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キャンプ地から離れたテルラ達は、緩い上り坂になっている山道に入る。
隣国の偵察が潜まない様に草木が伐採されて見晴らしが良いので、人が居ない様子は一目で分かった。
「この辺りで良いでしょう。まずは名乗りましょう。私は女神ラトです」
のっぺらぼう仮面の女神が名乗ると、空から一筋の光が降り注いだ。
「お待たせしました、女神ラト。私は女神オグビアです」
「女神オグビア様!?」
この中で唯一女神を目撃した事の有るテルラが、光の中に浮かび上がる女性の姿に驚いた。
それを聞いた仲間達も驚く。
しかし、女神オグビアは人間達の驚きを意に介さずにカワモトを見た。
「この世界では異世界人の活躍が認められていません。すぐに別の世界に移動してください」
「この世界はとても不安定な上に原生ではない魔物の害も発生しているので、世界の根幹に関わらない異世界転移なら無許可事後報告で活動しても何の問題も無いはずですが」
カワモトを背中に庇う位置に移動した女神ラトが毅然とそう言うと、女神オグビアは残念そうに首を横に振った。
「それが問題有りなのです。天使の通告により、この世界の魔物問題は他の世界の者の助力が許されていないのです。ですので、即刻別の世界に移動してください」
「確認ですが、異世界人はこの世界の魔物に関わってはいけないと神の国から通告を受けている、と言う事ですか?」
「正確には『異世界の勇者を召喚』が認められていません。能力増強処理が施されている彼は正にそれに該当します。アウトです」
「困りましたね。カワモトが転生するのはこの世界でなければならない理由が有るんですが」
「その理由とは?」
「彼のプライベートに関わりますので、本人の許可を取ります」
オグビアからカワモトに向き直るのっぺらぼう仮面の女神。
「カワモトさん。この世界の女神に貴方の事情を話しても良いでしょうか。必要最低限に留めますので」
「話さないと追い出されそうな感じだからしょうがない。良いよ」
カワモトは、腰に差した刀の柄を撫でながら頷いた。
「では」
女神ラトは語る。
カワモトには好きな女が居て、相手もカワモトを好きだった。
だが、彼女は家の事情で金持ちと婚約した。
一般人のカワモトより金持ちに嫁いだ方が幸せになれると思うのは当然の判断なので、彼は身を引いた。
しかし結婚相手の男は生まれ付きのクズで、暮らしは安定していたが、幸せな家庭を築く事はなかった。
彼女が幸せではないという情報はカワモトの耳に届いていたが、その時にはカワモトも家庭を持っていたので、何も出来なかった。
時間が経ち、彼女は真っ当な寿命で亡くなった。
しかし、亡くなる直前、彼女は望まぬ婚姻を後悔した。
その後、カワモトも真っ当な寿命で亡くなり、同じ後悔をした。
世界神が設定した奇跡のひとつに『二人の強い願いが同調するとセットで生まれ変わって再び巡り合うチャンスが与えられる』と言う物が有るが、その奇跡がこの世界の召喚術に利用された。
何が作用してそうなったかは不明だが、彼女はこの世界の魔物として召喚されている。
それはとても異常な事なので、彼女の対となるカワモトが彼女をなんとかしなくてはならない。
二人の世界移動の際に時間操作系の『辻妻合わせ』が発生しているので、女神の力では仕切り直しが出来ない。
「――と言う訳なんです。魔物となった彼女は、この先の要塞に居ます。私が神の力で確認しましたから間違いは有りません」
話を聞いていたグレイが大きく溜息を吐いた。
「また男と女の問題か。そう言うのの何が良いんだか」
グレイの肩に手を置いて後ろに下がらせるレイ。
「何を仰います。男女のそう言う話こそが人生最大の問題でしょうに。愛や恋に悩む為に人は生まれると言っても過言ではないとないでしょう。――それはともかく、女性が魔物として召喚されている、ですか」
レイは真面目な顔になって女神達の間に入った。
さすが王女、女神二人の存在感による圧力を全く意に介していない。
「その召喚とは、多分、ハイタッチ王子が行った魔法による物ですよね。彼の行動はわたくし達も問題視しております。ですので、わたくし達も関係者になりたく存じますわ」
女神オグビアは困って首を捻る。
「うーん。強い願いを叶えると言う行動原理に則っているのなら、女神と言う立場では無下に出来ませんわ。申し出をしてくれているレイを追い返すのも道理から外れますし……」
諦めた風な溜息を吐く女神オグビア。
「この世界の勇者の概念は異世界や神の国の物とは違いますから、苦し紛れではありますが言い訳が効きますし、テルラやレイ達と行動を共にするなら限定的に許可しましょう。念のために神の国に問い合わせをしますので、その返事が来るまで」
「分かりました。――良いですね? カワモトさん」
女神ラトがキャンプの方を見る。
数人の騎士がこちらを窺っているが、近付いて来る様子は無い。
騎士の一人は茶髪のジェイルクだった。
「事情が有るならしょうがないな。上手く行ったらこの世界で余生を過ごしたかったけど」
女神オグビアがカワモトに向けて頭を下げる。
「理解して頂き、ありがとうございます。では、私はこれで帰ります。――テルラ、レイ、プリシゥア、カレン、グレイ。この世界の未来は貴方達の肩に掛かっています。どうか頑張ってください」
消えて行く女神オグビアを見ながら、グレイがポツリと呟く。
「……やっぱり見てたな」
「お話は終わりましたでしょうか」
こちらを窺っていた数人の騎士が恐る恐る近付いて来て、援軍部隊長のジェイルクが代表して訊いて来た。
応えるのはテルラ。
「ええ、終わりました。女神様達の事情は女神様に任せ、僕達は僕達の仕事をしましょう。このまま要塞に向かいます」
「了解した。彼は隣国の騎士で、要塞内部に詳しい。彼のアドバイスも参考にしましょう。残りの騎士は、万が一の時の護衛です」
隣国の王女であるレイに対して会釈した隣国の騎士と共に山道の奥を目指す。
のっぺらぼうの女神は離れて付いて来ている。
「ここが国境を表す谷です」
ジェイルクが指差す浅い谷には、簡単に切り落とせそうな吊り橋が掛かっていた。
戦時ではない時なら要塞とも経済的な物資のやり取りが有るので幅は広い。
谷底を流れるドブみたいな小川を見つつ渡ると、普通の山間みたいな林に入った。
警備に自信が有るのか、手入れがされていないので潜み放題な感じだ。
「もうすぐ要塞です」
案内役の隣国の騎士が、道から外れた小高い所に登った。
そこからなら要塞を見下ろす事が出来るので、他の者達もそこに登る。
「位置としては国境の角っこだから、鬼の数は少ないな。村っぽい物も無い」
木の陰から様子を窺うジェイルク。
テルラ達も彼の横から要塞を見る。
数体の赤い肌の魔物がウロウロしている様子が見える。
要塞は軍事拠点なので、テルラ達が今居る様な場所を逆に監視する様な窓も有る。
しかし要塞内に人間は居ないので、こちらを警戒する目は無い。
「実は一度鬼を全滅させた事が有るんだよ。数キロ圏内だけだけどな。でもまた増えたから、どんな仕組みなのかと思ってたんだ。適当な騎士に相談してみたら不死の魔物退治の専門家が来るって言うから、国境の街で待ってたって訳だ」
カワモトが軽い口調でそう言ったので、テルラは驚いた。
「全滅させたんですか? どうやって?」
「俺一人で、頑張ってだよ。だから要塞の中に居た生き残りは国境の街に逃げられたんだ。で、こうして手伝ってくれてる訳」
隣国の騎士が無言で頷く。
「でも、それが悪かった。警戒したのか、ああして村の外もウロウロし始めたんだ。で、どうすれば良い?」
オニは仲間と会話したりふざけあったりせず、ただ淡々と持ち場を行き来している。
まるでそう言う風に作られたおもちゃの様に。
「あの中に一匹だけ居る潜在能力持ちを倒せば、以降その系統の魔物は増えなくなります。今までで倒された潜在能力持ちの魔物は一匹だけですから、確証は得ていませんけど」
「なるほど、そう言う仕組みか。まるでゲームだな」
「ゲーム、ですか?」
「いや、何でもない。こっちの話。って言うか、俺の世界の話」
「――あの、カワモトさん。魔物を全滅させた方法をお聞かせくださいませんか。一人で倒せるのなら、何らかのヒントになるかも知れませんので」
「ヒントにはならないだろうな。お前達が潜在能力を持っている様に、俺も転生特典で凄い能力を貰っているんだ。女神にね」
振り向くカワモト。
女神ラトは一段低い所でぼんやりと佇んでいる。
のっぺらぼう仮面のせいでどこを見ているかは分からない。
「では、もう一度全滅させる事は出来ますか?」
「出来る事は出来るけど、こうばらけているとな。しかも、急激に減らすと余計に増えるぞ」
「なるほど。少人数ではどうにも出来ない感じですね。――では、一旦帰って作戦を練りましょうか。どっちにしろこの辺りのオニを全て倒さないと要塞に入れませんし」
「了解だ」




