第28話 情報共有
時折後ろを振り返って追手が来てないか確認しつつ、がむしゃらに走り続けていた。
「どこまで走ればいいの?」
「大通りに行けば手荒な真似はしないでしょう。そこまで行きますわ」
「は、速い……」
まだ先ほどの場所から一本外れた、人通りの少ない道に入っただけである。
そこへ見知った影が隣にやってくる。ヤヒコが自然と合流した。
「大丈夫だった、ヤヒコ? スゴイ強そうな相手だったけど」
「ご心配ありがとうございます。抑えるだけでしたので特に問題はありません」
何事もそつなくこなしてしまう。あの巨漢を止めてしまうほどだから、スペックもピカイチの超絶万能型であろう。
「ミナト、行きますわよ」
チオリに急かされてしまう。
単純に足が遅いだけで別に立ち止まっているわけではない。止まって見えてしまうだけなのだ。
限界を超えた力を振り絞りつつ三人の後を追っていく。
走っていく中でヤヒコが周りに気を遣いつつ、逐一こちらに状況を教えてくれる。
と言ってもまだ安全な距離が取れていないだけで、走り続けていれば問題ないという報告を変わらず続けるだけである。
しばらく走っているとヤヒコがペースを緩める。
それに合わせてルカとチオリも歩き出す。
「ハァ、ハァ、ここまで来れば大丈夫かな?」
「ふぅ、大丈夫ではありませんかね。」
「気配は感じません。こちらは追えてないと考えていいでしょう」
「みんな……速いよ……」
少し遅れてミナトが到着する。やっと来たと言いたげなルカの視線を感じて少し恥ずかしい。
決して絶望的に走りが遅いわけではないのだが、お嬢様のチオリにすら負けてしまうとは情けない……。
「このまま屋敷に戻って任務完了で良いのかな?」
「ですわね。もう追手が来てないとはいえ、今日はこれ以上外に出るのは良くないですわね」
現状の確認をしている二人に対し、ボクは未だに息が整わず話を聞くだけで限界であった。
「──じゃあ戻ろうか。帰るまでが探検だからね!」
リーダーが士気を高めてずんずんと進んでいった。
ヤヒコが周りに注意してくれたおかげで何事もなく屋敷に到着することができた。
「着いたねーっ。私もうヘトヘトだよぉ」
屋敷に入って天井を仰ぎながら目を閉じて口を開けているルカ。
いつも言っている美しさなんてかけらもない姿だ。
「ずっと歩き通しだったもんね」
「食事にいたしましょうか」
「はい、少々お待ちください」
すると一瞬のうちにどこかへ消えてしまったヤヒコ。
「ヤヒコって何か能力でも持ってるのかなぁ」
「わからないよ。そんな能力聞いたことないもん」
「どうかいたしましたか? あたくしたちも大広間へと戻りましょうか」
すでにドアを開けて大広間に入りかけていたチオリはボクたちを促した。
屋敷に帰ってきたは良いものの先ほどの話が気になり集中できない。
グレイウォッチではないグレイオブザーブという集団が現れたのである。
さすがに灰色の服で名前も似ている集団を無関係と割り切ることはできないが、どんな関連性があるのかそこまでわからない。
グレイウォッチと同様に襲いかかってきたやつらであるので明らかに敵だと判断しても良いと思う。
でもその理論で言えば、いつか敵にしなくて良いものも敵に回してしまうかもしれない。
今ですら四人しかいないのでヤヒコの主戦力があっても立ち向かえるのは厳しいことはわかる。
いろいろと疑問は浮かんでくるが、今は安全な場所で活力を補充しなくては。
敵がこっそりと追いついていたり、場所を特定されていなければ、ここに来ることはないのだから。
周りを確認してくれていたヤヒコが居るのでその心配はいらないだろう。
「──大変な探検だったね」
「イレギュラーもありましたから、なおさら体力を使ってしまいましたわね」
席に着きながらボクはつい出かけてから今までのことを思い返して呟いていた。
「ルカについていくといつもこんな感じがするよ」
「何もないより刺激があった方が面白いでしょ!」
机を挟んだ対面からにこやかな顔を向けてくる。
そんなルカに自ら付いてきているボクにとっては、ルカとの探検は欠点どころか楽しみにしているところもある。
「準備が完了いたしました」
ヤヒコの声をきっかけに話は一旦切り上げとなった。
食事が終わった後、引き続き今日の話になっていた。
「逃げきれましたが、また見つかってしまった場合は……、きっと追いかけてきますよね」
「こんなことになるなんて思わなかったよ。チオリたちにも迷惑をかけてごめんね」
「いえ、そんなつもりで言ったわけではないのですが。リスクに対処しておくことは大事ということですわ」
チオリたちは巻き込まれている形であるにも関わらずここまで親身に考えてくれる。
いや、チオリたちも期間が短いと言え、もうれっきとした調査隊の一員なんだ。
スゴイ心強い仲間が加わったものだ。
「それにしてもあの集団ってミナトとルカを狙ってましたよね?」
「光って言ってたから多分私たち二人で間違いないと思うよ──」
ルカもそれ以上言葉を続けることができず、広い部屋が静寂に包まれる。
少し発言がしづらい感じになってしまったがチオリから切り出してくれる。
「あの方が言っていたことは本当なのでしょうかね。まさかあなたたちが攫われる対象であったなんて」
聞かれる機会がなく語っていなかったとはいえ、そんなものに巻き込んでしまったのだ。
空気感が少しピリ付いたものになる。
普通ならこんな危険しかない旅路なんてもう関わりたくないと言われても仕方ないだろう。
「でもね、『グレイオブザーブ』のことは知らないよ。私たちはあいつらに凄く似ている『グレイウォッチ』ってやつに追われたことがあるの」
「あら、そんな集団もいたのですね。名前が似ているのも関係はあると考えて良さそうですわね」
少し和らいだ空気の中でボクも話し出す。
「多分『グレイオブザーブ』に向かわないといけないんだよね」
「二人とも『グレイオブザーブ』に向かおうとしていたのですね」
「思ったんだけど、チオリは『グレイオブザーブ』を知っているの?」
口ぶりから判断したのかルカは疑問を投げかけていた。
「あたくしのお父様がそちらに勤めていますから」
ボクは身構えてしまう、ルカもこちらを見てくる。
──緊張が走る
空気が再び張り詰めたように感じた。
仲間と思い始めていたところであったが、関係者ということは敵側ではないのか。
「チオリって関係者だったの!? 知らなかったよっ。でもチオリは違うの?」
ルカはいろいろと考えて聞いたのか無意識かはわからないが、こちらが警戒をしたことを悟らせないようにできただろうか。
せっかくの一緒に過ごす関係性を築いたのに、今この場で信頼を断ち切るなんてしたくない。
「お父様が勝手にやっていることですから。あたくしは関わりたくないですわ」
チオリが少し陰ったように悲しそうな眼をする。
何かわだかまりでもあったのだろうか。
「でもそしたらこれ以上付いてくるのはマズいよ、これからは二人で行こうかミナト」
「そうだね。何が起きるかわからない」
「いいえ、あたくしも行きますわよ」
予想外の言葉に二人してチオリの方へと向いてしまう。
そんなボクたちを気にすることなく、何食わぬ顔でチオリは話を続ける。
「どうせ姿は見られているのですし、隠れたところで意味がありませんわ」
「えっと、もう一回聞きたいのだけれど。付いてきてくれるってことで良いのかな」
ついボクはたどたどしく確認をしてしまった。せっかく来てくれると言ってくれたのに失礼でもあるだろう。
ルカであればもう少しスムーズに聞けたのだろうか。
「ええ、あたくしたちも手伝ってあげるということですわ」
そりゃ人数も多くなるし、ヤヒコという超スペックが付いてきてくれるのは百人力であろう。
「あれっ、でも良いの? お父さんに怒られたりしない?」
「お父様のやっていることを快いとは思ってなかったのですわ。感情を無くそうとしているのですもの」
父親に恨みでもあるのか、憎しみがこもっているかのような低い声を響かせる。
「そういえばヤヒコとかも良いのかな? あーっでもここに居ないか──」
「問題ありません」
「うわぁっ」
音もなくどこかからシュッと現れてきたヤヒコはチオリの横へと立っていた。
「実際に雇われているのはお館様ですが、お仕えしているのはお館様ではなくチオリ様です。チオリ様に従うだけです」
「雇われている人には従わないといけないんじゃないのかな」
「そうですね、従者を解任されてしまうかもしれませんね」
目を伏せていたが、覚悟が決まった顔でこちらを向いてくる。
「でも一生傍で仕えると決めたのはチオリ様です。どんなことがあろうとチオリ様から離れることはありません」
「安心してくださいませ。あたくしも付いていきますから問題ありませんわ」
ボクは少し羨ましく感じてしまう。カイだけでなくルカともまだまだ信頼を置けるほどの深い関係になれてはいないと思う。
もちろん助けが必要な時にはすぐに向かうであろうが、自分の命が天秤にかけられたときは我が身可愛さに見捨ててしまうかもしれない。
「それにしてもこの後はどーするの」
一段落ついた会話がルカの言葉で再び動き出す。
「乗り込むのであれば準備が必要ではないのですか。何事も準備が肝心ですわ」
洞窟の時と同じように、相変わらず準備に余念がない。
「じゃあ明日出発かな? 先手必勝みたいな!」
「いえ、三日後がよろしいと思いますわ」
チオリが決意のこもった語気で日付を提案してくれる。
「何かあるのかな?」
準備が大変ということだろうか。
基本的に日程を遅らせる必要はないと思う。何か好都合なことでもあるか戦略でも立てる必要があるのか。
「その日は警備が薄いのですわ、お父様が言ってましたので」
なるほど、内情が詳しいということは罠であるかもしれないが、敵であっても味方であってもこの情報はこちらにとって利益しかない。
敵であれば警備の存在という情報すら隠すのが普通がセオリーであろう。わざわざ警備が居ることを伝えたりしないはず。
情報は力だ。
「じゃあその日にしよっか! 今日はゆっくり休むぞーっ」
そう言ってルカは立ち上がると足早に部屋へと戻っていく。
リーダーもいなくなったため自然とこの会もお開きになる。
チオリは関係者ということで心配はあるが、敵ではない。これだけは確信していいだろう。
出会った時からも怪しいところはあった。だがそれを覆すほどの身の回りの世話をするレベルで助けてくれるほどだ。
これがすべて掌に踊らされているだけで誰かの筋書通りであるならば、もう諦めて騙されるのもいいだろう。
考えるのは疲れてしまった。ボクも休憩するために部屋へと戻っていくのであった。




