表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/89

第76話 斬るべきもの



 僕の左手が、僕の意思を置き去りにして、フィアの細剣へ伸びた。


「下がって! 左腕が、僕の命令を聞かない!」


 フィアが即座に半歩退く。


 僕の指は彼女にも細剣の柄にも届かない。けれど、止めようとしているのに、左肩から先だけが別の生き物のように動き続けていた。


「成人監督者、室内を閉鎖してください!」


 バルト先生の声に応じ、再検査室の扉が閉ざされる。成人監督者が内側から封鎖板を下ろし、学院警備への内部警報を作動させた。


「記録を開始します。発生時刻は?」


「夕刻前、第二鐘の三分後です」


 物理記録官が答えながら、硬い紙へペンを走らせる。


 ローデン評議官とセレネ先生への非公開聴取が終わってから、およそ一刻。


 僕はバルト先生による再検査を受けていた。


 フィアが同席していたのは、封魔具へ外部術式が接続された際、その線だけを切断した経験があるからだ。


「アルト、状態を順番に報告してください」


「暴食は開いていません。空腹もありません。封魔具の逆流もないです。でも、左手首と肘を外から引かれています」


「全身への影響は?」


「ありません。考えることも話すこともできます。動かされているのは左腕だけです」


 バルト先生が僕の首筋へ検査板を当て、続けて黒銀色の封魔具へ細い測定針を近づける。


「封魔具の作動なし。検知値も基準内です。暴食の魔力反応もありません」


 その確認と同時に、僕の左腕が強く引かれた。


 右手で押さえ込もうとする。それでも指先はフィアの腰にある細剣を求め、治療台から身体ごと立ち上がろうとした。


 右脚へ痺れが走る。


「あっ――」


 力が抜け、身体が横へ傾いた。


 フィアが飛び込んでくる。右肩と腰を支えられ、倒れる寸前で踏み止まった。


 顔を上げると、フィアの青みがかった瞳がすぐ目の前にあった。


 手のひら一枚ほどしか離れていない。


 浅くなった僕の息と、フィアの呼吸が重なる。その視線が一瞬だけ揺れ、僕も左腕とは違う理由で鼓動が速くなった。


「アルト?」


「左腕がまた動く。離れて」


 僕が告げると、フィアはすぐに僕を治療台へ座らせ、安全な位置へ退いた。


 左手は最後まで彼女へ触れていない。


「申告を確認しました」


 バルト先生が僕の右肩へ固定板を当てる。


「腕の動きが強まる前に、原因を探します。フィア、剣を抜いて構いません。ただしアルト本人、封魔具、紋章は斬らないでください」


「分かっています」


 フィアが細剣を抜く。


 白い刃は僕へ向かず、机の上に開かれた物理報告書へ向けられた。


 ローデン評議官が提出した危険管理報告書。その表紙裏で、金属質の保存墨が鈍く明滅している。


「ここから来てる」


 フィアが目を細めた。


 僕の左手首が跳ねる。


 その直後、報告書の金属留めから、銀灰色の細い光が浮かび上がった。


「一本目。左手首まで」


 フィアはすぐには斬らない。


「アルト、次に指が動く前に教えて」


「分かった。今、引かれ始めた。三、二――」


「そこ」


 細剣が短く走った。


 金属留めから伸びていた線だけが切れ、僕の指先から力が抜ける。


「指の痙攣が弱まりました。でも、肘はまだ引かれています」


「記録しました」


 物理記録官のペンが動く。


 フィアは床へ視線を落とした。報告書の下から、もう一本の銀灰色が床板の継ぎ目を走っている。


 それは治療台の脚を回り、僕の左肘へ繋がっていた。


「二本目。床から肘」


 左腕が再び持ち上がる。


 フィアは身体を低くし、床すれすれへ細剣を滑らせた。


 鋭い音さえ残らない一閃。


 二本目が途切れ、細剣へ伸びようとしていた腕の勢いが大きく弱まった。


 それでも、左肘から先はゆっくりと持ち上がり続ける。


「まだ……止まらない」


「三本目があります」


 バルト先生が治療布の上を測定針でなぞる。


「外から入った反応が、治療布の下へ潜り込んでいます」


 残った左手は、少しずつフィアへ向きを変えていた。


 今ならまだ、誰にも触れていない。


 このまま最後の線が見つからなかったら。


 僕の腕が、彼女から剣を奪ったら。


「フィア、僕の腕を――」


「最後まで言わないで」


 静かな声だった。


 けれど、細剣を握る手は少しも揺れていない。


「斬るのはアルトじゃない」


 フィアは僕の左腕ではなく、その周囲の空間を見つめた。


「腕でも、封魔具でも、紋章でもない。外から命令しているものだけを斬る」


「でも、見えないままなら」


「見えないなら探す。アルトが腕の動きを教えて。バルト先生が安全を確認する。私が線を切る」


 誰か一人で解決できることではない。


 そう言われて、僕は右手の力を緩めなかったまま頷いた。


 フィアが治療布の縁へ刃先を近づける。


 触れる寸前で止まり、首を横に振った。


「この下へ入ってる。でも、私が勝手に見るものじゃない」


 治療布の下にあるもの。


 炎症を起こした魔力経路だけではない。


 ベルゼバスと僕を繋ぐ、黒い紋章がある。


 フィアが封魔具を見たことは何度もある。けれど、僕が自分の意思で、その下にある紋章を彼女へ見せたことはなかった。


 怖がられることよりも、見せたことで何かが変わってしまうことが怖かった。


 それでも今、フィアは僕の腕ではなく、僕を動かしているものを斬ろうとしている。


 僕は右手で制服の袖をさらに上げた。


「見て、フィア」


 彼女の瞳が僕へ戻る。


「隠したままじゃ、君が切るべきものを探せない」


「アルト本人の同意を確認しました」


 バルト先生が封魔具へ触れないよう注意しながら、治療布の検査用継ぎ目を開く。


 三本の黒銀色の輪は、そのまま残っている。


 布の間から、皮膚へ刻まれた黒い紋章が現れた。


 左腕の内側へ熱が集まる。


 暴食の反応ではない。見られていることへの緊張で、呼吸が浅くなっただけだ。


 フィアは僕の左前腕を下から支えた。


 指先が少し冷たい。


 彼女の顔が近づく。細剣を持つ手とは反対の手で腕を支えられ、互いの呼吸が聞こえる距離になった。


 フィアの視線が一瞬だけ僕の顔へ上がり、また腕へ戻る。


「私は、アルトの秘密を暴くために剣を抜いたんじゃない」


 黒い紋章について、何も尋ねない。


「見ているのは、ここへ勝手に繋がった線だけ」


 紋章の上で、銀灰色の光が微かに脈打った。


 黒とは違う。


 僕自身の通常魔力とも違う。


 外側から押しつけられた、異物の線だ。


「フィア、来る。肘から先が引かれる」


「まだ」


「指に力が入った」


「まだです」


 銀灰色の線が、紋章から僅かに浮かび上がる。


 フィアの細剣が動きかけ、止まった。


「浅い。次を待つ」


 焦って刃を入れれば、僕の皮膚か紋章へ触れる。


 フィアは急がなかった。


「もう一度来ます。今度は強い」


「アルト、呼吸を止めないで」


 左腕が持ち上がろうとする。


 フィアは支える位置を変え、刃先と僕の腕の間に細い隙間を作った。


「三、二、一――今!」


 銀灰色の線が浮く。


 細剣がその一点だけを通り抜けた。


 何かが弾けるような感触があり、僕の左腕から外側へ引かれる力が消えた。


 腕が治療台へ落ちかける。


 フィアがそのまま受け止めた。


「切断しました」


「外部操作の停止を確認。封魔具は作動していません」


 バルト先生が測定板を見ながら続ける。


「暴食の反応なし。魂および体内魔力の吸収もありません。欠損、恒久的な麻痺も認められません。ただし炎症と痛みは強まっています」


「左腕が熱いです。痛みはさっきより二段階くらい強い。右脚の痺れも残っています」


「申告を記録します」


 室内の安全確認を受け、待機室にいたティアナたちも扉の外まで来た。


 ティアナは僕の左腕とフィアを順番に見たが、室内へ踏み込まず成人監督者の指示を待った。


 レグルスは学院警備とともに通路の封鎖を続けている。


 セルフィナは物理記録板へ、封魔具の不作動と暴食の兆候がなかった事実を書き加えた。


 一方、学院警備は問題の危険管理報告書を透明な証拠箱へ収めていた。


「術式核を確認しました」


 記録官が表紙裏の保存墨を指す。


「個人監査印はローデン評議官のものです。聴取終了時、私の目の前で加えられた生きた魔力とも一致します」


「単なる署名ではありません」


 バルト先生が術式核の脈動を検査する。


「制御命令そのものが、ローデン評議官の魔力によって完成しています。この外部操作術式を仕掛けたのは、ローデン評議官です」


 それは確定した事実だった。


 けれど、消えた三種類の文書をローデン評議官が持ち出した証拠ではない。


 正式な会議がなかった時間に上層認証を使った証拠でも、星冠教団へ文書を渡した証拠でもない。


「今回の術式と、記録消失事件は分けて扱います」


 成人監督者が告げる。


「学院長へ緊急報告。ローデン評議官の追加聴取、厳重監視、全提出物の保全を要請します」


 バルト先生が新しい治療布を取り出した。


「フィア、そちらの端を押さえてください」


「はい」


 僕の左前腕へ布が巻かれていく。


 フィアの指が治療布越しに腕へ触れる。黒い紋章は再び白い布の下へ隠れたが、見せたという事実まで消えるわけではなかった。


「フィア」


「何?」


「どうして、腕じゃなくて線を探してくれたの?」


 フィアは治療布の端を押さえたまま、僕を見る。


「腕は動かされていただけだから」


 答えは迷いなく返ってきた。


「斬るべきなのは、アルトの意思を奪っていたもの。見せてもらった秘密まで、私のものになるわけじゃない」


「君なら、必要なところで止まってくれると思った」


「次も絶対に間違えないとは言えない」


 フィアの指先が、治療布の端から離れる。


「だから、動かされた時も、痛い時も、隠さず教えて。アルトが教えてくれるなら、私は腕を斬る前に線を探せる」


 僕は巻き直された左腕を見下ろし、頷いた。


「約束する」


 初めて自分から晒した黒い紋章を前に、フィアが見たのは僕の秘密ではなく、僕の意思を奪う、斬るべき制御線だけだった。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ