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灰色の街で、光を拾う  作者: 秦はるま
第一章『ロウフォグ』
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第7話 僥倖

 周りには建物一つなく木々や草花が生い茂っているだけであった。もうそろそろ暗くなるので野宿にしても良さげなスペースを探す必要がある。

 そんなことを考えながらしばらく歩いていると、前方に茶色の建物が急に現れた。複数人でも余裕で過ごせそうな大きさの民家で造りもしっかりしており、下手したら数年前に建てられたのではないかと思うほど、生活感のある住環境であった。


 目を引くほどの大きな建物を見たルカは、


「霧の中にこんな大きさの建物があったんだね、驚いちゃった。泊めてもらえないか聞いてみようよ」


 予想外の状況に少し気分が高まっているようであった。そんなルカに続き、


「……誰か暮らしているのかな、こんなところで生活できるのかわからないけど」


「とりあえず、野宿は回避できそっだぜ」


 各々疑問と安堵の言葉を口にしていく。

 ルカはドアを叩き「ごめんくださーい」と中に聞こえるよう大きな声で呼びかけた。少し待ってみたが特に反応がなさそうだったので、もう一度ドアを叩こうとした時であった。


「おっと」


 ルカがドアを叩こうとしたときに「がたん」という音が鳴ったのである。慌ててルカはドアとの距離を離れると、ゆっくりとドアが開いていき半開きとなった隙間から髭が長い白い服──まるでトーガを羽織っているかのような服装で老人がこちらをうかがっていた。


「おや、何か御用かの?」


「こんにちは、私はルカです! 泊まるところを探していたらこのきれいな建物があったので、ちょっと泊めてもらえないかと思いました!」


 そんなルカの遠慮がない発言を聞くと老人は「ほっほっほ」というとドアを開けながら、


「そうじゃったのか、それは大変じゃったろう。うちでゆっくりとしていくとよい」


「ありがと、おじいちゃん!」


「……ありがとうございます」


「世話になるぜ、じいさん」


 今日の調査の疲れもあった三人は汚れをはたき感謝の言葉を述べつつ、老人の家にお邪魔するのであった。


 家の中は外見からもわかったように広いスペースがあり、壁際には暖炉があることで部屋の中がとても暖かかった。夜はとても寒くなるこの時期には渡りに船であった。

 そうして三人を部屋の中央にあったテーブルに誘導すると老人は台所へと戻っていき、雪平鍋のような金属製の道具を手に取って水を汲み、暖炉で温めていた。


「いま、飲み物を温めておるからの。腰を掛けて少し待っとくれ」


「わぁー嬉しい! ちょうど温かい飲み物が欲しかったんだ」


 さっそく座布団に座っていたルカは嬉しそうに告げる。


「おじいちゃんって他に一緒に暮らしている人はいないの? けっこう広いし他に誰か暮らしてそうかなって」


「わしはしばらくひとりで過ごしておるからのう。なに、大層な理由などありゃせんよ。ただ、縁あってこの家に行きついた……それだけのことに過ぎんわい」


「ひとりって寂しくないの? 私だったら我慢できない」


「いや、そうでもないぞ。のんびり己と向き合うのも、乙なものじゃ。人に囲まれて生きてるだけでは見えぬ景色も世の中にはあるからのう」


 ルカはワイワイと老人が話していたが、段々と話についていけなくなったようで、「──そうなんだ?」と困惑した返しをしてしばしの沈黙が流れた。


 すると、飲み物の準備ができたようなので老人が立って準備を始めようとする。すると、カイも座布団から立ち上がり老人へと近づいていった。


「俺様も手伝ってやるぜ」


「ほっほ、それはありがたい。では、その厚意に甘えさせてもらうとしようかの」


 そう言うとカイも連れて暖炉の方へとゆっくり歩いていった。そんな後姿を温かい目で見守っていたルカは、


「優しいね」


 と声を漏らしていた。そんなルカの言葉に反応するようにミナトは「うん」と呟いた。


 そうして、カップを4つ持ってきたカイと老人はテーブルにトンと置いた。気になったのかルカがカップの中身を見たが少し困ったような顔をした。そこで、ミナトも中身を見てみたが、特段色がついていない、底まで見えるほど透明な液体であった。

 そのような液体など一つしか思いつかない──それも一番よく見かける液体だ。


「ほっほ、白湯はいかがじゃのう。身体の芯から温まるし、内臓にも優しくての。毎日欠かさず飲んでおるのじゃ」


「これってただの水ってことなのかな。もしかして何か見えないものが入っているとかかなっ」


「なんてことない水だけじゃよ。身体に毒なものは一つも入っておらんから、安心しなさい」


「そういうことで聞いたわけじゃなかったんだけどな」


 反応に困る顔をしたルカであったが、せっかくいただいたものである。カップを持ち上げ恐る恐る口をつける。それと同タイミングでミナトとカイも白湯を飲んでいた。


「ホントーに水だね。何も味がしなかったよ」


「そりゃ水が味がするわけねえよな」


「……水だね」


 水をテイスティングした感想をそれぞれ言い交す。そんな三人を見守っていた老人は「ほっほっほ」とあごひげに手を当てながら、


「おぬしらにはまだ早かったようじゃの。まだ、刺激が欲しい年ごろであったか。じゃが、いずれこの良さをわかる時がくるであろう」


 達観したかのようなどこか遠くを見るような眼差しでそう呟くと、老人はゆっくりとカップへ手を伸ばした。


「そういえば、聞くのを忘れるところじゃった。こんな辺鄙な場所で何をしておったのかのう」


 思い出したかのように老人は尋ねると、リーダーであるルカが率先して説明を始める。


「それはねおじいちゃん、この霧について調べていたんだよ! どうにかして晴らせないかなぁって考えて色々やってたんだ。でも何にも成果が出なくて疲れちゃったの。ここに家があったのはラッキーだったよ」


「それはそれは天に見放されていなかったようじゃの。日頃の行いが良かったということじゃな」


 あごひげを撫でるように言った言葉は独特の表現はあるが、とても深みがあり周囲の人を納得させるような雰囲気を醸し出していた。そんな空気に影響されたのかミナトはぽろりと質問をこぼしていた。


「あなたは何か霧について知っていますか?」


 今までほとんど口を出してこなかったミナトへ、老人は飄々と視線を向けると「ふむ」と品定めをするかのようにじっと見ていた。

 瞬きすら忘れていたミナトであったが、やっと老人の口から衝撃の一言が語られる。


「霧に関わりすぎるのは良くない、君は影響を受けすぎているようじゃな」


 霧の街では関わることを避けるのが不可能な住人にとって、老人の言葉は簡単に受け入れることができない内容であった。──もちろん率先して霧に触れていくなんてことはしない、ただ周りにあるからつかず離れずの関係をしているだけである。

 そんな霧を良くないと判断されるのは今までの生活は何だったんだという疑問が生まれてくるものである。


 そんな疑問が渦巻いているミナトの代わりに口を開いたのはルカであった。


「良くないって言われても晴らすためには霧に近づかないとだよ。そのためにここまで来たんだもん。おじいちゃん、どんな良くないことがあるの?」


 簡単には引き下がれない気迫も見えるルカの言葉に、老人は逡巡して三人を見渡したが何か決意したかのような顔になる。


「霧に関わりすぎたものは感情が二度と戻ってこなくなるのじゃ」


 そんな言葉にルカでさえも言葉を失っていた。何も発言ができない三人に対して老人は言葉を続ける。


「何が起きたのかまでは、とんと分からん。じゃが、わしの馴染みの連中が次々と感情を消しておった……」

「長い時間を過ごしてきたわしではあるが、心に残る瑕疵のようなものが今でも刻まれておる。それでも、あやつらと過ごした場所が忘れられなくてな。この地に戻ってきたというわけじゃ」


 黄昏ているように遠い目をしながらこの場所に留まっている理由までも語ってくれた。シンと静まりかけた場を動かしてくれたのはまたもルカであった。


「ありがと、おじいちゃん──、話してくれて。でも霧を晴らす方法をさがす必要があるの。詳しくは言えないんだけど」


 譲れないという決意のこもった瞳を見ると老人も根負けしたかのように「ほっほ」と前置きすると、


「わしにはまだ生い先が長いおぬしらの道を阻むことはできぬからの。しかし、人生の長として若き者らに助言を残すことも一つの仕事での。用心は忘れぬようにな」


 そう言って三人を残して家の奥の方へと行ってしまった。三人で取り残されたことでこの場の空気が少し変わり始めて、ようやくミナトはしゃべりだす。


「感情がなくなるならあまり長くは調査できないんじゃないかな」


「そうだね、そこは私も同じ考えだよ。せっかくついてきてくれたミナト達にまで危険があるとなると、さすがに心苦しいからね」


「俺様はおてんば娘のリーダーについてくだけだ。とんだチームに入っちまったな」


「おてんばはやめてよ。誰もが優しくしてくれる愛嬌のある乙女なんだからっ!」


「ハハッ! 乙女? お前が?」


「もう! いじわる言わないでよ!」


 先ほどは重苦しい雰囲気が流れかけていたが、今となっては真逆な和気あいあいとした場が展開されている。やはり明るい場の方が会話は弾むものである。


 少しして三人の会話が落ち着いたのを見計らったかのように老人が帰ってきた。


「そろそろ夕食の準備をせんとな」


 そう独り言のように呟きながら暖炉の方へと歩き出す。


「私も手伝いますよ!」


「……ボクも手伝います」


「これは俺様もってコトかぁ?」


 カイは今度は渋々であったが、泊めてもらっている身である以上手伝うことは当たり前のことであるとルカが率先して、そしてミナトはそんなルカの後を追うように手伝いを申し出た。


「これは心強いの。この老体を気にかけてくれるなんてな、ほっほ、涙もろくなってきたようじゃ」


 目元を拭うようにしながら三人に向けて感謝の言葉を述べると、四人で夕食の準備を始めていった。


 夕食も終わり片づけを済ませたところで、空いていた一室を寝室として貸してくれた。そして、寝る前に明日の作戦会議を行う。


「明日はカイが扇いでくれるのを色々見ていこうかなって思うの。光は弱くなってるからあまり使えなさそうだし」


「ってこたあ、俺様がハッスルしねえといけねぇな」


「そうそう、頼りにしてるからね!」


「……ボクはどうしたらいい?」


「ミナトは私と一緒にカイが払ってくれた部分の確認とか──、後は霧を晴らすための方法を一緒に考えるとかかなっ」


 ルカの主導により明日の予定はすんなりと決まる。ちょうど潮時となったので、


「じゃあ明日もよろしくね。おやすみっ!」


「……おやすみ」


「おうっ」


 こうして各々言葉を残すとカイの方から寝息が聞こえてくる。寝るのが早いなと思いつつ、ミナトも明日の調査をしっかり行うぞと心に決め、目をつぶって眠りへと誘われるのであった。

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