第75話 評議官ローデン
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
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幻像で隠した評議会会議室の調査が終わった同日の午後。
僕は学院内の非公開聴取室にいた。
左腕には治療布が巻かれ、その上から黒銀色の封魔具が装着されている。長時間座っていても、焼けた魔力経路の奥には鈍い痛みが残っていた。
右脚の痺れも消えていない。
ただし、空腹も吐き気もない。暴食の兆候はなく、封魔具も作動していなかった。
室内には成人監督者と学院警備員、物理記録官がいる。
ティアナ、フィア、レグルス、セルフィナ、ユリウスも同席していた。
正面に座る調査責任者が、机へ四枚の記録紙を並べる。
「評議会会議室と認証補助室へ入る権限を持ち、問題の時点で有効な上層監査認証を使用できた者。その中で、三種類の消失文書全てに正規の閲覧理由を持つ者を照合した」
一枚目は権限者一覧。
二枚目は行動記録。
三枚目は過去の閲覧申請。
最後の一枚には、僕の査問で即時処刑を求めた評議官の発言記録が残っていた。
「条件へ該当する人物の一人が、ローデン評議官だ」
ローデン評議官は、僕の非公開査問記録を確認する理由があった。
暴食の計測結果も、安全審査のために閲覧できた。
封印区画図面についても、学院防衛上の調査権限を持っている。
何が重要で、何を抜けば誰が困るのか理解できる立場だ。
さらに、三種類の文書が持ち出された時間帯には、行動記録の短い空白があった。
「アルトの処刑を進めるために、都合の悪い原本を消したとも考えられるね」
ティアナの声には、抑えた硬さがあった。
アルトが人間の魂や魔力を吸収していないという正式原本が消えれば、処刑審議の再開を求めやすくなる。
動機があるように見える。
だが、見えることと証明できることは違う。
扉が開き、学院警備員に付き添われたローデン評議官が入室した。
逃げようとも、呼び出しへ抗議しようともしない。
指定された席へ座ると、僕たちを順に見渡した。
「私へ疑いが向いた理由は理解している。質問を」
調査責任者が最初に尋ねる。
「ローデン評議官。現在もアルト・ロウェルの処刑を支持していますか」
「支持している」
迷いのない返答だった。
ティアナの指が膝の上で僅かに強く握られる。
ローデン評議官の視線が僕へ向いた。
「私は今も君の処刑を支持している。君が人間の魂を奪っていないことも、異変を申告したことも記録で確認している」
「それでもですか」
「ああ。これまで誰も害していないことは、次も害さない保証にはならない」
恐怖はあった。
僕が何を選んでも、この人は僕の死を最も安全な処置だと考えている。
けれど、その声に楽しんでいる様子はない。
「星冠教団は君を誘拐しようとし、学院内部へ侵入した。封魔具は外部から偽信号を送り込まれ、周囲の者を捕食対象として意識させる道具へ変えられた」
ローデン評議官は事実だけを並べていく。
「君自身が抵抗したことは評価する。だが、次も同じ条件、同じ時間、同じ仲間が揃うとは限らない」
「だから、処刑すべきだと」
「多数の生徒を守る方法がほかに証明されない限りはな」
調査責任者が別の記録を開いた。
「では、処刑審議を有利に進めるため、査問原本を持ち出しましたか」
「否定する」
「評議会会議室で上層認証を使いましたか」
「使っていない」
「暴食の計測結果と封印区画図面を持ち出しましたか」
「それも否定する。消えた文書の現在位置も知らない。星冠教団へ渡した事実もない」
「処刑を求めるあなたにとって、査問原本の消失は有利に働きます」
「だからこそ、私は盗まない」
ローデン評議官の声は崩れない。
「処分が必要なら、私は正式な評議会で主張する。記録を盗んで裁定を歪めれば、仮に処刑が決まっても、その正当性が失われる」
アルトを処刑したい。
だが、正規の記録と手続で決めたい。
その二つは、ローデン評議官の中では矛盾していないらしい。
「問題の時刻、どこにいましたか」
「自室だ。過去の危険管理記録を確認していた」
「同席者は」
「いない」
「それを証明できる人物は?」
「存在しない。完全なアリバイにならないことは承知している」
逃げ道を作るような答えでもなかった。
しかし、嘘ではない証明もない。
調査責任者が、ガルナの匂い調査報告を提示した。
評議会会議室に残っていた金属質の保存墨は、ローデン評議官の提出書類にも使用されている。
けれど、それは評議会全体で使われる共通の保存墨だった。
乾いた香料までローデン評議官本人と一致した記録はない。
手袋や書類箱から移った可能性も残る。
「匂いは、あなたを示してはいません」
フィアが報告書を見たまま言う。
「でも、否定もしていない」
「そのとおりだ」
ローデン評議官は認めた。
続いて、厚い物理報告書が机へ置かれた。
表紙の封印日を見て、僕は息を止める。
僕が暴食との契約を学院へ告白するより前の日付だった。
「ローデン評議官が作成した、魔神契約者の危険管理報告書だ」
調査責任者が内容を読み上げる。
契約者本人の善意と、契約力の制御可能性は別である。
一度も被害を出していないことは、将来の安全を保証しない。
外部術式によって契約や封印具へ干渉される可能性がある。
崇拝集団が契約者を誘拐し、利用しようとする危険がある。
多数の生徒を守れない場合、隔離や最終処分も検討しなければならない。
同時に、契約者を便利な戦力として利用することも危険だと記されていた。
感情的な同情だけで、安全判定を曲げてはならない。
処分を行う場合にも、正式な証拠と手続が必要である。
冷たい。
けれど、筋は通っていた。
そして書かれていた危険のいくつかは、既に現実になっている。
星冠教団は僕を狙った。
封魔具は外部から暴走させられた。
痛みと誘導術式によって、仲間の魔力が食べ物に見えた。
報告書は、僕を陥れるために後から作られたものではない。
「危険を警戒していた記録が本物でも、あの時間の空白が消えるわけではありません」
ティアナがローデン評議官を見る。
「でも、空白があるだけで犯人にもできません」
「行動記録の空白は疑う理由になる」
フィアが続けた。
「会議室にいた証明にはならないけど」
レグルスは腕を組んだまま、二つの記録へ視線を落とす。
「処刑を支持していたなら動機はあるように見える。だが、処刑支持者が必ず違法な手段を使うわけでもない」
ユリウスも静かに口を開いた。
「ローデン評議官を調査対象から外す理由はありません。同時に、犯人と断定できる証拠もありません」
僕にとって味方ではないユリウスが、ローデン評議官の立場だけを庇うこともしなかった。
セルフィナが記録板から顔を上げる。
「アルト、ローデン評議官について確定していることを分けてください」
僕は左腕の痛みを確かめてから答えた。
「僕の処刑を支持している」
一つ目。
「上層認証を使える権限があった。問題の時間に、行動記録の空白もある」
二つ目。
「でも、会議室で認証を使った証拠はない」
三つ目。
セルフィナは順番を変えずに書き留めた。
「僕が危険だというローデン評議官の判断と、ローデン評議官が裏切者かどうかは別です」
僕はローデン評議官を見る。
「処刑を求めているからという理由だけで、犯人とは決められません。でも、認証権限と空白がある以上、調査対象から外すこともできないと思います」
「妥当な区別だ」
ローデン評議官は、それ以上僕を評価しなかった。
代わりに、調査責任者へ向き直る。
「ならば、私からも正式な告発を行う」
室内の空気が張り詰めた。
「セレネ先生を、認証構造の提供者として再調査すべきだ」
しばらくして、二名の監視者に挟まれたセレネ先生が入室した。
鍵も監査印も持っていない。
指定された席へ座り、ローデン評議官を見る。
「告発理由を伺います」
「あなたの固定式認証だけでは、今回の上層監査認証を通せない。それは認めよう」
ローデン評議官は最初に、既に確認された事実を認めた。
「上層認証には、現役権限者の生きた魔力と当日更新された応答が必要だ。つまり、現役上層部の関与は消えない」
「はい」
「だが、実行者と方法を与えた者が同じである必要はない」
ローデン評議官の視線が鋭くなる。
「セレネ先生は認証構造、封印記録、保守経路に詳しい。過去には固定式認証を複製された疑いもある。監視下へ置かれる以前に、現役権限者へ手順を渡した可能性は残っている」
それは証拠ではない。
だが、構造上あり得ない話でもなかった。
セレネ先生は怒鳴らなかった。
「私の固定式認証だけでは、今回の上層監査認証を通せません。ですが、認証構造を知る者が、現役権限者へ方法を渡すことは構造上可能です」
一度、自分に不利な可能性まで認める。
「可能であることと、私が行ったことは同じではありません」
「証明できますか」
「現時点では、完全には」
セレネ先生は調査責任者へ視線を移した。
「私への監視と調査は続けてください。監視開始以前の行動記録も再確認してください」
そして、ローデン評議官へ向き直る。
「ローデン評議官についても、私についても、同じ基準で確認すべきです」
調査責任者は二人の発言を別々の文書へ記録させた。
ローデン評議官の上層認証凍結は維持。
行動記録、執務室資料、閲覧履歴を正式に調査する。
セレネ先生への監視も継続。
監視開始以前の行動記録を再調査する。
どちらも解任されない。
どちらも逮捕されない。
どちらも、有罪とも無罪とも決まらなかった。
ローデン評議官を疑う記録にも、セレネ先生を告発する記録にも理屈はあり、ただ犯人を決める証拠だけが、どちらにも欠けていた。
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