第6話 霧への接触
霧で覆われたこの街の中でも特段濃い霧に覆われているのが住宅もほとんどない街の端である。見通しが悪いため普通に暮らしていくのも大変であり住宅はないと思われているが、実際のところは住宅はおろか建物がどのくらいあるかを街の住人の中で把握しているものはいなかった。
そんな経緯もあるからか、先頭を歩いているのは地元の住人ではないよそから来たルカが青い光を灯して先導して歩いていた。
「みんな、はぐれてないかな?」
「……うん、ついていけてるよ」
「光があっからはぐれそうにねぇな」
「そっかー、私の光グッジョブ!」
打ち解けてきた三人であったが、そんな時こそ気が緩むものである。ミナトが足を引っかけて体制を崩す。
「おっと、あぶねーな」
転びそうになったミナトを支えたのはカイの腕であった。がっしりと支えた腕を見てかつて幼少期に助けられたカイの手を思い出していた。幼いころの回想していたからだろうかふいにミナトは、
「……ありがとう」
と小さな声でつぶやいたがカイには聞こえなかったようで返事はなかった。
そんなやり取りが行われていたことも知らないルカは、少し歩いたところで足を止めてこちらを向いた。
「このあたりを調査してみようかなって思うんだけど、体力は大丈夫? けっこう歩いてきたし少し休んでからでも良いかなって」
「……ボクはこのまま続けても体力は大丈夫」
「俺様も問題ねぇぜ、とっとと始めちまおうか」
体力にはまだまだ余裕がある二人はそう答えたが、そこでちょっとした問題に辿り着く。この周りにある霧をどのように調査するかである。『霧を晴らす』方法を探しているルカであったが、そのために効果的である方法やコツなんかはカイはもちろんのことミナトも知らなかった。この街に住んでいることで何か気付いたことを提案する必要があるのかと思考を巡らせていると、ルカはリュックをおろして中から木の板を取り出した。
「よしっ、これを使って霧が晴らせないか試してみよう」
そう意気込んでルカは木の板を一生懸命上下に動かして霧を扇ごうとする。しかし、霧に変化はおとずれない。
「こんな感じで扇いでいけば少しでも霧がなくなるかなぁって思ったんだけど、私じゃ力が足りなくてね。そこで男性陣の力を借りられればもしかしたらって思ったんだよ。ミナトだとちょっと心配はあったけどカイなら大丈夫そうだねっ」
「ここで俺様の出番ってわけだな。任せろ」
そう言ってルカから木の板を受け取ったカイは大きく振りかぶると勢いよく木の板を振り下ろした。霧に変化はなかったがそれでもカイの起こした風はミナトのところにまで空気のゆらぎを感じることができるほどであった。
「さすがだねっ、このまま続けて扇いでもらいたいんだけど、大丈夫かな?」
「こんくらいなら朝飯前だぜ」
再び風を起こしたカイはこれが仕事だと言わんばかりに続けていた。
「それでミナトなんだけど特にやってほしいことは私からはないんだよね──、大体はこの街に来たときに試してみたし。だから、はぐれない程度で街の端を見てほしいんだ。何か思いついたらそれをやっても大丈夫だよ」
「ルカは何をするの?」
「私は光の力を使って霧が少しだけ払えるからちょっとした実験でもしよっかなって考えてるよ」
ルカがそう言うと手を霧の方へとかざした。すると、光が少しずつ手の方に集まってきて周りの霧が光を避けるかのように動いていき、手の周りの霧が晴れていった。
「使いすぎると疲れちゃうから手に集めて少しずつ試すことしかできないけど、効果がありそうだからね。これを試してみるつもりだよ」
「……そうなんだ、一番結果が出そうだね」
これで三人のやることができたためミナトは自分の仕事をするために少し街の端の方向へと進んでいく。
青い光が見える程度の近さではあるがそれでもこの霧の中では油断すると迷ってしまうほどの濃さである。慎重になりながら、かといって特に何もできることが思いつかないミナトは、手をうちわ代わりに扇いでみる。霧は若干薄くなったような感じはあったが、この大量にある霧を前にして微々たる変化であるため気のせいであったのだろう。そんな考察をしていると霧の向こうから小さな声が聞こえる。
「ミナト大丈夫そう? あまり遠くに行ったらダメだからね」
姿は見えないがルカの声であろう。そんなルカに対して聞こえるかはわからないができるだけ大きな声を出して、
「わかった」
と答える。かすかに「ミナト──」というルカの声が聞こえたのでおそらく聞こえたのであろうと判断して調査を再開する。
霧の街とはいえ街の中で霧が自然発生していることはない。ドーム状に覆われているので、普段過ごしている部分では霧に触れる機会がほとんどない。
なので、こんな身近に霧を感じるのはミナトにとっては初めての経験である。普段は空を見上げないと見ることができない霧が今は目の前にあるという、夢でも見ているかのような状況に置かれている。
少ししてミナトは周りを見てみると青い光が少し遠のいていた。『離れすぎたか』と考えたミナトは少し青い光に近づくとした。しかし、近づけるどころかむしろ青い光は遠く小さくなっていった。そして完全に光を見失ってしまった。
このままではマズイと感じたミナトは何か行動を起こそうと考えたが、ひとりではない複数人でいる状況で相手を見失った場合の対処方法など知る由もない。呆然と立ち尽くすことしかできなかったミナトに救いの光が差し伸べられるのであった。
先ほど青い光が見えた方向に光が見えたのであった。しかし、その光を見て幻覚であるかとも思った。それは、青色ではなくもっとくすんだ色──霧と同化したかのような澱んだ青色であったのである。
ルカとは違う怪しい雰囲気のある光ではあるが、頼りにするものがないミナトにとってはすがるしかない一つの目印であるためその方向に歩みを進める。そこで、光の方から声が聞こえてきたのである。
「──調査は難航しているが、協力者を得られたのは僥倖だ──」
「──霧に対しては生贄が必要だ、何も知らない無垢な──」
内容には気になる部分もあったが、一番気になったところは声そのものであった。その声は嫌になるほど何度も聞いたミナト自身の声であった。
──もちろんミナトは一度もそのような内容の発言をしたことはない。しかし、他人から聞いたら間違いなくミナトが言ったとしか考えることができないほどそっくりであった。
そんな声の方向を見ていると更なる変化が生まれてきた。光が徐々に大きくなっていき人型になったのである。そして、光の中に明らかに人が存在しているであろう大きさになったとき、ミナトの思考はさらにかき乱された。その中に立っているのはまぎれもなくミナト本人である。
「……っ」
あまりにも現実離れした事態にミナトの思考はどんどん鈍ってくる。手足も震えが出てきて、目も光の方向を直視することができなくなっていた。そうして考える気力すら失おうとしていた。
そんな折、澱んだ青色の光の先から一筋の希望の光とも思える鮮やかな青色の光がミナトへと向かってきていた。その光にあてられて周囲の霧はなくなり、先ほどのミナトの姿をした人影すらもその場から消え去っていた。
そのように考えていると視界が晴れた先に一人のミナトと同じくらいの背丈をした人影が見えた。一瞬あの時の思考がかき乱されるような感覚を再び感じたが、この晴れた視界の中ではすぐ正体を確認することができた。白い髪がなびくその姿がこちらに向けている瞳は、暗い中すべてを照らすように光を与えるような黄色である。
「大丈夫?」
最近よく耳にしたルカの声を聞くことでやっと思考が通常通りできるようになっていった。しかし、改めて姿を見たときミナトは質問をしたい衝動にかられていた。
いつも通りの青色の光を纏っている姿は変わらない。しかし、瞳の色まで気になることはなかった。なぜそのような色にまで注目したか──それはルカの纏っている光が出かけた時と比べて明らかに弱くなっているのである。
ミナトの脳内には「なぜ」、「どうして」といった言葉がたくさん湧いてくる。そうしてどうにか一つだけ質問をひねり出すことができた。
「……ルカの光を犠牲にしてボクを助けたの?」
はたから聞いたらあまりにも無神経な質問にしか聞こえなかったが、数日とはいえ一緒にいることで何となく質問の意図はくみ取れるようになったルカは頬に指を当てて答える。
「もしかしてこの光が小さくなっちゃったかな? ミナトの苦しむような声が聞こえて居ても立ってもいられなくなっちゃって──、力を使いすぎたかもしれないね」
見たことのない顔をして照れながら答えていた。そんな顔を見ると反射的にミナトは目を背けてしまうのだが、それでも言葉は抑えきれず口を開く。
「この力なら霧は晴らすことができそうだね。……これで解決かな」
「うーん──、小さい範囲なら大丈夫かもしれない。でも周りはまだ霧がたくさんあるし、せっかく晴らした部分もどんどん霧が集まってるからね。このままじゃ私の光がなくなる方が先かも」
実際青い光が放たれた場所も少しずつ靄がかかってきて見通しが悪くなり始めている。そうして現状を把握していた二人のところにカイがやってきた。
「おう、なんだ? 霧が晴れてんな」
周りの状況を確認して少し目を丸くしながらそんな疑問を投げかけてきた。
「ふふん、私が力を使ったの! でも、使用制限があるみたいでそんな使えないみたいだからここぞってときだけだね」
「そんで光が弱ええってわけか、気ぃつけねぇとな」
そうして心配の発言が終わるとしばしの沈黙が流れる。先ほどの青い光が放たれたこともあり調査についても一段落したので、とてもこのまま続ける雰囲気ではなくなってくる。そんな空気を察したのかルカは、
「じゃあ今日はこれで終わりにしよっか! また明日も頑張っていこ!」
この呼びかけで今日の調査は終了となる。しかし、家に帰るわけではないことを知っているミナトはルカに問いかける。
「今日はどうするの? どこかに泊まるのかな?」
「ここら辺に家はなさそうだね。見つからなければ適当な場所で寝るしかないかな」
「おいおい、野宿ってのは勘弁だぜ」
まさか野宿をする可能性があることに気付いたカイは嫌そうな顔をする。それを見たミナトは「きっと野宿だよ」と呟き、カイは「マジかよ」とさらに険しい顔になった。




