは、どう言う意味ですか?」
テルラが訊くと、カワモトは腕を組んで首を傾げた。
「うーん、どう説明したら分かって貰えるかな」
「大切な会話の邪魔をしてしまう事をお許しください」
綺麗な声がどこからともなく聞こえて来た、と思った次の瞬間、カワモトの隣に人型の影が現れた。
水槽にインクが滲みる様に次第に色付いて行き、妙齢の女性となった。
それを見たカワモトが女性に詰め寄る。
「おいおい、異世界の女神は人前に出られないんじゃなかったのかよ」
「緊急事態です。この世界の女神から要請が有りましたので、一時的に顕現が許可されました」
「異世界の女神、ですって? 確かに奇妙な登場をなさりましたが……」
訝しんでいるテルラに顔を向ける女性。
その顔は真っ白だった。
良く見るとのっぺらぼうの仮面を被っている。
「しかし、神が人前に現れると騒ぎになります。人目の無い場所への移動を請います」
確かに、女性の登場で回りがざわめいている。
王女が登場した時も注目を受けたが、今はそれ以上に注目されている。
女神の存在感は人のそれをはるかに超えている。
「わ、分かりました。僕達は先に山に入ります。――ええと、大丈夫ですか? 気をしっかり持ってください」
存在感に当てられて夢見心地で女神を見ていた案内役の青年騎士は、テルラに指を差されて我に返った。
「あ、はい。大丈夫です!」
「もうすぐ合流する予定だったジェイルクさんに伝えてください。『誰かが僕達の後を追い掛けて来ない様に見張りつつ、ゆっくりと慎重に追い付いてください』と」
「了解しました!」
「では、迷子にならない様に気を付けながら、隣国の国境線に近付きましょう」