第一章『クラブ×担任』①
蝉が一週間しか生きられないように川沿いを彩る桜並木はあっさりと終わりを迎え、その代わり春らしいポカポカ陽気に身を委ね、授業中俺が机に求愛行動を取るように――床に伏せて寝るだけ――なったことに関しては地球が延々と半時計周りをし続けると同じように自明の理であると言えた。
そんなこんなで四月も下旬に差し掛かり、教室の喧騒に耳朶を打つ俺はペンを片手に机と向き合っていた。別にもうすぐ中間試験があるとかじゃないし、仮にあったとしても試験勉強なんていう真面目腐った殊勝なことはしない。
「あのさ、華都」
例によって目の前の椅子に座る悠間が俺に話し掛けてきた。いやに神妙な面持ち浮かべてんのは何でだ。腹でも痛いのか?
「僕、ラプソ引退しようと思う」
「ふーん」
呟き落とす悠間から目を逸らし、再度机上の紙に目を落としながらさもどうでもいいように聞き流す。ついでにペン回しもして抹消に拍車を掛けたりもする。
するとぬっと悠間の顔が俺に迫った。ペン回しをしていた手も押さえ付けられる。
「もう少し僕に構ってくれよう」
お前は寂しいと死ぬウサギか。つうか顔ちけえし触んな。
「ったく。しょうがねえな……エイプリルフールは二週間以上前だぞ?」
「雑っ! あしらいかたが雑いよ華都! まぁ嘘だから別にいいんだけどね」
「だろうな」
こいつは嘘を吐くのが可哀想なくらい下手だ。微塵も人を騙す才がない。ネカマは俺の専売特許だかんな。つっても、それも今月で辞める気満々マンだが。
「それよりそんなに頭悩ませて何書いてんの?」
「ああ、これか。クラブを作るために必要なもんを書き出してんだよ」
とは言ってもまだ白紙に近いんだけどな。濃野の部活作りに貢献しようって腹積もりだ。同時にパソコン部設立についても。
それは濃野の高感度を上げリア充の道を謳歌したいからじゃなく――ないと言ったら嘘になるが――約束したからな、濃野と。絶対に手伝うって。
本音を言うと、濃野のバストサイズを知るため――もとい、濃野のラッキースケベを期待しているのだが。うへへ。
直後、やにわに背後から柔らかいナニかが押し当てられた。さらさらの髪がなびき、フローラルな香りが鼻腔をくすぐる。
「おはよっ。穂積くん」
振り返るまでもない。声の主は濃野だ。てことは柔らかいものの正体はおっぱいかっ!
幽霊の正体見たり枯れ尾花。朝っぱらから俺には刺激が強すぎる。濃野は俺を殺す気か。全くブレザーなのが惜しい。今から上半身裸になってテイク二を実行したいが、強行した瞬間冷たい檻の中にぶちこまれそうだから胸中に留めておくことにするぜ。胸だけに。
「お、おっす濃、」
「やぁ濃野。今日も一段と綺麗だね。僕は二次元が恋人だから現実は毛ほどの興味もないけど」
「……」
「ん? どしたの華都。そんなスレンダーだった彼女がたった一ヶ月で激太りしたような表情を浮かべて」
「なんでもねーよ」
こういう時に無自覚なのは卑怯だよな。無知は罪だが無自覚なのは無罪ってのが俺の自論だし。
「穂積くんそれなに? 朝からお勉強でもしてるの?」
俺から離れた濃野が(もう少し味わっていたかったのが本音だ)ひょいと紙を持ち上げる。
勉強なんて試験当日か前日くらいにしかやった覚えがねえな。
濃野にも部活に必要なものを書き出してる旨を伝えると、
「まったくもってわたしは描く場所さえあればそれでいいから、細かいことは穂積くんに任せるよ。あ、別に丸投げしたいわけじゃないからわたしに出来ることがあったら何でも言ってね」
思わず腕で顔を覆ってしまうくらいの満面の笑み。眩しすぎるぜ濃野。濃野のことは今後大天使ミカエルとでも呼称すべきか。
「こんな朝っぱらから揃いも揃って何してんの?」
朝の挨拶もせず月が始業時間ギリギリに姿を現した。
「何よそれ?」
例に漏れず月もまた同じ疑問を口にする。本日三度目の説明だからその辺は舌が回る。
「えっ、華都あんたほんとに作るつもりだったの?」
一通り話しを聞いた月がまごつく。冗談だと思ってたのかよ。
「なんだ悪いか?」
「別にそういうつもりで言ったんじゃないけど。まさか本気だとは思わなかったわ」
口惜しや、俺の熱意はどうやら月には伝わってなかったようだ。
コンコン、と俺は手にしていたシャーペンで机上の紙を叩く。
「とりあえず俺なりにまとめてもみたが、最低限部活作りに必要なのは、五人の部員と部室、顧問、それから担任を経由してのクラブの認可だ。つっても初めは部活じゃなくて同好会スタートだけどな」
「大変そうねえ」
なんで他人事なんだ。
悠間が俺の書いた紙に目を遣り挙手する。
「一つ目の部員だけど、ここにいる四人はいいとしてもう一人にあてはあんの?」
「心当たりはあるから頭数に関してはまぁ問題ない」
「なら一つ目はクリアだ。次は部室と顧問と認可だね」
「なんで一緒くたにすんだよ」
「現時点だとどれも等しく厳しいからだよ。百歩譲って顧問は除いたとして、部室と認可はどうだい。前者はパソコンの確保が一筋縄ではいかないだろうし、後者はネトゲと漫画の適合性を説明しなければならない。つまり認めてもらえる可能性は極めて低いってことだよ」
「ぐっ……」
正論だ。ぐうの音も出やしない。
つーか悠間、お前そんな理論的に話すキャラだったか?
俺が無言でいるのを見取ってか、肩を竦めて自嘲するような薄笑いを浮かべる悠間は、
「少し口が過ぎたね。僕だって何も頭ごなしに否定したいわけじゃない。ただ有り体に言って一朝一夕じゃ難しいってことさ。クラブ活動をやることに関しては大いに賛成だよ。家にいてもネトゲしかやることないしね。だから協力は惜しまないつもりさ」
「……おう」
何だかここ最近悠間が悠間じゃないみたいだ。なんつうか口が達者だ。
悠間の奴にいらぬ現実を突き付けられ、実質クラブ作りが白紙に戻った。一体これからどうすりゃいいのか皆目見当も付かねえぞ。
「漫画を自由に描けてパソコンが人数分備わってて合法的にネトゲができる空き教室がどっかに転がってねえかなぁ」
誰ともなしに呟いた俺の言葉に、
「だからそんな都合のいいとこあるわけないって」
「わたしが言うのもなんだけど、ちょっと条件が厳しすぎるかもしれないね」
「夢なんか見てないでもっと実のあること言いなさいよ」
総スカンである。
自分でも目の前に現れた老人がこの百億を君に上げようって言うくらいありえねーと思ったけどさ、そこまで言うことないと思う。世知辛い世の中。
やっぱり困った時のあの人に頼むべきか。
「ねえ華都。現状打破に努めるなら玲霞の協力が必要不可欠じゃない?」
「奇遇だな。俺も今そう思ったところだ。先輩、なんだかんだで義理人情に厚そうだからな。早急に頼んでみる」
「わたしのためにごめんね穂積くん」
悲しげな色を瞳に湛えながら濃野が謝罪の言葉を述べる。
濃野の申し訳なさそうな表情を見てると、逆にこっちが申し訳なくなってくるな。
「気にすんなって。言い出しっぺは俺みたいなもんなんだからさ。それに一緒にやろうって話になってんだから連帯責任だ」
「そうよ。だから椛一人が負い目を感じる必要なんてないわ。華都は別かもだけど」
「右に同じく」
「おい」
お前らが言うとなんかムカつく。
俺は咳払いを交えると、
「それから今回部活を作るにあたり、ギルドにも着手しようと思ってる」
「ええっ!?」
露骨に驚いたのは悠間だ。目を大きく見開き死んだ人を見るような目で俺を見ている。いきなりどうした。
「僕があれだけ誘っても一度も首を縦に振らなかったあの華都がギルドを作ろうって言い出すなんて。一体どういう心境の変化なの?」
「どうもこうも、今まで乗り気じゃなかっただけだ。煩わしいっつうか他に理由なんてない」
「だとしても嬉しいね。二年間どこにも属さないで待った甲斐があったってもんだよ」
ったく大げさだな。だが悪い気分じゃない。こいつになら胸の内を明かしてやってもいいか。
「まぁ強いて言うならこんなにもいい仲間に恵まれやる気に、って聞けよ!」
どこかの部族のように小躍りする悠間は一時停止を押されたように動きを止めると、
「それでギルド戦は? ギルド戦はやんの?」
「やるに決まってんだろ。むしろそのために作ると言っても過言じゃない。目標はどでかくてっぺんだ。目指せギルドランキング一位」
そう言って俺は腕を突き上げ人差し指を立てる。それを何事かと周りのクラスメイトが目にし、俺はいたたまれなくなりしずしずと手を下ろす。
「まぁそういうわけだから協力してくれると助かる」
「それは別にいいんだけど。ひょっとして華都、ラプソ四周年記念に行われるギルド戦の告知見て考えたんじゃないでしょうね」
「ぎくり」
僕現実にぎくりなんて言う奴初めて見たという悠間を尻目に、俺は腕を組み月に向き直る。
「ああそうだよ。夏頃にある大規模ギルド戦に参加したいんだ。最低Bランクにまで上げる必要があるから、参加条件満たすためには今からやる必要がある」
そもそも元からやろうって考えてたし。
「素直でよろしい。もちろんあたしも協力したげるわよ。感謝なさい」
「へいへい」
「あのー……」
俺達の傍ら、おずおずと濃野が手を上げる。
「水を差すようで悪いんだけどね、その話に出てくるギルドってどういう意味なの?」
「ああ」
そういや濃野はネトゲの経験がないっつってたな。
「ギルドっつのはネトゲ用語の一種で、他の言い方でクランとかも呼ばれちゃいるな。プレイヤー同士でギルドなるグループを組み、専用クエストを受けたり、ギルド同士でバトったり色んなことをするわけだ。俺は今までやってこなかったけど」
「そうなんだ。教えてくれてありがとね」
「正確には中世のヨーロッパで生まれた言葉だ。勝手にネトゲ用語だけにしてんじゃねえ」
急に降ってきた言葉に振り返ると、我が担任宍戸がいた。出席簿を手で叩き小気味いい音が鳴る。目付きがすこぶる悪いのは怒ってるからか。
「お前らいつまで遊んでんだ。鐘はとっくに鳴ってんぞ」
周りに目を遣るとクラスメイトが自席に着いてるところだった。話に夢中で全く気が付かなかった。
「ネトゲの話かよ。ったく……」
ぶつくさと文句を言う担任は頭を掻いて気だるげに教壇に向かい、それに倣い悠間達も三々五々に散っていく。
この担任ネトゲに対して随分と含みのある言い方してたが、相当やりこんでそうだな。そんな匂いを感じる。
ギルドのあるネトゲなんて沢山あるから何のネトゲかまでは分からんが、流石にラプソだったりしないよな。
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次回、なるべく早く。




