里 2
説明回。
セイエイは、片時も離れない監視の視線に、疑われていると肌に感じていた。
だが、まだ処遇は決まっていないらしい。
「出し惜しみしたら死ぬぞ?」
そう耳元でささやいたウケイはうっそりと笑い、手加減なく叩き伏せられた。そうして折られたあばらも、そのほかの傷も、治癒術で既に治っている。放置されることも覚悟していたが、きちんと対処された。
殺す理由はなく、まだ利用価値もある。殺す、でなく死ぬ、と言われたのはそういうことだったのだろう。
今は考えるときだ。
たしかにあの夜の行動は思い出せないし、胸の中に何かを失ったらしい空虚感がある。
「勝手な行動をするな」と長の指示を受けた直後の行動がそれでは、背信行為と取られても仕方がない。
だが、自分が御子の贄であり、御子のための存在だという在り様は少しも変わっていない。それどころか、御子を何にも代えて護らねばならない、という今までになかった焦燥があった。
もし死ぬのなら、少なくとも御子のためになる死に方でなければならないが、今死んでは御子を護れない。
妙な確信があった。
覚えていない間に何があったかを知ることよりも、御子を護るためにこれからどうするかの方が、今は大事だった。
時の方と共に何を見たのかは覚えていないが、そのあとのことは覚えているし、イオンに聞かされた、預言の言葉も覚えている。
獅子王は、息子に剣で弑される。
その息子は、偉業を打ち立て、精霊に愛される。
自分は責め苛まれ、罰される。
御子は、セイエイの側にいない。
それらの言葉から予測される未来は・・・。
御子が獅子王を弑逆し、セイエイが身代わりとなって罪を負う。御子が偉業を打ち立て、精霊に愛されることが約束されているのならば、罪人である自分の近くに御子がいないのは道理だ。
獅子王が害されることは、影にとっては看過できることではないが、その後継が、偉業を打ち立て精霊に愛されることが約束されているのであれば、決して悪いことではない。
この預言を聞いたのが、影の者だけであれば、単純だ。代替わりが弑逆によってなされることによる、混乱に備えるだけでいい。
だが、御子は姫だと偽って公表されている。
預言を聞いたのは獅子王本人とその随伴の者と聞いた。
随伴したのが誰であったにせよ、御子を護る必要があるなら、その処遇に口出しできる者、つまり、国の中枢にある者は、預言の内容を知っている。そして、その者たちは、預言の息子を害しかねないということだ。
獅子王に心酔する者たちであれば、狂信的な思い込みから、息子を排除しようと考えるかもしれない。獅子王を至上と思うなら、継嗣は息子でも娘でも問題ないからだ。
セイエイは自らが置かれた立場について確認する。
セイエイは側妃の子ではあるが、影の一員として生まれた。秘されてはいないが、世間にもあまり知られておらず、影の里で養育されている。
自らが獅子王の血を引き、息子とみなされる立場たり得ることは自覚しているが、国の中枢にある者たちにとっても、影のひとりという認識があるのだろう。
影の者は王家に害を為すことは決してない、それが常識だ。
影のあり様が、王家の血脈を守る、という唯一つの目的のみにあることや、その中にあってただ一人を守る特殊な立場の贄について知っているのは、おそらく獅子王のみ。
獅子王だけは、息子の贄は影の総意に反してでも、息子のために獅子王を害する可能性を知っているはずで、それでもなお、こうしてセイエイを放置しているのは、獅子王自身はこの預言を気にしていない、ということだろう。
セイエイは、問題は預言の成就する時期だ、と思う。
御子はまだ2歳、剣で誰かを害するには幼すぎる。
獅子王は獅子の異名をとるほど勇猛な人物であれば、それを剣で打ち負かすほど成長するのはかなり先と見ていい。
それまで、預言の成就する時まで、御子の心身と立場を守り抜くためにはどうすればいいか。
一番単純なのは、贄の自分が弑逆者として身代わりに死ぬことだ。
預言の息子としてふるまってもいい、贄の絆によって御子の身代わりになってもいい。
自分が身代わりに死ぬのはかまわない。問題はそのあとだ。
預言は回避されたとして、御子は王の息子として健やかに過ごせるだろうか。
あるいは、死んだことにされた御子を、影が匿って守れば、平穏に過ごせるだろうか。
それでは御子を護りきれない。
(約束されし者を狙うは人ではない)
胸の内で誰かが叫ぶ。
胸を焦がす焦燥が強くなるばかりで、それでは護れないと訴える。
だから方策を考える。この胸の焦燥が収まるような、御子を脅かすすべてを祓い続ける方法を考える。
そうして、セイエイはひとり座して、考え続けた。
そして、セイエイは一つの結論を胸に、長への面会を申し出た。
長くなったので分けました。説明回つづく。
台風が気がかりですね。皆様ご安全に!




