第一章『クラブ×担任』②
昼休みになった。
悠間からおにぎりを一つ頂戴した俺は米を口に含みながら先輩のいる三年の教室を目指した。
大股歩きで辿り着く。確か3ーCだったよな。先輩と月が対峙しているのを目撃したことがこんなところで役に立つとは。
流石に上級生の教室に踏み込む勇気もなく気後れしながら中の様子を窺っていると、神藤先輩が俺に気付いたようで何人かの女子と談笑中だというのに断りを入れ俺の元まで来てくれた。
「これは珍しい客が来たものだ」迷惑そうな顔は一切せず髪を耳にかける。「何用かな、華都君」
相変わらず自他ともに認める美人だ。その男を惑わす仕草に思わずドキッとする。
「不躾ですみませんが、先輩に頼みたいことがあります」
「君が私に頼み事か。それは甚だ興趣が尽きないな」
かくかくしかじか、俺はクラブが作りたいこと。クラブを作るのに必要な物資が足りずに困っていることを伝えた。本日四度目。
「――なるほど、君の言いたいことは分かった。早い話が思いの外事態が難航しているため私の助力を仰ぎたいというわけだな」
「そういうことです」
ふむ、と呟き落としたわわな胸の下で腕を組む。自然の摂理に逆らえずそこに目がいく。
「君には借りがあるからな。それもとても大きな借りだ。そのため協力は惜しまないつもりだ。今回の件ではランプの精よろしく君の願いを三つまでなら聞き届けよう」
「いいんですか?」
構わないよと先輩の顔が綻ぶ。聖人君主とは先輩のような人を指して言うべきだ。
「先輩……」
……ありがとうございます。
俺は心の中で小さく謝辞を告げる。
「それでは一つ目ですが、クラブを作るにあたり先輩の名前を貸してください。現時点で規定人数に達してないんで」
俺に他に頼める友の一人でもいればいいんだが、片方の指で数えるほどしかいないしね。仕方ないね。
「貸すだけでいいのか?」
「そりゃ本音を言うとそのまま入ってほしいですが、そこまでの強制力はないと思ってるんで。そこは先輩の意思を尊重しますよ」
「私個人としてはやぶさかではないが、せいぜい顔を見せに行くくらいだろう。所属はするが参加はしない。事実上幽霊部員と思ってくれていい。それで構わないか?」
「モーマンタイです」
それから、と俺はふと気になったことを口にする。
「先輩はこれからもラプソを続けていくつもりなんですか?」
「どういう意味だ?」
「いえ、月のことが心配で始めたラプソと言っていたので、和解した今引退してしまうんじゃないかと思って」
「ああ、なるほど。いや辞めるつもりは毛頭ない。何だかんだいってやっているうちに私自身ラプソに憂き身をやつしてしまったからな。なし崩しなどではなく、今後とも細々とラプソを続けていくつもりだ」
そう言って無邪気な少女がするようにチロリ舌を出す。
意外と茶目っ気あんじゃんか、先輩。
「次に顧問についてなんですが、先輩は受け持ってくれそうな顧問に心当たりとかってないです?」
「愚問だな。何年私がこの学校を牛耳って――もとい、何年支配していると思っている」
「言い直す必要ないと思うんですけど……その言い方をするってことは」
「心当たりはある。それも適任者のな。知りたいか?」
「? そりゃもちろん」
何をもったいぶる必要があるのか先輩は限界まで溜めに溜め、
「君の今の担任、宍戸教諭だよ」
「宍戸教諭、ですか」
俺は思い出す。
無精ひげをはやし髪もボサボサ。背広はいつもヨレヨレで本人に至ってはいつもくたびれている。やることなすこと全て適当なあのおっさん。
どう見ても適任とはかけ離れてるような……。
考えがつい顔に出てしまっていたのか先輩が、
「人を見掛けで判断するのはよくないな。適材適所という言葉がある。華都君の作ろうとするクラブほど当て嵌まる人材は他にない」
先輩がここまで太鼓判を押すくらいだから実は信用するに足る人物なのかもしれない。
にしても君の今の担任って言い方は変じゃないか。俺は今年からなわけだし。
「これで残る願いは一つだな」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今のも一つとしてカウントされるんですか!?」
「当然だろう。教えるのも立派な願いの一つだ。無尽蔵であるはずがない」
くそっ、なんてこった。無駄に願いを消費しちまった。まぁまだ残ってるからそれで部室のことを訊けば――
「因みに宍戸教諭を取り込むためにはある物資が必要となる。ラプソで喩えるなら転職に必要不可欠な書物と同等のな」
「詐欺だ! 詐欺だぜ先輩っ!? セットで必要なものを別々に売り付けるなんてやり口が汚すぎる! これならまだ抱き合わせ商法のがいい!」
「やれやれ、甘いのは君だ華都君。私が三つもチャンスを上げたというのに君はろくに考えもせずそれを可能な限り使った。後先考えなかった結果と己が無力さを恨むのだな!」
アーッハッハッハ! と廊下のど真ん中で先輩が哄笑する。ちょっ、なんか恥ずかしいです先輩! もう少し声のトーン抑え目にいきましょう俺もですけど。
「分かりました。それでお願いします。部室の件は自分で何とかするんで先輩の言う物資とやらをもらえますか」
「物分りがいいな。実に殊勝だ。ここで少し待っていろ」
言うが早いか、一度教室に戻った先輩はある物を持って戻ってきた。テレビの刑事ドラマで見たことのあるそれ。
「これは……ボイスレコーダーですか?」
「ICレコーダーだな。それも最新型の。条件を提示し要求を突っぱねられた際にそれを流せ。極め付きの一言も添えてな」
その一言を口にし手渡される。まさかその手段が脅迫とは。できることなら穏便に済ましたかったが土台無理な話のようだ。
「ありがとうございます。お陰で何とかなりそうです」
感謝の意を表明し踵を巡らす俺を先輩が呼び止めた。
「部室のことだがヒントならばくれてやる。宍戸教諭に訊け。ともすれば落ち着くところに落ち着く」
宍戸先生に……? つまり担任宍戸がいるだけで全てが丸く収まるってことか。
どういうことなのかより詳しい話を訊こうとするも、既に神藤先輩は女子の輪の中へと舞い戻ったあとだった。
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次回一週間以内に更新目指します。




