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灰色の街で、光を拾う  作者: 秦はるま
第二章『テイミスト』
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第20話 屋敷の住人

 ボクたちはただ今絶賛、チオリの家の庭を歩いているところだった。


「結構歩いた気がするけど、まだ建物に着かないね」


「そーだねっ、広すぎるよチオリの家──」


 やっと入ってきた扉と建物の中間地点へと来たのだが、とんでもない大きさの屋敷に初めて入る二人にとっては未知の感覚であった。

 扉を開ければ木造なり石造なり何かしら雨風がしのげる建物があると思っていたのに、この家は周りに木が生い茂り真ん中には水場があるでかい庭を通らなくては、建物に辿り着くことすらできない。


「こんなところで疲れてしまわれては困りますわね。お屋敷を歩くのも今歩いてきた距離くらいはありますのに」


「た、確かにそうだよっ。こんな大きい家だから歩くのも大変じゃんっ!」


 そうだ、建物に着くまで頑張ればと思っていたが、建物に着いてもゴールではないのだ。目的の場所によっては建物に入ってからもこの庭と同じだけの距離歩かなくてはいけないのかもしれない。


「家ってこんなに広いものだったんだね……」


「大丈夫っ!? なんかふらふらしちゃってるよっ!」


「うん、ちょっとくらっときただけだから。大丈夫」


「それならいいけど──」


 またもルカを心配させてしまうところだった。まだ体力は残っているし急に走る状況にならなければ大丈夫だろう。

 そう、例えば横にいる黒い影が霧でなければ──


「っ!?」


「どうしたの──、ってうわぁ!」


「あら、ベルがどうかしましたか?」


 ベルと呼ばれた方をもう一度見てみると四足歩行してもじゃもじゃした黒い物体。

 いや、こんな言い方は失礼か。

 黒い毛に覆われてボクの腰に届きそうな犬がそこには居た。


「ワンッ」


「なんだぁ、犬かぁ。急にミナトが驚くから何事かと思っちゃったよ」


「大きかったから驚いちゃった……」


「確かにっ、この大きさは初めて見たよっ」


 いろいろなところに行っているはずのルカですら見たことないという。

 もしかして家も大きくなると犬すら大きくなってしまうのか。


「お父様が大きい品種が欲しかったらしくお取り寄せしましたの。よその子と比べたら大きさは圧倒的ですわね」


 チオリはベルのもとへと駆け寄り黒い毛を撫でていく。気持ちよさそうに「クゥーン」と鳴いている。


「良い子だね! 私も撫でさせてもらおうかな?」


「この子初めての人には懐かないのですわ。触ろうとすると吠えてばかりで」


「ふっふっふ。それでも諦めないのが、不屈の闘志を持つ私なんだよっ」


 そう言ってベルに近づこうとしたのだが、


「ワンッワンッワンッ」


「ひぃっ、ダメだったよぉ」


 ベルは先ほどまでおっとりした顔をしていたが、不審者でも見たかの顔へと変わっていた。

 ルカのおさわりチャレンジはあっけなく撃沈であった。


「ミナトもチャレンジしとく?」


「やめとくよ。結果は目に見えているし」


 あの物怖じもしない、人当たりが良いルカでもダメだったのだ。人にすら接し方がわからないボクなんかは近づくこともできないかもしれない。


「それではよろしいかしら、先へ進んでいきますわよ」


 ベルを置いてボクたちは建物へと続く道をさらに歩いていく。

 行かないでと言っているような顔に見えて少し後ろ髪を引かれるような感じがしてしまった。


 ──とうとう目的地に到着する


 やっと玄関前と思われる扉の前に立った時には足が棒のようになっていた。


「疲れたーっ! でもこれでやっと室内に入れるね」


「まだ建物に到着しただけで歩くんじゃないの」


 実際に建物に近づくと圧倒されてしまう威圧感がある。

 遠くにいた時は全貌が見えていたのに、今は右を見てもどこが端かわからず、左も端がわからないほど巨大であることを視覚情報で伝えてくる。


「大丈夫ですわ。お疲れのようですし、まずは客間にご招待しますから、ゆっくりしていただけると嬉しいですわ」


 そう言うと扉がひとりでに開きだす。お嬢様の家になると扉も自動ドアになるのかと思ってしまった。


 入るときにチラッと扉の方を見てみたが、人が居る気配は無かった。


「すごい……」


「ねっ、これだけで家ひとつ分あるんじゃないかなって思っちゃうよ」


 違う意味で感心していたのだが、ルカの言った通り部屋の大きさも外で見た以上にすごかった。

 上にある廊下という言い方で良いのだろうか、上のフロアの様子まで事細かに見ることができる。

 真上も三階まで吹き抜けになっていて、空も見えてしまうのではないかというほど天井が高く思える。


 玄関で圧倒されていると部屋の右手にあったドアを開けようとしているチオリから声がかかる。


「それではこちらにいらしてもらえるかしら」


 ルカも考えごとをしていたのかボクと一緒にチオリのもとへと向かう。

 入ってみると30人は座れるのではないかという長い机が目に入ってくる。テーブルの上にはロウソクが三個乗っている台がいくつか置いてあり、明かりが揺らめいていた。

 周りを見てみると右側は窓が並んでいて、この部屋が明るい印象であったのはこのたくさんの窓が影響していそうだ。

 左側はよくわからない絵がいくつも飾ってあり、どれも高そうな額に入れられている。額が高級そうなので絵も高価なものかもしれない。


「それではこちらへおかけになって」


 入口から近くの二席を案内される。歩き通しだったこともありお言葉に甘えてルカと一緒にもたれかかるように椅子へと座った。


「ふわぁーっ、やっと疲れが取れるよぉ」


「本当のことを言うとボクも限界だった……」


「あらあら、そんなにお疲れでしたの。一体何がありましたの?」


 そういえば一度もチオリに霧の人影についての話をしていなかった。


 いや、急に現れた怪しさMAXの状況で話をしてもいいのかわからなかったので仕方がなかったか。


「えーっとねぇ、霧の人影で通じるかな? あれに追いかけられて逃げていたんだよね」


「おそらくアレの事ですね。なるほど……それは災難でしたね」


「やっぱり街の人の常識みたいな感じなのかな?」


 ボクの街でも謎だらけのよくわからない存在ではあったが、霧に包まれていることに関しては誰一人疑いなく生きていたのだ。

 もしかしたら霧の人影もこの街では当たり前なのかもしれない。


「いえ、多くの人は知らないかもしれないですわ。街に出没したという話は聞いたことがないので」


「じゃあなんで知っているの?」


 ただの好奇心でした問いかけに、チオリは視線を前に戻してしばし沈黙する。

 その態度に「これはしてはいけない質問だったか」と内心で焦る。急に喋らなくなったということは、言いたくない過去があると暗に言っているのかもしれない。

 人の心も読めない、そもそも読んだ経験がなかったのが裏目に出たか──。


「友が……霧に飲まれましたの」


 ふいのチオリの呟きに、葛藤していたミナトは驚く。

 チオリはその姿勢のまま、ここにいる二人に届く声で、


「あたくしの友が……その霧の人影になってしまったのですわ」


 静かに発せられた声にこちらはそれ以上の言及をすることができなかった。

 関係者であったという他愛ない話が繰り広げられると思っていたのに、想定外だった内容で喋ってはいけない雰囲気を感じて押し黙る。

 とりあえずチオリが話し終わるまで待とう、と事なかれ主義を貫く。


 そんなやり取りを見てか知らないが、隣に座っていたルカが一言、


「つらかったね……」


 そうしてまたも沈黙が流れてしまう。もっと楽しい雰囲気が流れると思っていたが、明らかにボクがやらかしてしまったに違いない。

 またもあわあわ焦りかけていたところにルカが助け舟を出す。


「この後の話をしよっか。明日もどうするか決まってないからね」


 さすがリーダーだ。ボクの失態を代わりに取り返す、本人はそんなつもりはないだろうが、ボクにとっては救われた気持ちになる。


「実は逃げている途中で洞窟を見つけたんだよね」


「あの中で洞窟なんてよく見つけられたね。ボクは逃げるので精一杯だったよ」


 周りに注意はしていたが何があるか把握できる状況ではなかった気がするのだが、うちのリーダーはやっぱり頼りがいがある素晴らしい人物だ。ちょっとダメなところはあるけど……。


「それで洞窟を調査したいと思うんだけどどうかな?」


「良いんではありませんか、あたくしとしてもそんなところがあったのか気になりますし」


「ボクも異議はないよ」


「じゃあ決定だね! それじゃあ明日出発する? でも準備しないといけないかぁ。どうしよっか?」


「そこはあたくしにお任せくださいませ。ヤヒコ!」


 そう言ってチオリが「パンパンッ」と手を叩くと、どこから現れたのか「シュッ」と人影がやってくる。

 現れた男の方へ自然と目線を向ける。汚れ一つない白の燕尾服を、彼はきっちり着こなしている。その清潔感に満ちた装いに合わせるように短めの髪を端正に梳き上げて、彼が有能な従者であることを物語っている。


「なんでしょうか、チオリ様」


「洞窟の探索へと向かうわ。数日は活動できる準備をしてちょうだい」


「かしこまりました」


 そう言い残すとまた「シュッ」とどこかへと消えていってしまう。周りを見渡すがどこにも見当たらない。一体どこから現れているのだろうか。


「あの人はいったい?」


「あら、紹介していませんでした? 彼はヤヒコであたくしの従者ですわよ」


「急に現れたみたいですごかったよ! にんじゃ? ってやつなのかな?」


「そんなことないですわ。それに一緒に居たじゃありませんの」


「えっ?」


 おかしい、チオリ以外に誰もいなかったはずだ。背後にも隠れている人なんかもいなかったし、見落としがあったとも思えない。

 ルカの方を見てみると同じく驚いた表情をしていて、やはりそんな人は見かけなかったと裏付けているかのようだ。


「ほら、最初にあいさつしたときにも後ろに待機していましてよ。今だけは準備させてるからおりませんが」


「うそーっ! 全然気づかなかったよぉ。あんなにハイスペックな人が近くにいるなら安全間違いなしだね!」


「あたくしの自慢の御人ですから当然ですわね! さて、後は何かありますかしら?」


「大丈夫じゃないかなぁ。私も洞窟に行く以外の案は特に思いつかないし」


「ボクも残念ながら何も思いつかないよ」


「かしこまりましたわ。それでは食事にしましょうか! 明日に向けてしっかり準備をしましょう!」


 並べられた食べたことのない食材を使った料理を堪能する。食事は空腹を紛らわせるものだと思っていたが、幸福感が得られる。

 隣のルカも満面の笑みで「おいしーっ!」と満足そうにしている。


 ひとつ思ったことは調査の準備していたはずのヤヒコが配膳を行う姿を見ると、どのタイミングで食事の準備もしていたのだと思ってしまう。

 ボクには到底考えが及ばない領域の人間なのかもしれない。


「じゃあまた明日」


 ひとりずつ与えられた部屋に戻るため廊下でルカとあいさつをしていた。


「うん、また明日」


 ルカはあいさつを返すと部屋へと戻っていった。ボクも続いて自分の部屋へと入る。


 この部屋だけでボクの家の大きさくらいあるんじゃないかと思ってしまう。こんな広い空間を独り占めできるなんて素晴らしいのだが、少し心に陰りのような寂しさを感じる。

 いつも一緒に居たルカが傍にいないだけでこんな気持ちになってしまうのか。


「いけないな」


 そんなことを思っていてはルカに心配をかけてしまう。

 ボクは頬を両手で「パンッ」となる程度に叩いて鼓舞をする。


 新たな冒険が始まるのだ。今日見たグレイウォッチの仲間がまたルカを攫ってくるかもしれない。ボクが守り抜かなくてはいけない。

 そう決意をしてベッドへと入り込み、英気を養うのであった。

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