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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第67話 精霊を守る手



 星冠教団による誘拐未遂が起きた翌朝。


 学院外周の管理林は、学院騎士によって封鎖されていた。


 森へ通じる門の前で、バルト先生が僕の左腕へ検査具を当てる。


「通常魔力に大きな乱れなし。封魔具の作動履歴もない。右脚の痺れは?」


「昨日と変わりません。左腕も少し痛むだけです」


「少し、という表現は曖昧だ」


「十段階なら、右脚が二。左腕が三です」


「その答え方を続けろ」


 検査具が離される。


 今日の目的は、昨夜のうちに学院長から正式な許可を得た風精霊の救出だ。


 暴食の使用許可は出ていない。


 僕たちの周囲には成人監督者と学院騎士が配置され、汚染区域の外側には二重の警戒線が作られている。


 星冠教団の構成員が残っていないことも、夜間の捜索で確認されていた。


「教団の追跡は別働隊が行う」


 学院騎士が僕たちへ告げる。


「こちらは精霊の救出と汚染源の回収だけに集中しろ。敵の痕跡を発見しても追うな」


「分かりました」


 僕は一人で森へ入らない。


 勝手に暴食も使わない。


 その二つを確認してから、封鎖線を越えた。


 昨日より静かな森だった。


 鳥や小動物が避難させられ、風の音だけが木々の間を通っている。


 やがて、黒く濁った空間が見えてきた。


 複数の木の間に黒い風が渦巻き、檻のような形を保っている。


 その中心で、小さな淡い青緑色の光が明滅していた。


「まだ生きています」


 セルフィナが告げた。


 声はいつもと変わらない。


 けれど、記録板を支える指先には強く力が入っていた。


「あの子の本来の風は、昨日の半分以下です。黒い汚染が外側の風へ絡み、流れを逆向きにしています」


「呼びかけには反応してる?」


「僅かに」


 セルフィナが精霊へ向かって右手を伸ばす。


「聞こえていますか。今から迎えに行きます。無理にこちらへ来ようとしないでください」


 黒い風の中で、淡い光が一度だけ揺れた。


 いつも僕の封魔具の周りを巡っていた精霊だ。


 下級生へ倒れた木板を逸らした時も、あの小さな風が僕の防壁を助けてくれた。


「汚染は精霊から出ているのか?」


 バルト先生が尋ねる。


「表面だけを見れば、そう見えます」


 セルフィナは黒い渦を見つめた。


「中心から外へ黒い風が広がっています。精霊自身が汚染源へ変えられている可能性も否定できません」


 それなら、精霊を檻から出しても汚染は止まらない。


 最悪の場合、救出した精霊からほかの精霊へ黒い魔力が広がる。


 僕は地面へ膝をついた。


 魔力を見通せるわけではない。


 黒い流れの色や形を、特別な目で確認できるわけでもない。


 だから、観察できるものを並べる。


「レグルス。弱い風を、檻の手前から横へ流してくれる?」


「汚染へ触れない強さでいいのか?」


「うん。流れを見るだけだから」


 レグルスが銀槍を地面へ立て、手のひらを横へ向けた。


 穏やかな風が落ち葉を運ぶ。


 黒い檻の手前まで流れた葉は、三つの場所で不自然に沈んだ。


「三本ある」


 僕は沈んだ葉の位置を地面へ書き込んだ。


 記録担当者から魔力測定紙を受け取り、長く切ったものを地面へ並べる。


 黒い風が脈打つたび、測定紙が端から順番に灰色へ変わった。


 精霊が揺れるのは、その直後だ。


「セルフィナ。黒い風が強くなってから、精霊が乱れるまでに間があるよね?」


 セルフィナの翡翠色の瞳が細められる。


「……あります。ごく僅かですが、黒い魔力が増えたあとに、あの子の風が引かれています」


「それなら、汚染は精霊から出てるんじゃない。外から入ってる」


 地面へ描いた三本の線を逆に辿る。


 落ち葉が沈んだ場所は別々でも、測定紙の変色は一か所から始まっていた。


「ティアナ。この根の下を少しだけ開けられる?」


「周りを崩さないようにやってみる」


 ティアナが土へ手を当てる。


 細い根を傷つけないよう、土だけが左右へ分かれた。


 その下から、手のひらほどの黒い杭が現れる。


 表面に七芒星と冠を重ねた紋章が刻まれていた。


「これが汚染源……」


 フィアが細剣へ手をかける。


「今切れば?」


「まだ駄目だと思う」


 僕は測定紙の変化を見た。


「杭から精霊へ三本の経路が伸びてる。先に杭を壊したら、切れた魔力が全部、精霊側へ残るかもしれない」


「では、どう分けるのですか」


 セルフィナが僕へ視線を向けた。


「薄い防壁を、間へ入れる」


「防ぐのではなく?」


「境界として使うんだ。黒い魔力が弱くなる瞬間に、精霊の風と接触している場所へ薄い膜を差し込む。流れを止められるのは短い時間だけだけど、その間にセルフィナが精霊を引いて、フィアが外側へ出た経路を切る」


 防壁は汚染を消せない。


 精霊を治すこともできない。


 ただ、混ざろうとする二つの魔力の間へ、一時的な壁を作るだけだ。


 バルト先生が測定紙と地面の図を確認する。


「失敗すれば?」


「防壁が先に割れます。割れる前なら解除できます」


「黒い魔力が食べ物に見える可能性は?」


 僕は左腕の感覚を確かめた。


 地中の杭から漏れる黒い魔力は、僅かに食べ物のように感じられる。


 けれど、まだ周囲の人間や精霊へ意識が向くほどではない。


「杭の魔力だけ、少し食べ物に見えます。暴食は開きません」


「申告を記録。異常が強まれば、即座に中止する」


「はい」


 バルト先生が学院騎士と短く確認し、作戦の実行が正式に許可された。


 ティアナが地面へ両手を置く。


「杭と周りの根を固定する。これで地中へ逃げられない」


 土が固まり、黒い杭の下まで包み込む。


 レグルスが通常の風を細く整えた。


「精霊からこちらまで一本道を作る。黒い風は左右へ流すが、浄化まではできない」


「それで充分です」


 セルフィナが汚染されていない風精霊たちを後方へ下げる。


 自分の周囲へ清浄な風を集め、黒い檻の中心へ向けて細く伸ばした。


「接触位置を伝えます。最初は精霊の右下。次に左。最後が杭の正面です」


 フィアが細剣を抜く。


「分離された線だけを切る。合図して」


 僕は黒い檻の前へ右手を出した。


「第一階位防壁」


 淡く透明な膜が生まれる。


 攻撃を受け止める形ではなく、紙より薄い一枚の板へ整える。


 黒い風が強くなる。


 一度目の脈動。


 二度目。


 その後に訪れる、ごく短い静けさ。


「右下、今です!」


 セルフィナの声に合わせ、防壁の端を接触部分へ差し込む。


 黒い魔力と青緑色の風が、膜の左右へ分かれた。


「一つ!」


 防壁の表面に細い亀裂が入る。


「残存魔力は七割。右腕に軽い震え。続けられます」


「申告を確認。次まで許可する」


 バルト先生の答えを受け、二度目の脈動を待つ。


「左、今です!」


 二本目を分ける。


 セルフィナの清浄な風が、精霊を僅かにこちらへ引いた。


 黒い檻が歪む。


 地中の杭から、北へ向かって一本の細い黒い流れが伸びた。


「遠隔経路が動いた!」


 学院騎士が声を上げる。


「今なら方向を固定できる可能性がある!」


 黒い流れは、森の奥へ引き戻されようとしている。


 あれを辿れば、星冠教団が撤退した方向をさらに絞れるかもしれない。


 僕を狙った者たちへ近づけるかもしれない。


 けれど、そのためには右手の防壁を外さなければならない。


 まだ一本、精霊と汚染源が繋がっている。


 ここで手を離せば、押し分けた黒い魔力が戻る。


「アルト」


 セルフィナが僕を見る。


 選択を迫る声ではなかった。


 ただ、僕がどちらを見るのか確かめていた。


「追跡班へ方向だけ伝えて。僕は防壁を維持します」


「経路は消えるぞ」


「この精霊は、今助けないと弱り続けます」


 学院騎士が一瞬だけ黙り、北の方角を記録担当者へ伝えた。


「救出を継続しろ」


「はい!」


 黒い追跡経路が森の奥へ消えていく。


 僕はそちらを見なかった。


「正面、最後です!」


 セルフィナの声に集中する。


 三度目の静けさへ、防壁を滑り込ませた。


 黒い魔力が膜の外側へ押し出される。


「三本とも分離!」


「切る」


 フィアの細剣が三度閃いた。


 防壁の外へ出た黒い接続線だけが断たれる。


「こちらへ!」


 レグルスの風が、精霊までの一本道を完成させる。


 セルフィナが両手を広げた。


「もう大丈夫です。こちらへ来なさい」


 黒い檻から、淡い青緑色の光が抜け出した。


 セルフィナの胸元へ届く直前、清浄な風が精霊を柔らかく包む。


 小さな風の繭が生まれた。


 精霊の光は弱い。


 黒い染みも僅かに残っている。


 それでも、生きていた。


「ティアナ、杭を!」


「任せて」


 ティアナが土を持ち上げ、黒い杭を箱のように包み込む。


 学院騎士がさらに封印具を重ね、複数の認証を施した。


 僕は防壁を消した。


 右腕が重く、指先が震えている。


「通常魔力は二割ほどです。吐き気なし。空腹なし。左腕の痛みは三のままです」


「申告を確認する」


 バルト先生が僕と風精霊を順番に検査した。


「暴食の使用なし。封魔具の作動なし。人間、魂、精霊、黒い汚染の吸収もない」


 続いて風の繭へ検査具を近づける。


「精霊は生存。汚染源との分離にも成功している。ただし残留汚染がある。完全回復ではない。学院へ戻り、隔離観察を続ける」


 セルフィナは風の繭を両手で抱えるように支えた。


 その表情から張り詰めたものが僅かに消える。


 けれど、彼女はすぐに僕を見た。


「なぜ追わなかったのですか」


「え?」


「あの黒い経路を辿れば、あなたを狙った者たちへ近づけたかもしれません」


 セルフィナは腕の中の精霊へ目を落とす。


「あの子は、あなたの精霊ではありません。学院の命令だけなら、経路を失ってまで防壁を維持する必要もなかったはずです」


 本当に分からないのだろう。


 責めているわけでも、試しているわけでもない。


 僕は少し考えた。


 でも、答えは一つしかなかった。


「セルフィナの大事な精霊でしょ?」


 風の繭の中で、小さな光が揺れる。


「理由なんて、それで充分じゃないかな」


 セルフィナが黙った。


 翡翠色の瞳が僅かに見開かれる。


 記録板を持っていない方の手が、風の繭をそっと包み直した。


「あなたは……」


 何かを言いかけて、止める。


 いつものように観測結果を述べることも、事実として記録すると答えることもしなかった。


 しばらく精霊を見つめたあと、セルフィナは小さく息を吐いた。


「人族は、時々ひどく非合理的です」


「そうかもしれない」


「まだ、あなたを全面的に信用したわけではありません」


「うん」


「ですが――」


 セルフィナが僕を見る。


「……ありがとう、アルト」


 緊急の呼びかけではない。


 監視記録を読み上げる声でもない。


 僕はただ頷いた。


 風の繭の中から、淡い青緑色の光が僅かに身を起こす。


 小さな風がセルフィナの腕を抜け、僕の右手の指先まで届いた。


 暴食を宿す左手ではなく、精霊を守り続けた僕の右手へ、小さな風がそっと触れた。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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