欠片が散りて転移する
微妙な感じですわ。
よろしくおねがいしま~す。
「………少年、だよな? これ。少女じゃないよな?」
ノアは眠ったように倒れている十五歳くらいの少年(?)をつついたり、揺すったり、触ったり、蹴とばしてみたり、調べてみたりした後で、急に自信を無くして呟いた。そしてもう一度調べ始めた。今度は遊びではなく、ちゃんと。
「うん、少年だ。は~、ビビった~…。一瞬自分の眼が変になったかと思ったじゃん。つか、なんか変だと思ったら幽体なのね。しかも、死ぬギリギリ手前の。」
ノアの言うとおり、少年は普通の状態ではなかった。もともとこの“神域”とも呼ばれる狭間の空間に、普通の人間は来られない。ノアが世界を創る前からここはそういう場所だった。この場所に来る事が出来るのは“神”と呼ばれる存在とその加護を得た者たち、そしてノアだけだ。例外は外から来る“客人”などである。
“客人”と呼ばれる者たちは、外の世界からなんらかの事情でやってきた者だ。幽霊だったり、死人だったり、何かの使命を持っていたり、ただ迷い込んだだけだったり、種類は様々。今回は幽体の者だった。正確には、幽体“っぽい”者である。この女顔の少年は完全に死んではおらず、体はかろうじてまだ生きていた。だが、周りを見回してもその体が見つからない。あるのは魂魄の塊と心や記憶が、この空間の特性に助けられて存在する不思議な精神体だ。ノアの目に映る姿は、常の記憶に従って再現されているに過ぎない“残像”といったところか。
「だいぶ弱って傷ついてるな…。魂の損傷に記憶の喪失。精神に影響は…あまりなし。腹部辺りに事故によるものと思われる酷い傷が再現されているが、映像なのでどうしようもない、か。このままだとこいつ、死ぬな~…。精神が死んで、魂が消滅して、体が死ぬ。なんともまぁ、ハードなことで。」
ノアは少年の傍らに片膝をつき、手をかざして調べた結果を呟いた。そして他人事のように嘆く。ふと少年の周りに光るものがあるのを見つけて手に取る。
「こ、これは…」
それは欠片だった。水晶の結晶のような形をしたモノの破片。常人には見えない魂と記憶の欠片。少年を構成していたモノの一部であることは、世界を創った創造主であるノアには一目瞭然だった。自分の領域で“魂”がそう形作るように設定したのは自分だ。わからないはずがない。しかもそれは神が加護を与えた時、もう一つの心臓を役割を果たす“命の石”と呼ばれるモノと形は違うが同じもの。見間違える訳が無い。
ノアは真剣に目を皿にして、同じようなものがないかと辺りを探し始めた。
「……これだけか。」
ノアはいくつかの小さな欠片を手に抱え、悔しそうに呟いた。彼女が欠片を探している内に少年の体が透けてきているのだ。下手すればあと数分で彼は“死ぬ”。自身の名前も忘れたまま彷徨い、消えていくことになるのだ。それだけはなんとしても避けなければいけない。避けなければ、モンスターになって甦り、世界にあだなすこともあるのだ。少女は急いで少年の傍らに座り込み、拾った欠片を胸のあたりに入って行くように押し付けて、片っ端から試していく。だがいくつもの欠片が弾かれた。
「この記憶もダメ、この魂の欠片もダメ。悪夢もダメ、幼少期の記憶もダメ、後は名前の記憶は何処? “名”がないとこの世界では存在し続けられないというのにっ!!」
ノアは泣きそうな声で叫び、欠片をはめ込む作業を試し続ける。
「お前の名は!? 名は何だ!? ちゃぱ“――キィィン!!”…くそっ、僕が付けようとしても弾かれる!! だから“客人”なんて嫌なんだ! 勝手に来て、間に合わなかったら勝手に死んで行って、僕の世界に害を為し、後味悪くしていく。だから嫌なんだ。目の前で薄らいで消滅していく魂なんて、もう、見たくないのに…!」
がむしゃらに欠片を押し続けるノア。だが、茶髪の少年の体はどんどん薄らいでいく。少女の脳裏に浮かぶのは、創造当初に創った失敗作たちと、帰すことに失敗してしまった“客人”たちの姿、そしてその後の悲劇…――。
ノアの目に涙が浮かぶ。少女は構わず嵌め続ける。命がけのパズルのピース合わせだ。
少年の体が薄れ、下界が少年の体を通して透けて見える。肌の色や服の色も解り難くなり、少女の腕が素通りしそうになったその時、
カチリ…――何かがハマるような音がした。途端に少年の体は元の形を取り戻し、ノアもしっかり触れるように輪郭を取り戻した。
少女は汗をぬぐい、息を吐く。
「ふぅ~…成功。これで三年は持つ。後はこいつの努力次第。名が占める割合は全体の三パーセント。他を探さなきゃ、こいつは死ぬ。“夢旅 優”は今度こそ完全に死ぬ。てか、夢旅って数千年前のイベントで“外”に旅行に行ったまま、帰ってこなかった奴の子孫か。どーりでなんか弾かれ方が奇妙だと…ん? なんで僕、声に出しとんやろか。……ま、えっか。」
ノアは手で自信を扇ぎ、探し出した欠片をまた、少年“夢旅 優”にはめ込んでいく作業を再開した。
「で、結局ほとんどの欠片が入らず、そのままあなたが加工することになったと。そういうわけですね? ノア様。」
ウェーブの掛かった銀髪を揺らし、体に鎖を巻きつけ、包帯のような服を着た男が持って来たティーカップをノアに渡す。男の輝くような金色の目は呆れと諦め、戸惑いの色を含んで少女が運んできた少年に注がれていた。茶髪のかろうじて少年とわかる女顔の子供だ。その子の傍には、男と全くほぼ同じ容姿の別の男が少年を物珍しそうに覗き込んでいる。二人の違いと言えば目に巻かれた包帯の位置と性格だけであろう。二人が体に巻いている鎖の端は、一枚の鏡を通して繋がっていた。
「うん。結局、名前の他に入ったのは、元の世界の常識とどうしても忘れたくないこと、家族の基本的な記憶だけだったよ。あとは時間が経たなきゃ入れられないから、どうせならイベントやクエストの報酬などにして、自分で獲得してもらおうかと、ね。ウチの世界にたくさんこいつの欠片が散らばっているのが見えたし。ま、憂さ晴らしです。気まぐれな気晴らしと暇潰しを兼ねた、ね。」
ノアは無邪気に笑いながら、丁寧口調の男から飲み物を受け取り、勝手によく似た二人の家にあった菓子を開けて食べ始める。
「そうですか、ノア様、お菓子を食べるのはいいですが、ちゃんと手を洗って食べすぎないように!! あと、幻夜! 少年に落書きをしてはいけません!!」
食べていたノアはお菓子をのどに詰まらせ、むせる。
「え~…、やっちゃダメなのか~? 鏡兄~、こいつに“肉”とか“眠”とか書いたら起きるかもとか思わないのか~?」
幻夜と呼ばれた男は、手に墨と筆を持ち、今にもユウの顔に落書きする気まんまんだった。それを“鏡兄”と呼ばれたもう一人の男が、むせて、笑い転げて、またむせるという悪循環を繰り返すノアの背を叩きながら、反論する。
「ダメです!! その人は“客人”でノア様が連れてきた人でしょう!? そんな面白そうなこと、やってはいけないに決まってるではありませんか!」
「お~い、鏡夜、本音漏れてるぞ~?」
ノアの指摘に男はハッと自身の失言に気付き、恥ずかしそうに眼をそらした。
このよく似た二人の名前は鏡夜と幻夜。狭間の世界に住まう双子の兄弟である。【月の国】月夜国の、【妖族】と呼ばれる銀髪と美貌が特徴的な少数部族の出である。
丁寧口調で柔らかな物腰の鏡夜が兄であり、語尾の伸ばしが特徴的ないたずらっ子の幻夜が弟だ。通称【鏡の双子】、それがこの二人の通り名だ。
「ところで鏡夜に幻夜、」
ノアは落ち着いてクッキーを食べ、貰ったミルクティーを飲み込む。
「なんでしょうか、ノア様? 手は洗いましたか?」
同じように対面にゆったりと椅子に座り、鏡夜は優雅に紅茶を飲みながら訊ねる。その隣に弟の幻夜が座り、オレンジジュースを自分で入れて飲み始めた。ユウはまだソファで眠ったままだ。一向に起きる気配がない。
「うん、洗った洗った。それよりさ、ちぃっと頼みがあるのよ。【鏡の双子】であり、運び屋を職業とするお前らの能力を頼りたい。」
ノアは声を一段落し、真剣な目で二人を射抜くように見た。
「要件を、どうぞ。」
「あの少年をどこか適当なところに、そうだなぁ…、ソラの所にでも落してくれ。そして紅の王たちに伝言を。“この少年、三年以内に欠片をひとつでも多く見つけなければほころびが出始め、やがて死ぬ。身元の保証をしてやってくれ。そいつは月夜国人の血を祖先から引いている”とな。」
ノアの言葉を聞いて、双子は訝しむようにお互いの顔を見合わせた。
「あの少年の事を王に伝言するのは了承します。ですが、ご自身でやられた方がお早いのではないでしょうか?」
「ノアだってぼくたちと同じような“異界渡り”の能力を持ってるのだ~。なぜ自分でやらないのだ~?」
ノアは双子の問いに答える前にミルクティーを飲み干し、クッキーをひとつ食べた。
「ん? ただの気まぐれさ。それに、今の下界はなんか、きな臭い雰囲気が漂ってるからね。面倒なのさ~。それに、人や物を異界に運ぶのがお前らの仕事だろ?だから、任せちゃおうっかな~ってね。」
そして来ていたローブの端で口をぬぐう。
「任せないでください。あと、そのローブは一応神具の類なのでしょう? そんなもので口を拭かないでください。」
基からほとんどない威厳がもっと台無しです。――鏡夜は内心頭を抱えつつ、ノアの世話を焼く。幻夜はマイペースにお菓子を食べ続けていた。
「いいじゃん別に。これ、僕のなんだし。洗濯要らずで一日後には自動で綺麗になるんだよ? いいでしょ? でもあげない。だってこれ、僕のだし。この“真実の衣”は僕の一部なんだ~。生まれた時から一緒なのさ~。」
ノアは着ていたローブを引っ張り、くるりと回るが、鏡夜に固定され、濡れた布で口元とローブの汚れのついた部分を拭かれる。
「それでも、です。私たちがあなたに少しだけ抱いている幻想をも壊さないでください。」
「え、イヤ。なんとなく壊したい。」
ノアはばっさりと言い切った。彼女は気まぐれでマイペースで天邪鬼なのだ。見たままを受け入れろと言わんばかりに胸を張る。そんなノアに鏡夜は再び頭を抱え、幻夜の世話を焼き始めた。
「思ったんだけどさ~、鏡兄~オカンみたい~!」
幻夜の不意を突いた言葉にノアは吹き出し、鏡夜は固まり、眠っていたユウは眉をしかめた。
「じゃ、よろしゅう頼むわ~!」
ノアは双子から和菓子をせしめとり、ほくほく顔で帰って行った。
「はい、責任持って運びましょう。」
笑顔で見送る鏡夜の足の下には、拳骨で殴られ、巨大なたんこぶを創った幻夜が居たとか。
「さて、おい、起きろ幻夜。」
鏡夜は口調を一転させて、乱暴な言葉づかいで弟を吊し上げる。
「ごめんなさいなのだ~。」
幻夜が素直に謝ると鏡夜は弟をおろし、二人で仕事に取り掛かった。
「では、そっちを持て。私はこちらを持つ。」
「はいなのだ~。向こうは朝靄なのだ~。」
ユウを大きな銀細工の鏡の前まで持ってきた二人。
鏡には双子の姿ではなく、大きく神秘的な泉と霧に包まれた木造の館が映っている。
鏡夜と幻夜は協力して少年を持ち上げ、銀細工の大鏡に向かってユウを投げつけた。
「せい、やっ、せいっ!!」
少年は中で一瞬浮き、鏡から浮き上がった東洋風の魔法陣に包まれて、消えた。
代わりと言っては何だが、鏡の向こうの泉の傍に、倒れているユウの姿が見える。転移したのだ。双子は顔を見合わせ、ニヤリと笑い合う。
「成功だな。帰るぞ幻夜。」
「わかったのだ鏡兄~。王様に連絡なのだ~」
二人は連れ立って歩く。その背と鏡の向こうを帰ったはずのノアが優しく見守るのであった。
なんか、キャラ出すぎじゃね? とか自分でも思う気がするが、気のせいと思い込む。
今回、微妙な仕上がりですネ。でも、直しようと言うか、そういうのがあまりありません。夏はダメだ。
次、異世界。ホントに異世界。ユウ視点。多分。
世界の説明とか、もうそろそろ本編でやると思いま~す。




