第9話 《閃駆》
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
翌朝、僕は動く魔導標的を斬るつもりで訓練場へ向かった。
昨日は一度も届かなかった。
それでも、眠る前まで何度も頭の中で踏み込みを繰り返した。
右脚だけを強化する。
一歩だけ加速する。
剣先へ魔力を纏わせるのは、当たる直前。
順番は、もう覚えている。
「アルト、少し止まって」
訓練場の入口で、ティアナに呼び止められた。
「手、見せて」
僕が右手を差し出すと、ティアナは包帯の隙間を確かめるように指先で触れた。
「昨日よりはよさそう」
「うん。剣を握っても、あまり痛くないよ」
「あまり、なんだ」
ティアナは少しだけ眉を寄せ、それから僕の腰元へ手を伸ばした。
剣帯の金具を外し、緩んでいた革紐を締め直す。
顔が近くて、僕はどこを見ればいいのかわからなくなった。
「これで大丈夫」
「ありがとう」
「無茶はしないでね」
ティアナは剣帯から手を離すと、僕を見上げた。
「でも、アルトなら届くって信じてる」
「……うん」
昨日も、ティアナは僕が届くところを見ていると言ってくれた。
その言葉を嘘にしたくなかった。
訓練場へ入ると、中央の一角が半透明の壁で囲まれていた。
安全結界。
実戦訓練中の魔法や魔獣が、外へ飛び出さないためのものだ。
その周囲には、いつの間にか十数人の生徒が集まっていた。
「先生。移動標的はどこですか?」
「用意してある」
バルト先生が指した先には、布をかけられた鉄製の檻があった。
中から、低い唸り声が聞こえる。
背中が冷たくなった。
「まさか……」
「魔導標的は、お前を殺そうとはしない」
先生が布を引き落とす。
檻の中にいたのは、灰色の狼型魔獣だった。
迷宮で遭遇した黒狼型よりも一回り小さい。
学院が実戦訓練用に管理しているF級魔獣。危険度では最下級に近いが、牙も爪も本物だ。
狼型魔獣は檻の奥で身を低くし、僕を睨んでいた。
「迷宮実習は停止されたままだが、教師が監督する学院内の個別訓練までは禁じられていない」
バルト先生は結界の入口を開く。
「生きた相手へ一太刀を届かせろ」
「倒すんですか?」
「討伐しろとは言っていない。当てれば終わりだ」
たった一太刀。
昨日までなら、簡単な課題だと思ったかもしれない。
けれど、狼型魔獣の喉から漏れる唸りを聞いた瞬間、僕の指が震え始めた。
暗い迷宮。
岩壁にぶつけた背中。
折れそうになった剣。
血の臭い。
僕を食い殺そうと開かれた、黒い魔獣の口。
「アルト?」
結界の外から、ティアナの声がする。
「……大丈夫」
答えた声は、自分でもわかるほど頼りなかった。
僕は剣を抜き、結界の中へ入った。
背後で入口が閉ざされる。
バルト先生も、木剣を持ったまま結界内に残っている。危険になれば、すぐ介入できる距離だ。
檻が開く。
灰色の狼型魔獣が、ゆっくりと前へ出た。
鼻先を地面へ近づけ、僕の臭いを嗅ぐ。
次の瞬間、牙を剥いた。
来る。
頭ではわかっていた。
なのに、足が動かなかった。
「っ……!」
狼型魔獣の頭が腹へぶつかる。
身体が浮き、地面へ叩きつけられた。
肺から息が押し出される。
剣が手を離れ、乾いた音を立てて転がった。
「アルト!」
ティアナの声が遠くに聞こえる。
狼型魔獣は追撃せず、少し離れた場所から僕を警戒していた。
本能で敵へ襲いかかっているだけだ。
それでも、僕の目にはあの黒狼と重なって見えた。
「続けられないなら、剣を置け」
バルト先生は怒鳴らなかった。
「ここで終わっても、誰もお前を罰しない」
僕は地面へ手をつく。
腕に力が入らない。
怖い。
今すぐ結界の外へ逃げたかった。
「選ぶのはお前だ」
先生は、僕が立つのを待っていた。
ティアナも、もう大丈夫とは言わなかった。
ただ、結界の外から僕を見ている。
僕は這うようにして剣へ手を伸ばした。
恐怖は消えていない。
足も震えたままだ。
でも、怖くなくなってから立とうとしていたら、きっと何も守れない。
「……続けます」
剣を拾い、立ち上がる。
狼型魔獣が再び走り出した。
昨日見たフィアの動きが、頭に浮かぶ。
雷を纏い、空を駆けた学院最速の剣士。
僕も、あれくらい速くなれれば。
魔力を全身へ流す。
脚、腕、背中。
少ない魔力が、一度に身体中へ広がった。
「違う!」
バルト先生の声が飛ぶ。
僕は構わず地面を蹴った。
短距離加速。
けれど、足元へ集めるはずの魔力は、すでにほとんど残っていなかった。
踏み込みが途中で失速する。
剣は狼型魔獣の背後を空振りした。
「しまっ――」
振り向くより早く、爪が肩をかすめた。
制服が裂け、浅い痛みが走る。
続く前脚が頬へ当たり、僕は再び地面へ転がった。
「フィアになるな!」
バルト先生の声が響いた。
「お前に必要なのは七度の加速じゃない!」
僕は剣を杖にして、膝を立てる。
「守りたい場所へ届く、一度の踏み込みだ!」
一度。
たった一度でいい。
相手より長く速く動く必要はない。
必要な場所へ、先に届けばいい。
僕は呼吸を整えた。
狼型魔獣が訓練場を走り回っている。
速い。
目で追おうとするたび、視界の端へ逃げていく。
追うから、遅れる。
僕は狼型魔獣そのものではなく、その身体を見ることにした。
地面を踏む前脚。
傾く肩。
開かれる顎。
飛びかかる直前、後ろ脚へ体重が移る。
何度か走るうちに、わずかな規則が見えてきた。
僕から三歩ほど離れた場所で、狼型魔獣が止まる。
頭が下がる。
右の前脚が、土へ沈んだ。
来る。
「アルトなら届く!」
ティアナの声が、結界を越えて届く。
「私は、ちゃんと見てるから!」
狼型魔獣を追うんじゃない。
あいつが来る場所へ、先に入る。
迷宮で一度だけ、僕の身体はこれよりも速く動いた。
でも、あの一歩は僕のものじゃなかった。
今度は違う。
僕の魔力で。
僕の意思で。
狼型魔獣が地面を蹴った。
右脚と体幹だけを身体強化。
足裏へ残った魔力を集める。
距離は一歩。
方向は直線。
外せば、牙の真正面だ。
「――っ!」
僕は地面を蹴った。
短距離加速。
景色が一瞬だけ後ろへ流れる。
爪が制服の胸元をかすめた。
怖くても、目を閉じない。
狼型魔獣とすれ違う、その瞬間。
剣先だけへ魔力を纏わせる。
刃が、灰色の毛並みへ触れた。
浅い手応え。
一本の赤い線が、狼型魔獣の肩へ刻まれた。
「当たった……」
僕の剣が、生きた敵へ届いた。
次の瞬間、右脚から感覚が消えた。
膝が崩れ、僕はその場へ倒れ込む。
魔力も残っていない。
狼型魔獣はすぐに振り返った。
浅い傷では止まらない。
牙を剥き、動けない僕へ飛びかかる。
避けられない。
「そこまでだ!」
バルト先生が、僕と狼型魔獣の間へ入った。
木剣が狼型魔獣の顎を下から打ち上げる。
浮き上がった身体を受け流し、その首元を地面へ押さえ込んだ。
学院の管理員が駆け寄り、魔獣へ拘束具をつける。
実戦訓練は終わった。
「結局、倒せなかったのか」
「一太刀当てただけだろ」
結界の外から、そんな声が聞こえた。
間違ってはいない。
バルト先生がいなければ、僕は今の反撃を受けていた。
勝利には、ほど遠い。
「アルト」
先生が、狼型魔獣の肩に残った浅い傷を見る。
「今の一歩は偶然か?」
「……今は、まだ偶然に近いです」
僕は痺れた右脚を押さえながら答えた。
「でも、もう一度できるようにします」
「なら、名をつけろ」
「名前を?」
「技は、再現するために名を持つ。感覚を忘れず、同じ形へ戻るためにな」
ほんの一瞬だけ、景色を置き去りにした。
光が閃くような、たった一度の駆け。
「《閃駆》」
僕は剣を握り直した。
「僕の、最初の剣技です」
「名前をつけただけで完成したと思うな」
バルト先生は厳しい顔のまま、狼型魔獣の傷を示す。
「その傷では敵を倒せん。二歩目を作れなければ、実戦では死ぬ」
「はい」
「だが、一太刀は届いた。その感覚だけは忘れるな」
結界が解かれる。
ティアナが真っ先に僕のところへ駆けてきた。
「立てる?」
「たぶん……無理かも」
「もう、無茶しないでって言ったのに」
困ったように笑いながら、ティアナは僕の腕を自分の肩へ回した。
身体が触れるほど近い距離で、彼女が僕を支えてくれる。
「届いたね」
「うん。でも、勝てなかった」
「じゃあ、次は二太刀目だね」
僕は連れていかれる狼型魔獣の肩を見た。
そこには消えそうなほど浅い、一本の傷が残っている。
「次は、一太刀で終わらせない」
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




