第81話 卒業試験開始
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
卒業試験の組分け板で、僕の名前は、フィアとレグルスの名前から初めて大きく離れていた。
第一組。
アルト、ティアナ、セルフィナ。
第二組。
フィア、レグルス、メルナ。
「……本当に分けられたんだね」
隣に立つティアナが、二組の名前を見比べた。
「しかも、きれいに二人ずつだ」
中央演習棟から四十二名の生徒と二名の学院職員を救出してから、三週間が経過していた。
救助された全員が通常生活へ戻り、僕たちも最終学期の開始日を迎えている。
左腕の炎症と軽い熱傷は改善したものの、治療布はまだ外れていない。その上には黒銀色の封魔具が残り、負荷がかかれば痛みも出る。
右脚の痺れも、長く歩いた時には僅かに戻ってきた。
ローデン評議官の行方は分からないままだ。
星冠教団の大規模計画も、《アークデーモン心臓遺物封印簿》の所在も判明していない。
学院は警備員を増員し、出入口の認証方式も変更していた。それでも卒業試験を無期限に延期することはなく、僕たち十回生は学院中央棟の試験告示広間へ集められていた。
告示板の前には僕たち六人だけでなく、組分けを確認する十回生たちが並んでいる。
広間の周囲では成人警備員が警戒に当たり、正面の壇上には学院長と複数の試験官が立っていた。
「全員、組分けを確認したな」
学院長の声が広間へ響く。
「最終学期の卒業試験は、三人一組による実戦任務だ。学院内の模擬戦ではない。王都周辺で実際に発生している護衛、調査、救助、魔獣対応、施設確認を担当してもらう」
生徒たちの間に、緊張した空気が広がった。
「任務期間は最長七日。判断を誤れば、市民や同行者が現実の被害を受ける可能性がある」
学院長は一度言葉を切った。
「ただし、学生だけで任務へ放り出すわけではない。各組には成人試験官が一定距離から同行する。人命に関わる場合は、試験官が介入する」
「介入されたら不合格ですか?」
前列の生徒が尋ねた。
「原則として減点対象だ。しかし、人命を失うより減点を選べ。撤退が最善なら撤退しろ。その理由を説明できるなら、それも判断として評価する」
中央演習棟で、ローデン評議官の追跡より人命救助を選んだ時のことが頭をよぎった。
敵を多く倒せば合格する試験ではない。
任務達成だけでなく、市民の保護、情報共有、負傷の申告、撤退判断、想定外の事態への対応、任務後の物理報告書までが評価される。
卒業試験というより、騎士や冒険者として本当に働けるかを試される任務だった。
「次に、組分けについて説明する」
学院長の視線が、僕たちへ向いた。
「アルト、ティアナ、フィア、レグルス。お前たち四人は、既に高い水準で役割を補完できている」
僕が状況を整理する。
ティアナが足場や防御を固める。
フィアが制御線や要所を切断する。
レグルスが風と間合いを管理する。
中央演習棟の救助でも、その連携が多くの生徒を救った。
「だが、完成された連携に依存したままでは、卒業後に異なる者と任務へ入った時、同じ判断ができるとは限らない」
学院長が組分け板を示す。
「今回は四人を二組へ分割した。それぞれ、固定された四人以外の仲間と新しい連携を作れ」
「なるほどな」
レグルスが腕を組む。
「俺たちなら、四人揃っていなくても成功させられる。それを証明すればいい」
「その風で私の幻像を崩さなければ、ですけど」
メルナが淡々と返した。
「私の幻像は実体ではありません。広範囲へ風を撒かれると輪郭が乱れます。任務前に合図と使用範囲を決めましょう」
「分かっている。俺も味方の術式を乱すつもりはない」
言い返しながらも、レグルスはメルナの指摘を拒まなかった。
フィアも二人の間へ入り、組分け板を確認する。
「私が前へ出る。レグルスが周囲を管理して、メルナが視界を作る。細かい順番は任務を見てから決めよう」
三人は、もう自分たちの連携を組み始めていた。
僕は第一組の並びを見る。
ティアナがいる。
けれど、その隣にいるのはフィアでもレグルスでもない。
淡い銀緑色の髪を背へ流したセルフィナが、翡翠色の瞳で僕とティアナを見ていた。
「先に確認しておきます」
セルフィナが言う。
「私は、あなたたち二人の連携へ付いていくだけの役ではありません」
「うん。そのつもりだよ」
ティアナが答える。
「今回は三人で考える。私とアルトだけで決めて、セルフィナへ結果を伝える形にはしない」
「それなら異論はありません」
セルフィナは僕へ視線を移した。
「三人の意見が違えば、理由を確認します。今回の任務中は、監視対象と監視役ではなく、同じ組の判断者として扱ってください」
「分かった。僕も一人で決めない」
「なお、第三者監視の任務が終了したわけではありません」
「そこは変わらないんだ」
「当然です」
素っ気ない答えだった。
けれど以前のセルフィナなら、同じ組の判断者として扱えとは言わなかったかもしれない。
「組分け説明は以上だ。各組、隣接する装備確認室へ移動し、正式登録を行え」
学院長の指示を受け、僕たちは告示広間から隣の装備確認室へ移った。
移動した理由は、三人一組の登録板へ構成員の認証を残し、装備と任務条件を紐付けるためだ。
第一組の登録板は、机の中央に置かれていた。
「右手を順に重ねてください」
物理記録官の指示で、ティアナが最初に手を置く。
僕はその上へ右手を重ねた。
下から伝わるティアナの手は温かい。
「最後はセルフィナです」
「失礼します」
セルフィナの細い指が、僕の右手の上へ触れた。
ティアナの温かさと、セルフィナの少し冷たい指先。
三人で一枚の登録板を囲んだことで、肩の距離まで近くなる。
淡い銀緑色の髪が視界の端で揺れ、セルフィナと目が合った。
彼女の視線が一瞬だけ僕の手へ落ち、すぐに戻る。
「登録が終わるまで動かないでください。認証がずれます」
「動いてないよ」
「脈が少し速くなっています」
「それは認証に関係あるの?」
「ありません」
反対側でティアナが小さく笑った。
嫉妬や不満ではなく、僕たちのやり取りそのものがおかしかったらしい。
三人分の認証が揃い、登録板へ淡い光が一周する。
「第一組、登録完了です」
物理記録官の言葉と同時に、僕たちは手を離した。
ほんの数呼吸だったのに、右手へ二人の温度が残っている気がした。
「次は参加条件だ」
装備確認室の奥にいたバルト先生が、記録板を持って近づいてきた。
「アルト。左腕は改善しているが、完治していない。右脚の痺れも残っている。卒業試験への参加は条件付きだ」
「はい」
「暴食は禁止。封魔具は外さない。単独行動も禁止だ。左腕の痛み、右脚の痺れ、空腹、魔力変化があれば即座に申告しろ」
「分かりました」
「成人試験官が撤退を命じた場合は従え。左腕へ強い負荷をかけるな。根性で隠せば、その時点で試験を中止する」
ティアナとセルフィナも、僕の返事を聞いている。
「必ず申告します」
「それでいい」
バルト先生は封魔具が通常状態にあることだけを確認し、長い検査は行わなかった。
登録と装備確認を終えると、各組へ物理封印された指令書が配られた。
第一組の任務は、学院東方の集落への護送。
治療薬と封印資材を運び、途中にある巡回所が連絡を絶った理由も確認する。
同行する成人職員と物資、現地住民の安全が優先される。
第二組は、学院北側の旧街道と、停止した中継所の調査。
魔獣が出没した場合は対応するが、安全を確認できなければ街道を封鎖し、報告を持ち帰ることも認められていた。
「撃破数より、通行人を巻き込まない判断が優先か」
レグルスが指令書を読みながら言う。
「当たり前」
フィアが答える。
「中継所の停止理由が分からないうちは、突っ込まない。メルナの幻像で先に確認する」
「それでいきましょう」
メルナもうなずいた。
一刻後。
装備確認と任務説明を終えた僕たちは、成人試験官と護送を担当する成人職員に同行し、学院正門へ移動していた。
門前には、出発を待つ三人組がいくつも並んでいる。
十回生の大部分は、今日から三日間に分かれて学院外へ出る。成人試験官や護衛職員、救護担当者も各組へ同行するため、中央棟の廊下からは既に人の声が減り始めていた。
学院全体が無人になるわけではない。
下級生も、成人警備員も、残留職員もいる。警備は以前より強化されている。
それでも、十回生の姿が一組ずつ門の向こうへ消えるたび、学院の空気が少しずつ薄くなっていくように感じた。
「アルト」
北側へ出発する列に並んでいたフィアが、僕を呼び止めた。
「離れていても、異変を隠さないで」
「うん。痛みも痺れも申告する」
「ならいい」
フィアはそれだけ確認すると、レグルスとメルナのもとへ戻った。
「どちらが先に任務を終えるか、勝負だ」
レグルスが言う。
「速さを競う試験じゃないよ」
「任務を雑に終わらせるとは言っていない。内容を完遂した上での勝負だ」
「それなら受ける」
僕が返すと、レグルスは満足そうに笑った。
やがて北側へ向かう門が開く。
フィア、レグルス、メルナの組は、成人試験官とともに旧街道へ続く道へ歩き出した。
いつも同じ隊列にいた二人の背中が、僕とは異なる方向へ遠ざかっていく。
「私たちも行こう」
ティアナが東側の道を示す。
セルフィナの肩の近くでは、健康な風精霊が淡い青緑色の光を揺らしていた。
「出発前に確認します」
セルフィナが僕たちを見る。
「異変は共有する。判断理由は省かない。意見が割れた場合は、危険度と護衛対象を基準にする。それでよろしいですか」
「うん」
「異論なし」
僕とティアナが答える。
成人試験官が出発許可証を正門の警備員へ渡した。
重い門がゆっくりと開き、東方へ伸びる街道が朝の光の中へ現れる。
僕たち三人は、治療薬と封印資材を積んだ荷車の横へ並んだ。
フィアもレグルスもいない。
代わりに、ティアナとセルフィナがいる。
いつもとは違う三人で、初めての実戦任務へ向かう。
いつもの四人が二つの道へ分かれ、十回生たちが次々と門を出ていく――僕たちの卒業試験は、学院に静かな空白を残して始まった。
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