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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第9話 《閃駆》



 翌朝、僕は動く魔導標的を斬るつもりで訓練場へ向かった。


 昨日は一度も届かなかった。


 それでも、眠る前まで何度も頭の中で踏み込みを繰り返した。


 右脚だけを強化する。


 一歩だけ加速する。


 剣先へ魔力を纏わせるのは、当たる直前。


 順番は、もう覚えている。


「アルト、少し止まって」


 訓練場の入口で、ティアナに呼び止められた。


「手、見せて」


 僕が右手を差し出すと、ティアナは包帯の隙間を確かめるように指先で触れた。


「昨日よりはよさそう」


「うん。剣を握っても、あまり痛くないよ」


「あまり、なんだ」


 ティアナは少しだけ眉を寄せ、それから僕の腰元へ手を伸ばした。


 剣帯の金具を外し、緩んでいた革紐を締め直す。


 顔が近くて、僕はどこを見ればいいのかわからなくなった。


「これで大丈夫」


「ありがとう」


「無茶はしないでね」


 ティアナは剣帯から手を離すと、僕を見上げた。


「でも、アルトなら届くって信じてる」


「……うん」


 昨日も、ティアナは僕が届くところを見ていると言ってくれた。


 その言葉を嘘にしたくなかった。


 訓練場へ入ると、中央の一角が半透明の壁で囲まれていた。


 安全結界。


 実戦訓練中の魔法や魔獣が、外へ飛び出さないためのものだ。


 その周囲には、いつの間にか十数人の生徒が集まっていた。


「先生。移動標的はどこですか?」


「用意してある」


 バルト先生が指した先には、布をかけられた鉄製の檻があった。


 中から、低い唸り声が聞こえる。


 背中が冷たくなった。


「まさか……」


「魔導標的は、お前を殺そうとはしない」


 先生が布を引き落とす。


 檻の中にいたのは、灰色の狼型魔獣だった。


 迷宮で遭遇した黒狼型よりも一回り小さい。


 学院が実戦訓練用に管理しているF級魔獣。危険度では最下級に近いが、牙も爪も本物だ。


 狼型魔獣は檻の奥で身を低くし、僕を睨んでいた。


「迷宮実習は停止されたままだが、教師が監督する学院内の個別訓練までは禁じられていない」


 バルト先生は結界の入口を開く。


「生きた相手へ一太刀を届かせろ」


「倒すんですか?」


「討伐しろとは言っていない。当てれば終わりだ」


 たった一太刀。


 昨日までなら、簡単な課題だと思ったかもしれない。


 けれど、狼型魔獣の喉から漏れる唸りを聞いた瞬間、僕の指が震え始めた。


 暗い迷宮。


 岩壁にぶつけた背中。


 折れそうになった剣。


 血の臭い。


 僕を食い殺そうと開かれた、黒い魔獣の口。


「アルト?」


 結界の外から、ティアナの声がする。


「……大丈夫」


 答えた声は、自分でもわかるほど頼りなかった。


 僕は剣を抜き、結界の中へ入った。


 背後で入口が閉ざされる。


 バルト先生も、木剣を持ったまま結界内に残っている。危険になれば、すぐ介入できる距離だ。


 檻が開く。


 灰色の狼型魔獣が、ゆっくりと前へ出た。


 鼻先を地面へ近づけ、僕の臭いを嗅ぐ。


 次の瞬間、牙を剥いた。


 来る。


 頭ではわかっていた。


 なのに、足が動かなかった。


「っ……!」


 狼型魔獣の頭が腹へぶつかる。


 身体が浮き、地面へ叩きつけられた。


 肺から息が押し出される。


 剣が手を離れ、乾いた音を立てて転がった。


「アルト!」


 ティアナの声が遠くに聞こえる。


 狼型魔獣は追撃せず、少し離れた場所から僕を警戒していた。


 本能で敵へ襲いかかっているだけだ。


 それでも、僕の目にはあの黒狼と重なって見えた。


「続けられないなら、剣を置け」


 バルト先生は怒鳴らなかった。


「ここで終わっても、誰もお前を罰しない」


 僕は地面へ手をつく。


 腕に力が入らない。


 怖い。


 今すぐ結界の外へ逃げたかった。


「選ぶのはお前だ」


 先生は、僕が立つのを待っていた。


 ティアナも、もう大丈夫とは言わなかった。


 ただ、結界の外から僕を見ている。


 僕は這うようにして剣へ手を伸ばした。


 恐怖は消えていない。


 足も震えたままだ。


 でも、怖くなくなってから立とうとしていたら、きっと何も守れない。


「……続けます」


 剣を拾い、立ち上がる。


 狼型魔獣が再び走り出した。


 昨日見たフィアの動きが、頭に浮かぶ。


 雷を纏い、空を駆けた学院最速の剣士。


 僕も、あれくらい速くなれれば。


 魔力を全身へ流す。


 脚、腕、背中。


 少ない魔力が、一度に身体中へ広がった。


「違う!」


 バルト先生の声が飛ぶ。


 僕は構わず地面を蹴った。


 短距離加速。


 けれど、足元へ集めるはずの魔力は、すでにほとんど残っていなかった。


 踏み込みが途中で失速する。


 剣は狼型魔獣の背後を空振りした。


「しまっ――」


 振り向くより早く、爪が肩をかすめた。


 制服が裂け、浅い痛みが走る。


 続く前脚が頬へ当たり、僕は再び地面へ転がった。


「フィアになるな!」


 バルト先生の声が響いた。


「お前に必要なのは七度の加速じゃない!」


 僕は剣を杖にして、膝を立てる。


「守りたい場所へ届く、一度の踏み込みだ!」


 一度。


 たった一度でいい。


 相手より長く速く動く必要はない。


 必要な場所へ、先に届けばいい。


 僕は呼吸を整えた。


 狼型魔獣が訓練場を走り回っている。


 速い。


 目で追おうとするたび、視界の端へ逃げていく。


 追うから、遅れる。


 僕は狼型魔獣そのものではなく、その身体を見ることにした。


 地面を踏む前脚。


 傾く肩。


 開かれる顎。


 飛びかかる直前、後ろ脚へ体重が移る。


 何度か走るうちに、わずかな規則が見えてきた。


 僕から三歩ほど離れた場所で、狼型魔獣が止まる。


 頭が下がる。


 右の前脚が、土へ沈んだ。


 来る。


「アルトなら届く!」


 ティアナの声が、結界を越えて届く。


「私は、ちゃんと見てるから!」


 狼型魔獣を追うんじゃない。


 あいつが来る場所へ、先に入る。


 迷宮で一度だけ、僕の身体はこれよりも速く動いた。


 でも、あの一歩は僕のものじゃなかった。


 今度は違う。


 僕の魔力で。


 僕の意思で。


 狼型魔獣が地面を蹴った。


 右脚と体幹だけを身体強化。


 足裏へ残った魔力を集める。


 距離は一歩。


 方向は直線。


 外せば、牙の真正面だ。


「――っ!」


 僕は地面を蹴った。


 短距離加速。


 景色が一瞬だけ後ろへ流れる。


 爪が制服の胸元をかすめた。


 怖くても、目を閉じない。


 狼型魔獣とすれ違う、その瞬間。


 剣先だけへ魔力を纏わせる。


 刃が、灰色の毛並みへ触れた。


 浅い手応え。


 一本の赤い線が、狼型魔獣の肩へ刻まれた。


「当たった……」


 僕の剣が、生きた敵へ届いた。


 次の瞬間、右脚から感覚が消えた。


 膝が崩れ、僕はその場へ倒れ込む。


 魔力も残っていない。


 狼型魔獣はすぐに振り返った。


 浅い傷では止まらない。


 牙を剥き、動けない僕へ飛びかかる。


 避けられない。


「そこまでだ!」


 バルト先生が、僕と狼型魔獣の間へ入った。


 木剣が狼型魔獣の顎を下から打ち上げる。


 浮き上がった身体を受け流し、その首元を地面へ押さえ込んだ。


 学院の管理員が駆け寄り、魔獣へ拘束具をつける。


 実戦訓練は終わった。


「結局、倒せなかったのか」


「一太刀当てただけだろ」


 結界の外から、そんな声が聞こえた。


 間違ってはいない。


 バルト先生がいなければ、僕は今の反撃を受けていた。


 勝利には、ほど遠い。


「アルト」


 先生が、狼型魔獣の肩に残った浅い傷を見る。


「今の一歩は偶然か?」


「……今は、まだ偶然に近いです」


 僕は痺れた右脚を押さえながら答えた。


「でも、もう一度できるようにします」


「なら、名をつけろ」


「名前を?」


「技は、再現するために名を持つ。感覚を忘れず、同じ形へ戻るためにな」


 ほんの一瞬だけ、景色を置き去りにした。


 光が閃くような、たった一度の駆け。


「《閃駆》」


 僕は剣を握り直した。


「僕の、最初の剣技です」


「名前をつけただけで完成したと思うな」


 バルト先生は厳しい顔のまま、狼型魔獣の傷を示す。


「その傷では敵を倒せん。二歩目を作れなければ、実戦では死ぬ」


「はい」


「だが、一太刀は届いた。その感覚だけは忘れるな」


 結界が解かれる。


 ティアナが真っ先に僕のところへ駆けてきた。


「立てる?」


「たぶん……無理かも」


「もう、無茶しないでって言ったのに」


 困ったように笑いながら、ティアナは僕の腕を自分の肩へ回した。


 身体が触れるほど近い距離で、彼女が僕を支えてくれる。


「届いたね」


「うん。でも、勝てなかった」


「じゃあ、次は二太刀目だね」


 僕は連れていかれる狼型魔獣の肩を見た。


 そこには消えそうなほど浅い、一本の傷が残っている。


「次は、一太刀で終わらせない」

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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 何卒よろしくお願いいたします。

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