異世界の唄と客人(まろうど)
この世界の概要、的な?
異世界の神様方がでる、よ?
何処とも知れぬ広い、夢幻の空間。
空を見上げれば、高く澄んでいる。
その空間の空は青と赤と灰色と、黒と紫と、様々な色のグラデーションで成されている。黒い部分と藍色の部分には雲と月、星々がかかっていた。きっと夜の部分なのだろう。だとしたら赤と紫、橙色などの暖色系で構成された部分は夕方の夕陽空。青と白で構成された部分は昼間の空。灰色の部分は雨と曇りの空なのだ。
地面を見れば水が広がり、どこからともなく波紋が広がっては消える。水の下に映るのは、この空間の空ではなく、もう一つの世界。――【月】と【太陽】と【星】を関する大国を軸とした世界――ひとりの少女が作り上げた、奇妙奇天烈なファンタジーの世界である。
水は広がる。どこまでも果てしなく。
そうして水が広がる先、ところどころに島が浮かび、扉と大小さまざまな鏡が宙に浮いている。周りを見渡せば、鏡、かがみ、とびら、かがみ、かがみ、とびら、とびら、しま、かがみ、……ひとっこ一人見当たらない。
水は広がる。波紋を広げて。
そんな幻想的な空間に、砂時計がヒトツ――…落ちてきた。
砂時計は廻る。回って廻って、帰す。そうして、砂時計は…――ひっくり返った。
ひっくり返って、……水に落ちて消えた。
ヒトはこの世界をこう呼ぶだろう。
この空間のことを、水面の下の人々はこう呼ぶだろう。
――…狭間。あるいは、世界の境界線。異世界への路。もしくは……神域、と。
そんな空間を、ひとり、白いフード付きのローブの子供が、無邪気に歌いながら舞い遊び、徒に波紋を広げて歩いていた。
「♪―…世界は僕の中に、心の中に、頭の中に。
夢もまた、僕の中、私の中、我の中。
我らは人であってひとでなし。
されどヒトであらねばならぬ者。
世界は僕らの手の中に、心の中に、頭の中に、目の前に。
されど僕は歌うよこの歌を。
世界を創り終えってもまだ唄う。
最初は月と少女と一匹の黒猫生まれたよ。
お次は黒猫の為の世界を少女が創り、夜と闇が生まれたよ。
そうして、そうして、猫が少年となり、少女となり、
子供となった少女は猫の為に仲間をつくり、世界を広げた。
少女は深みにはまる。
その代り、自分の子供たちを手に入れた。
愛して信じられる子供たちを手に入れた。
自分の分身と愛猫を手に入れた。
幾つもの物語を手に入れた。
そうして、そうして、少女は子供となり、
猫は大人になって少女に忠誠を誓った。
少女はずっと子供のままでいることを選んだよ。
周りの大人たちみたいに汚くなることを拒んだよ。
猫は笑った。子供は笑った。みんな笑った。笑顔だね。
猫は少年となり、仲間の王になって国を治めたよ。
少女はそれを笑って見守り、
猫が治める月と対になるように、太陽を創ったよ。
不思議がいっぱいな月と反対な、笑顔いっぱい、幸せいっぱいの太陽を。
そうして、そして、平和が続いたよ。
だけど平和だけじゃ世界がほころび始めた。
少女と始まりの猫は焦ったよ。
魔のモノが世界にはびこり、
月の猫は仲間を率いて、陽の人々と手を取り合って戦った。
少女は泣いた。すごく泣いた。
猫が、人々が、子供たちが傷ついていくのがイヤだった。
悲しかった。哀しかった。
世界が壊れ、猫が傷つくのがイヤだった。
少女は泣く泣く、自分の嫌うものを込めて、星を創ったよ。
少女は星が嫌い。でも、星がないと世界が狂う。
星は馬鹿。争いばかりで悲しいよ。
星は醜いけれど、朱い花が咲く。
真っ赤な血の花が咲いて、人が精いっぱい生きて、散っていく。
人が精いっぱい生きる様だけは美しいと少女は思ったよ。
そうして、そうして、少女は自分が星を少しでも好きになれるように、
星に美しいものを創ったよ。
月と太陽と星と子供たちを創り終えて、少女は物語の筆を一旦置いた。
自分の世界を見てみたくなったから。
少女は最後に自分の代わりに世界を管理する神々を創ったよ。
はじめに、時と空間を司る神クロノスを。
お次に月と太陽と星を守護するカルデイア三姉弟を。
月と太陽は対。双子の神様創ったよ。
月と死を司る神はアルテミス。
太陽と生を司る神はソルス。
末っ子の星とたたかいを司る神はアルス。
少女はそうして神々をつくり、
最後に運命を司る三姉妹を創って旅に出た――♪」
白いローブを纏った子供は、下に来たこれまた白い和服を揺らし、ふわり、ふわりと舞って、ステップを踏み、歌い終わると空中に浮いて恭しく一礼をした。
どこからともなく拍手が響き、そこはかとなく神々しい雰囲気を持つ男と女が少女の前に現れる。
すべらかな黒髪と夜や月を表すような蒼い目を持った不思議な女。彼女は狂気的な笑みを浮かべ、子供に拍手を送っている。対して、男の方はその長身を、不思議な光彩を放つ黒ずくめのトーガに身をやつし、ぼさぼさで長い、不思議な色の黒髪で目を隠して何を考えているのか判らない。ただ、寡黙に女の後ろに立っている。どうも奇妙な組み合わせの二人だ。
少女は眉を顰め(ひそめ)、一歩跳んで二人の神の前に降り立った。
「お見事なお歌です。ノア様。わたしたちが生まれる前のことから、よく下界の事が織り込まれていますね。いつもながら、面白い歌です。」
女は自分の綺麗で細い手を口に当て、狂気的に、楽しそうに笑う。長い黒髪が左右に揺れ、男は自分にかかりそうなそれを、邪魔くさそうに手で払う。
「御託はいい。それで? なぜアルテミスとクロノス=クロノが揃ってこんなところにいる? 珍しすぎる組み合わせだ。」
少女は自分よりも背の高い二人を見上げ、首をかしげる。
「そうですか? そうでもないとあたしは思いますけど…」
女神、アルテミスは、隣に立つ寡黙な男神に同意を求めるが、彼は黙って見下ろすだけだった。そんなことどうでもいいと言わんばかりの態度だ。女神はそんなクロノスを見て苦笑し、少女、ノアに向き直る。
「マッドサイエンティストなアルテミスと、引きこもりで仕事熱心なクロノス。どうやったらこの組み合わせが揃うんだ? 千年に一度の珍事でもあるまいに。」
女神アルテミスは、月と死と再生、その他諸々を司る狂気的な実験魔で、本名はアルテミス=ルナリア=ミルヴァンディ=カルディア。自分の趣味と研究の為なら、弟たちを実験台にするのも厭わない生粋のマッドサイエンティストで才女である。そしてカルディア三姉弟神の長女だ。普段は【月の国】、月夜国の守護神をしながら、自分の神域で気ままに暮らしているハズ。下界を見下ろし、実験台を探しまわりながら…。
対して、男神クロノスは時と空間を司る神。本名クロノス=クロノ=タイムラビット。寡黙で仕事熱心な男だ。まじめが服を着て歩いているといわれるくらいまじめで、自分を信奉する時兎族の者や、一部の者の前しか姿を現さない引きこもり男でもある。
それがこうして二人そろってやってきた。それも、ノアが招集をかけず、自主的に。これは異常である。ここ三千年ほどなかった珍事だ。だからノアは訝しげに眉をひそめて問うた。何故この二人がこのような場所にいるのか――と。
「もしかして、何かあったのか?」
「私の方はいつもどおり、なにもありません。しいていえば、新しい実験台はありませんかっ!? 飽きたんです!! あの玩具に飽きたんです!! 弟たちは逃げますし、捕まえても罪悪感が少々残って…、飽きたんです!!だからお願いしますノア様、新しい実験台を…ぐえっ」
狂気的な光を宿し、早口でまくし立てていたアルテミスは、クロノスの手によって、無言で強制的に黙らされた。クロノスはアルテミスを彼女の発明品である捕縛具で拘束し、その上からもう一度縄を巻いて、少女の前に進み出る。
「………。」
幻想的な世界にアルテミスの騒ぐ声だけが聞こえる。捕縛具はすぐほどけても、縄はそう簡単に解けないらしい…。しかも、解いた捕縛具も、クロノスの力によって時間が巻き戻され、すぐ元の様に巻きつく。だが、本人は黙ったまま。指一つ、眉一つ動かさない。時だけが過ぎ、アルテミスの騒ぐ声がいっそう強くなった頃、ノアが口を開いた。
「おい、なんか喋れ。見下ろされてるだけじゃ伝わらん。その口はちゃんと声が出るように創ったはずだぞ?」
進み出たはいいが、無言で少女を見下ろすだけの彼に、ノアは少々キレていた。無言の長身から放たれる威圧感が半端ないのだ。
「……………。」
なおも喋ろうとしない彼。長い前髪から見え隠れする目は優しそうだ。その眼は今、戸惑ったように左右を見回していた。アルテミスはなんどもなんども自分を縛り付けるものを解こうとするが、そのたびにまた、拘束が強くなる。彼はどうしてもこの狂気的な女神を黙らせておきたいらしい…。だが、自分は黙ったままだ。少女の苛々は募るばかり。
「おい、しゃべれ。僕に心を読めと? 何様のつもりだ。」
男は動かしていた眼を少女に合わせ、頷いて、こころなしか胸を張った。
「ダ阿保。“神様”って当たり前のことで胸を張るな。しゃ~べ~れっ!」
ノアはクロノスの足を軽く蹴り、睨みつける。
男は足を押さえ、しゅんとうなだれた。ぼさぼさの髪と薄汚れたトーガが下に揺れる。まるで巨大な兎が耳を垂れさげたようだ。情けない。情けなさ過ぎて溜息が出る。ノアは明後日の方に行こうとする思考をなんとかもどし、クロノスに向き合った。
「で? お前はその美声を僕に聞かせてくれるのか、くれないのか? そして、何をしに来た?」
途端にしゃきっと背筋を伸ばす男。そして、やっと重い口を開いた。
「………ノア様に逢いに。」
出てきた声は、重くもなく、軽くもない、透明感と深みを兼ね備えたような年齢不詳の声。時と空間を表す彼にぴったりの声だ。自分の好きな声のひとつである。
だが、その内容にノアは白けた。阿保かと思った。少女はどこからかハリセンを取出し、構える。クロノスはうろたえて後退った。
「ごめんなさい。や、やめて。それと、もうひとつ、大事な用事…。」
大きな体を精一杯小さくして、付け足された言葉に、ノアは振り落す寸前だったハリセンを止めた。
「何? 言ってみ?」
「遺物として【鴉姫】に渡していた、“世界渡りの砂時計”が盗まれた。どこかに消えた。誰か来るよ。すぐに。」
クロノスは伝え終わると、アルテミスを盾にした。
「ちょっ、ちょっとクロノス!! あんたこれ、解きなさいよ!! しかもアタシを盾にしないで!! 神としての力量としては、先に産れたあんたの方が上でしょうが!! この万年引きこもり仕事中毒者!!」
盾にされた女神の方はたまったものではない。長身の大の男が身を縮めて自分の背に張り付いているのだ。情けないったらありゃしない。
アルテミスの抗議にクロノスは、体を震えさせながら言い切った。
「大丈夫。アルなら、平気。なんとかなる。実験魔だから。」
「ハァ!? いくらアタシでも自分の体は数度しか弄ったことないわよ!! しかもノア様のえげつない攻撃なら、アタシだって死ぬわ!!」
触ったことあるのかよ、ノアは心の中でツッコみをいれた。
「大丈夫。ノア様にやられてもへいき。ぜったい生き帰してくれる。だいすき。」
無表情のつたない言葉で逃げようとするクロノス。その彼の様子にノアもアルテミスも呆れてモノが言えない。
「……どうかした? ノア様、攻撃しない?」
きょとんとした雰囲気を出して首をかしげるクロノス。みるものを何とも言い難い微妙な気持ちにさせる男だ。
「………ハァ、もういい。しない。しないよ、クロノス。」
「ほんと? 攻撃、しない? ……わかった。」
おずおずとアルテミスの後ろから出る。ノアは現実から逃げたくなってきた。どうして、どうしてこんな性格になったんだろう? 寡黙でカッコいい感じに創ったはずなのに、口を開けばまるで大型の兎。本当にどうしてこうなった? なぜ中身がこんななんだ? いや、これはこれでいいけども!
前を見れば項垂れた大兎の男とわめきたてて奮闘する実験魔。なんだ、この光景は。おおよそこの背景と似合わんぞ。ノアは頭を抱えたくなったが、ぐっとこらえ、この二人を自分の領域に帰すことにした。誰か来るなら多分、きっと、おそらく、この二人は邪魔になるだろう。特にアルテミスが。
実験台補充の催促に来た彼女だ。きっと間違いないく、お客人をその毒牙にかけようとする。それはダメだ。客人には“無事”に帰って貰わねばならない。
「クロノス、アルテミスを連れてはやく帰りな。じき、下界の夜が明ける。仕事の合間を縫ってきたんだろう?」
「うん! ほめて?」
何故だろう? このほそい長身の男が可愛く見える。眼科に行った方がいいだろうか?――ノアとアルテミスは真剣に悩んだ。
「お前は仕事のし過ぎ。でも、頑張ってえらいね。」
「ノア様の分まで頑張る。」
パァ…っと周りに花を散らせ、喜ぶ男神。単純だ。外見は24くらいの男なのに、下手すればノアよりも幼く見える。
「優等生が。」
女神が憎々しげにつぶやいた。縄がまだ解けないのだ。
「アルテミスは実験のし過ぎ。ものを破壊し過ぎ。ヒトを壊し過ぎ。」
「ぐっ…」
ぐさっと言葉が彼女の心に刺さった。クロノスが心配そうに見ている。塩を塗り込まれるような、生暖かい視線が余計アルテミスの傷をえぐる。
「ほれ、さっさといけ。僕はその客人を探して出向かる。」
こっくり、頷いたクロノスは、アルテミスの解けた捕縛具をもう、もとには戻さず、こんどは縄で頑丈につるし上げ、その端を持って引っ張って行った。
「ちょっと、縄を解きなさいよ! この、万年引きこもりぃぃぃいいいいいいい!!!!」
アルテミスの騒ぐ声をBGMに、ノアは別の場所へと飛んだ。
なにかが世界に落ちてきた気配を辿って…――。
「あ、…フフフ、見つけた。こんにちは? “客人”さん♪」
少女は愉しそうに笑い、歌う様な声で少女のような少年に声をかけた。
幻想的な狭間の世界で、濡れない水に浮かび、死んだように眠る茶髪の少年に…――。
よく判らないところがあったら、指摘してください。
作者は夏の暑さにやられて、少し変になってるかもしれないので。w
直します。
お次は、異世界に放り込むか、双子が登場。w




