第88話 星冠教団侵攻
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
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《重環封鎖》へ二本目の封印破壊杭が叩き込まれ、外側の環が砕けた。
淡い金色の破片が、外側回廊へ雨のように散る。
衝撃は残る二つの環を通り抜け、左右の封印支柱まで揺らした。
「くっ……!」
セレネ先生の両腕が弾かれる。
左右に立つ成人封印官も一歩ずつ後退したが、すぐ封印支柱へ手を戻した。
「外環消失! 中環、内環は維持!」
「第一防衛線、間隔を詰めろ!」
学院警備員たちが盾を重ねる。
入口封印から十歩以上離れた第二防衛線で、僕たち四人も腰を落とした。
最も奥には、ローデン評議官が開いた大型地下門。
そこから入口封印までは、二十歩ほどの石造りの外側回廊だ。
二十人を超える星冠教団信徒が、狭い回廊を埋めている。
前列は短剣と盾、封印破壊杭。
後列では、別の信徒たちが四本の黒い杭を床へ運び始めていた。
「二手に分かれた」
レグルスが息を整えながら言う。
「前は封印を壊す隊。後ろは別の術式を組むつもりだ」
王都の残留隊は学院へ向かっている。
けれど、七大魔法騎士と主要騎士団は、各地で本物の魔物群と結界異常へ対応中だ。王城や市街の防衛を放棄して、全ての残留戦力を学院へ集めることもできない。
援軍が来るまで、ここにいる戦力で持ちこたえなければならない。
外側回廊で、金属を床へ打ち込む音が四度響いた。
黒い杭が四方へ立つ。
その中央へ、ローデン評議官が進み出た。
手にしているのは武器ではなく、真鍮製の物理拡声筒だった。
「学院側へ告げる」
低い声が石壁に反響する。
「主の器――アルトを、生きたままこちらへ渡せ」
学院警備員の盾越しに、ローデン評議官の視線が僕を捉えた。
左腕の奥が冷たくなる。
けれど、治療布の下にある腕は動かない。封魔具も沈黙したままだ。
「そして、地下遺物の召喚を妨げるな」
地下遺物。
それが何なのか、ローデン評議官は説明しない。
「二つの条件を受け入れれば、学生区画への攻撃は止める」
入口封印の内側に備え付けられた物理伝声管から、学院長の声が返った。
「拒否する」
短く、迷いのない声だった。
「学院は生徒を取引材料として差し出さない。お前たちが条件を守る保証もなく、アルトを渡した後に召喚と侵攻を続けない証拠もない」
ローデン評議官の表情は変わらない。
拡声筒を下ろし、後列へ片手を上げた。
四本の召喚杭を囲んだ信徒たちが、一斉に詠唱を始める。
「名を伏せられし古き座よ、閉ざされた深層より応え、四方の杭と冠の標に従い、遺されたものをこの陣へ移せ――第四階位・召喚術《深層遺物牽引》」
一人の魔力ではない。
複数の信徒から流れた魔力が、四本の杭へ少しずつ蓄積される。
杭の根元から細い術式線が伸び、石床へ複雑な円を描き始めた。
ごう、と地下門の奥から風が吹く。
以前、閉ざされた保守口から感じた上向きの風と似ていた。
けれど、同じ発生源かは分からない。
術式線は地下門の奥へ伸びているが、何かが姿を現したわけでもない。声も影もない。
分かるのは、星冠教団が「地下遺物」と呼ぶ何かを、深い場所から引き寄せようとしていることだけだ。
「召喚班はそのまま続けろ! 破封班、前へ!」
信徒たちが盾を掲げて走り出す。
先頭の三人が残る封印面へ体当たりし、その後ろから封印破壊杭が突き込まれた。
金色の中環が大きくたわむ。
「盾列、受けろ!」
学院警備員が第一防衛線から前へ踏み込んだ。
封印の隙間へ短剣が差し込まれる。
一人の学院警備員が盾を斜めに構え、刃を石床側へ滑らせた。隣の警備員が盾の縁を信徒の手首へ打ち込み、短剣を落とさせる。
三人目の警備員が長柄の捕縛具を盾の隙間から突き出し、信徒の足を払った。
一対一ではない。
二人、三人で一つの侵入へ対応し、前列が疲れれば後列と入れ替わる。
それでも、信徒の数は多い。
封印破壊杭が中環へめり込むたび、入口天井から石粉が落ちた。
「右上の支持石が割れる!」
ティアナが叫ぶ。
成人指揮官が振り返る。
「第二防衛線、天井を支えろ! 入口は塞ぐな!」
「分かった!」
ティアナは両足を開いた。
旧排水路で魔力を消耗したままだ。詠唱を始める前から、呼吸が浅い。
それでも、両手を石床へ向ける。
「大地よ、揺らぐ礎を抱き、崩れ落ちる天を支えよ――第二階位・土魔法《岩柱列陣》」
第一防衛線の左右から、二本の岩柱が立ち上がった。
一本は亀裂の入った天井を支え、もう一本は崩れた石材が退路へ落ちるのを防ぐ。
中央には、成人警備員が交代できる幅が残された。
「ぐ……っ」
ティアナの靴が石床へ沈み、膝が震える。
「維持は長くできない!」
「十分だ! 後列、交代を急げ!」
成人指揮官が応じた。
次の封印破壊杭が、中環の亀裂へ差し込まれる。
杭の側面から、細い偽制御線が左右へ伸びた。金色の封印線へ絡みつき、中環を内側から引き裂こうとしている。
フィアが細剣を抜く。
「紫電よ、我が刃に沿い、偽りの脈だけを断て――第一階位・雷魔法《雷装・断脈》」
紫の雷が細剣の輪郭だけを包んだ。
フィアは正面から杭へ斬りかからない。
盾列の横へ半歩入り、封印の亀裂から伸びた一本の偽制御線だけを狙う。
細剣が一閃。
偽制御線が弾け、杭の片側から魔力が消えた。
中環へ掛かっていた圧力が僅かに緩む。
だが、杭そのものは残っている。
「一本だけ。全部は切れない」
フィアが息を吐いて後退した。
その直後、制御を失った杭の一部が破裂した。
金属片と封印の光片が第二防衛線へ飛ぶ。
同時に舞い上がった石粉が視界を覆った。
「風よ、閉ざされた熱を攫い、命の道を空へ穿て――第二階位・風魔法《旋流排気》」
レグルスが両手を排気路へ向けた。
第二防衛線の足元から細い旋風が起こる。
石粉と熱だけを巻き上げ、右上の排気口へ運んでいく。フィアの剣先にも、セレネ先生の封印面にも風を当てない。
成人警備員たちの視界が戻った。
けれど、レグルスの肩も大きく上下している。
北側旧検査所から休む間もなく戻ったのだ。二度、三度と同じ魔法を使える状態ではない。
鋭い金属片が一つ、旋風の外を抜けた。
進路の先には、負傷した学院警備員を運ぶ成人治療職員がいる。
僕は剣先を金属片へ向けた。
「集え、散るな。形なき力よ、我が一点に重みを結べ――第一階位・基礎魔法《衝圧》」
小さな圧力が剣先の前で弾ける。
金属片を砕くほどの威力はない。
軌道が指一本分だけ逸れ、成人治療職員の脇を通過して壁へ突き刺さった。
魔力が一気に減り、呼吸が乱れる。
それでも暴食は開いていない。
誰の魔力も吸収していない。
封魔具も作動していなかった。
「負傷者、後方へ!」
バルト先生の声が中央避難階段から届く。
盾を支えていた学院警備員の一人が、腕を浅く斬られていた。
成人治療職員が傷を押さえ、交代した警備員が空いた位置へ入る。
「下級生は全員上層へ移動! 残る負傷者は三名! 振り返るな、置いていく者はいない!」
セルフィナの風精霊が後方の煙を確認し、メルナの幻像標が避難方向を示している。
ユリウスは物理人数札を一枚ずつ裏返していた。
避難は進んでいる。
だが、地下の召喚陣も広がっていた。
四本の杭を繋ぐ線が明滅し、床の奥から低い脈動が返ってくる。
その正体は見えない。
《重環封鎖》の中環へ、三本目の破壊杭が打ち込まれた。
金色の面に、上から下まで長い亀裂が走る。
セレネ先生が息を詰まらせた。
左右の成人封印官が魔力を送り続けても、亀裂は閉じ切らない。
第一防衛線では、新たな学院警備員が腕を打たれ、膝をついた。
捕獲隊。
召喚儀式隊。
二つが同時に進んでいる。
僕を渡せば、攻撃を止める。
その言葉が、頭の中へ残っていた。
信用できるはずがない。
僕を捕らえた後で、地下遺物の召喚を続けるかもしれない。
学生区画への攻撃を止めても、学院警備員や先生への攻撃を止めるとは言っていない。
分かっている。
それでも――僕一人が出れば、ほんの数分でも杭を打つ手が止まるかもしれない。
その数分で、残る負傷者を逃がせるかもしれない。
僕は剣先を下げた。
「僕が行く」
ティアナが振り向く。
「教団が僕を欲しがっているなら、その間に避難を終わらせられる」
第二防衛線から、一歩だけ前へ出る。
入口封印まではまだ十歩以上ある。
そこへ向かおうとした僕の右手を、ティアナが掴んだ。
強く引いたわけではない。
彼女の小指が、僕の小指へ短く絡む。
戦闘の振動とは違う震えが、指先から伝わってきた。
ティアナも怖いのだ。
それでも、手を離さない。
「一人を差し出して、残った三人だけが助かる道は選ばないって誓った」
「ティアナ。でも――」
「アルトが一人で背負おうとしたら、私たちが止める。それも誓ったよ」
琥珀色の瞳が、まっすぐ僕を見る。
「教団が約束を守る保証なんてない。アルトを渡したあとで召喚を続けられたら、何も守れない」
フィアが僕と入口封印の間へ立った。
細剣は下げたまま。切っ先を僕へ向けることはない。
「一人で差し出されるのは、守ることじゃない」
灰色の瞳は揺れていなかった。
「生きて四人で戻るって決めた。その誓いを、アルト一人の判断で終わらせないで」
右肩へ、レグルスの手が置かれる。
負傷した左腕には触れず、僕を第二防衛線側へ押し戻した。
「四人で決めた誓いを、お前一人の判断で破るな」
「けど、このままなら封印が――」
「お前を差し出すかどうかを決める権利は、教団にも、お前一人にもない」
レグルスは入口封印を睨んだまま言う。
「戻って戦列へ立て。ここは一人で終わらせる場所ではない」
誰か一人を犠牲にして、残りが助かる道を選ばない。
誰かが全てを背負おうとしたら、残る三人が止める。
四人全員で生きて帰る。
僕は、その誓いを忘れていたわけじゃない。
守りたいという焦りを理由に、三人の選択を僕一人で決めようとしていた。
ティアナの小指がまだ震えている。
僕は一瞬だけ、その手を握り返した。
「……ごめん。僕は行かない」
ティアナが息を吐き、手を離す。
フィアも僕の前から半歩ずれた。
レグルスは右肩を一度押し、すぐ自分の位置へ戻る。
僕も剣を構え直した。
前には成人警備員の盾列。
その向こうに、亀裂の入った二つの封印環。
さらに奥では、《深層遺物牽引》の術式線が脈打っている。
地下遺物はまだ現れていない。
星冠教団の侵攻も止まっていない。
だからこそ、一人で終わらせない。
誰か一人を差し出して残りが助かる道は選ばない――星冠教団の本格侵攻が始まった夜、あの日の誓いが、僕たち四人を同じ防衛線へ繋ぎ止めた。
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