第95話 精霊が示す心臓
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
不完全アークデーモンの胸郭に、心臓と同じ脈を打つ六つの赤い光が浮かび上がった。
喉元に近い上部、左肩の内側、右脇腹、下腹部、背骨側。そして胸郭中央。
四本の術式線を断ってから、まだ数呼吸しか経っていない。
地下門側の召喚杭は暗い。外から形を支える力を失った仮初めの外殻が煙のように揺らぎ、その内側に隠れていた脈動点が露出したのだ。
だが、不完全アークデーモンは倒れない。
六つの光が同時に明滅すると、暗赤色の再生魔力が全身へ走った。崩れていた脇腹が結び直され、欠けた右肩へ新たな外殻が生まれる。
「盾列、維持! 光を狙うな!」
成人警備隊長の命令に、学院警備員と王都残留警備隊が盾を重ねた。
崩壊した第一、第二土壁の先。不完全アークデーモンと僕たちの間には、亀裂だらけの第三土壁と成人盾列が残っている。
さらに後方では、ローデン評議官が《認証縛環》と医療用拘束帯で封じられていた。両脇には成人警備員が二人つき、逃走も自害も許さない。
《アークデーモン心臓遺物封印簿》の原本は、成人記録官が抱える二重封印の証拠箱の中だ。
「測定線を六方向へ。記録針は別々にしてください」
セレネ先生の指示で、成人記録官たちが細い試験線を伸ばす。
六枚の目盛り板で針が揺れた。
一度。
二度。
三度。
驚くほど同じだった。
脈動の間隔も、放出される魔力の波形も、銀色の封印帯に似せた輪郭さえ一致している。
「全部が心臓なのか?」
レグルスの声に、セレネ先生は首を振った。
「本物の遺物は一つです。残る五つは、おそらく再生魔力を凝縮した偽核。術式線が切れる以前から、仮初めの身体を安定させるために配置されていたのでしょう」
「壊せば?」
「再生魔力へ戻り、別の場所で結び直される可能性があります。床ごと六つを攻撃すれば、先に学院中央が崩れます」
偽核を攻撃しても、本物を守るための煙幕にしかならない。
先生たちの測定具でも区別できない以上、狙いを定められなかった。
その時、上層観測廊から降りてきていた健康な風精霊が、セルフィナの肩口で身を縮めた。
透明な輪郭が、胸郭中央へ流れようとする空気だけを避けている。
セルフィナの翡翠色の瞳が細められた。
「怖いのですか?」
精霊は答える代わりに、淡い銀緑色の髪の陰へ隠れた。
「何か分かるの?」
ティアナが第三土壁の残存根に手を添えたまま尋ねる。顔色はまだ悪く、指先も震えていた。
「分かってはいません。この子は、あれの名も由来も知りません。ただ……六つの光すべてを警戒しているのに、一方向だけは、近づく前から避けています」
セルフィナは事実と推測を分けるように、ゆっくり言葉を選んだ。
「精霊は古く重い魔力圧を、本能で恐れることがあります。複数の精霊を異なる方向から近づければ、恐怖から逃げた方向を逆に辿れるかもしれません」
「一体の反応だけでは断定できません」
セレネ先生が告げる。
「はい。風と植物、複数方向からの反応を照合します」
セルフィナは残った連結根の前へ膝をついた。
学院の植栽や、防災備蓄の根束に以前から宿っていた小さな植物精霊たちが、葉のような光を覗かせる。
それらはセルフィナの所有する精霊ではない。
セルフィナは両手を床へ置き、危険な範囲を示した。
「行くのは、この中央区画の中だけです。三十歩より先へは進みません。六つの光には触れないでください。怖いと感じたら、すぐ逃げて。私が戻れと告げた時も、必ず戻ってください」
小さな光が揺れる。
風精霊はセルフィナの肩から離れ、植物精霊たちも一本ずつ根の外へ出た。
強制された動きではなかった。
それでも、セルフィナの指は震えていた。
「本当に行かせるの?」
僕が尋ねると、彼女は精霊たちから目を逸らさずに答えた。
「精霊を送るかどうかは、私が決めます」
短く息を吸い、続ける。
「人族の学院だからではありません。ここにいる命を、見捨てないと私が決めたからです」
僕は上部の換気口と東側の高窓を見上げた。
「行かせるなら、先に帰る道を作ろう。戻れない場所へは送らない」
セルフィナが僕を見る。
全面的な信頼ではない。けれど、拒絶でもなかった。
「でも、退路は借ります」
成人保守責任者の許可を得て、二人の成人保守職員が上部換気口の物理留め具を外した。
もう一人が東側の高窓を押し開く。上層観測廊まで、二本の空気の道が通った。
僕は図面と実際の開閉位置を照合する。
「換気口と高窓、両方開通しています」
「風の流れもあります」
セルフィナが風精霊と確認した。
床側では、ティアナが残存根を一本ずつ調べる。
「中央の太い根は切れてる。使えるのは東へ曲がる二本と、西側の細い一本。乾かないように根束を繋いで」
レグルスと成人保守職員が物理梃子を差し込み、根の上に落ちた石材を三人がかりでずらした。湿らせた根束が、第二防衛区画の植栽槽まで繋がる。
「植物側の退路も通った」
レグルスが梃子を抜く。
右腕を押さえたフィアは、第三土壁の亀裂から上を見ていた。
「西上部の梁から、小石が落ちている。風精霊は近づかない方がいい。床は右脇腹側が沈んでる」
細剣は鞘に収められたままだ。痺れの残る手で戦おうとはせず、危険だけを正確に拾っていた。
セルフィナは学院中央の物理図面を広げ、六つの脈動点を書き込んだ。
「始めます。盾列の前へは誰も出ないでください」
風精霊が天井際へ昇る。
植物精霊たちは残存根から床際へ降り、左、右、中央の三方向へ分かれた。
最初に風精霊が喉元の光へ近づく。
光が脈打つたびに身を震わせたが、天井から五歩ほどの距離までは進めた。やがて右へ逃れ、東側の高窓近くで止まる。
セルフィナはその進路を図面へ矢印で記した。
左肩の光へ向かった植物精霊も警戒した。だが、根の端まで進んでから、斜め後ろへ退いた。
右脇腹、下腹部、背骨側。
それぞれへ近づいた精霊たちは怯えたものの、一定の距離までは進める。
「偽核も怖がっています」
セルフィナが呟く。
「でも、止まる距離が違う」
次の脈動で、風精霊が上方から胸郭中央へ回り込んだ。
まだ他の光より遠い。
それなのに、風精霊の輪郭が押し潰されたように歪んだ。
同時に、左右の床際から進んでいた二体の植物精霊が葉の光を伏せ、一斉に外側へ逃げる。
「戻って!」
セルフィナは即座に合図した。
無理に進ませない。
逃げた三方向を図面へ記し、セルフィナは別の根から近づいていた植物精霊も退かせる。その精霊も同じ区域を大きく迂回した。
一度ではない。
上、左床際、右床際、残存根側。
異なる方向からの反応が、同じ空間だけを避けていた。
その瞬間、不完全アークデーモンの右肩が持ち上がった。
「攻撃動作! 盾を重ねろ!」
成人警備隊長の号令が飛ぶ。
四メートルの巨体から右腕が横薙ぎに振るわれた。
爪が直接届く前に、魔力圧が第三土壁へ激突する。
残った土壁が軋み、石片と根の欠片が北側へ噴き上がった。成人盾列が三枚ずつ盾を重ね、靴底を床へ食い込ませる。
衝撃は上にも走った。
換気口の縁が欠け、拳ほどの石片が落ちかける。出口へ向かっていた風精霊の進路を塞ぐ軌道だった。
「上の退路が!」
僕は右手を換気口へ向ける。
大きな力はいらない。石片を、空気の道から僅かに外せばいい。
「集え、散るな。形なき力よ、我が一点に重みを結べ――第一階位・基礎魔法《衝圧》」
一点に結んだ圧力が石片の側面を叩いた。
砕くほどの威力はない。
落下軌道が半歩分だけ東へずれ、石片は換気口を塞がず床へ落ちた。風精霊が開いた隙間を抜け、上層観測廊側へ飛び込む。
胸の奥が空になったように息が詰まり、右脚へ痺れが走った。
「《衝圧》一回。呼吸が乱れています。右脚にも痺れがあります」
僕が即座に申告すると、成人警備隊長が半歩下がるよう手で示した。
植物精霊の退路にも瓦礫が崩れる。
「東の太い根は生きてる! 細い方へ寄せないで!」
ティアナの声が飛ぶ。
レグルスと成人保守職員二人が梃子を石材の下へ差し込み、同時に体重をかけた。
「上げるぞ。今だ!」
持ち上がった隙間を、小さな植物精霊たちが湿った根束へ走る。
セルフィナは両腕を広げ、残る精霊へ帰還の合図を送り続けた。
「もう観測しなくていい。戻って。全員、戻ってください!」
風精霊は上層観測廊から東側の高窓を通り、セルフィナのもとへ戻った。輪郭の端が僅かにほつれている。
植物精霊たちも一体ずつ数えられた。
葉の光は弱まっていたが、欠けたものはいない。
最後の一体が植栽槽へ入ると、セルフィナはようやく息を吐いた。
「全員、帰還しました。これ以上は送りません」
バルト先生が精霊担当の成人職員へ、風精霊と植物精霊を別々の静かな場所で休ませるよう指示する。
再出撃はない。
セルフィナは震える指で図面へ戻った。
四方向から逃げた矢印を逆向きに延ばしていく。
喉元でも、左肩でもない。
右脇腹でも下腹部でも、背骨側でもなかった。
線は一つの交点へ集まった。
「胸郭中央。表面ではありません」
セルフィナは六つ目の光の奥を示した。
「外殻から、一腕分ほど内側です。精霊たちは、そこへ近づく前に逃げています」
セレネ先生と成人記録官が測定線の記録を重ねる。
六つの波形は同じに見える。
けれど交点に対応する脈動だけは、外殻へ伝わるまで僅かな遅れがあった。
成人記録官が物理目盛りを確認し、セレネ先生が頷く。
「複数方向の忌避反応と伝達遅延が一致しました。胸郭中央深部が本物の心臓遺物です。ほかの五つは偽核と判断します」
位置は分かった。
だが、第三土壁の向こうでは不完全アークデーモンが次の一歩を踏み出している。
本物の心臓は破壊されていない。
暗赤色の再生魔力も、六つの脈動も止まってはいなかった。
それでも、人間の測定具だけでは見抜けなかった一点を、セルフィナは精霊の恐怖と帰還を守りながら特定した。
「人族の学院を守ると決めたセルフィナと、帰る道を守られた精霊たちが、六つの脈動の中から本物の心臓を指し示した。」
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




