第四話 はじめての朝
小鳥のさえずりが聞こえる。
木々の隙間から差し込む柔らかな光が、悠真の頬をそっと照らした。
「……んん」
ゆっくりと目を開ける。
見慣れない木々。
見慣れない空。
そして、すぐ目の前にある白銀色の毛並み。
「……ああ、そうだった」
昨日の出来事を思い出した悠真は、ゆっくりと身体を起こした。
どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
隣では、シロが丸くなって眠っていた。
小さな耳がぴくぴくと動いている。
「おはよう、シロ」
声をかけると、シロは片目を開けた。
そして、悠真の顔を見つめると、小さく鳴いた。
「おっ、元気になったか?」
シロはゆっくりと立ち上がった。
昨日は立つことも難しそうだったのに、今朝は少し歩けるようになっている。
ただ、前足の傷はまだ残っていた。
「まだ無理するなよ」
悠真が頭を撫でると、シロは気持ちよさそうに目を細めた。
その様子を見て、悠真の頬も自然と緩む。
「なんだか、少し安心したな」
異世界に突然放り出されてから、ずっと不安だった。
けれど、こうして誰かと一緒に朝を迎えられたことが、思った以上に嬉しかった。
もっとも、問題がなくなったわけではない。
「……さて」
悠真は自分のお腹に手を当てた。
ぐううう。
「まずは食べ物だな」
シロも同じことを考えていたのか、悠真のお腹の音を聞いて首を傾げた。
「いや、これは俺の腹の音だからな」
シロは小さく首を傾けたままだった。
悠真は苦笑した。
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食べ物を探すため、悠真は周囲を調べ始めた。
シロはまだ怪我をしているため、木の根元で休ませておく。
「すぐ戻るからな」
そう言って歩き出すと、シロは心配そうにこちらを見つめていた。
少し離れた場所に、赤い実をつけた低木があった。
小さな丸い実がいくつもなっている。
「おお、これは食べられるのかな?」
思わず手を伸ばしかけたが、すぐに止めた。
知らない植物をむやみに食べるのは危険だ。
そこで、試しに能力を使ってみることにした。
「《育成》……いや、まずは確認だな」
意識を集中させる。
すると、視界に文字が浮かび上がった。
【対象:紅葉の実】
【状態:成熟】
【生命力:良好】
【食用判定:未確認】
「食べられるかどうかまでは分からないのか……」
少し残念だった。
しかし、別の場所に目を向けると、地面に落ちている大きな果実があった。
黄色く、表面には細かな模様がある。
こちらにも意識を向けてみる。
【対象:月雫の実】
【状態:成熟】
【生命力:良好】
【食用判定:可】
「おおっ!」
思わず声が出た。
どうやら、こちらは食べられるらしい。
ただし、能力の表示を過信するのも危険だ。
悠真はまず、傷んでいない実を一つだけ選んだ。
匂いを確かめる。
甘く爽やかな香りがした。
少しだけ口に含んでみる。
「……!」
優しい甘さが口いっぱいに広がった。
まるで熟した梨と桃を合わせたような味だ。
「うまい……!」
思わず声が漏れる。
久しぶりに食べる食べ物は、驚くほど美味しかった。
悠真は必要な分だけ実を集めると、シロのもとへ戻った。
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「ほら、シロ。食べられるものを見つけたぞ」
悠真が実を差し出す。
シロは匂いを嗅いでから、少しだけ口に含んだ。
そして、ぱくり。
もう一口。
さらにもう一口。
「ははっ。気に入ったか?」
シロは嬉しそうに尻尾を振った。
どうやら、こちらもお気に召したらしい。
悠真も隣に座り、月雫の実を食べた。
食事と呼ぶには質素だが、今は十分だった。
「食べ物も見つかったし、次は水場だな」
そう呟いたときだった。
シロが突然、耳を立てた。
「ん? どうした?」
シロは森の奥を見つめている。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「そっちに何かあるのか?」
シロは数歩歩いてから振り返った。
まるで、ついてこいと言っているようだった。
「……案内してくれるのか?」
シロは尻尾を一度振った。
悠真は少し考えた。
まだ怪我が治っていない。
無理をさせるわけにはいかない。
「分かった。でも、ゆっくりな」
シロは嬉しそうに歩き始めた。
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しばらく進むと、小さな泉が見えてきた。
木々に囲まれた静かな場所。
水面には淡い光が揺れている。
「うわぁ……綺麗だな」
泉の水は澄み切っていて、底にある小石まで見える。
悠真はしゃがみ込み、水面を覗いた。
そのとき。
泉の中央に、奇妙な模様が見えた。
水の底に、淡い緑色の紋様が刻まれている。
まるで、巨大な木の根が広がっているような形だった。
「なんだ、これ……」
悠真が目を凝らした瞬間。
視界に文字が浮かび上がった。
【特殊領域を確認】
【名称:世界樹の根脈】
【微弱な魔力反応を検知】
【固有能力:《育成》との共鳴を確認】
「世界樹……?」
その名前を見た途端、胸の奥が不思議なほど温かくなった。
なぜだろう。
初めて聞いた名前のはずなのに、どこか懐かしい。
悠真は水面にそっと手を触れた。
すると、泉の底から小さな光が浮かび上がった。
光は悠真の手のひらに吸い込まれるように消えていく。
【世界樹の祝福】
【微量の魔力を獲得しました】
【固有能力:《育成》の経験値が上昇しました】
【育成 Lv.1 → Lv.2】
「えっ!?」
突然の表示に、悠真は目を丸くした。
「レベルが上がった!?」
今まで何をしても分からなかった能力の成長。
それが、こんなところで起こるなんて。
さらに、表示が続いた。
【新たな機能を解放しました】
【生命感知】
「生命感知……?」
悠真が呟くと、視界に新しい情報が広がった。
周囲の木々。
草花。
地中にいる小さな生き物。
それぞれが、淡い光の粒として感じられる。
その中で、一際強い光を放っているものがあった。
それは、泉のさらに奥。
深い森の向こうにある。
悠真には見えないほど遠い場所なのに、なぜかその存在だけははっきりと感じられた。
巨大で、温かく、そしてどこか寂しい光。
「……あれは?」
その瞬間、頭の奥に微かな声が響いた。
――ようやく、見つけた。
悠真は息を呑んだ。
「誰だ……?」
返事はない。
ただ、遠くの光が一度だけ明滅した。
隣にいたシロが、悠真の足元に身を寄せる。
その小さな身体も、今は淡い青白い光を放っていた。
「シロ……?」
シロは悠真を見上げる。
その瞳の奥で、何かが静かに輝いた。
悠真はまだ知らない。
自分が手に入れた《育成》という力が、単に植物や生き物を成長させるだけの能力ではないことを。
そして、世界樹が長い年月をかけて待ち続けていた存在が、自分であることも。
森の奥深く。
巨大な樹木の枝に宿る光が、再び強く輝いた。
その根元では、眠っていた小さな種が、ほんのわずかに震えていた。




