第18話 新たな霧
霧を晴らす手がかりを見つけるために街を散策していた。
ルカもボクの街に来たときはこんな感じで探していたのだろうか。全く知らない街で頼れる人を見つけること自体難しいので、誰にでも話しかけることができるルカを尊敬してしまう。
しかし、戻ってきたルカの方を見てみると空振りであったようでトボトボとボクの隣へと戻ってきた。
「そういえばこの街も霧があるってことは、グレイウォッチみたいな人たちがいるのかな」
「言われてみればそうだよねぇ。ミナト、よく気付いたね。それなら気づかれないようにしないと」
「この街に入るときに気付かれていそうだよ……」
「ありゃ、もうバレてるってことかぁ。でも、そしたら誰も追いかけてきてないのっておかしくない?」
ルカが首を傾げて子どもが好奇心のまま質問してくるように聞いてきた。確かにすぐさまボクの家も調査に来たような連中だ。即刻捕まってしまい、街を歩くなんて本来であればできないことかもしれない。
「……なら、この街には居ないのか?」
「警戒するのは良いことだけど、そんなんじゃ疲れちゃうよ。ほら、楽しまないとっ!」
そう言ってちょうどあごに当てていたボクの手をルカの手が優しく引っ張っていく。急にあごの支えが無くなったのでよろめきそうになったが、走るルカに遅れないように足を速めた。霧の中でも感じる風は気持ちが良いものだ。
「それで、どこに向かってるの?」
「わかんなーい! でもっ、たのしーでしょっ!」
無邪気な笑顔で引っ張るルカ、そんな顔を見ていると自然と口角があがってしまうような感じがした。周りにちらほら見られているし、話している声も一言だけであったが聞こえてきた。
「あの人たち面白そうわね」
ここまで注目されてしまうと少し恥ずかしくなってきてしまうので、手に力を入れて止まるように促してみるが、
「もう誰にも止められないよーっ」
ということらしい。諦めてルカが疲れるのを待つしかないのか。二人は同じ歩幅で人の少ない街の外れまで走っていった。
走ってきてやってきた街の外れは、岩肌むき出しの崖があったり、入ったら迷ってしまいそうな薄気味悪い林があったり自然味溢れる場所であった。住人もあまり近づきたくないのか辺りに人の気配が全然しなかった。
走り続けたルカもようやく止まってくれた。やっと体力が尽きたかと思ったが、ルカは一点を見つめているだけであった。どうやら別の原因で止まったらしい。ボクが声をかけようとしたところでルカが口を開いた。
「──ミナト……、あれって……」
人差し指を木々が生い茂る林の方向へと指したルカにボクも続くように目線を合わせてみた。
その瞬間ボクは「ドキッ」と心臓の音が周りにも聞こえてしまうのではないか、そう思うほど衝撃を受けた。
──人の形をした灰色の何かがいるのだ
いや、ボクは一度見たことがある。あれは初めて霧の調査をしていると、ボクの形をした霧の人型が現れた時だ。あの時は明確にミナトとわかる出で立ちであったが、今見ている人影は顔もよくわからず全身靄だらけで、年齢もどの程度かわからないものだ。
「人」とは定義できるけどそれ以外の情報は何も得られない、不気味な存在だ。
おそらくこちらには気付いているのだろうが、わずかに距離を詰めてくるだけで今すぐにでも襲い掛かってくる状況では無かった。
「二足歩行しているよね」
「……あっ、うん。そうだね」
あっけにとられてルカへの反応が少し遅れる。
だって、あの時はルカの光が助けてくれたとはいえ、今回は通用するのかなんてわからないんだ。
恥ずかしながらボクはまだ子どもなんだ。恐いものを克服とまではいかなくても虚勢を張る、といった大人びた行動をとるなんてできるわけない。
「──ミナト、大丈夫?」
ルカがボクの顔を覗き込んできていた。恐ろしいものを見てしまったこわばった顔をしてしまっていたかもしれない。
そんな顔をルカにはどうか気付かれないようにと懇願しながら、考えられる中でできるだけ何事もなかったような顔を目指していく。
「……大丈夫」
少し声が震えてしまったがきっと周りの木のざわめきがかき消してくれているだろう。そうやってポジティブに物事を考えて、奇妙な霧と対峙している状況をやり過ごす方法を考えていた。
「逃げようかって思ったけど、このままだと街の方におびき寄せちゃうかもしれないよね。そうするとあの林の中を進むしかないのかな」
この街の林はどうやら街の外周をぐるりと囲んでいるようだ。確かに林の方へと逃げていけば街に近づくことは無くなるので、街の人たちの安息は保てるかもしれない。
「でもついてきてくれるかな?」
「大丈夫じゃない? 『コレ』もあるんだし」
そう言うとルカは自分の身体に触れない程度に浮かして、全身を撫でるように上から下へと手を動かした。そこにあるのは青い光である。
そうか、奴らがこちらにゆっくりと近づいてきているのは光があるからで、天敵であるからこそどうにか排除しようとしているのかもしれない。
もしこの憶測が正しければ、ついてこない方がむしろ不自然である。きっとそうだ。
「これ以上接近されたら危ないし、そろそろ動かないと──、ミナト? 大丈夫?」
ルカに言われて視線を落としてみると、体がガチガチになって言うことを聞かないほど動かすことができない状況であった。
正直に言ってしまうと誰かがボクを放り投げてこの場からとっとと離脱してしまいたいほど、他人任せで気弱な考えが出てしまっていた。
もしこの場にカイが居たら笑われていたかもしれない。大見得を切ってルカを助けに行く気概を見せたのに、襲い掛かってくる素振りのない霧の化け物の前では及び腰になって動けなくなる。
言葉にすると情けなさすぎる。でも動くことができないボクにはお似合いの立ち位置なのかもしれない。
「──っ」
そうしてボクは座り込んでしまおうとした時、ボクの右手が暖かいものに包まれる。見てみるとルカが優しくボクの手を繋いでくれていた。
そのぬくもりがボクの凍ってしまった体を溶かしてくれるような、融雪剤のようにボクを満たしていく。
「全然大丈夫じゃないじゃん! 強がらなくてもいいんだからね」
ほっぺたを膨らませながら「もうっ」と口にするルカを見て、ボクは少し口角をあげていた。怒った顔をしたルカもつられたのか、わが子をめでるかのような優しい微笑みに変わっていた。
「今度こそ大丈夫かな? ほらっ、走るよ!」
「うん」
先ほどまで動き出さなかった足を急に素早く動かしたので転びそうになってしまったが、ルカが転ばないように器用に手を動かしていた。おかげで地面を目の前に見ることなく進むことができていた。
しばらく走っていたが、霧の人影はボクたちの方へゆっくり近づいては来ているが、追いかけてくる気配が無いのでボクたちはゆっくりと歩き出すことにした。
「……また走れば街に近づかせずに撒けそうだね」
「そう思ったけど、あれを見てみて」
見てみると人影が後ろから近づいてきているのが見える。
そこへ、二つ目が近づいてきたかと思ったら、それだけでは無かった。さらにもうひとつ影がある。三つの影となったことでこちらの警戒心が強くなる。
その瞬間、急にこちらへと迫る勢いが早くなってくる。
「……えっ?」
先ほどまでのゆっくりだったペースが嘘のように急接近してきている。数的有利になったことでこちらが脅威ではなくなったってことか?
「これ、追いつかれない?」
「ちょっと本気出さないとだね。まだ走れるかな?」
「大丈夫だよ。追いつかれたら何されるかもわからないし」
そうして逃げるスピードを上げる。霧の人影とボクたちの追いかけっこが始まった。
幸いにも進むスピードが遅いのか、どうにか追いつかれない程度の距離を保てている。入り組んだところに入ることができれば、まだ敵を撒くのは充分可能な位置取りを保てているのは僥倖であった。
すると霧の人影が手を繋ぎはじめた。何かしてくるのかと霧の方へ注意を向けていると、人影が纏っていた霧が範囲を増幅させていくのが見えた。
「うわ、あんなことできるんだ」
「数もあっちが多いのにそんなことができるなんて反則だよっ」
増幅してきた霧を見ていると、突然霧が手のように伸びてきた。危うくボクの左手が霧に捕まりかける。しかし、どうやら距離を見誤ったのかボクたちの背後ギリギリをかすめて難を逃れる。
そこで霧が相手ということで少し思うことがあった。
「光を出してみるのはどう?」
「私はこの状態だと出すのは難しいなぁ」
「ボクが試しに出せるか試してみるよ」
左手を今も追いかけてきている霧の方へと向けて力を集めていく。すると、わずかに手の光の濃度が濃くなってきたように感じる。
そのまま光を出してみると、とても小さくドングリほどの大きさだが影の方へ飛んでいく。
ピンチになることで光を出せるようになったのか、はたまたボクの力が覚醒してきたのかはわからない。でも完全にコントロールできたわけではないため、飛んでいく小さな光の玉はか細い光だった。
「──」
それでも効果てきめんだったのか、霧の人影たちは触れたくないとでも言いたげに避けていく。
そのおかげでこちらと霧との距離を少し広げることができた。
そこで、さらに光を出そうとしてみる。どうやら別に覚醒したわけでもなかったようで、今度はコメ粒ほどの小ささになっていた。
放出できるか心配だったが、蛍が飛んでいるかのように光はボクの手を離れていった。
「やっぱり難しいなぁ」
「でも、私はこんな走りながら光を出すなんてできないから、ミナトは才能あるかもしれないよっ!」
こんな状況にもかかわらずルカに褒められると全身がむず痒くなり頬をかく。
二射目も霧の人影たちは避けていたので、その隙に道を外れてさらに撒いていく。
……
二度の光の放出と立地条件が良かったのだろう。どうやら逃げ切ることができたようだ。
息を切らしながら後ろを確認する。怪しいモヤモヤした存在は見られない。
三体の化け物をこのまま街に連れてきたら混乱が起きていたかもしれないので良かった。
「はぁはぁ、これで、とりあえずは、安心かな?」
「……、……、そうだね。来てなさそう」
互いに息を切らしながら顔を見合わせる。ようやく安堵できたのか二人とも「ハハッ」と乾いた笑いが出てきた。
「これ、街の人も危ないよね。攻撃してきたりもしてたし」
「早く助けないと、ボクたちで」
「ついでに霧も払うことができそうだからラッキーだねっ」
とりあえず安全を確認して再び街の中を歩き出す。霧を晴らす目的が新たにできた。しかしそれには、光の放出を意のままに扱えるようにしなくては。まだまだ超えなければいけない壁は厚いようだ。




