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灰色の街で、光を拾う  作者: 秦はるま
第一章『ロウフォグ』
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第12話 想い人

「明日に向けて今日は早く寝た方が良いね」


「つってもまだ横になるんは早えな」


 決意したもののすることがない。

 いつもであれば探索をして時間を使うことで暇という概念を忘れかけていたが、しないとなると手持ち無沙汰になってしまう。少し沈黙が流れたあとに老人が、


「ならば、一つこの老骨に付き合ってはくれぬかの」


 そういっておもむろに立ち上がると棚を開けてじょうろに手を伸ばした。


「ちょっと大切な人のもとへ会いに行くのでな」


「あんだけのことされて助けねえってのは無理だろ」


 カイは老人が持ったじょうろをひょいと取ると水の補充に向かう。その間にミナトも同行するために起立して老人の方へと近寄る。


「ボクも行きます」


「おお、まるで孫でもできたかのようなほのぼのとした運命共同体じゃの。あいつも喜んでくれるに違いない」


 あごひげを撫でながらドアの方へと向かっていってしまった。その姿に遅れないよう、なみなみに水を汲んだカイとミナトは後を追いかける。回顧しているのか歩くスピードはゆっくりとしていたので引き離されることはなかった。


 外を出てすぐのところに整備されたかのように同じ方向に生えた草の地帯があり、真ん中に灰色の墓石のようなものが置いてあった。さらに近づくと墓石のようなといった比喩ではなく、名を刻まれた本当の『墓石』であることがわかる。──ミナトも母の墓標として似たような石製の上部がなだらかなカーブを描いたものを使用している。

 老人が足を止めるころにはミナトが知っているより大きく光沢も段違いの墓石が目の前にあった。


「すまぬがじょうろで流してもらえぬか」


「おうよ」


 カイは一歩前に出てくると石の上あたりにじょうろの先を合わせ、細い糸のような水をかけていく。

 流しきると老人はいつの間に用意していたのか雑巾を取り出し濡れた部分を拭っていく。


「──今年も来たぞ。今日はお客さんもいるのじゃて」


 まるでそこに本人がいるのではないかという言い方でミナトは墓石を見てみる。当たり前のことであるがそこに誰か人影があるわけでもない。視線を老人の方へと移してみると顔がいつもより一段と優しい目をしているようだった。


「霧を調べているらしいでの。ワシらの悲願を解決してくれるやもしれんぞ」


 数日新たな情報を全く得られなかったミナトたちにとって急に登場した悲願という言葉にミナトはカイの方を見る。カイも同じことを思ったのかこちらを見つめていた。


「そちらで元気にしておるか? ほっほ、そうか。ワシか? そりゃ元気じゃ──」


 更なる情報が得られるか耳をそばだてるように聞いていたが、他愛のない会話──相手は何も返さない石であるので独り言であるが繰り広げられていったので、二人は静かに老人のやり取りを見守ることにした。


 ──数刻ほどするとラリーが終わったのか、立っていた老人が風を起こさまいと気を払うかのようにこちらへ振り向いた。


「時を忘れてしまうほど話し込んでしもうたわい。おいぼれの戯れに付きおうてもらって悪いの」


「……初めに言っていた悲願について聞いてもいいですか」


「そうじゃな、ここまで付き合わせてしもうた詫びじゃ、話してやろう。なに、特別何かあったわけではない、ワシの大切な存在は霧にすべて奪われてしまった──、それだけじゃ」


 霧の中の陽光を探すかのように目を細めつつ先ほどぽろりと出た言葉の真意について話した。


「おぬしらが霧を晴らしておくれば敵討ちが果たせるといったところじゃ。ワシの独りよがりでしかないがの」


「……ありがとうございます。これでルカを助けなければならない決意に後押しができました」


 霧を晴らす理由が多くなれば自ずとルカを助けなければならない。その方法の手がかりをルカが気付いているのだから進んでいかないといけない。


「そうか。そうか……。謝意と恩義でワシの心は震えておるわい──」


「まだおぬしらには言葉を尽くしたいが、この辺りでお開きにせねばいけないの。明日は大立ち回りをしなくてはならぬのに身体に障ってしまうな」


 そう言うと老人は墓石に完全に背を向けて歩き出した。ミナトは呆然と墓石を見つめていたが、


「ミナト、遅れんじゃねえぞ」


 カイの呼びかけにより金縛りから解けたように歩き出す。家に戻ると淹れなおした白湯がまた用意された。


 こうして公開処刑前日の夜を迎えていく。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「おい、2食目の時間だ。こっちを向け」


 もはやお馴染みとなってきた伝達のセリフに不機嫌な顔をしながら振り返るルカ。囚われてから場所を移されるも、ましてや掃除されるもなく同じ景色を見続けている状態であった。

 そんな不機嫌顔から急に人が変わったかのように顔が変わる。これもいつもの光景であった。


「おにーさーん、解放してくれたらこの華憐艶美な私と一緒に過ごせる権利をあげちゃう!」


「何を言っても構わないが、今は食事の時間だ。早く食え」


「ちぇ──、つまんないの──」


 ここに来るやつは男ばかりで紅一点のルカは美貌を武器に何とかできないか誘惑してみるが、感情でも抜き取られたのか全く相手にされない。縛られたままなので食事もさせてもらわないとできないのだが、ロボットに介護されているみたいでとても上機嫌でいれるような環境ではない。


 いつも通り食べさせてもらうとイレギュラーな言動があった。食べさせたら無言で出ていくはずなのだが、今回は更なる言伝があった。


「明日お前を外に連れてく。覚えておけ」


 一瞬、解放でもされるのかと期待が生まれたが、そんなことはないであろう。初めに見つかったときは利用するといって捕らえようとした連中だ、わざわざ手放して別の人質を用意する理由が一切ない。

 そこで、公開処刑の話を思い出すとすべてのつじつまが合う。つまり、明日私は残忍非道な行いをされるのである。そう思うと常日ごろ元気にふるまおうとしているルカでも手足の震えが出てきだした。いきなり現実を帯びてきた死という言葉、のうのうとして居られるものなどいないだろう。


「やだって言ったらどうするの?」


 声の震えをできるだけ抑えて軽口をたたく。これはルカにとって自由がきかない状況での唯一の反抗ともいえるであろう。


「──」


 何か言うのかとこちらを振り返っていたが、結局返事がもらえることなく扉が閉ざされてしまった。


「──ミナト、気付いてくれたかなぁ。そうじゃないと私は何もできないままお別れだよ……」


 このままでは目に溜まりかけていた水分が溢れてしまうと思ってか、気を紛らわせるため目を閉じて睡魔を呼び寄せようとしていた。


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