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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第97話 暴食への供物

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



本物の心臓まで通った直線を、最初に利用したのは僕たちではなかった。


銀色の封印帯に巻かれた心臓遺物が、大きく脈打つ。


直線が生まれてから、まだ一呼吸も経っていない。同じ夜、僕と心臓を隔てていた二十歩の空間へ、暗赤色の再生魔力が溢れ出した。


外殻を作り直す流れではない。


心臓正面へ集まり、槍が押し開いた三層の穴へ殺到する。


喉元、左肩、右脇腹、下腹部、背骨側。五つの偽核も本物と同じ周期で光った。


「盾列を閉じろ!」


成人警備隊長の号令が飛ぶ。


だが、盾が中央を塞ぐより一瞬早かった。


暗赤色の奔流が、ユリウスの炎で焼かれた開口部を抜ける。


成人盾列中央の狭い隙間。


破損した第三土壁の亀裂。


床に引かれた白い測量糸。


僕たちが作った直線を正確に走り、二十歩を一気に埋めた。


避ける時間はなかった。


奔流が僕の胸元へ激突した。


身体を貫く衝撃はない。血も出ない。


それなのに、冷たく重い何かが胸郭をすり抜け、治療布に覆われた左腕の奥へ押し込まれた。


「――っ!」


息が止まる。


自分の魔力器官へ入ったのではない。


僕の魔力量では、一滴さえ収められないほど濃い。行き場を失うはずの魔力は、もっと深い場所――ベルゼバスとの契約が存在する境界へ沈んでいった。


左腕は勝手に動かない。


黒銀色の封魔具も外れていない。二重の固定部も閉じたままだ。


それでも治療布の内側が焼けるように熱くなった。


「第一盾列、中央を重ねろ! 第二列、前へ!」


三人の学院警備員が左右から踏み込み、盾を重ねた。


その後ろへ王都残留警備隊が二列目を作る。


レグルスは銀槍を心臓から抜いた。右肩を押さえ、掌から血を滲ませながら、成人警備員に守られて盾の内側へ下がる。


ユリウスの長剣から白い光と炎が消えた。


籠手から細い煙が上がり、腕は震えている。焦点の合わない目を一度閉じ、成人警備員の肩を借りずに退路を歩いた。


二人とも、同じ魔法を使い直そうとはしなかった。


「第二波、来るぞ!」


心臓が再び脈打つ。


閉じた盾列へ暗赤色の魔力が衝突した。


六枚の盾が同時に軋む。


最前列の成人警備員が一歩、二歩と押し戻された。三列目が背中を支え、靴底を石床へ食い込ませる。


盾の縁から漏れた魔力圧が天井へ走り、石粉を降らせた。


一人が肩を打って後列へ送られる。空いた場所には、別の成人警備員がすぐ入った。


「中央分節結界、南導線を切り替えます!」


セレネ先生が中央制御盤の目盛りを確認する。


「アルト周辺の導線を東西へ迂回。避難区画の供給は維持してください!」


学院長が承認札を差し込んだ。


結界担当の先生たちが左右の導線盤へ手を置く。腕を震わせながら魔力供給の配分を変え、成人記録官が物理針の動きを読み上げる。


成人封印官たちは、魔力を通しにくい遮断板を運んだ。


一枚目を第三土壁の北側へ。


二枚目を盾列の後方へ。


三枚目を僕から南へ四歩の位置へ立てる。


三度目の脈動が起きた。


奔流は盾列へ当たり、左右へ分かれ、切り替えられた結界面を大きくたわませた。


結界担当の先生の一人が息を詰まらせる。


別の先生が隣の導線を支え、負担を分けた。


遮断板が床を半歩滑ったが、成人封印官二人が固定具を踏み込む。


暗赤色の流れは僕まで届かなかった。


「外部流入、遮断!」


成人記録官の声が響いた。


学院側の対応は間に合った。


けれど、最初に入った魔力だけは、もう僕の内側にある。


小さな魔力器官を満たしたわけではない。自由に使える力にもなっていない。


契約境界へ押し込められた、災厄級の異物。


その一部を、暗闇の奥で何かが飲み込んだ。


ぞぶり、と。


音ではない音がした。


僕の意思ではない。


《暴食》を開こうとも、使おうとも考えていなかった。


それなのに、契約の底にある飢えが、流れ込んだ再生魔力へ反射的に噛みついた。


心臓一つ分には遠く及ばない。


だが、僕が生涯で扱ってきた魔力を重ねても比べられない量が、まだ境界の手前で渦巻いている。


「供物工程です」


セレネ先生の声が、遠く聞こえた。


「通常の破壊攻撃ではありません。契約領域へ魔力を送り、内側から《暴食》を刺激する構造が、心臓周囲に残されていました」


拘束されたローデン評議官が顔を上げた。


《認証縛環》は手首と足元を封じ、医療用拘束帯も解けていない。二人の成人警備員が両側を固めている。


「心臓は供物だ。災厄を喰らえば、ベルゼバスは目覚める」


それ以上は言わせず、成人警備員がローデン評議官を遮断板の後方へ下げた。


封印簿原本の入った証拠箱には、触れさせない。


星冠教団は、心臓をここへ呼び出しただけではなかった。


心臓遺物そのものを《暴食》へ喰わせる。


その前に、心臓が蓄えた災厄級の魔力を流し込み、僕とベルゼバスの境界を内側から押し広げる。


学院側の作戦を予知していたわけではない。


けれど、露出した心臓と僕の間に道ができれば、それを供物の運搬路として使えるよう仕込んでいた。


頭の内側で、何かが笑った気がした。


姿はない。


暗闇より重い声だけが、意識の奥底から浮かび上がる。


『すべて喰え』


ベルゼバス。


その一言が、何度も反響した。


すべて喰え。


すべて。


心臓だけではない。


視界の中で、最も近い成人警備員の輪郭が揺れた。


人の姿は変わっていない。


けれど、その身体を巡る魔力が、温かな湯気を立てる食事のように見えた。


腹が減っているわけではない。


胃は何も求めていない。


それでも契約の奥にある何かが、あれは食べられると告げる。


「アルト、聞こえるか!」


バルト先生が東側通路から来た。


成人治療職員と二人で、僕から八歩の位置に止まる。


「その場から動くな。見えているものを報告しろ」


僕は床の物理印を見下ろした。


白い線。


僕の両足は、まだその内側にある。


「再生魔力が……中へ入りました」


声が掠れる。


「僕の魔力としては、扱えません。奥に溜まっています」


「左腕は動くか」


「動きます。でも、熱いです。封魔具は外れていません」


「次だ。周囲がどう見える」


僕は顔を上げた。


成人警備員の後ろ、八歩離れた位置にティアナがいる。


膝はまだ震え、指先にも《根壁連砦》の反動が残っていた。


その土と植物の魔力が、柔らかな緑の光に見えた。


食べたい。


思った瞬間、背筋が凍った。


「ティアナの魔力が……食べ物に見えます」


自分の声なのに、自分のものではないようだった。


「アルト。私はティアナ。南から八歩、成人警備員の後ろにいるよ」


ティアナは近づかない。


名前と位置だけを告げた。


その左にはフィアがいた。


右腕を押さえたまま、僕の瞳と左腕を見ている。


彼女の雷魔力が、鋭く弾ける甘い光に見えた。


「僕とフィアの間は?」


「八歩。盾一枚と成人警備員二人が間にいる」


フィアが答える。


「左腕は動いていない。視線だけが私たちを追ってる」


報告をバルト先生へ渡し、前へは出ない。


少し離れた場所に、レグルスがいた。


銀槍は成人警備員へ預け、負傷した掌を布で押さえている。


その風魔力は、乾いた喉へ注ぐ冷たい水のようだった。


「レグルスだ。お前は物理印から動いていない」


その隣では、光炎を消したユリウスが結界導線の変更札を成人記録官へ渡していた。


残留する光と火の魔力が、強い熱を持つ食事に見える。


セルフィナもいる。


精霊たちは遠ざけられ、彼女だけが成人責任者の後方から僕を観察していた。


「通常の魔力感知ではありません」


セルフィナがセレネ先生へ告げる。


「強さや性質を測っているのではなく、《暴食》が周囲の魔力を摂食対象へ置き換えています」


僕には、セルフィナの魔力も淡い灯火に見えた。


さらに後ろ。


伝令役の生徒たち。


負傷者を運ぶ十回生。


結界を維持する先生たち。


一人一人の顔より先に、魔力の光が見える。


食べ物。


どれも食べられる。


喰えば、境界の奥に溜まった苦しさが消える。


そんなはずはない。


それは僕の考えではない。


「みんなの魔力が、食べ物に見えます」


僕は隠さず声にした。


「近くの人だけじゃない。壁も、床も……」


学院中央の石床を、太い魔力導線が走っていた。


四基の支柱から壁へ。


壁から天井へ。


中央分節結界を維持し、避難区画を守るための流れ。


それが学院全体へ伸びる巨大な食事の血管に見えた。


一本を喰えばいい。


そこから全部を吸い上げられる。


先生たちの魔力も。


守られている生徒たちの魔力も。


学院を包む結界も。


『すべて喰え』


「結界まで、食べ物に見え始めています」


僕が告げると、セレネ先生が即座に導線盤を指した。


「アルト周辺の床導線をさらに二歩東へ。西側は避難区画へ残します。防御が薄くなる通路へ成人警備員を追加してください」


結界担当の先生たちが配分を変える。


床の下を流れていた巨大な光が、僕の足元から遠ざかった。


完全には消えない。


学院を守るため、結界そのものを止めるわけにはいかないのだ。


先生たちの腕が震える。


呼吸も乱れている。


それでも一人へ負担を集めず、三人で導線を支えていた。


「安全距離を維持。武器は向けるな」


学院長の指示で、成人警備員が僕の周囲へ円形に立つ。


剣先も槍先も床へ向いている。


僕が倒れた時のため、毛布と担架が円の内側へ滑らされた。


誰も僕一人へ責任を押しつけない。


だからこそ、怖かった。


皆が人に見えるうちに。


名前を覚えているうちに。


「アルト、私の名前は?」


バルト先生が問いかける。


「バルト先生」


「位置は」


「東へ八歩」


「足元は」


「白い物理印の中です」


答えられる。


まだ僕は僕だ。


けれど、次にティアナを見た時、一瞬だけ名前より先に緑の味を考えた。


フィアを見れば、雷の甘さが浮かぶ。


レグルスは水。


ユリウスは熱。


セルフィナは静かな灯火。


名前と食べ物の境が、一枚ずつ剥がれていく。


「違う」


僕は歯を食いしばった。


誰の魔力も喰っていない。


学院結界にも触れていない。


心臓遺物も、まだ二十歩先にある。


それなのに、契約境界の奥では、流れ込んだ再生魔力を何かが飲み続けていた。


僕の魔力にはならない。


消えてもいない。


ベルゼバスの側へ落ちていく。


暗い水音が近づいた。


現実の石床が遠ざかる。


成人警備員の足音も、結界板の軋みも、水面の向こうから聞こえるようになった。


「アルト、呼吸を続けろ!」


バルト先生の声。


「私はティアナ。八歩先にいる!」


「フィア。距離は変わっていない」


「レグルスだ。お前はまだ動いていない」


名前が届く。


僕は答えようとした。


けれど口が動くより先に、足元の白い物理印が暗い水面へ変わった。


身体が落ちたわけではない。


膝が崩れる前に、成人治療職員が広げた毛布が床へ滑り込むのが見えた。


それでも意識だけが沈んでいく。


水面の下には、姿のない飢えが待っている。


『すべて喰え』


拒む言葉を探した。


その言葉さえ、暗赤色の奔流に呑まれた。


仲間の声が水面の向こうへ遠ざかり、僕はベルゼバスの待つ意識の境界へ、一度、沈んだ。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


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