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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第78話 裏切者の名



 四枚の証拠板が、同じ一つの扉を指していた。


 学院評議会区画の奥。


 現在は使われていない旧監査補助室。その扉を描いた見取り図へ、赤い確認線が四方向から集まっている。


「どれか一つだけなら、まだ偶然で済ませられました」


 セルフィナが物理記録板を机へ置いた。


「ですが、四系統全てが同じ場所へ到達しています」


 非公開証拠確認室には、学院長、成人監督者、学院警備員、物理記録官が揃っている。


 貴族院記録官とユリウスも別系統の原本を持参していた。


 二名の監視者に挟まれたセレネ先生は、発見物へ触れられない位置で静かに立っている。


 ティアナ、フィア、レグルスも僕の近くにいた。


 僕の左腕には治療布と封魔具が残っている。痛みも右脚の痺れも消えていないが、封魔具は沈黙したままだ。


「最初に残留魔力を再確認します」


 セルフィナが呼ぶと、淡い青緑色の風精霊が証拠板の上へ降りた。


 隔離治療中の小さな精霊ではない。今回の調査へ正式に協力している、健康な風精霊だ。


 上層監査用の記録紙。


 評議会区画の文書搬入口。


 ローデン評議官が提出した危険管理報告書。


 それぞれへ残った乾いた香料、金属質の保存墨、微弱な魔力の脈動を、精霊が順番に確かめていく。


「アルトの通常魔力が一部へ混ざっています。先に除外します」


「何をすればいい?」


「動かないでください」


 風精霊が僕の右肩へ移った。


 セルフィナが精霊を両手で囲うようにして、僕の顔のすぐ横まで近づく。


「三呼吸だけ動かないでください。風が混ざります」


「分かった」


 淡い銀緑色の髪が肩から流れ、毛先が頬へ触れた。


 くすぐったさに顔を動かしそうになる。


 けれど、セルフィナの翡翠色の瞳が近くにあることを意識すると、別の意味でも動きにくくなった。


 一呼吸。


 二呼吸。


 セルフィナの視線が僅かに揺れ、僕の頬から髪が離れる。


 三呼吸目で、風精霊が肩の周囲を一周した。


「終了です」


 セルフィナはすぐに距離を戻した。


「アルトの通常魔力と封魔具の残留を除外しました。未知の脈動は別のものです」


 ティアナもフィアも余計な反応はせず、証拠板へ視線を戻している。


 風精霊は乾いた香料と保存墨の組み合わせを再び追い、旧監査補助室の扉を示す印の上で旋回を止めた。


「危険管理報告書から、あの扉まで同じ痕跡が続いています」


「精霊だけでは持ち主を断定できません」


 学院長が確認する。


「はい。物品を介して移った可能性があります」


「次を」


 ガルナが前へ出た。


「床側の匂いは、評議会の共用机から文書搬入口を通っています。そこから旧監査補助室の右壁まで続いていました」


 続いて、フェリナが安全索とともに回収された粉塵袋を示す。


「上の書類搬送筒にも使用痕があります。保存墨の粉、同じ布繊維、同じ幅の搬送箱による擦れです。終点は旧監査補助室の右壁でした」


 双子は互いの報告を聞く前に、別々の記録官へ同じ壁面を申告していた。


 匂いを追ったガルナ。


 上方の粉塵と擦れを調べたフェリナ。


 二人に思考を共有する力はない。


 別々に調べた結果が、一点で重なったのだ。


「貴族院側の記録も一致する」


 ユリウスが青い瞳を細めた。


 原本を持つのは、隣にいる成人の貴族院記録官だ。ユリウスはその写しへ指を添える。


「セレネ先生の固定式認証が複製された時期、認証原板の点検責任者はローデン評議官だった」


 写し取り用の薄膜を借り出した記録。


 返却が予定より遅れた記録。


 返却された薄膜へ、複製認証と同じ微細な傷が残っていたという検査結果。


 全てに正式な受領印がある。


「三種類の文書が消えた時間帯、ほかの現役上層部には独立した立会記録がある。ローデン評議官だけが、自室にいたという自己記録しかない」


「個人監査箱については?」


 学院長が尋ねる。


「問題の時間帯に評議会区画へ運ばれています。返却時刻は文書持ち出し時刻と一致します」


 最後にメルナが、薄い幻像記録板を持ち上げた。


 そこへ映っているのは、顔のない人影だった。


「封印区画へ複製認証が使われた時、その場で保存した輪郭です。過去を再生したものではありません。当時、記録板へ残った情報だけです」


 おおよその身長。


 肩幅と歩幅。


 文書箱を右側へ抱える癖。


 歩くたび、右肩が僅かに下がる輪郭。


「最近の非公開聴取へ出入りした上層部全員と比較しました」


 複数の線が重なり、一人分だけが匿名の輪郭と一致する。


「ローデン評議官です」


 セルフィナの精霊。


 ガルナとフェリナの異なる感覚。


 ユリウスが照合した貴族院側の記録。


 メルナが事件当時に保存していた幻像記録。


 一つだけなら、決定打にはならない。


 けれど、四つ全てが同じ人物の部屋へ続いていた。


「旧監査補助室の正式捜索を命じる」


 学院長が物理命令書へ監督印を押した。


「学院警備員と記録官が入室する。学生は発見物へ触れるな。ローデン評議官は監視下のまま同行させる」


 旧監査補助室の扉は、学院警備員によって開かれた。


 室内に争った跡はない。


 机も棚も空に近い。


 しかし右壁の前で、セルフィナの風精霊が止まった。


 ガルナも鼻先を僅かに動かす。


「ここです」


「搬送筒の終点も、この裏」


 フェリナの報告を受け、学院警備員が壁面の封印板を外した。


 奥から現れたのは、通常台帳に存在しない古い監査箱だった。


 成人の記録官が箱を開く。


 最初に出てきたのは、薄い半透明の膜。


「固定式認証の写し取り用薄膜です」


 セレネ先生が、監視者の間から告げた。


 触れることも、近づくこともしない。


 薄膜には、複製認証と同じ傷があった。


 さらに、ローデン評議官の生きた魔力を使用した複製工程が物理刻印として残っている。


 次に出てきたのは、三種類の文書の持ち出し分類を記した索引だった。


 非公開査問記録。


 暴食の魔力計測結果。


 更新された封印区画図面。


 原本はない。


 代わりに、アルトという僕の名前と、移動予定、成人監督者の交代時刻、封魔具の検知方式、条件付き訓練の実施日が並んでいた。


 ティアナ、フィア、レグルスの役割。


 セルフィナの第三者監視任務。


 それらを外部へ送った日時一覧。


 最後の送付票には、七芒星へ冠を重ねた紋章が押されていた。


「ローデン評議官の個人監査印と一致します」


 記録官が告げる。


「認証複製、文書持ち出し、情報送付。全て同じ魔力によって固定されています」


 セレネ先生がゆっくり息を吐いた。


 喜びも、勝ち誇った様子もない。


「私の認証を複製したのは、ローデン評議官だったのですね」


「今回確認された認証複製、封印区画への不正使用、文書持ち出しについて、セレネ先生の関与を否定する」


 学院長が宣言する。


「監視解除の正式手続を開始する」


「私の名誉より先に、複製方法と古い転移経路を封じてください」


 セレネ先生は監査箱を見つめた。


「同じ手口を二度使わせないことが先です」


 学院警備員に挟まれたローデン評議官は、黙って証拠を見ていた。


「申し開きはありますか」


 学院長の問いにも、しばらく答えない。


 やがてローデン評議官は僕へ目を向けた。


「認証を複製したのは私だ」


 静かな声だった。


「封印区画へ通し、三種類の文書を持ち出した。正式な会議がない時間に上層認証を使ったのも私だ」


「星冠教団への送付票もですか」


「そうだ」


 セルフィナの記録板へ、言葉が刻まれていく。


「僕の移動経路も、封魔具の情報も?」


「送った。訓練結果も、君の仲間が君を止める方法も」


 左腕の奥に鈍い痛みが走る。


 怒りで踏み出しそうになる足を、僕はその場へ留めた。


「ローデン評議官は、星冠教団の信徒なのですか」


 学院長が尋ねる。


「そのとおりだ」


 ローデン評議官は否定しなかった。


「危険管理報告も嘘だったのか」


 レグルスの問いに、ローデン評議官は首を横に振る。


「魔神契約者が危険であることは事実だ。善意も過去の無被害も、未来の安全を保証しない」


「それでも、情報を流した」


 ユリウスの声が低くなる。


「強い処分を求めれば、査問と安全管理の記録へ正規に触れられる。処刑が止まれば、監視、封魔具、訓練の情報が集まる」


 ローデン評議官の目が僕を捉えた。


「星冠が迎えるべき主の器について、必要なことを知るためにな」


「僕は器じゃない」


 それだけは、迷わず返した。


 ローデン評議官の足が僅かに動く。


 靴底が、床に刻まれた古い監査印を踏んだ。


 セルフィナの風精霊が甲高く鳴く。


「床下に転移反応!」


 成人警備員が即座にローデン評議官の腕を取る。


 ティアナが両手を床へ向けた。


「固まって!」


 石床とその下の土が締まる。


 同時にフィアが細剣を抜き、浮かび上がった転移線の一本だけを断った。


 それでも、中心の光は消えない。


「学院内部の緊急避難術式です!」


 セレネ先生が叫ぶ。


「上層認証とは別系統の物理札です!」


 学院の結界が、内部の正規避難経路と誤認した一瞬。


 白い転移光がローデン評議官の身体だけを包んだ。


 成人警備員の手が空を掴む。


 次の瞬間、ローデン評議官の姿は消えていた。


 僕は反射的に踏み出す。


 右脚へ痺れが走った。


「アルト、止まれ!」


 成人監督者の声に、足を止める。


 一人で追わない。


 ティアナと交わしたばかりの約束を、ここで破るわけにはいかなかった。


「転移術式を閉鎖! 追跡班は外周保守環へ!」


 学院警備員が床下の物理札を封じる。


 レグルスが室内の空気を整え、セルフィナの風精霊が残留魔力の流れを追った。


 痕跡は学院外周の古い保守環まで続き、そこで途切れた。


 逃走先は分からない。


 三種類の文書原本も見つかっていない。


 貴族院から消えた封印目録との関係も、まだ不明のままだ。


 それでも、長く学院の内側から僕たちを見ていた人物だけは確定した。


「転移光の向こうへ逃げられても、封印区画へ偽の認証を通し、僕の情報を星冠教団へ流していた裏切者の名は、もう疑いではなかった――ローデン評議官。」

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