表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/94

第85話 王都の空白



七つ目の騎士団旗が王都の門外へ消えて一刻、学院正門に二本目の封鎖梁が落とされた。


地響きにも似た重い音が、夕暮れの学院に響く。


正門を閉ざしたわけではない。許可を受けた人員と物資は、脇の通用口で身分証、物理印、積み荷を二重に確認してから通される。


けれど、七騎が出陣する前とは明らかに空気が違った。


半日かけて東方集落から戻った僕たちも、つい一刻前にあの門を通ったばかりだ。


「全区画、再編した配置へ移行する」


学院長の声が緊急作戦広間へ通った。


壁に掛けられた学院図には、学院警備員と残留職員の配置札が並んでいる。学院は無人ではない。王城警備隊や都市警備隊との連絡要員も残っている。


それでも、札と札の間は広かった。


十回生と成人試験官の多くは学院外。七大魔法騎士と主力騎士団も、本当に救援を必要としている各地へ向かっている。


今ある戦力で、守る形を作り直さなければならない。


「正門、裏門、文書搬入口は二重確認を継続。上層監査認証の凍結は維持する。封印区画と医療区画へ警備を増員。下級生寮は日没前に人数を確定させろ」


学院長が物理記録板の配置札を動かす。


「巡回は必ず二名以上。通常通信網だけに頼らず、物理伝令を併用する。古い地下経路、保守口、換気路も図面から洗い直せ。不審物だけではない。不審音、空気の流れも即時報告だ」


指示を受けた学院警備員と残留職員が、次々に広間を出ていく。


慌ただしいが、混乱はない。


誰もが、自分の守る場所を理解して動いていた。


「医療区画は私が担当する」


バルト先生が治療薬の在庫表を閉じた。


寝台、成人治療職員、負傷者を受け入れる導線。出入口には学院警備員が追加され、廊下の一方が搬送専用に指定された。


「アルト。お前に認めるのは、許可区画内の経路確認までだ。戦闘任務ではない」


「はい、バルト先生」


「成人警備員から離れるな。左腕の痛み、右脚の痺れ、空腹、魔力の変化。どれか一つでもあれば、その場で申告しろ。暴食の使用は認めない」


治療布の上にある黒銀色の封魔具を見下ろし、僕はうなずいた。


炎症と熱傷は改善している。けれど完治はしていない。東方集落からの帰路でも、疲れが溜まると右脚に僅かな痺れが出た。


動けることと、無理をしていいことは違う。


「地下経路の照合は、私が成人記録官と学院警備員とともに行います」


セレネ先生は、机に重ねられた二組の学院図を指した。


片方は現行図面。もう片方は、角が擦り切れた古い物理図面だ。


「古い図面には、現在使われていない保守路もあります。ただし、壁や床を推測で開けることはしません。認証印と鍵も複数名で管理します」


セレネ先生一人を地下へ向かわせる様子はない。


学院長が承認印を押した直後、広間の入口から金髪の少年が進み出た。


「学院長。学生側の防衛補助配置について、提案があります」


ユリウスは一礼し、綴じ紐の掛かった物理文書を差し出した。


彼の卒業試験は後発組だった。王国緊急令が届いたため、出発前に停止され、学院に残っている。


「先に断っておくが、学生だけで学院を守れるとは考えていません」


ユリウスの青い瞳が、学院図へ向く。


「先生と成人警備員を重要区画へ集中させるための補助です。下級生寮の人数確認、避難経路の案内、物理伝令板の運搬、廊下や階段、窓、換気口の観測。医療区画への導線確保と、食料、水、照明具の確認を担当させます」


「戦闘配置ではないのね」


ティアナが確かめる。


「ああ。不審者の追跡、地下制限区画への侵入、鍵や認証印の操作、未確認術式の解除は禁止する。成人命令なしの戦闘も、学院外への追跡も認めない」


「一名での巡回も禁止事項に入っています」


セルフィナが文書の末尾を見て言った。


「学生は二名以上で組み、成人責任者の指揮下に置く。配置表も通常通信網には保存しない。異論があるなら今聞く」


ユリウスは自分の案へ従えとは言わなかった。


僕は学院図に並ぶ巡回経路を見た。


「巡回の時刻と経路を完全に固定するのは危険だと思う」


ユリウスの視線が僕へ動く。


「理由は?」


「配置が外へ漏れた場合、巡回が通り過ぎた直後に長い空白ができます。成人責任者の承認を条件に、時刻と経路を一定の範囲で変えたほうがいい」


「無秩序にはしないのね」


「うん。変更前と変更後を物理記録へ残す。誰か一人の独断では変えない」


ユリウスは短く考え、文書の余白へ書き加えた。


「合理的だ。採用する」


「避難経路も一つに絞らないほうがいいよ」


続いてティアナが学院図を指す。


「大勢が同じ場所へ集まれば、転倒や詰まりが起きる。床の沈みや壁のひび、窓の状態も確認して、使える経路を複数残したい。土や植物の変化なら、私にも見つけられることがある」


「ただし、ティアナ一人へ全経路の確認を任せない」


学院長が念を押す。


「はい。見つけた異常を成人責任者へ報告します」


セルフィナも翡翠色の瞳を学院図へ落とした。


「私は健康な風精霊に、近距離の空気と煙、人の流れを確認させます。ただし学院全域へ飛ばすことはできません。異常を見つけても追跡はせず、成人警備員へ報告します」


隔離治療中の風精霊を使うつもりもないらしい。


学院長は三人の補足を物理文書へ記録させた。


「修正後の案を承認する。ただし、これは成人指揮下の防衛補助配置だ。学生を主力戦闘要員にはしない。危険を発見した時点で役目は果たしたと考え、必ず報告へ移れ」


「承知しました」


ユリウスが答えた。


日が沈みきる前、僕たちは最初の経路確認へ向かった。


場所は学院下層にある、許可された避難通路だ。


僕、ティアナ、セルフィナ、ユリウスに、成人警備員が二名同行する。地下封印区画へ続く制限線より、ずっと手前にある。


確認するのは通路の幅、照明、階段の状態、物理伝令板の設置位置だけだった。


「担架を通すなら、この角の荷箱は移動させるべきだな」


ユリウスが壁際の箱を記録する。


「床の沈みはないよ。ひびも古いものだけ」


ティアナは屈み込み、石床を目と指先で確かめた。魔法で床を動かすことはしない。


僕は伝令板を掛ける金具の高さを確認していた。


そのとき、セルフィナの肩にいた小さな風精霊が、急に通路の奥へ引かれた。


「待ってください」


セルフィナが足を止める。


風精霊は金属格子で閉じられた保守口の手前まで流され、下方へ沈んだ。


次の瞬間、見えない何かに押し戻されたように、ふわりと上昇する。


「今の学院換気計画に、地下側からの上向きの流れはありません」


セルフィナの声が低くなる。


成人警備員が僕たちの前へ出た。


保守口の格子には物理封印が残っている。壊れた跡も、開けられた形跡も見えない。


「精霊を奥へ入れるな」


「入れません」


セルフィナはすぐに風精霊を呼び戻した。


流れてきた空気は、冷たく乾いていた。古い石粉の匂いに、僅かな金属臭が混じっている。


血や人の匂いではない。黒い汚染を思わせる気配もなかった。


成人警備員が携行箱から物理式風向測定具を取り出す。


細い測定糸と軽い金属環、目盛り板だけで作られた簡素な道具だ。


僕は指示を受け、無事な右手で金属環を支えた。ティアナが目盛り板を水平に保ち、ユリウスが時刻と位置を記録する。


セルフィナは僕の隣で測定糸を整えた。


「少しだけ下げてください」


「このくらい?」


「はい。その位置で――」


突然、冷たい風が格子の下から吹き上がった。


金属環が強く引かれる。


僕とセルフィナは同時に手を伸ばした。


重なった指先から、ひやりとした温度が伝わる。狭い通路で互いに踏み込んだせいで、肩と顔の距離まで近くなった。


翡翠色の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。


「離さないでください。測定がずれます」


「う、うん」


調査中だと分かっているのに、僕の鼓動が一拍だけ余計に跳ねた。


セルフィナの髪先が風に揺れ、すぐ目の前を横切る。


ティアナは何も茶化さず、目盛り板を見たまま告げた。


「上向き。さっきより強いよ」


測定糸が三つ目の目盛りを越えたところで、風は急に弱まった。


僕とセルフィナはすぐに手を離す。


その瞬間だった。


左腕の奥が、どくり、と一度だけ脈打った。


心臓の鼓動とは違う。


痛みとも、外部操作で引かれた感覚とも違う。


けれど、治療布の下で左腕が動いたわけではない。封魔具も沈黙したままだ。


「異変です」


僕は即座に声を上げた。


成人警備員が振り返る。


「左腕が一度だけ、内側から脈打ちました。勝手には動いていません。空腹と暴食の兆候はありません。封魔具も作動していません」


「発生源は分かるか?」


「分かりません。方向も距離も、何に反応したのかも分かりません」


もう一度確かめようと意識を向けても、左腕は何も返さなかった。


再現できない。


僕はそれ以上探ろうとはせず、右手も身体の横へ戻した。


「全員、格子から離れろ」


成人警備員の一人が僕たちを安全な距離まで下げる。


もう一人は保守口へ近づかず、通路の両端を封鎖した。正式な内部連絡が医療区画と調査担当へ送られる。


短い待機の後、バルト先生とセレネ先生が、成人治療職員と成人記録官、追加の学院警備員を伴って到着した。


「アルト、申告した順にもう一度話せ」


僕が反応を説明すると、バルト先生は呼吸と脈拍を測り、右脚の感覚を確かめた。


続いて治療布の上から左腕の熱を確認する。


封魔具には触れず、監視用の物理表示板へ目を向けた。


「封魔具の作動なし。暴食が開いた兆候もない。周囲から魂や魔力を吸収した反応もないな」


「左腕は?」


ティアナが尋ねる。


「炎症と熱傷に新しい悪化はない。ただし、異常がなかったという意味ではない。アルトはこれ以降、地下経路の調査には参加させない。反応が再発すれば即座に医療区画へ移す」


「はい、バルト先生」


セレネ先生は保守口へ近づく前に、成人記録官と封印番号、確認順序、担当者を照合した。


格子には触れない。


細長い物理試験紙を保持具へ挟み、離れた位置から空気の流れへ差し入れる。


白かった紙面へ、淡い灰色の線がいくつも浮かんだ。


「現在の学院標準術式とは組み方が違います」


セレネ先生は試験紙を保護板へ収めた。


「古い魔力構造が、空気へ非常に薄く混ざっています。ただし、正確な年代も、誰が何のために作ったものかも分かりません」


「保守口の下に、魔力源があるのですか」


ユリウスが問う。


「そうとは限りません。保守口の直下だけから来た魔力ではありません」


セレネ先生は古い物理図面を開く。


現行図面にはない細線が、何本も王都側へ伸びていた。けれど、その多くは途中で途切れ、封鎖済みの印が押されている。


「古い経路を長く通って、薄く混ざった可能性があります。遠いことは分かっても、方向と距離までは特定できません」


生物なのか。


遺物なのか。


術式なのか、それとも古い建物そのものが残した魔力なのか。


何一つ分からない。


僕の左腕が反応した理由も同じだった。


「左腕を使って、もう一度探らせることはできないのですか」


ユリウスは僕ではなく、バルト先生へ尋ねた。


「認めない」


バルト先生は即答した。


「再現できない反応を探知能力とは呼べん。暴食を意図的に開くことも、黒い魔力を伸ばすことも許可しない」


「僕もやりません」


僕ははっきり告げた。


分からないものを確かめたい気持ちはある。


だからこそ、一人で危険を背負わない。身体の反応を、安全なふりで小さくもしない。


学院長から新しい命令が届いた。


保守口は開けず、成人警備員を二名以上配置する。物理封印、周辺の足跡、工具痕、認証使用記録を確認し、現行図面と古い物理図面を照合する。


地下経路の調査は、成人中心の専任班が非破壊測定から始める。


僕たち学生は退避経路の確認へ戻され、制限線の内側へ入ることは認められなかった。


正しい判断だ。


それでも、離れていく途中で一度だけ振り返る。


二重の警備の向こうで、閉ざされた金属格子から細い測定糸が揺れていた。


風が止まったように見えた次の瞬間、糸はまた僅かに上を向く。


七騎が去った王都の空白で、閉ざしたはずの学院地下だけが、誰にも許可されていない呼吸を続けていた。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ