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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第72話 貴族院の地下書庫



学院上層部に現役の裏切者がいると確定した翌日。


僕は左腕に治療布を巻き、その上から黒銀色の封魔具を装着して、貴族院へ向かう馬車に乗っていた。


揺れるたび、焼けた魔力経路が鈍く痛む。


右脚の痺れも残っている。歩けないほどではないが、階段が多い場所では油断できない。


「封魔具、異常ありません」


向かいに座るセルフィナが告げた。


淡い青緑色の風精霊が、僕の左腕の周囲をゆっくり巡っている。隔離治療中の精霊とは別の、健康な一体だ。


「暴食の兆候もありません。痛みは?」


「動かさなければ鈍い痛み。指先の感覚はあるよ」


僕が答えると、セルフィナは記録板へ事実だけを書き込んだ。


馬車には成人監督者も同乗している。後ろの護衛馬車には、ティアナ、フィア、レグルスと貴族院警備官が乗っていた。


学院と貴族院、双方の正式許可を得た移動だ。


僕たちが貴族院本館へ着くと、正面階段の前で金髪の少年が待っていた。


ユリウス・クラウゼル。


腰には長剣を帯びているが、柄と鞘は封印紐で結ばれている。青い瞳が、最初に僕の治療布を見て、次に封魔具へ移った。


「思っていたより歩けるようだね、アルト」


「護衛対象に心配されるほどじゃないよ」


「護衛として役に立つかは別問題だけれど」


言葉は相変わらず鋭い。


ユリウスは銀縁の書面を僕たちへ示した。


「貴族院記録局から発行された臨時閲覧立会書だ。僕が行えるのは、保管台帳と記録の照合まで。原本への接触と封印書架の開閉は、成人書庫官が行う」


「大貴族の跡取りでも、一人では入れないのね」


フィアが書面の認証印を見ながら言う。


「当然だ。記録は家格より重い。少なくとも、本来はね」


最後の一言だけが低かった。


僕たち五人の名目は、ユリウスの護衛兼記録照合人だ。ただし、警備の中心は成人監督者と四名の貴族院警備官である。


十五歳の学生だけで、貴族院の機密書庫を守るわけではない。


地下へ下りる前に、僕たちは審査室へ通された。


そこには数名の貴族院関係者が待っていた。


「学院内へ教団の侵入を許し、封魔具まで暴走したのだ。学院預かりを続ける合理性は失われた」


重い声が室内へ響いた。


「貴族院の隔離施設へ移し、処刑審議も再開すべきだ。あの少年が望んでいなくとも、存在するだけで周囲が狙われる」


悪意だけの言葉ではなかった。


学院の生徒が巻き込まれた事実を恐れている。その恐れが僕の処分という結論へ向いている。


だが、向かいに座る別の貴族が首を横に振った。


「襲われた者を、襲われたことを理由に処分するのか。アルト・ロウェルは異変を自ら申告し、人間の魔力も魂も奪わなかった」


「次も同じとは限らない」


「だから監視と訓練がある。敵の行動によって我々の裁定を変えれば、攻撃すれば処分させられると教えるようなものだ」


その言葉には僕を一人の生徒として守ろうとする意志があった。


一方で、別の声は冷静に付け加えた。


「制御可能性を失うのは国家的な損失でもある。今ここで廃棄を急ぐ理由はない」


廃棄。


守るという同じ結論でも、そこに至る理由は同じではないらしい。


ティアナの眉がわずかに寄ったが、何も言わなかった。


ユリウスが一歩前へ出る。


「処分か保護かを決めるのは、記録を確認した後です。今日は裁決の場ではありません」


「クラウゼル家は、その少年を庇うのか」


「違います」


ユリウスは即答した。


「僕は彼を信用したから調べるわけではない。暴食の危険が消えたとも思っていません」


青い瞳が、まっすぐ僕へ向けられる。


「ですが、盗まれた記録に裁きを決めさせるつもりもない。処分するにせよ、守るにせよ、正しい記録と正式な手順が必要です」


僕への評価は低いままだ。


それでもユリウスは、事実が歪められることを許さなかった。


「僕も、まず残っている記録を確認したい」


そう答えると、ユリウスは小さくうなずいた。


成人書庫官の案内で、僕たちは地下へ下りた。


石造りの階段を進むたび、右脚の痺れが強くなる。ティアナがこちらを見たが、僕が歩幅を落としたのを確かめると、手は出さずに隣を歩いた。


最初の扉は物理鍵。


次の扉は書庫官と警備責任者の二重認証。


さらに下の扉では、持ち込んだ記録板の番号まで照合された。


扉が閉じると、外部との通常通信が途切れる。


地下書庫の内部には、金属製の棚と厚い保管箱が規則正しく並んでいた。


書庫官が二本の鍵を使い、一つ目の保管箱を開く。


ユリウスは中身に触れず、台の上へ置かれた認証要約を読み上げた。


「対象、アルト・ロウェル。人間の魂を吸収した事実なし。人間の体内魔力を捕食した事実なし。同行者への魔力吸収なし」


胸の奥に詰まっていたものが、少しだけほどけた。


「学院預かりの決定、処刑猶予条件、封魔具装着の決定。学院側と貴族院側による二重認証管理。いずれも有効だ」


「学院の原本がなくても、決定自体は消えていないんだね」


ティアナが確かめる。


「そうだ。ただし、これは査問結果を認証した要約にすぎない」


ユリウスは次の紙面へ視線を移した。


「証言の全文や計測値までは残っていない」


ティアナが三拍の印と固定方法に関する短い記述を確認する。


フィアの接続線切断は、対象分離を担当したという一文だけだった。


レグルスが作った一本道も、魔力経路の整理としか記されていない。


セルフィナは学院側の消失一覧と貴族院側の要約を、一項目ずつ照らし合わせた。


「外部合図なしで暴食を閉じた結果は残っています。しかし、閉鎖までの時間、魔力圧、反動の変化はありません」


「僕が止めた外部術式についても、切断の詳細は学院側だけ」


フィアが腕を組む。


「敵があれを読んだなら、次は線をもっと深く隠すかもしれない」


「地形固定や印への対策も考えられる」


ティアナの声が硬くなる。


レグルスは三つの保管番号を見比べた。


「別々の保管庫から必要な記録だけを選んだ。偶然に持ち出せる組み合わせじゃない。内容を理解していた者の選択だ」


貴族院側の認証記録が残っていても、学院から消えた詳細記録の危険はなくならない。


僕を暴走させる条件だけではない。


みんなが僕を止める方法まで、知られているかもしれない。


「もう一つ、確認するものがある」


ユリウスが施設修復承認簿を開いた。


学院から送られた封印区画更新通知の控え。その端に、古い参照番号だけが記されていた。


書庫官の顔色が変わる。


「この番号は、下層封印書架のものです」


僕たちはさらに地下へ下りた。


最後の扉は、成人書庫官二名と警備責任者の認証によって開かれた。ユリウスも僕たちも、開閉には関与しない。


冷たい空気の中、黒い金属で覆われた書架が並んでいる。


セルフィナの風精霊も、封印の内側へは入れず、僕の左腕のそばに留まった。


「封魔具、変化ありません」


その報告を聞きながら、僕たちは指定された書架の前へ進む。


書庫官が台帳を確認し、端から背表紙の番号を数えた。


その指が、途中で止まる。


「……ありません」


古びた封印目録が並ぶ中に、一冊分の空白があった。


左右の目録は正しい位置にある。


床へ落ちてもいない。


台帳には在架と記され、貸出欄は空白だった。


「対象は?」


ユリウスが尋ねる。


書庫官は声を落とした。


「五百年前の災厄に関する封印目録です」


誰も、隣の目録へ手を伸ばさなかった。


成人書庫官たちが扉と錠、書架を順に調べる。


破壊痕はない。


封印も外側から破られてはいなかった。


「正規の権限で一度開け、目録を抜いた後に閉じ直した可能性があります。ただし、この書架は古い認証方式です。現在の記録だけでは、人物も時期も特定できません」


「学院の裏切者と同じ人物とは限らないな」


レグルスが言った。


「同じだと証明する痕跡はありません」


セルフィナは空白を見つめたまま答える。


「学院では三種類の記録が選ばれました。ここでは、この目録だけが抜かれています。偶然だと断定するには、選び方が正確すぎます。ですが、それ以上は推測です」


目録そのものがない以上、何を示していたのかも分からない。


星冠教団へ渡ったのか。


学院の裏切者が関わったのか。


貴族院の誰かが持ち出したのか。


今ここで確かめられる答えは、一つもなかった。


「書架を再封印してください。隣接する目録は開かず、過去の認証記録だけを調査対象に」


ユリウスが告げ、成人書庫官がうなずく。


その後、ユリウスは僕へ向き直った。


「僕は君を庇うつもりはない。危険だと証明されれば、相応の処分を支持する」


「うん」


「だが、誰かが抜いた一冊と盗んだ記録だけで、君を処分させるつもりもない」


ユリウスは味方になったわけではない。


僕の危険性を、今も疑っている。


けれど、自分の評価と事実を混ぜず、正しい記録を守ろうとしていた。


「それで充分だよ」


僕が答えると、ユリウスはそれ以上何も言わず、空いた書架へ目を戻した。


五百年前の災厄へ続くその一冊が何を記していたのかは分からないまま、貴族院の地下には狙い澄ましたような空白だけが残されていた。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


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 と思ったら


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