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第二話 新たな力

走って、走って、ただ夢中で走り続けた。


枝が頬をかすめ、伸びた草が足に絡みつく。

何度も転びそうになりながら、それでも悠真は足を止めなかった。


背後から聞こえていた獣の唸り声が、少しずつ遠ざかっていく。


やがて、悠真は大きな木の根元に身を投げ出すようにして身を隠した。


「はぁっ……はぁっ……!」


荒い息が喉を焼く。

胸が激しく上下し、心臓は今にも破裂しそうなほど脈打っていた。


「……死ぬかと思った……」


震える声が、かすかに漏れる。


足に力が入らない。

腕も、背中も、全身が鉛のように重かった。


あの獣に追いつかれれば殺されていた。


思い出しただけで、背筋がぞくりとする。


悠真は木の幹に背中を預け、息を整えながらじっと耳を澄ませた。


……来ない。


あの恐ろしい唸り声も、地面を揺らす足音も聞こえない。


森には、いつの間にか鳥のさえずりと、風に揺れる木々の葉擦れだけが戻っていた。


悠真はようやく、肺の奥に溜まっていた息をゆっくりと吐き出した。


助かった。


そう思った瞬間、張り詰めていた身体から一気に力が抜けた。


「……ここ、どこなんだよ」


改めて周囲を見渡す。


見上げても頂上が見えないほどの大木。

淡い光を放つ草花。

遠くから聞こえる、聞いたこともない生き物の鳴き声。


夢にしては、あまりにも現実味があった。



途方に暮れた悠真は、背中を木の根に預けた。


まずは状況を整理しよう。


自分の名前は悠真。

最後の記憶は、いつもの日常だったはずだ。


それなのに、気がつけば見知らぬ森の中。

スマートフォンも財布もない。


そして、さっきの化け物。


「……帰れるのかな」


不安が胸の奥に広がっていく。


けれど、いつまでもここに座っているわけにもいかない。


悠真は立ち上がろうとして、ふと足元に目を向けた。


そこには、小さな草が一本生えていた。


周囲の草花とは違う。


細い茎に、小さな葉が二枚。

その先端には、今にも開きそうな小さな蕾がついている。


不思議なことに、その草だけがひどく弱々しく見えた。


葉はしおれ、茎も傾いている。


「……大丈夫か?」


思わず声をかけていた。


もちろん、草が返事をするわけもない。


悠真は周囲を見渡し、近くに落ちていた水滴のついた葉を見つけた。


それをそっと傾け、草の根元に水を落とす。


「これくらいしかできないけどな」


すると。


ぽうっ。


小さな光が、草の根元に灯った。


「え……?」


光は淡い緑色をしていた。


まるで蛍のように、ふわりと浮かび上がる。


そして、しおれていた葉がほんの少しだけ上を向いた。


「……元気になった?」


悠真が指先を近づけると、光は一度だけ明滅した。


その瞬間。


頭の中に、不思議な感覚が流れ込んできた。


――生命の芽を確認。


――微弱な育成反応を検知。


――固有能力《育成》が反応しました。


「な、なんだ今の!?」


思わず周囲を見回す。


誰もいない。


聞こえたのは、確かに自分の頭の中だった。


そして、目の前に半透明の文字が浮かび上がる。


【能力:《育成》】


【対象:未成熟の植物】


【状態:微弱な成長反応】


【育成進度:0.1%】


「育成……?」


悠真はその文字をじっと見つめた。


ゲームのステータス画面のようなものだろうか。


しかし、そんなものが現実にあるはずがない。


「いやいや、落ち着け。落ち着くんだ、俺」


自分に言い聞かせながら、もう一度小さな草を見る。


先ほどよりも、ほんの少しだけ葉が元気になっている。


気のせいではない。


「……俺に、こんな力が?」


そのときだった。


足元の地面が、かすかに震えた。


悠真は反射的に顔を上げる。


森の奥。


先ほど逃げてきた方向から、何かが動く気配がした。


低い唸り声。


まさか、戻ってきたのか。


悠真の背筋に冷たいものが走る。


しかし、今度は逃げる方向を見失わないよう、周囲を確認した。


大きな木の根元。

隠れられそうな岩。

そして、森の奥へ続く細い道。


「……とにかく、ここを離れよう」


悠真は小さな草に目を向けた。


「またな。今度はもっと元気になってるといいな」


立ち上がり、歩き出そうとしたそのとき。


小さな草の蕾が、ほんの一瞬だけ淡く光った。


まるで、悠真の言葉に応えるように。


その光は、森の深い場所へと静かに溶けていった。


まだ誰も知らない。


この小さな出会いが、やがて世界の運命を変える最初の一歩になることを。

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