里 3
説明回つづき。
セイエイが長への面会を求めた。
イオンはその知らせに眉を上げた。
真名で縛って尋問にかけてから、考える時間を与えるために、セイエイのことはわざと放置してあった。
鍛錬などの日課をこなすほかは、自室でじっと考え込んでいると、報告を受けていた。
セイエイの処遇についてはいくつか考えているが、いずれにせよ苛酷な立場になる。つぶれるような精神であれば、それ相応の対処をせねばならない。
こちらから覚悟を問う前に、行動をおこしてきたのは、我慢できなくなっただけか、あるいは・・・。
反応をみるために、返答はあえて与えず、ふい討ちに連れてこさせることにした。
呼び出したセイエイが、長い沈黙の間も微動だにせず頭を下げ続けているのを、イオンはじっと見つめた。
「・・・・用件を聞こう」
「提案があります」
言葉数の少ないイオンと同じくらい単刀直入な応えがあった。その落ち着きぶりは、命乞いや足掻きとは無縁だ。静かにこちらを見返す瞳にも、動揺や焦りは見られない。
「・・・・聞こう」
イオンは続きを促した。
「私は、御子の贄です」
セイエイはそう口火を切った。
「預言のために御子がを謗られるのであれば、それは私が引き受けるべきもの。預言の息子として、私を王都にお連れください。御子が健やかに成長されるために、私が矢面に立ちましょう」
イオンは表情も変えず、具体的に言えと命じる。
「精霊適性が高く、剣にも長けた息子だと披露し、預言の者は私だと印象付けて、皆の前に差し出してください。同時に、臣籍降下を願い、私は陛下に恭順を示します。限りなく疑わしく、それでいて処分はできない、そのような立場に私を置いてください」
セイエイが本当に理解しているのかの確認に、イオンはわざと冷酷に切り捨てる。
「お前は疑わしい。弑逆を企てたとして処刑すれば簡単に片付く」
「殺すだけならば、これまでにいくらでも手はあり、私をこのように養育する必要もなかった。せっかく投資したのですから、長はその手は取りたくないはずです。影の使命は約束された王が誕生するまで血脈を継ぐこと。血脈を継ぐ御子が健在でなければ意味がない。影が現在護っているのは獅子王ですが、時期が来れば守るべきは御子になる。御子はまだ御年2歳です。私を処刑したからといって、御子がずっと安全だという保障はない。であれば、贄としての私は手札として残すべきでしょう」
それは、イオンも考えた。
セイエイに現状に惑うような心の弱さがあったとしても、贄という道具として幽閉して身体だけ役立てる手もある、と。自由を奪えば、セイエイが獅子王を害することもできない。ただしそれには、幽閉しつづける手間に加え、王やほかの臣下から影が弑逆者をかくまっていると疑われる恐れがつきまとう。
セイエイの提案は、その点では悪くない。セイエイを差し出してしまえば、影の立場は守られる。
だが、影の手の内から逃れたセイエイが獅子王を害さないとは言い切れない。たとえ真名で縛ったとしても、すでにセイエイは一度影を出し抜いた。それゆえにイオンがセイエイの処遇を決めかねた。
その逡巡を見抜いたように、セイエイは言葉を重ねる。
「私は獅子王を殺すことはできなくなります。獅子王への恭順を示すために、“誓約”を捧げるつもりです」
思わぬ言葉にしばし黙してから、イオンは思い至ったそれに、思わず言葉を発した。
「・・・・“誓約”、だと?」
「はい。かつて牙の長が帝国皇帝に捧げていたという、“臣従の誓約”、を」
“臣従の誓約”により、牙の長は帝国皇帝に絶対服従し、傷ひとつ付けることができなかったという。
今も受け継がれている贄の絆の秘術とはちがい、“誓約”は存在は確かながら再現ができない術の一つだ。
イオンの驚愕をよそに、セイエイは淡々と続けた。
「私は“誓約”を再現できます。王と影は誓約の効果をよくご存じでしょう。“臣従の誓約”を捧げれば、私は獅子王を害することができなくなり、その命令に背くこともできなくなります。ご存じのとおり、もしその強制力に抗えば命を失います」
臣従の誓約を違えようとすれば、酷い苦痛が全身を襲い、死に至ると言われている。
だが、セイエイは贄だ。御子のために苦痛に耐え、死ぬ前に獅子王を害すかもしれない。
イオンの考えを読んだように、セイエイが言った。
「誓約に抗えたとしても、害することができるのは1度だけ。2度は害せない。ゆえに、贄を持つ王の命を奪うことは、私にはできません。もし予言が成就するのであれば、それは御子自身が剣を手にできるまで成長してからになり、影にとっては大した問題ではなくなることでしょう」
イオンは無表情のまま、考えを巡らせた。
獅子王が贄の絆を結んでいれば、そのとおりだ。セイエイに獅子王を害せたとしても、それで死に至るのは贄であって獅子王ではない。そしてその段階で臣従の誓約によりセイエイは死に至る。
セイエイが知っているはずがない。
獅子王が本当はその贄である影の長兄アジュと絆を結んでいないことを。
それを知っているのは、当事者である獅子王とアジュ、そして影の長であるイオンだけ。
他に知る者はいないはずだ。
問題はそれだけではない。
“臣従の誓約”を再現する、とセイエイは断言した。
たしかに再現できると、何を根拠に確信したのか理解できない。いや、再現できると、イオン自身が信じられない。
再現できると言っておいて、実際には誓約を為さない方が、セイエイの利となる。
王都に出てしまえば、影の里にいる今ほど、影の手の内に捕えておくことはできない。それを狙っていないとどうして言い切れるだろう。
長い沈黙ののち、イオンが言った。
「理屈は、通っている」
考えを巡らせている間、イオンは無表情を保ち続けた。セイエイにはその内心はわからなかったはずだ。だから、イオンの言葉を承諾と受け取ってもよいはずなのに、セイエイはただ、イオンの言葉が続くのを待った。
「・・・だが、お前がそれを為すと、為せると、何を根拠に信じろというのだ?」
ここでセイエイが落胆する、あるいは弁明に走るとイオンは予想していたのに、セイエイは続きの言葉があることを確信しているように、ただじっとイオンを見つめている。
「・・・証を見せろ」
低く告げると、初めて反応があった。
「はい。何を為せばよいでしょうか」
イオンは小さく息をついた。
「影に加わる儀式を受けろ」
影の里に生まれた者は、生まれて間もなく、真名を長に捧げ、また幼いころからの教育で影への忠誠心と服従を刷り込まれる。一人前と認められる儀式も、真名を告げ直す形式的なものにすぎない。
だが、外の社会で生まれ育った者が、事情により影の一族に加わる場合、その儀式は苛烈なものとなる。
その者の生まれてからこれまでの生い立ち、価値観や心のあり様、大切にしているものから心の傷まで、何もかもを洗い出しさらけ出させて、丸裸にする。人は死ぬとき走馬灯のように人生を振り返るというが、それを強制的に行わせ、その者を疑似的にいったん死なせて、影の一員として生まれ変わらせるのだ。
心身ともに極限状態に追い詰めることで、その者の精神の根本を露わにするものでもある。
今まで培ってきたものをはぎとり、生まれたての赤子のように無防備になった精神に、真名を与え刻み込み、その真名を捧げさせて、長に従属させる。そのようにして長の命令に逆らえない状態にして、初めて一員と認められる。
この儀式には、相応の時間もかかる。
「承知しました」
セイエイもそれは知っているはずだが、動揺もみせず、すっと頭を下げた。
「・・・ウケイ! 儀式の進行はお前に任せる」
呼ばれたウケイは、部屋に姿を現し、うなずいた。
扉を開けて入ってきたのではない。先ほどまで気配もなかったのに、すでに部屋の中にいた。
セイエイが部屋を連れ出された後も、ウケイはイオンの部屋に残った。
ありがとうございました。
説明長すぎ。読んでくれる方に感謝です。