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灰色の街で、光を拾う  作者: 秦はるま
第一章『ロウフォグ』
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第15話 新たな旅立ち

 霧を晴らしたことによる影響か、それとも急に見世物が中止したことによるものか、街の人たちは次第にまばらに動き出して広場を後にしていた。

 その中には落胆や困惑といった無表情では明らかに見られないような面持ちをした人たちが見受けられた。まだ、全員が明確に変化しているわけではないが、感情のなくなった街に感情を取り戻したのである。


 そんな少しずつ変化が見られ始めた人たちを上から眺めていた二人だが、今いる場所はルカが処刑される予定だった断頭台、いつまでもギロチンとご一緒するのも気分が良くない。どちらが先にということもなく二人は自然と歩き出し、ミナトが断頭台に上がってきた階段の方へと進んでいた。


 階段を降りる間、ミナトを信じて送り出してくれたカイの姿を探してみたが、それらしい影はどこにも見当たらなかった。


「そういえばカイが見当たらないけど、ここで合流する予定だったのかな?」


 周りを見渡していたボクに気付いたのか、今まで見かけなかったカイの話題が振られた。


「……ボクが先に進む代わりにカイは捕まっちゃったんだ。いるとしたらこの辺りだと思うんだけど」


「それじゃあ探してあげないとだねっ」


 こうしてルカとともに階段を降りた先で辺りの捜索が始まった。


──しばらく探してみたがカイがいそうな気配すらなかった。おそらく、部下たちもいないためグレイウォッチに捕らえられてしまったと考えるのが自然かもしれない。さすがのカイでも3人が相手では巧みに隠れて逃げることはできないであろう。


 ルカ救出時は敵もノクトだけで他に援護する人が居なかったからどうにかなったものの、あのままルカを解放するという不可解な行動を起こさなければノクトと戦うことになっていたかもしれない。そうなれば今のように傷ひとつない体で助けられていたかもわからないだろう。

 さらに、あの時カイが身を挺してとどめてくれた部下たちにもミナトだけだったら太刀打ちなんて到底できないほどだ。話すら聞いてもらえず門前払いされるのは目に見えている。


 そもそも彼らがどこに逃げたのかも見当がつかない。助けることができるかもわからない上に、助けたくても場所がどこなのかわからなければこちらとしては手詰まりだ。

 カイが勇気を持って行動してくれたのに、ボクは物理的に成すすべがなくて何もできない。そんな自分の薄情な思考を『仕方ない』と頭のどこかで割り切ることはどうしてもできなかった。しかし、この場は一旦諦観して、再び会えた時に精一杯の感謝を伝えるのが良いだろう。


「探すのはここまでにしようか」


 そう言ってカイの捜索をひと区切りしようとしたところに、想定していたものとは違うが聞きなじみのある声が届いてきた。


「ほっほ、光が見えてつい衝動に任せてここまで来てしもうたわい」


 そこに立っていたのはここ最近で急激に顔を見ることになった髭をなびかせている老人だった。


「あっ、おじいちゃんだーっ! こんなところまで来てくれたんだね!」


「嬢ちゃんも無事じゃったか。心の重荷がなくなった気分じゃ」


 近づきながら返事をするルカに、安堵の声を漏らしていた老人だったが二人を見て、


「ひとり足りない気がするのじゃが、はぐれてしもうたか?」


「この辺りで別れたんですけど、探しても見つからなくて。もしかしたら攫われてしまったのかもしれません」


「そうか、決してできぬことは梃子でもどうにかすることは無理じゃからの、もしや語れぬことがあると立ち去ったのやもしれん。案ずるな、帰ってこれる安寧な場所を残す、それも大事な役割じゃよ」


 ルカも「そうだよ!」と同調してくれる。そんな沈みそうになっていた心を引き上げた二人に視線を向けたあとに辺りに視線を移す。そこにはまだ表情筋がこわばっているのか、わずかにしか変化のない表情を見せる民衆がまばらにいた。


「すごいよねっ、あの無表情だったみんなを変えてみせちゃうんだから!」


「霧を晴らしても良かったんですかね……」


 せっかくルカが褒めてくれたというのに、ついそんな弱気な考えが口からこぼれていた。そんな暗い言葉にも道を照らしてあげるかのように年長者の声が続く。


「今までの状況を甘んじて受け入れてるものなどおらんはずじゃ。霧の監獄から解き放ち感情を取り戻した、後世に名が残るほどの立派な行いじゃよ」


「でもあまり変わってないので、やっぱり霧は残した方がみんなのためとも思ってしまいます……」


「まだ変遷の道程は始まったばかりじゃからな、この大偉業の結末を見届けるには四半世紀ほどかかるかもしれぬがの」


「ほっほ」と言いミナトたちの前に出て歩き出していた。こちらも置いていかれないように今日の一大イベントがあった場所から歩みを進めて、最近の根城となったポツンと佇む民家へと向かっていった。


 ルカは久々となる第二の我が家に帰ると、さっそく白湯の準備に取り掛かっている老人に、


「こんな長い間置いてくださりありがとうございました」


「私は初日だけだったけど、楽しかったよっ、おじいちゃん!」


 子どもとはいえ見ず知らずの他人に家を貸すだけでなく、食事などいろいろなことをしてくれたこれまでのことに対して感謝を述べていく。もうここに留まる理由もなくなってしまったので、居心地が良いとはいえ出ていくのが筋というものだろう。今日は陽も傾いてしまい暗くなってしまったので、明日の朝に出ていこうと話をした。


「まだ居てくれても構わぬのじゃがな。青少年の成長のためには世界に触れるのも不朽の礎となるからの。おぬしたちの門出を祝うとでもするかの」


 持ってきた白湯をミナトたちの目の前に置いて髭を優しく撫でる。今日の偉業の一端を肴に最後の夜を過ごした。



 窓から差すわずかな光がもはや日常になり始めた朝。

 もう見ることのない天井を視界に収めて、荷物の準備をしていた。


──数刻の後、荷物をまとめてルカとともに玄関に立っていた。


「いつでも帰ってくるといい。ここで泰然と構えてみんなと会える日を楽しみにしてるからの」


「また会おうね、おじいちゃん!」


「ありがとうございました」


 別れの言葉を交わし家に戻ろうと老人が体をひねり始めたところで、何かひとつ思い出したかのように改めてこちらの方を見直した。


「最後に手向けの言葉をやろうかの。『常にありのままをみせる』。この気持ちを大事にするのじゃ」


 こうして温かく優しかった老人の家を背に本当の我が家へと歩き出した。


 来たときには霧が凄くどこにいるかはおろか、周りの状況すらも情報が隠されているほどの霧であった。しかし、霧がなくなって視界が良好になったことで、木々があまり生えておらず開けたところに家があったことに気付くことができた。

 なぜこのような話をしているのかと言うと、


「……こっちの方向でいいんだよね?」


「そのはずだよ! ──たぶん……」


 森の中で絶賛迷子中である。昨日の帰り道で帰ろうと提案をしたときにルカが──、


「まかせてっ、初めて来た道を戻るだけなら自信があるんだからっ! 大船に乗った気持ちでついてきちゃって!」


 それで森の中を進んでいった結果がこれである。

 今さらながらルカとの出会いを思い出す。追手に追われていたとはいえ、街の外から中に来ている時点で方向感覚はよろしくないことはわかるはずなのに。いや、そのおかげで逃げ切ることができたのかもしれないな。


 森を抜けられたのは陽が頭上にまで昇ってきたときであった。


「ついたーっ!」


 ミナトの家に着いた二人はテーブルを前にして腰を下ろし、数時間ほど歩きっぱなしだった足を休めていた。ミナトは出る前と変わらない我が家に安心しつつ、生活に最低限のモノしかない、ぽっかりと空いた空間が目立つ家に少し寂しさを感じていた。

 長く家を空ける経験はなかったが以前は一人で暮らしていても寂しさとは無縁であった。そんな感情を持ったのも霧が晴れたことが原因なのかもしれないが、ルカとの出会いも大きく関わっているのかもしれない。


「帰ってきたけどこれからはどうするの?」


 老人の家を出ると決めたときによぎったことだ。ルカの居候も霧が晴れた今となっては必要がなくなってしまった。元からわかりきっていたことだが、この家を出ていってしまうと考えずにはいられなかった。


「そうだねー、次の街に行かないといけないし三日くらいゆっくり準備して向かうとかで良いんじゃないかなっ? ミナトの準備がもうちょっとかかるなら延ばすとかして調整しよっ!」


「あれ、ボクもついていくことになってたんだ。てっきりこの街だけの関係だと思ってた」


 ルカの思いがけない返答に、思わずミナトは思っていたことが口に出ていた。喋るのが得意ではないはずだが、無意識とはいえこんなような言葉にしてしまうとは思ってもいなかった。


「そっか、てっきりミナトもついてくるって思っちゃってたよ。そうだよね、別についてくる必要ってないかぁ。ミナトの話を聞きもしないで決めちゃうところだった」


「……いや、自分なんかがついていって良いのかなって思ったから」


「当たり前でしょ! もう仲間なんだから、そんな自分のことを悪く言わなくてもいいんだよっ!」


 行きずりの関係性だと思っていたが、こうして面と向かって『仲間』と言われることで胸の奥に熱いものを感じる。差し出してきたルカの右手に応えるようにしてミナトも右手を出し握り返した。


「うん、ありがとう。カイも探しに行かないとだし一緒に行こう」


「良かったぁー、これでビューティーホー ルカ調査隊も存続だよっ!」


──名前はどうにかした方がいいかもしれない


 そう思ったがそれもルカらしいと感じ口は挟まなかった。実際に自分で自称するほどの名前は思い浮かばないし、ルカも名乗り上げるたびに違った口上になっているので、この調査隊もすぐに名前が変わっていくであろう。


「じゃあ荷物の前にご飯の用意をしないとだね、何が残ってたかなっ」


「何もないよ。家を出る前で使い切っちゃったから」


「ありゃ、ということはあの時みたいに飢えて倒れちゃうってこと!?」


「一応お金は残ってるから食べ物は買えるよ。早く買いに行かないとなくなるかもしれないけど」


「じゃあ早く準備しないとっ、行こ行こ!」


 あんなに歩いたというのにもうすでに外に出て、今か今かと待っている。

 そんな彼女を追いかけるために重い腰を上げて食料調達のための買い物へ赴いた。



──3日というものは早いものでルカと荷造りしながら生活しているとあっという間にきてしまった。


 出発の朝、荷物は準備できておりいつでも家を出れる状態であった。


 今度はいつ街に帰ってくるかもわからないので、その間は近所の少し髪がグレーがかった女性に家を見てもらうことになった、というよりも住むことになった。ルカから聞いた話にはなるのだが、先日家が壊れてしまいどうにかしばらくの間住む場所を探していたところでルカの方から提案をしたようだ。蓄えは結構あるようで家賃の方も問題ないらしい。誰もいない空き家よりは人が生活してくれた方が家としても本望だろう。

 ちなみに今日はまだ住んではいない、昨日家に一度来て明日から住むということになっている。特に引き継ぎもないし、そもそも鍵なんてないのだから、入ろうと思えば誰でも入ることは可能だ。

 それにしてもルカはいったいどこで出会ったのだろうか。近所というがボクは見たことがない。これがコミュニケーション能力の高い人がなせる業なのだろう。


「準備は良いかな、ミナト!」


「大丈夫だよ、ルカ」


 ルカはリュック、ミナトはポーチ、以前家を空けたときと同じ格好をしている。そうしてゆっくりと外へと足を踏み出した。


 陽はまだ出てきたばかりで街を明るく包んでいる。人もまばらではあるが歩いておりあいさつを返してくれる。

 霧が晴れることが無ければ見ることのできなかった世界が広がっている。


「今までと違う街に見えてくるよ」


「これもミナトの功績なんだから、誇ってもいいんだよっ!」


 そんなことを言ってると街の端までやってきたのか道の真ん中に衛兵が二人立っていた。


「いってらっしゃいませ」


 隣を通った時にそのように返されてミナトは少しドキッとしたが、


「いってきまーすっ!」


「いってきます」


 ルカに合わせてあいさつを返し、初めてとなる街の外の景色を目の当たりにした。


 霧によって街の外はおろか街の端もよく知らなかった、そんなミナトの前に今あるのは家がひとつも建っていない草原が広がっていた。

 街の大きさをも凌駕する広大な草原は次の目的地の街すら見当たらない、不安になるほどの似たような景色。それでも上にある青色の大きく広がる空、下にある緑色の草原、そして真ん中に流れる心地よい風、心は穏やかになり、まだ知らないことがあるという高揚感がミナトを満たしていく。


「初めて見るんだっけ? いいでしょっ、外の景色!」


 ルカの問いかけに対して返答しようとしたが辺りの景色に飲み込まれて声が出ず、ただ首を縦に動かしてうなずくしかできなかった。


「霧を晴らすとこんな素敵な景色が見れるんだから、他の街も取り戻さないとだよ」


「他にも霧に覆われている街があるんだもんね。二人でできるかな?」


「ミナトと一緒ならできるよっ。頑張ろうね!」


 そうしてルカの顔を見ると見たことのない顔──笑顔をこちらに向けていた。

 このルカの笑顔と一緒ならどこへでも行けそうだ、二人は次の街へと歩き出した。

これにて1章は終了になります、ここまで読んでいただきありがとうございました!

この後は幕間を挟んで2章に入っていきます。

更新ペースは少し落ちるかもしれないですが、引き続き読んでいただけると嬉しいです!

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